巨乳が好き
二の腕と同じだとか、脂肪が多めのお尻に近いだとか、中華まんだとか水風船だとか、変わったところで言うと、車の窓から手を出して空気を揉んだらそれだとかも聞いた事がある。
でも結局、唯一無二だなと、真桑天花は思うのだ。
そう、おっぱいと言うものは。
そもそも人それぞれに違うのだから当たり前である。張りがあるおっぱい、柔らかいおっぱい、そして大きいおっぱいと……。
「……小さい……おっ……ぱい?」
これはもはやおっぱいと言える代物ではないのでは?
天花は自分の手のひらにすっぽり収まってしまう胸に絶望を覚えた。いや収まるも何も、どこからがおっぱいなのか分からないくらい緩やかな双丘なのだ。
天花が高校二年生と言う事を考慮すればまだ成長途中と言えなくもないだろうが、同い年の子らはすでに十分な成長を遂げている者がほとんどだ。
だがまだだ。まだ諦めたくない。
天花は自分の胸を包む手にグッと力を込めるのだった。
「大きいに越した事はないだろ。おっぱいは大きければ大きいほど好きだな」
あっけらかんとそんな言葉が天花の耳に入った。
なんと品のない、欲望にまみれた言葉だろうか。
もし、その声の主が名も知らぬ男子であればそう思って心底軽蔑してやれただろう。だが違った。
たまたま渡り廊下を歩いていた時に聞こえて来たその声は、上履きのまま中庭に出て芝生の上で弁当を食べていた佐々木晃芽。天花の想い人であった。
「ぷっ! 晃芽先輩デカい声で何言ってんだよ」
聞こえない様にそう言ったのは後ろを歩いていた田中蒼太だ。天花のご近所で幼馴染……腐れ縁の同級生である。たまたま日直だった二人は昼休みの間に次の授業に使う資料を準備する雑用を頼まれていたのだが、天花にとってそれは笑い飛ばせる内容ではなかった。
「……何て……言ってたっけ……?」
渡り廊下を渡り切ってから急に立ち止まり、後ろを見ないままに天花は田中にそう尋ねた。
本当は声の主が晃芽である事も知りたくなかったから声の方は見なかったのだが、田中曰くやはり晃芽なのだ。
「いやだから、デカい声で巨乳が好きだって」
「いい加減にしてよ田中! そんな言い方してないよね?! 大きいおっぱいが良いって言ってただけだったよね?!」
「意味同じだしそっちの言い方の方がどうかと思うけど?!」
「胸部周辺のボリューム感が豊かな方が性的興味を掻き立てられてしまう質だってだけ!」
これだけの事にやたらムキになる天花に田中は戸惑った表情を見せ、それに気付いた天花が慌てて口を噤んだ。
だが遅かった。ムッと口を閉じて顔を赤くする天花に、田中は面白そうにこう言って笑い飛ばしたのだ。
「ま! お前はタイプから除外って事だな! ははは!」
「……っ!」
天花はとうとうその場から走り去った。このままでは人に見られたくない顔を見られてしまいそうだったからだ。
「あっ! おい天花! 仕事放棄かぁ?! おい!」
背中に田中の声がぶつかるがそんなものは何のストッパーにもならない。とにかく早く一人になりたいと、一番近くの女子トイレに駆け込んで個室に閉じこもった。
「ううう~~……」
ここまで泣かなかった自分を褒めよう。
天花は小さな胸を両手に鷲掴みし、声を押し殺して泣いた。
好きなのだ。同じ図書委員の先輩である佐々木晃芽の事が。
嫌いなのだ。一向に膨らまない、まな板の様な自分の胸が。
頭の中の大部分を占めるこの二つの苦悩が、まさか完璧に融合して自分を苦しめるとは思っていなかった。
だがしかし……。
ひとしきり打ちひしがれて天花は思った。
「あたしの胸さえ……おっぱいさえ大きければ……」
すべて上手く行く。
本当はそう単純な話しではないだろうが、天花にはそう思えてしまったのである。
天花自身は気付いていないが、天花は十分魅力的な女の子だ。
肩下まである栗色の髪はとてもボリューミーで、左だけハーフアップしていつも可愛らしいリボンやシュシュを付けていた。そしてそんな甘めの髪型に負けないくらい、目鼻立ちもクッキリとしていて、少し低めの鼻も可愛らしい。
だがそんなものは、天花にとってそんなものは、大きな胸に比べたら全く取るに足らないものなのだ。
だから天花は毎晩、自分の胸を揉んでいる。揉んだら大きくなるとどこかで聞いた事があったからだ。本当はそんなのはただの迷信であり、少し調べれば分かる事だが天花はそのデタラメに縋った。他にどうしようもなかったからだ。
サプリや下着に掛けられるほどのお金もないし、誰かに相談するのも憚られた。一触即益、触ると即爆乳になると言うミルク菩薩も触りに行ったのにまだ効果がない。夜な夜な、天花は自分の胸に声掛けをしながら揉み続けた。
「大きくなりなさい」
ある時は粛々と。
「大きくなれよ!」
ある時は激しく。
「大きくなって?」
ある時は甘えて。
「大きくなってくれなかったらあたし死んじゃうかも」
ある時は病んでみたりもして。
天花はそれが大きくなる事を切に願った。
祈りを込めてそれを優しく包み、声を掛けながら適度な刺激を与える。もちろん天花が縋ったデタラメに声を掛けるとは書いていなかったけど、想いは無意識に声に出た。
そうしてどれくらい経っただろう。そう経ってはいないが、ある日突然願いは叶ってしまったのだ。
「……ん?」
カーテン越しに何かが光った気がして、天花は胸を揉む手を止めて自室のベランダへ出た。そして真夜中の空に謎の光源が浮いているのを見たのだ。
「んん?」
ちょうど、田中の家の真上当たりだろうか。青い、二階建ての屋根を照らす様に浮いていたが、瞬きのうちにそれは上昇し、飛び去った。
「わ……」
少しだけピンクがかったその光源は一瞬で消えてしまったが不思議と怖くはなかった。むしろ何か素敵な物を目撃したと胸が高鳴った。キュンと胸が鳴って次の瞬間に、夢が叶っていた。
「重っ?!」
ズンと肩に感じた事のない重量を感じて思わず声が出る。咄嗟にベランダの手すりを掴んでそれを逃がしたが、その両腕の間に見慣れぬものが挟まっているではないか。
「はっ?!」
部屋着にしていたTシャツのロゴがびよーんと伸びているし、胸にはとてつもない圧迫感。
「はぁぁ?!」
あまりの苦しさに部屋に駆け込み、Tシャツをめくった。
するとどうだろう、その下から豊かな双丘が弾ける様に姿を現したではないか!
ばるんっっ!!
「うわぁぁっ!! おっっぱい……!!」
天花は適切なリアクションが分からず、自身の胸を見てそう言った。そうだ、この豊かな双丘は自分の胸にある。




