「あたしじゃないよ?! あたしのおっぱいだよ?!」
「ろみちゃん!」
翌日、天花は前方にろみの姿を見掛けて駆け寄った。合流地点で待っていてくれた様だ。
「おはようございます天花先輩。良いですね、今日は落ち着いてます」
「あはは……昨日はそんな変だった?」
今日はブラジャーもブラウスもしっかりサイズのあった物を装着しているので、はみ出している感じがない。
「学校指定のブラウスじゃない様ですが、それでもこっちの方が全然良いですよ。ブレザーで隠れますし」
「ありがとね、ブレザー」
「ユニフォームを交換するスポーツ選手みたいで良いじゃないですか?」
「何を讃えあったのかな、あたしはろみちゃんの事讃えてるけど」
「私も讃えてますから大丈夫です」
他愛ない会話をしながら横断歩道まで差しかかると、歩行者用の信号機が点滅していた。まだ慌てる時間でもないので無理して渡る気はなかったが、隣りに立った男が突然天花の前に腕を出した。
「危ないよ」
このままでは胸に触れる。男の視線は当然そこだ。
「ちょっ……!」
「え?」
男の目的に気付いたろみが、天花を守ろうと肩を掴んで身体を引かそうとしたが間に合いそうもない。天花自身は相変わらずのぼんやりだ。
このままではむざむざ天花の胸を触られてしまう。ろみが眉に悔しさを滲ませたその時……。
『気安く触るでないわ』
天花の脳内に魔王の声が響き、胸をドンと押された。左右両方から後方への圧力が掛かった感じだ。
『まったくだね』
遅れて騎士の声も聞こえて来る。
押されて一歩下がり、ギリギリのところで男の手をかわした天花はさすがに状況に気付いた。
「あ……はは、どうもご親切にぃ~……」
「ご親切?! 逆でしょ! こいつ痴漢です!」
穏便に済まそうとした天花の思惑を汲み取らず、ろみは大声を出してしまう。
「はぁ? 何を言うんだ! 誰がガキなんか相手にするか! 自意識過剰のガキがっ!」
だいぶ厄介なタイプの痴漢の様だ。
「私見てましたよ! あなたの視線の先をね!」
「どこにそんな証拠がある?!」
「ちょちょちょ、ろみちゃん落ち着いて、あたしは大丈夫だし……」
『主、合図をしたら走れ』
『我のタイミングで行く。遅れても知らん』
左右の声に、嫌な予感しかしなかった。だから言われるがまま、ろみの手を取りいつでも走れる様に構える。
「わっ?!」
左右に引かれ、胸から痴漢とろみの間に割り込み、そして正面に立った天花の胸が大きく突き出す。
「何っ……!」
痴漢でなくとも胸を見るだろう。だが男はこの不思議な状況に驚きつつも次の瞬間には鼻の下を伸ばした。呆れたものだ。
そしてその無防備な顔面に……。
バチンッ……!
まずは左、魔王の一撃。
バチンッ……!
間髪入れずに右、騎士からも一撃。
痴漢はおっぱいに顔を挟まれ、醜くその顔面を歪ませるとガクリと膝を折った。
「ひぇっ……?!」
そのまま自分の方へ倒れて来る痴漢を天花が怯えながら避けると、痴漢はそのまま地面に突っ伏してしまう。
『思ってたより強烈なのが入ったな!』
『他愛もない。別に走って逃げるまでもなかった様だ』
「いや逃げる! 逃げるよぅ!!」
天花はろみを引っ張る様にしてその場から駆け出した。
スカートにはきこんでいたブラウスは飛び出したが、ボタンは無事だ。奇跡的にブラジャーにも収まっている。
「天花先輩! 今の……!!」
「あたしじゃないよ?! あたしのおっぱいだよ?!」
「わっ……分かってま……」
『危ない』
また脳内に声が聞こえて胸から先に身体が動く。強引過ぎるそれに足がもつれてろみと一緒に倒れてしまうが、真後ろでガシャンと大きな音がした。見るとそこそこ大きな植木鉢が粉々になって辺りに土が散らばっている。
「大丈夫?! ごめんなさい日を当てようと動かしたら手が滑っちゃって……!」
面したマンションの上の方からそう声がした。
「ごめんなさいじゃ済まないでしょ……」
『危ない』
放心状態でそう呟くろみに被ってまた脳内に声がする。今度は何だと構える暇もなく天花は無理矢理立たされ、植木鉢の方へ一歩戻ると……。
バァァンッ……!!
轟音と共に目の前で車がそのマンションに突っ込んだ。
「な……な……」
「だだだ大丈夫……? ろみちゃ……」
立て続けに起きた恐ろしいハプニングに二人は立ち尽くし、手を握ったまま身体を震わせた。浅くなる息をどうにか整え、ろみが行こうと天花を促す。かなりの人が集まって来たからだ。だいぶはだけてしまった天花を見られたくなかったのだろう。
無言のまま、足早に二人は歩きハチコの元を目指した。ルート的に通勤通学の人が居ないのでやっと落ち着ける。




