獣
「ごめんねろみちゃん……」
青い顔をした天花はまずそう言ってろみに頭を下げた。かなり憔悴している様だ。
「なんで天花先輩が謝るんです?」
「だってっ……! だってどう考えてもあたしに巻き込まれてるもん! これ、呪いだよ! あたしと居ると次々と不幸に襲われるんだよ!」
痴漢、植木鉢、交通事故……。
確かに立て続けだった。今まで運良く遭遇しなかった事が今日連続して起こった。
「きっとおっぱいの呪いなんだよ!!」
足早に歩きながら、天花はそう言って顔を覆ってしまう。
「落ち着いて下さい先輩。でもこれらの不幸を跳ね退けたのっておっぱいですよ?」
「え……?」
「おっぱいが呼んだ不幸ならおっぱいが助けてくれるのはおかしいじゃないですか? だいたいおっぱいは今何て言ってるんですか?」
「今は何も言って来ない。たぶんだけど、疲れたんだと思う。何となく分かる」
「わざわざ体力使って助けてくれたんじゃないですか」
そう言われても天花にはイマイチ信じられない。何故なら昨日さんざん冷たい事を言っていたのはろみだからだ。息をしているなら絆創膏で止めてしまえと言っていたではないか。
「結果助かった……のかも知れないけど、左はあたしの事乗り物だとか玉座だとか言ってるくらいだし、少なくともあたしの為って感じじゃない気もするよ?」
「痴漢をバチンとやってくれたのを見て、天花先輩のおっぱい、悪い奴じゃないんじゃないかって……」
「え、植木鉢や車から守ってくれたのはともかく、あれだけは余計だったかなって思ってるよ?」
「いいえ! あれこそが味方である所以ですよ!」
天花と違い、もともと豊かな胸をいやらしい目で見られる経験のあるろみは、痴漢の様な下賤な輩に対して人一倍嫌悪感があるのだ。それでも非力な女では太刀打ち出来ない。つまり天花のおっぱいは、ろみの日ごろの鬱憤をスカッと晴らしてくれたのである。一変してろみは左右の味方になったのだ。
「本当にナイスパンチでした。おっぱいパンチ! いやまんま過ぎるか。乳魂ブレストスマッシュなんてどうですか? 天誅爆乳拳ジャスティス! 長過ぎると咄嗟の時に叫べませんかね」
「いや叫ばないよ?!」
勝手に呪いだと決め付けていた天花はろみの解釈に全く付いて行けなかったが、確かに助けてもらったと言う言い方も出来る。
「呪われたと言うより、選ばれたと考えましょう」
「えぇ……?」
「どうしてこんな奇跡を悪と思っていたんですか? よく考えたらこれ天からのギフトじゃないですか。昨日だってやり方は奇抜でしたが結果不良から逃げおおせました」
「そんな! 望んでないのに貰っても迷惑なだけだよ! 奇抜じゃ済まないし!」
「そうかも知れませんが悪と決め付けるのは早計です。ただギフトと決め付けるのも早計……ですかね。次に何か起こった時に考えましょう」
立て続けに恐ろしい目に会いながらも状況を冷静に見ているろみに、天花は頼もしさも恐さも感じる。
「次に何かって……そんなの起こって欲しくないよ」
「まぁ、普通に考えたらそうそう起こりませんから!」
「そうだよね、普通に考えたらそうそう……」
顔を引き攣らせながらもろみの意見に頷こうとした天花だが、最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。視界の隅に、あの日見た光源……少しだけピンクがかった光源を感じたからだ。
あの光源を見た後に、天花の胸は膨らみ、そして自我を持った。
「天花先輩?」
天花が遠くの空を見ているのに気付いたろみが同じ方向を見てみるが、もう光源はどこかに消えていた。しかし天花は光源の消えた方へ向かって走り出す。昨日ハチコを移動させた空き地の方だ。
「あ、待って下さいよ~!」
単にハチコの元に急いだのかと思ったろみは、特に緊急性を感じずマイペースに後を追った。ハチコにご飯をあげる事を考えたら確かに急いだ方が良いがそれでもまだ遅刻する時間ではない。
「そこまで走らなくてもまだ時間ありますよ~?」
背中に聞こえるろみの声に従わず天花は走った。あの時は素敵な物を見れたとワクワクしたものだが、今は嫌な予感しかしない。だが確かめねば。こうなった原因が分かるかも知れないのだ。
ちょうどハチコの居る、エノコログサが生い茂った先の空き地……この辺に来ている筈だと天花は慎重にそれをかき分ける。
「ハチコ~? 無事~?」
恐怖をごまかす様に、天花は敢えて緩い声でそう言いながら覗いた。
すると死角から、ヒュッと鋭い風を感じてハラリと前髪が数本落ちる。
「え?」
風の来た方を見ても何も居ない。だが視線を落とすと、そこには一匹の猫、天花がハチコと呼ぶハチワレの猫……らしき獣が二本足で立っていた。




