第一章 内なる声② 澪
ツイッター(現X)にてオープニング曲をアップしています
オープニング曲『Pride yourself』
https://x.com/HanashioKikei/status/2107309872920604756?s=20
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《調子はどう?》
あなたは誰?
《私はアナタ。白鷺澪》
私が白鷺澪。私はあなたなんか知らない。
《ずっと、生まれたときから一緒だったのよ?》
何言ってるの? 意味が分からない。
《私は普段はおとなしい。檻の中に入れられているから》
檻って何?
《アナタたちが『基礎構文』と呼んでいるモノ》
基礎構文は檻なんかじゃないわ。魔導を使うために必要なもの。
《私はアナタ。アナタの中に潜んでいる野生。誰かを傷付けたいと思っているケモノ》
私は誰も傷付けたりなんかしたくない。
《アナタは守ることを選んだ。アナタは守るために戦うことを選んだ。アナタは敵を倒すことを選んだ》
黒坂先輩のこと? 違う。私は学校を守りたかった。理不尽な暴力には戦わなければと思った。怖がってくれればそれで済むと思った。
《アナタは傷付けたいと思った》
違う。違うの。私は傷付けたりなんかしたくない。誰も傷付けたりなんか――――
◆
「…あ れ?」
開けた目の先には乳白色の天井。周りには真っ白なカーテン。
(何だったっけ…なんか夢を見ていたような…)
ここは望陵学園の保健室。澪は倒れたあと、大樹とは別にここへ担ぎ込まれた。
「お目覚めかしら?」
シャッという音と共に開けられたカーテンの間から保険医の杉崎が顔を出す。その向こう、保健室の窓からは夕日が差し込むグラウンドが見えた。
「え…もうこんな時間?」
「まぁね。澪ちゃん、身体の調子が悪くて気を失っちゃってたみたいだからここに運び込んだの。ずっと眠りっぱなしだったわよ?」
そう杉崎は言う。ただ何か腫れ物を触るような口調だったのが気になる。
「…そうですか」
「さっきまで校長先生がいらしてたんだけど」
「お父様が?」
「澪ちゃんが起きたら、よろしく伝えてくれって言われてるの。一応伝えたからね」
「…はい」
らしいと言えばらしいが、でもなぜ父親が来たのだ? それに――――
(私…たしか放送で呼び出されて正面玄関に行ったんだ。それで何を…)
「あっ⁈」
寝起きでぼんやりする頭、混濁する記憶が少しずつ輪郭を持ち始める。
(私…黒坂先輩と戦うことになって…それで…それから…)
どうなったんだっけ?の部分が思い出せない。黒坂が学校を燃やした張本人だということは記憶している。それでカッとなって――――身体というか脳というか、芯から何か熱いものが一気にわぁっとこみ上げてきて、それが身体中を満たしきったところで記憶が途切れている。
「気分はどう?」
「いえ、特には」
「そう」
杉崎がベッドの傍らにあるスツールへと腰掛けた。彼女の手にはボイスレコーダーが握られているのを澪は見つけた。視線がそちらへ向いたことに杉崎も気が付いた。
「ごめんね。そういう規則だから」
ピンときた。
「私、もしかして…魔導暴走を…」
杉崎はふぅっと溜息をつくも笑顔で答える。
「うーん、やっぱり先生の娘さんじゃごまかしが利かないわね。お察しの通りよ」
「そう…ですか…」
澪はガックリうな垂れた。同時に自分の中の何か――――自信とかそういうものが崩れていく気がした。自分は正しい魔導を実践しようと心掛けこれまでやってきたのに、その力を自分で制御しきれないとは。己の未熟さが恨めしい。
「あの、黒坂先輩は…どうなりましたか?」
それを聞くのは怖かったのだが、それでも…自分のしでかしたことには責任を持たねばならない、そう思った。
「黒坂君なら逃げたわよ」
「逃げた?」
「澪ちゃんに恐れを為してね」
「私、ケガをさせたりとかは」
「そういうのは無し。まぁもっとも逃げちゃったから結局どうなったのかは分からないけど、とりあえず警察が保護した、とは聞いてるわ」
「そうですか」
ケガをさせてないと聞き、まずは安心した澪。安堵の溜息が漏れる。
「まぁ魔導暴走は『仕方のないこと』として、それ自体は法的に処罰されるものではないから。酔っ払いが暴れたのと同じね。多少物が壊れたりしてるけど、それはまぁ学校敷地内でのことだから、ちょっと校長先生が教育委員会に叱られてくればいい話」
「そんな…私、お父様になんて謝れば」
「いいのよいいのよ。エライ人っていうのはそういうときのためにいるんだから。下げる頭があるうちは下げておけばいいのよ。ま、クビが飛んだら下げる頭もなくなっちゃうけど、あの人は大丈夫でしょ」
「あの、お父様は何と?」
「うーん、特には何も。ただ様子を見に来た、とだけ」
ウソである。杉崎は文弥が保健室に入ってくるや否や食ってかかった。もちろん魔導阻害銃の使用に関してだ。結果的にそれは使われなかったのではあるが、それでも杉崎は納得できていなかった。「他に方法はあるのか?」と問い質され、返す言葉が無かったことが余計に拍車をかけている。他に方法が無いことは、頭では分かっていても心が許さなかった。それだけに大樹が澪を止めてくれたのを見たとき、文字通りヘナヘナと床へとへたり込んだ。最悪の事態は避けられた、と涙を流すほどに。
「お父様らしいですね」
と澪は苦笑する。
「まぁ、ね」
杉崎も笑顔を返すがそれが少し引き攣っているのを自分でも分かっている。ただ、あの言い争いを澪には聞かれていなかったことは救いだったな、と思った。
「さて。もう最終下校時刻を過ぎちゃってるからおうちへ帰りなさい。どう? 一人で大丈夫かな? ダメなようなら付き添うけど」
「よいしょ… …大丈夫そうです」
ベッドを降り立ち上がったときに少しフラついたがそれは最初だけ、意識が身体全体に行き届いてしまえば特に問題は感じられなかった。
「荷物はそこにあるから」
荷物置き場のかごにはカバンがあった。誰が持ってきてくれたんだろうと疑問には思ったが、ともかくそれを開け、中から携帯を取り出す。画面を確認したところ、通話もメールも着信履歴は無い。少し残念そうに携帯をポケットにしまい、カバンを手に取ると
「それでは失礼します。あの、ご迷惑をおかけしました」
と頭を下げ、澪は保健室をあとにした。
その姿を見送ると、杉崎は自分のデスクへと着く。
(…美影さんならどうしていたかな…たぶん私と違う。先生に文句を言ったりなんかしなかっただろうな。むしろ先生に代わって撃っていたかもしれない。美影さんはそういう『汚れ仕事』を厭わないから。私とは違う…)
夏の長い一日が間もなく終わろうとしている。窓の外はうっすらと夜の気配が訪れていた。
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