やるべき事
それから天花は一度家へ戻る事にした。
ブラウスは血に染まったし、何よりもう、ハチコをこの場所に置いておく事なんて出来ないと思ったからだ。
「ろみちゃんも付き合って帰る事ないんだよ?」
「……何言ってるんですか、もう学校へ行く気力残ってませんよ。まさか天花先輩ハチコを置いてまた学校へ行く気なんですか? 今日は委員会もないしもう良いでしょ、休みましょうよ」
「ハチコを飼ってってお願いするのに、学校も休みますなんて無理だよぉ」
「ああ、そうでしたね。そもそも昨日の段階で学校へ行かせる親でした。じゃー私も行きますよ……遅刻確定ですけど」
ハチコを見た母の感触は思いのほか良く、あとは父の説得も残っているが、母が味方になってくれるのなら勝ったも同然だ。
あっけなく問題が一つ解決し、少しだけ軽くなった気持ちで学校へ行く。
しかし授業中はずっとうわの空……いや、それは今回に限る事ではないのだが、とにかくずっと頭の中をある思考に支配されてしまうのである。
自分にとって、その先の夢とは……。
ハチコが生きたいと願ったのは、天花に撫でて欲しかったから。
では天花の胸に自我が芽生えたのは……。
「いや何でだよ?!」
「真桑? 私の数式に何か間違いでも?」
「はっ……! あ、いや、すすすみません何でもありませんハハハ」
考えれば考える程訳が分からなくなって思わず大きな独り言が出てしまう。
『我らと話している訳でもないのに独り言をぶちまけるとは……』
『気を付けないと頭おかしいと思われるぞ、主!』
「うる……っ!」
またぶちまけそうになりスマホを取り出す。ずっと大人しくしていると思ったらようやく起きた様だ。聞きたい事を聞いてしまうのが良いだろう。
【うるさい。あなた達は自分が生まれた意味、本当は分かってるんじゃないの?】
『いや、分からないぞ?』
【本当に?】
『貴様如きに我が嘘など吐いて取り繕う必要があるか?』
【魔法少女界の掟的な】
『さぁなぁ? 生みの親であるウラメの存在はずっと感じていたし、ウラメには何か掟があるのかも知れないが』
『我らの存在を認知出来るのは貴様だけだし、証明も出来ぬ。我らを縛ったところで何になる?』
確かにそうだ。ろみは天花を信じてくれたが、普通は信じてもらえない。自分自身まだ信じられない様な出来事なのだから。やはり、当てにならない。
となれば……。
「天花先輩のもう一つ先の夢?」
「う、うん。このおっぱいをどうにかするには、あたしが夢を叶える必要があるわけでしょう? でもそれが何なのか分からないとどうしようもないよね」
「いやアホなんですか先輩。そんなの分かり切ってるじゃないですか、それは恋の成就でしょう」
ドキンッと天花の心臓が弾んだ。左右に気付かれているかも知れない。
「えっ! なっ! だだだってでもそれでおっぱいに自我が芽生えるのはおかしいじゃない! 意味ないじゃない!」
「はぁ……もっと単純に考えて下さいよ」
ろみは購買で買ったサンドイッチのビニールを剥がしながら言った。
「そもそも天花先輩の願いは何だったんですか? おっぱいを大きくして下さい、だったんじゃないんですか? 未だにそれの何が純粋なのか納得してませんけど」
「うっ……うーん、そうだったかなー? 忘れちゃったなー?」
「今更とぼけないで下さいよ!」
「ううっ、そうです……」
「で! 何でおっぱい大きくしたかったんですか?」
「それは……」
恋の成就。
天花の想い人である佐々木晃芽が大きいおっぱいが好きと、そう言ったからである。
「望んだおっぱいの筈ですが、それをどうにかしたいなら……」
「望んでない! 自我持ってなんて言ってない!」
「そりゃそうでしょうけど、でもハチコの件を考えてみて下さいよ。ウラメちゃん? ちょっとやり方ズレてるじゃないですか」
ハチコの正確な思考は想像するしかないが、天花に撫でてもらいたくて生きていたかった、ウラメはそう言った。生きていたいが願いなのであれば、ハチコの身体をあんな風にする必要はない。他にいくらでも方法はあるだろう。
しかし、おそらくウラメは強くなれば死なないだろうと考え、ハチコに強靭な肉体と鋭い爪、牙を与え、結果それは天花を傷付けた。最悪処分の対象になってしまうところだったのだ。
「……ズレてるどころじゃないよ……何なら間違ってるよ」
「そう、間違ってるんです。天花先輩も間違えられたのだと安易に想像出来ます。何をどうやったらこんな間違いが起こるのかは分かりませんが間違えられたんですよ」
「そんな?! 間違いでおっぱい喋る様になったとか不幸過ぎるんだけど?!」
「だけどおっぱい大きくしたいって、そこは叶ってるワケだし……やるべき事も分かってるんだから良いじゃないですか」
慰めてもらえると思ったがろみは毅然とそう言って天花を突き放した。
「やるべき事……」
「そうです。どうかと思いますが簡単です」
後は分かるでしょうと言わんばかりに、手に持ったまま食べるタイミングを失っていたサンドイッチをろみが頬張った。
「晃芽先輩の告白を……受け入れれば……」
「ええ、どうかと思いますけどね」
重ねてろみが私見を述べる。
「晃芽先輩と付き合うくらいならこのおっぱいと共存した方がいくらかマシでしょうけど、方法は簡単だと思います」
「そ、そんな、共存なんて無理だよ。悪いけど……悪いけど消えてもらう!」
天花は自分の胸を見下ろしてそう宣言したが、左右からの返事はなかった。
肩にかかる重み的に寝てはいないと思うのだが、聞こえないふりをしているのだろうか。天花の宣言をはいそうですかと受け入れる筈もなさそうなので黙っててもらえるのは有難いが少し不気味だ。
「分かりました。なら私が呼び出して来てあげますよ」
「そそそんな、晃芽先輩にご足労頂かなくてもあたしから……」
「いやいや絶対静かなところで落ち着いて話した方が良いですって。放課後……そうですね、屋上へ続く三階の階段下に呼び出しますから。それまでにしっかり別れを惜しんで置いて下さい」
「惜しまないよ?!」
「そうですか、勇敢に天花先輩を守ったおっぱいが消えて、晃芽先輩と天花先輩が付き合うと思うと……私の方が名残惜しい様です」
「変な事言わないでよ……」
「すみません、では放課後」




