ハチコ
「ハチコ……?」
身体の模様も、一見すると大きさも、ハチコで間違いない。間違いないがハチコではない。何故ならハチコは二本足で立たないし、子猫らしからぬ爪や牙を天花に向けない。それに、こんなどこを見ているのか分からない様な瞳ではなかった。
「ハチコ! ハチコでしょ?! どうしたの?!」
にゃぁん……?
そう何度も呼ばれてやっとハチコはそのうつろそうな瞳に天花を映した。
にゃん!
いつもごはんをくれる人間だと分かったのか、ハチコは嬉しそうに鳴いて天花に飛び付いた。
しかし、その爪はいつものハチコの物ではないし、その前足の筋肉も随分肥大している。攻撃するつもりはなくてもこのまま飛び付かれたら危険である。
「あっ……!」
ばいんっっ……!
身の危険を感じた天花が身構えると、むしろその腕を弾く様に疲れて寝ていたであろう左右が颯爽と躍り出た。どう言う事かと言うと、ハチコに向かって突き出し、天花を守る盾の役割を果たしたのだ。柔らかな筈のおっぱいはその瞬間、硬いゴムの様になってハチコを拒んだ。
『何なのだ、少しは休ませろ』
『一人じゃ無理だったんだから仕方ないだろ』
「魔王! ナイト!」
弾かれたハチコはくるりと空で一回転すると、猫らしく華麗に着地を決めて見せた。そして拒まれた事に腹を立てたのか耳を怒らせてシャーと威嚇する。
「天花先輩?! ハチコ?!」
遅れて来たろみが不穏な空気に気付いて声を上げると、ハチコの標的になってしまう。
「ダメ!」
天花が庇う様にろみの前に立ちはだかると、また左右が楯となる。
ばいんっっ……!!
「すっ……凄い……!」
その様子にろみは自分に危険が迫っていた事も忘れて目を輝かせる。やはりこのおっぱいはギフトだと確信したのだ。
『自ら危険に突っ込むでない』
『主の友だ! 当然だと思うぞ!』
『そんな事より……こやつ同類か?』
『うむ』
一体何が同類なのか、独り言の様な魔王の言葉は必死な天花にも届き、騎士もそれに同意した様だった。
「一体どうしちゃったのよハチコ……」
「何がどうなったか分かりませんが、結果人に怪我をさせる恐れがありますね……。もう、本当に子猫かどうかも怪しい見た目ですし、もし見つかったら怖がられて……」
危険とみなされて処分されてしまうだろう。
天花が可愛がってきたハチコをそんな風に言うのは憚られ、ろみは言葉を詰まらせた。ここに居れば自分達も危険だが、人が居る所に出たら別の人間に危険が及ぶ。天花もろみもそれが分かるのでここから動けずにいた。
「今はどうかしてるだけだよ! 落ち着けばまた可愛いハチコに戻る。その証拠にあたしをちゃんと見てる! あたしを襲おうとしたんじゃなくてじゃれただけなんだよ、ね? ハチコ」
『怪我人が出る前に自分達が終わらせる事も出来る』
懸命な天花に騎士が冷徹とも思える事を言う。
「そんなの嫌だよ! 突然ハチコが居なくなったら田中だって悲しむし!」
「何ですか? おっぱいが何か言ってるんですか? 何を言ってるのか分かりませんが今田中先輩の心情を気にしてる余裕はありませんって」
まだ始まったばかりの一日で、すでにキャパ以上の出来事が立て続けに襲ってくる。そうでなくとも冷静に物事を考えると言う事が苦手な天花だ。
「あたしが飼う!!」
後先考えずにこう宣言し、案の定ろみに止められた。
「危険です!」
ろみだけではない。左右にもだ。
『そうだぞ主! 自分達が寝てる時に襲われたらどうするんだ?』
『当てにしてるなら見当違いだ。もう助けぬぞ』
「そんなんじゃない! ちゃんと! ちゃんとあたしが育てる! 爪も牙も整えて、人に向けちゃだめって教えれば良いじゃない?! だから……」
にゃん!
またハチコが天花に飛び付こうと一度体勢を低く構えると、何だかんだ左右が硬化したのが分かった。
「大丈夫!」
天花はそう言って両手を広げ、ハチコを受け入れる姿勢を見せる。天花が笑顔なのに気付いたのか、左右は言われた通りに硬化を解いた。
ふんわり……。
「んっ……」
鋭い爪は天花の肌をブラウスの上からも容赦なく傷付けたが、天花は構わずハチコを抱き留めた。
「よしよし、良い子だねハチコ、爪は引っ込めようね、ほーら」
「天花先輩……血が……」
ブラウスから滲んで来た赤い物に怯えてろみが呟く。ハチコは大人しく天花の、柔らかいおっぱいに包まれ……爪を引っ込める事は出来ない様だが、それを自分の方へ丸める様にして天花に身を任せていた。
「ほら、ちゃんとあたしが分かるんだもんね、偉いね。偉いよ」
言いながら撫でてやるとそこから……光の粒が零れた。
「……?」
それは撫でる度にハチコの身体から零れ、そして空へ上った。




