あの日の告白
――ふざけんな! お前が死んだら俺どうすりゃ良いんだよ!
二階の自室へ入ると、キッチンから聞こえる夕飯の準備の音が聞こえなくなって、唐突に脳裏に蘇る声。左右のものではない。
ろみのお陰で田中に告白された日の事をまざまざと思い出してしまうのだ。
あれは告白と言うにはちっとも甘くなかった。どちらかと言えば怒号。そんな告白だった。
あの日の下校中、友達とふざけながら歩いていた天花は、道路に落ちたノートを拾おうと一歩、車道へ踏み出した。
その瞬間、曲がり角から車が──。
天花は気付いても居なかった。だから突然腕を引かれた時、一体何なんだとその強引さに腹を立てたが、拾い損ねたノートがグシャと太いタイヤで潰された時に状況を理解した。そのまま腕を引いた人物と一緒に勢いよく後方へ倒れ、硬いコンクリートに撃ち付けられる筈だった身体はいくらか柔らかい何かで守られたのだった。
「蒼ちゃん……」
あの頃は、そう呼んでいた。
田中が、コンクリートと天花に挟まれて呼吸を荒くしていて天花は何を言えば良いのか咄嗟に言葉が出て来ない。
タイヤが焼けるような匂いがして、車のクラクションが鳴り響き、二人の学生カバンは歩道に中身をぶちまけたのである。
「……あ、ありが……」
どうにか絞り出した言葉を遮るように、田中が顔を上げて叫んだ。
「何してんだよ! 死ぬとこだったぞ! ふざけんな……!!」
ビクリと肩を震わせ、天花が目を丸くする。
「……ごめん、怒んないでよ……」
「ふざけんな! お前が死んだら俺どうすりゃ良いんだよ!」
――へ?
「何言って……」
「お前が死んだら俺もすぐ死んでやるから覚悟しろ!!」
「はっ?! なっ! 何でそんな事……!」
「好きだからだろ!!!」
今でもハッキリと思い出せる。あの時の田中の熱量。ビックリするくらい弾んだ自分の心臓。
「……」
下校時の通学路は人がいっぱい居て、混乱して遮断されていた世界がすぐに迫った。何だ何だと大勢の声がする。こんな状況で告白されても何も言えなくなるし、そもそも田中をそんな目で見た事は正直なかった。
沈黙。
天花は何かを言おうとして、けど何も言えず、ただ唇を噛んだ。田中を下に敷いたまま……。
「……いい加減どけよ」
あっと身体をずらし、けれど立ち上がれず、歩道に田中と二人で座り込んでたら人が集まって来た。
「大丈夫天花ちゃん」
「どうしたの天花ちゃん」
「田中も一緒か」
「車にぶつかったのか?」
「誰か呼ぶ?」
怪我は無しと見たのか、車はとうに走り去ったがいつまでも座り込んだままの二人を囲むように人が増える。
「だ……大丈夫、ごめん、大丈夫だから……」
天花はこの状況に恥ずかしさを覚えたが、それなのに田中はこのまま告白を進めたのだ。
「返事は?」
……返事? 今ここで返事を求めるの?
信じられない思いだった。
何だか勢いに任せて言われたみたいで嫌だし、人に見られていて恥ずかしいし、幼馴染だし、断る理由はいっぱいあると思った。いっぱいなきゃいけない気もした。
「……やめてよ」
みんな見てるでしょ。恥ずかしい。
「返事も何も、ないよ。そもそも何を返事すれば良いか分かんないよ。なんか似合わない事言ってない?」
はは、と渇いた笑いを添えて冷静を装って言ったけど、心臓は痛いほどドキドキしていた。引っ張られた腕も熱かった。
それはそうだろう、死に掛けたのだ。この胸が騒ぐのにそれ以外の理由はない。天花はそう思った。
田中を巻き込んでしまい申し訳なかった。田中は命の恩人。だけどやっぱりそんな風に考えた事はないし、今の関係が一番好きなのだと思う。
幼馴染で、楽しい田中が良い。変えたくない。今の当たり前を壊したくない。
天花の言葉を聞いて、田中は一瞬動きを止めた。
何か言いたげに口を開きかけて、でもそれを飲み込んだ様だった。
「……かも」
「え?」
「なんか似合わない事言ったかも」
「で……でしょ?!」
「あーあ、それもこれもお前がビビらすからだ! どうしてくれんだよこんなにぶちまけて」
「ごめ……」
まだ、手は震えていた。
「はいもう大丈夫で―す、お騒がせしてすんませーん!」
そう言って田中は野次馬を散らしてカバンの中身を拾い集める。集まって来た数人も手伝ってくれていた。
そうして拾い終えると、田中は顔を見ないで去った。
「じゃぁな、気を付けて帰れよ」
「うん、ありがと……」
あの時の田中の背中を、天花は今でもハッキリ覚えている。
翌日、田中は何事もなかったようにやって来て、いつも通りに振舞った。
だけど手を付いた時に負傷したのか、手首に包帯していてそれが夢じゃなかったと分からせて来るのだった。
怪我について触れる事はお互いになく、ずっとどこか居心地が悪かった。包帯が取れた日、ようやくいつも通りに戻れた気がした。
「ああんもー、最近やっと思い出さなくなってたのにー」
詳細にあの日の事を思い出してしまい、天花はハチコを抱き締めて悶々とする。
あれから一年以上時が経った。一年以上だ。田中の気持ちだって変わってる可能性が高い。ろみはああ言ったが勘違いかも知れない。
だが……試さない理由はどうしても思い付かなかった。




