双丘爆誕
毎日願って、焦がれていた。だが正直、諦めなければいつか叶う系の夢だとは思っていなかった。何かもっと適切な、具体的な対策が必要なのだろうと自分の冷静な部分が言っていた。
だが、突然それが叶ったのだ。
「はぁっ……はぁっ……はっ……」
天花は浅い息を繰り返し、そっとそれに触れた。
温かい。
紛れもなく自分の胸だ、おっぱいだ。
「やった……やった……!!」
本当なら、突然Tシャツも着ていられないくらいに胸が大きくなったら喜んでいる場合ではない。
重い病気かも知れないし、それどころか怪奇現象や呪いを疑うべきだ。
「やったぁぁぁぁー! あたしの祈りが届いた! 届いたんだ!」
だが天花は疑わなかった。
「ブラしてなくて良かったぁ。Tシャツが無理なくらいに大きくなったんだもん、してたら圧死だったかも知れない」
ブラをしてなくて極めてラッキーだとさえ思った。
「あははっ、ちゃんと合うブラを用意しなくっちゃね~」
そう言って机の上のノートパソコンを開き、一体何カップを買うべきか、Jあたりだろうかと即日届けてくれるサイトを漁っている途中でだんだんと血の気が引いて来る。
「いや何これ?!?!」
言いながら立ち上がると胸が上下に揺さぶられて痛い。合うブラもなくTシャツは脱いだままなのだから当然だ。
「うっ?!」
感じた事のない痛みに低く呻き、それを両手に抱える。何と言う重量だろうか。とりあえず服くらいは着なければと、先程まで着ていたTシャツよりだいぶ大きめのを出して腕を通す。それでも胸元に描かれた猪のプリントは不格好に伸びた。
『ちょっと肌触りが悪いな』
『安物を買うからだ。本当に良い物を数枚で良い』
「……?」
どこかから声が聞こえて天花は辺りを見回した。
あまりにもハッキリと聞こえたがこの部屋には自分一人。当然ベランダにも誰も居なかったし母は一階、父はまだ仕事の筈である。
一人でわぁわぁと騒いでいた天花は息を殺し、自分以外の何かの気配を探った。居る筈がない。気のせいだよねと祈りながら。
そしてゴクリと唾を飲む音まで聞こえたなと思った次の瞬間、また先程の声が聞こえた。
『こちらが軟弱なだけかも知れないぞ』
『それは否定せぬ』
「ぎゃああああああーーーーっっ!!! おっぱいが喋ったあぁぁぁ!!!」
天花は仰け反って尻もちを付き、Tシャツの猪に視線を落とした。声の主はこの猪の向こうに居ると確信したのだ。
しかも二人居る。声からして二人とも男性だろうと思う。
「何……何……何が起きてるの……? 空が光って、急に大きくなって、そして、そしておっぱいが自我を持ってしまったあああああああああ」
『そう慌てるな! 自分は主の味方だ!』
右のおっぱいからそう聞こえた気がした。
「ひぃっ?!」
どうやら自分に話し掛けている様だが自信はない。
『我も、乗り物は大事にするとしよう』
今度は左のおっぱいから聞こえた。驚いたが色々と気になった。
「え。左の一人称、われ? 乗り物って私の事言ってる? いや何言ってんのこのおっぱい?!」
ひとしきり言いたい事を言った後で天花は頭を抱える。
「いやいやいや何言ってんのはあたしだ! 妄想が! 妄想が酷い事になってる! 自分のおっぱいと会話するとか相当にどうかしている!」
『妄想? 妄想って言うのは現実から目を背ける為にする事か?』
『だとするとどっちが妄想なのであろうな? ふはは』
「ちょっと待ってぇ……左の笑い方、ふはは? いやいや妄想にしても自分の中にない妄想って出来ないよねぇ? これ妄想じゃないのかなぁ~? だとしたら病気だし~? でも何科に行けば良いのか分からないよ? 婦人科? もしかして精神科? いや分かったところで恥ずかしくて行けないよぉ~!」
『おい! もっとちゃんと向き合わないか!』
右からの声が響いて、右のおっぱいが少し跳ねた気がした。
「ひっ?!」
自分の身体が自分の意思と無関係に動くなんて恐怖でしかない天花はまた情けない声を出した。
『味方だって言ってるだろう?』
これが病気だとして、こんな病気になったのはきっと自分自身のせいなんだろうと天花は思う。毎日大きくなれと話し掛けながら揉んでいた。だからおっぱいが自我を持ってしまったに違いない。
どうしようどうしようと焦り、気付くと胸の谷間にじっとりと汗が浮かんだ。
「すごい……」
そんな場合ではないと思いつつ、天花は初めての経験に感動してしまう。
『落ち着いてくれ、湿気が酷い』
『もっとそっちへ行けぬのか』
左がピクリと動いて右を押した気がした。
「動く?!」
『無理だ、いくら離れようと思ってもどうしてもくっ付いてしまうぞ』
『ええい接触部分が気持ち悪い。おい小娘! 何かないのか、シッカロール的なの』
「シッカロ……? 何それ」
『浅学な小娘が』
左からの声に思わず普通に反応してしまったが、随分な返答である。だが天花は浅学の意味も分からない。
「せんがくって?」
『バカって事だ』
『こら! 主をバカにするな!』
天花が怒る前に右が先に怒ってくれたので天花はそれに便乗する。
「そっ……そうだよ! あんたなんかおっぱいじゃん! そのバカな小娘のおっぱいじゃん!」
『じゃー貴様は今自分のおっぱいと喋ってるって事で良いか?』
「いやああああ!」
『泣くな主! 嫌でも受け入れろ! 強くなれ!』
「嫌だよぉおおおおおおお!!」
『落ち着け。深呼吸しろ。鼻から吸って、口から出すんだ』
「お、おっぱいに呼吸法指導されてる……!」
『ギャーギャー騒ぐから貴様……、汗臭くなってきおったぞ』
「言わないでよ分かってるよ汗も出るよおぉぉ~!」
この状況にバタバタと床を転がる天花。その度に胸も当然振動し、それにつれて左右が不満を述べ始めた。
『揺らすな! 自分は紳士たろうと思うが限界はある!』
『よせ、せっかくの玉座が揺れる……うっぷ。我が吐いたらどうなると思う?』
「もう黙ってぇぇぇ~!!」
天花は立ち上がると、もはや反射的に胸を押さえた。だが押さえたからといって黙るような相手ではないらしい。
『何をするんだ! 扱いが雑だ、主! いくら主でも言いたい事は言わせてもらうから黙らないぞ!』
『むしろ黙っていた時代のほうが不自然と言うものだろうな』
「そうかなぁああああああ!!?!」
『あと我と話す時は敬語な』
『じゃー自分と話す時は剣を捧げる動作を入れてから話して欲しい』
「え……実は右の方が厄介……? 剣とか持ってません。いやどっちも無理です」
こうしてこの日、天花の双丘が爆誕した。




