常識
翌日――。
「どうして私が立ち会わなきゃならないんです?」
ろみはもはや迷惑そうなのを隠そうともせずに言った。
「いや何と言うか……乗りかかった船でしょ?」
「気付いたらオール持たされてたって感じです」
「何も言わなくて良いから! 居てくれるだけで良いからぁ!」
「まぁ行く末は気になりますよ。見届けるつもりもあります。でもだからってそんな修羅場みたいなとこに……」
そう言いつつ、放課後になると結局三人は昨日の公園にやって来た。ブランコ前の安全柵。今日は田中が腰掛け、天花が目の前に立ち、ろみは少し離れた……隣りの安全柵に身体を預けていた。
「あのね? 先に言っておくけど告白とかじゃないからね?」
「三人の時点でそれはねーよ」
ろみは意識して無関係な表情を作っていたが、さすがに誤魔化せる距離ではなかった様だ。
「分かってるなら良いけど……今日は田中に言っておく事があるの」
「なんだ改まって」
「うぐ……むぐ……コホッ」
「私を見ないで下さいよ」
上手く言葉が出て来なくなった天花がろみを横目で見ると、しっかりこちらを見ていたろみと目が合ってそう言われてしまう。
「……何かあったのか?」
天花の様子が明らかにおかしいので心配になったのか、田中が真面目なトーンになる。このまま長引かせてはややこしい事になる、そう判断したろみがおもむろに告げた。
「天花先輩、晃芽先輩と付き合う事になったらしいです」
「な?! ななんでろみちゃん言っちゃうの! こう言うのは本人から言った方が良いってろみちゃんが言ったのに!」
心の準備が出来てなかった天花が大いに慌てたがろみが冷静だった。
「本人目の前に居てそれを否定しないなら同じですよ。待たせたら待たせただけ言いにくくなるでしょ」
「うっ……」
田中の顔が見れない。
だが田中が何も言わないので、天花はゆっくり視線を田中に合わせてみる。
「え? 俺何か言った方が良い?」
無表情。ショックを受けている顔には見えなかった。
「いや……別に」
「ふぅん、まぁ良かったんじゃね?」
そう、別に何かを言って欲しかったワケではない。この事実を伝える以外何も求めていなかった。だがあまりにもあっけなく終わった事に、天花は肩透かしと寂しさを覚えた。
すり足でろみに近付き小声で言う。
「別にどうって事なかったみたい」
「そう感じるなら天花先輩は鈍感ですね」
ろみも小声でそう答える。
「え?」
「おっぱいは?」
そうだ。その為にわざわざ田中にこんな事を伝えたのだ。
見た目はまだ大きいまま。触ってみても、カップだけではなかった。
『田中、泣いてないか?』
『ふん、田中の良さが分からぬバカ娘に捕まらずに済んで良かったと言うものよ』
「居ます」
妙に冷静に天花はその事実をろみに伝えた。なんとなくそんな予感はしていたからだ。
「ううーーん、ダメかぁ」
「俺、もう行って良いのか?」
天花とろみがコソコソ話し始めたので田中が距離を保ったままそう訴えた。
「あ、ああごめん、全然大丈夫、もう行って大丈夫」
酷い扱いだが天花はそう言ってさっさと田中を帰そうとする。早くろみと二人になってろみの仮説が間違いだった事を指摘したいのだ。
「……一個だけ言っとくけどさ」
だが、素直にその場を去って行くと思われた田中はいつになく真面目な顔でこう言った。
「ちゃんと本当の自分で付き合わないと後々しんどいぞ」
まるで抉る様な目でそう言われて、天花の胸が嫌な痛みに襲われる。
「……ど、どう言う意味よ」
「偽物と付き合わせる気か?」
やはりこの胸の事を言ってるのだと分かった天花はカッと顔が熱くなるのを感じ、ブレザーを脱ぎ捨てながら叫んだ。
「偽物じゃないわよ!」
その動きで左右が大きく、柔らかそうに揺れ、それが偽物ではないと分からせたが、それでも田中は認めなかった。
「何でだよっ! 本物かも知れないけど偽物だろそれ!」
「言ってる事めちゃくちゃですけどー?!」
「分かってるだろ! 分かってる筈だ!」
田中の言う通り、これは偽物だ。だけど本物だ。
何かを詰めてるわけでも、手術したわけでも、目の錯覚を利用したマジックでもない。ちゃんと触れるし、天花の方も触られれば感触がある。偽物と言うにはあまりにも本物なのだ。
それなのに何故、ここまでハッキリと言う事が出来るのだろう。これではまるで、それを確信している様ではないか。
「田中先輩……何か、知ってるんですか?」
「はぁ?! 常識を言ってるだけだ!」
常識……。
とんと聞き慣れない言葉だと、天花とろみは顔を見合わせた。
二人のそんな様子を見てやきもきした田中はもう言葉を選ばないと決めた様だ。ならば言ってやると声高く言い放つ。
「おっぱいはなぁ! 急にそんなにデカくならねぇ!」
「「!!」」
二人一緒にガンとショックを受ける。あまりにも当たり前の言葉にだ。
「うわぁぁーっ! 知ってた!! 知ってた筈なのになんか今更過ぎて失念してたって言うか、割とみんなに受け入れてもらってる気になってたぁ!」
「うっ……! 確かにです! 急にすごくまともな事言ってます! あれ? 田中先輩ってまともですね。本当にブリーフなんですか?」
「お前は口に出す前にまともな質問かどうかを考えろ!」
「田中がブリーフかどうかなんてどうでも良いよ! どうせブリーフだよ! はっ! じゃあ……みんなが特に何も言って来なかったのは……」
わなわなと震えながら田中に一歩にじり寄る天花。
「言いたい放題だな……なんだよ?」
「センシティブ判定されて触れられなかっただけ?!」
「他の奴がどう思ってるかは知らねぇよ! ただ……隠してるっぽかったし、優しさで触れなかった奴も居るとは思うぞ」
「心外です田中先輩、私は優しさで触れました。私が触れてなかったらどうなっていた事か」
「だから他の奴がどう思ってるかは知らねぇ……」
「大丈夫だよろみちゃん! 分かってる! ろみちゃんの優しさちゃんと感じてるから!」
「天花先輩! 良かった!」
妙に演劇チックに二人は抱き合った。まるで互いの非常識さを舐め合うかの様に。




