男子にある別人格
サンドイッチを食べ終え、ろみは約束を取り付けて来ると天花の元を去った。一人になった天花は大人しいままの左右にもう一度話し掛けてみるがやはり返事はない。
絆創膏を貼り付けた時、とても苦しそうにしていた事。
お風呂でリラックスし、とても幸せそうにしていた事。
そんな事が思い出されたがバカバカしいと天花は頭を振った。
晃芽の告白を受け入れる。もうこれ以外の選択肢はないのだ。
【勝手でごめんね、助けてくれた事ありがとう】
午後の授業中に天花はそうスマホに打ち込み、それっきりもう返事をもらおうとするのはやめた。呼び出しに成功したとろみから連絡があったからだ。
「あ、ホントに来たっ! 真桑さん!」
「はっ……! こっ、晃芽……先輩!!」
誰も居ない、放課後の階段裏。薄暗くて空気がひんやりしていて、遠くからはしゃいだ生徒の声がする。
ろみが用意してくれたシチュエーションだ。
「あの……晃芽先輩……あの……」
「うん」
晃芽の視線は分かりやすく天花の胸に注がれていた。まだ目が合わない。と言っても、天花の方も晃芽を見れないのでその事実に天花は気付いていない。
『……チッ』
脳内に舌打ちが聞こえて天花はサッと血の気が引いた。やはり、このまま大人しく消える気などないに違いない。早く、事を運ばねばならない。
「晃芽先輩! 私と付き合っ……ひゃあああ!!」
先に動いたのは左、魔王だ。
『目が気に喰わぬ』
左胸を押し込まれ、肩が下がり、もう一度前へ突き出たと思ったらだいぶ近いところに立っていた晃芽にドンっとぶつかった。
「うっ!」
予想外かつかなりの衝撃で晃芽は息を詰まらせ低く呻いた。
「ごっ……ごめんなさ……」
『左はジャブってやつだよ』
天花の謝罪とは裏腹に、今度は右、騎士が身体の捻りを利用して更に重い一撃をぶつける。
「ううっ?!」
まさかコンボで攻撃を受けると思っていなかった晃芽は、抉る様に入ったみぞおちを抑えて思わず膝を付いた。
「うわーっ!! ごめんなさいごめんなさい!」
「う……痛いな。なんでこんな事……」
心情的には蹲った晃芽に駆け寄り介抱したいが、今近付いたらもっと酷い事になってしまう可能性がある。そう思った天花は両腕で胸を隠しつつ、晃芽から距離を取った。
「ごめんなさい! あたしじゃないの!」
「……はぁ?」
「おっぱいが勝手に動くの! あたしじゃないの!」
こんな言い訳、信じてもらえる筈がない。だけど言わずには居られない。だって真実なのだ。
「……」
この時、晃芽は初めて天花の目を見た。
顔を真っ赤にして、眉を下げて、必死で何かを訴えている天花の目を。
「おっぱいが勝手に動くって? そう言った?」
「……ごめんなさ……」
嫌われた。
何でもかんでも本当の事を言えば良いと言うものじゃない。信じてもらえないに決まっている。信じてもらえたとしたらもっと嫌われる。
これでもう、天花の、この先の夢は叶わなくなった。永遠に、このおっぱいと付き合って行くしか……。
晃芽はガシガシと頭を掻いてうーんと呻っていたが、意を決した様に顔を上げて天花に言った。
「分かるよ!」
「……えっ?」
きっと晃芽は気味悪がって去ってしまうだろう。そう覚悟したのに、晃芽はそう言って天花に理解を示したのだ。
「まぁ、さ、身体の一部がさ、勝手に動いちゃう事って、あるよな」
「……こ、晃芽先輩も、そんな時があるんですか?」
「あるよ、あるある。授業中とかさ、絶対ダメって時に限って動いちゃったりさ。制御不能なんだよ」
「そう! そうです! 一緒です!」
「ははは、特に疲れた時とかさぁ……」
「疲れた時? そうなんですか?」
一瞬身を乗り出した天花はその言葉を聞いて首を傾げた。
「そうだね、そんな時はなんかもう別人格みたいな感じで、自分じゃどうしようもなくて、まるで脳内に別人格が語りかけて来るかの様な感覚と言おうか……」
「おお! すごく分かりま……」
「だけど俺だけじゃなくて大概の男子はそうだと思うけど」
「……ん?」
「ほら……なんか、考えちゃいけないことを考えると勝手に、こう……盛り上がってくるっていうか……」
「盛り上がる……」
「気を抜くと、意思と関係なく反応する機構が発動しちゃう感じだよね」
「機構……」
「男子にはね、制御不能なサブシステムが搭載されてるの」
「……えっと……それって……」
一緒だとはしゃいだ天花だったが、さすがに晃芽が言っている事と自分の状況はまったく違うと気付いた様である。
『真っすぐな目をして一体何を言っておるのだこやつ……』
『良く見ろ、濁っているぞ』
左右も気付いたがそれは天花には届かなかった。晃芽の真っすぐな目に射止められてしまったからだ。
「うん、だからさ……ああ、そうそう、俺、昨日咄嗟に真桑さんに告白しちゃったけど、言ったらあれもそんな感じさ。だけど俺自身その意見には賛成で後悔はしてない」
「晃芽……先輩……」
自分の状況と晃芽の状況は違う。全く違う。
だが晃芽はこの理解し難い状況を受け入れようとしてくれている。天花にはそれがたまらなく嬉しい。
不自然な動きを見せ、晃芽に危害を加えたのは間違いなく事実なのに、晃芽はそれをなかった事にして自分の恥ずかしい話しをしてくれているのだ。天花にはそう感じた。




