風呂場にて
にゃーん。
「ごめんねハチコ、今あげるからね」
言いながら天花はカバンの中から猫缶を出し、慣れた手付きですり寄って来た猫にそれを出してやった。
「まだ子猫だから……万が一お母さんが探しに来たらと思うと連れても行けなくてさ。田中と交代で餌あげに行ってたんだ。今日の放課後と、明日の朝は私の番。これもあって今日はどうしても来たかったの」
「なるほど可愛いですね」
「うん! ろみちゃん猫大丈夫そうで良かった!」
「大丈夫どころか大好きですよ。うちの近所に猫カフェあって、大袈裟じゃなく実家の様に通ってます」
「あははっ! そうなの?」
「はい、だから猫は大好きですし……猫好きな人間も分かる……筈です」
そう言ってろみは少しだけ何かに引っかかった表情を見せたが、すぐにハチコの可愛らしい姿に目線を奪われた。
「この子、災難でしたね。もうお母さんとは完全にはぐれちゃったかな」
みぐみぐと何とも言えない声をあげながら美味しそうに猫缶を食べる子猫を、ろみがしゃがみ込んで見詰める。
「結局あそこから連れ出しちゃったし……もう戻すわけにもいかないし……田中に連絡して場所変わったよって言わなきゃ」
「て言うか田中先輩と交代でとかやっぱ仲良いですね」
「成り行きよ成り行き! たまたま一緒の時に見付けちゃったんだから仕方ないのっ」
「へぇ~、たまたまですか。じゃあその後、一緒に名前決めたりとかしたわけですね?」
「してないし! あたしがあたしの好きな名前で呼ぶだけだし!」
「ハチコって呼んでましたっけ? ネーミングセンスないですねぇ。でもきっと田中先輩もそう呼んでるんじゃないですか?」
「知らないよ! 本当に相談してないもん!」
「あんまり否定すると逆に怪しいですよ? 良いじゃないですか、他にもご飯の量相談したり? 写真送り合ったり?」
「んもーろみちゃんっ!!」
「はいはい、もう言いませんから。食べ終わったら帰りましょ」
「ふはぁぁ~~~」
もう言いませんと言った割にはまぁまぁろみにからかわれ続けたが、動物に寄る癒し効果を得て天花は無事に家に帰り付いた。
酷い一日だったと天花は思う。何が酷いって、まさか大好きな人の為に大きなおっぱいを望んでそれを手に入れたのに、それ故に告白を断るなど……。そしてそのおっぱいが光るなど……。
「ああ……ブクブク……」
湯船に身体を横たえながら天花はしみじみと溜息を吐き、顔を埋めた。両肩に掛かっていた重みが軽くなってまるで天国だ。
『うーん生き返るなぁ!』
『やはりブラジャーと言うやつは窮屈でいかん』
ただし、いつも通りここが一人の空間だったら、である。
「うっさいなー。明日はもっとサイズが合うブラになるからさ。そしたら心地良いベッドになるんじゃない?」
『玉座な』
『寝てばかりいても退屈だったから自分は一緒に授業を受けていたぞ』
「起きてたんだ? ずっと机に乗せてたから分からなかった」
『あー、それ止めてくれ。硬くて痛いぞ』
「ええっ?! あたしも重くて大変なんですけどぉ?」
『そうだぞ、それくらい自分達が我慢してやろうじゃないか』
「さすが右ちゃんは紳士ね~。それ故おっぱい光らせたりして困るけど。あれ二度としないでね? トラウマが出来たから」
『なんだ主、その右ちゃんってのは』
「不便だから名前付けた。右のおっぱいだから右ちゃん」
『おい貴様、まさかこの我の事を左ちゃんと呼ぶつもりではなかろうな?』
「あんたは魔王よ」
『気に入った』
「……なら良かった」
『自分ももっと凝った名で呼ばれたいぞ主』
「えー、別に魔王は凝って付けたわけじゃないよぉ?」
『ふはは、我の様な確固たる個性がないのだ、仕方あるまい』
「いや二人とも個性と言うか癖強いけどね……あ、じゃぁナイト、なんてどう? 騎士って意味よ」
『良いじゃないか! 気に入ったぞ! 自分は主を守る騎士たろう! 我が忠義! 胸にて光と成らん!』
「だからそれはならなくて良いのよ!」
『あの方法にはドン引きしたが、まぁ奴には分からせてやる必要があったと思う』
「女子高生なのに自分より年上の半グレも仕切ってるとか言ってたし……また会ったら仕返しされそうなのが恐いよ」
『せいぜい危なそうなところへは行かぬ事だな』
「うん……て言うか、いい加減黙ってよ、けっこうお風呂の声響くんだから。前に歌ってるの聞かれて恥ずかしい思いを……」
『我らの声は響いておらぬ』
『うむ、主の声だけだ』
「そうだった……」
それなら自分の声を抑えればいけるな……と考えて天花ははたと我に返った。
――私、適応能力高過ぎ……?
この状況に適応して良い事があるだろうかと悩み、少し二人を無視してみようと思うがどうしても突っ込まずにはいられない状況になってしまう。
『しかし悪くないな、この暖かな水の中は』
『ああ、日々の戦いの疲れが癒えて行くようだよ』
「一体何と戦っているのよ、今日色々なものと戦ったのはあたしだけ……おっと」
『この液体の中で、我はあまりに無防備であるな』
『うん、逆に言えば信頼された空間だって事さ』
「お風呂が信頼された空間とかなかなか綺麗な言い方をするじゃない……おっと」
『ふはは、日常の聖域とでも言おうか』
『魔王が聖域に居て良いのか?』
「いやそれはただの呼び名であって本当に魔王なワケじゃないんだからさ……おっと」
『さぁ、明日からも大変だぞ』
『うむ、来る戦いに備えなければな』
「いや何?! 何の戦い?! 二人だけで喋ってないであたしも入れてよぉぉ~~!!」
結局、何を騒いでるのと母から注意されるまで左右と会話をしてしまってハッとするのだった。
今日はろみに言われた様に、ちゃんと佐々木晃芽と言う人物について考えてみようと思ったのにそれもままならない。
そもそも理屈で好きになったワケではないのだ。理屈で嫌いにもなれない。またろみに呆れられるかも知れないが簡単に整理出来る事なら苦労はないだろう。




