チェストフル・ハートフル・アポカリプス
「……ハチコぉ? ああ、こいつか?」
天花の視線の先に気付いた琉希は持っていたそれを天花の前にぶら下げた。ハチワレの子猫だ。首根っこを掴まれ、両手足をブラブラさせるしかない子猫はか弱い鳴き声を上げる。しかしそれさえ掠れて途切れてしまう。
「やめて!」
「おっと」
さっきまで硬直していた天花はパッとその腕に飛び付いたが、琉希が腕を上げるだけでまんまとかわされる。
「あんたのかよ?」
「違うけど……可哀想でしょ?!」
「はぁっ?! 何が可哀想なんだよ?!」
『まったくそやつの言う通りだ。いつもいつも少しの事で騒ぎ立ておって』
『小さい事とは何だ! 小さき者は守るべき存在! 自分より大きなものに立ち向かうとは勇敢だぞ主!』
「うるさいうるさい」
「ああん?!」
「わぁぁぁ違います違います!」
このタイミングで入って来た左右につい反応して琉希を刺激してしまう天花。
「何が違うってんだぁ?!」
『違わない! 小さき者は守れ!』
「うるさいってぇの!!」
「あああん?!」
「ひぃぃぃ違う違う……!」
『うるさいのは貴様だ小娘。鼓動が速い。心臓って左寄りだから我の方が響くのだぞ。気を使うがよい』
「ドキドキしない方が無理でしょこんなおっかない人にアアンとか言われたらさぁっ」
「ちょっと天花先輩……」
いちいち左右に反応してしまう天花の制服の裾をひっぱってろみが諫める。あからさまな態度を取ったろみからしてもこの状況はマズいと思う様だ。どう聞いても左右の存在を認識出来ない人間からしたら煽ってる様にしか聞こえない。
「あたいが男だったら多めに見てもらえたかも知れないけど、当然あたいは女に手を出さねぇとか言うつもりはねぇ。舐めた奴は黙らせる。それがあたいのポリシーだ」
言いながら一歩近付き、琉希はつまんでいたハチワレの子猫をろみに放り投げた。
「わぁっ!」
「ハチコ!」
幸いハチコは綺麗にろみの腕の中へ放物線を描き、驚きながらもろみはハチコをしっかり受け止める。これでハチコを放して欲しかっただけの天花の望みは叶った。だが、事態は収まらない。これまたあからさまに、琉希は空いた手で拳を作り、それを鳴らしながら一歩近付く。
「逃げてろみちゃん……」
天花は後退りしつつ、無意識に制服のボタンを抑えてろみにそう言った。
「何言ってるんですかっ!」
『この人間、我に敵意を向けておるようだな』
『ああ、一目見た時からこうなるんじゃないかって思っていたけどな。その好戦的で悪意のある視線。胸の奥に熱き剣の血潮が騒ぐ。光、解き放たんとす』
「めちゃくちゃ嫌な予感がするから逃げて!!」
「予感でもなんでもねぇよ! 分からせてやるこのクソアマ!!」
ひと際大きな声を出し、琉希が一気に掴みかかる。
「ダメ……っ!!」
それは一体誰に言った言葉だったのか。どちらにせよその言葉は意味を持たなかった。琉希はそれで止まってはくれなかったし、天花の右胸がぼうっと光り……。
『魂に刻まれし騎士の誓いよ! 我が胸より炸裂し! 罪深き者に終焉を! チェストフル・ハートフル・アポカリプスッッ!』
「何それぇぇぇーっ?!?!」
『何だそれは?』
「いやいやいやせめてそこ二人は共有してて……! って……まぶしっっ!!」
『おい小娘、右が光ってるぞ』
「光っ……?!」
光。
圧倒的な光が、辺りを包んだ。
光源は天花の右のおっぱい。だがしかし、もう光源が天花のどこかなど誰も分からない。
温かだが強い光、チェストフル・ハートフル・アポカリプス。
「目がっ……! 目がぁぁぁー!」
突然の光に、情けなく両目を押さえて琉希が呻く。
『ふははっ! 良い様ではないか!』
その姿を見た左が嬉々として言うと強引に突き出し、胸から琉希に当たりに行く。それは所謂肩パンのかたちで琉希に入り、琉希は両目を押さえていた腕で今度は肩を庇った。
「痛っ……! くそっ……何だよ……こりゃぁ……!」
「ひぃぃぃ何でしょう何なんでしょうねぇぇ~~! あたしも初めて見ましたぁぁぁ~」
「何言ってるんですか天花先輩! 今のうちですよ!」
律儀に琉希の言葉にリアクションを返す天花の腕を、後ろからろみが引いた。辺りは光に包まれていたが、天花の背中側に居たろみは直視を避ける事が出来たのだ。
「いやぁぁ~~どこ行くのぉぉぉ~!!」
「とにかくここじゃないとこですよ!」
「おっぱい光ってるとこ見られちゃうよぉぉ~!!」
「もう町内にバレてるレベルですから安心して下さい!」
「うわぁぁぁん!!」
せめてと天花は胸に学生カバンを抱えてろみと一緒に走り出した。幸い、光はすぐに弱くなり、人間サーチライト状態だった天花の表情も徐々に現れた。少し安心し、振り返って確認した天花のその表情はあまりにも情けなく、思わずろみは吹き出してしまう。
「ぷふっ!」
「笑い事?! 笑い事かなろみちゃん?!」
「だって先輩、あたしそんなに眉が下がった人初めてみましたもん。おっぱい光る人も初めてですけど」
『我も引いた』
「あんたは引くな!」
『何を引く? 弱き者を守る為に自分は自分の剣を輝かせたに過ぎない』
「守ってくれてありがとうね?! でも剣じゃなくておっぱいが輝いちゃったのね?! もう絶対にやめてね?!」
ろみが子猫を抱えたまま、二人はようやく落ち着けそうな空き地を見付けてそこに身を隠す様に座った。




