#45 因縁
~ルタ 邪教団アジト~
「お兄ちゃんッ!!」
思わず彼のことを叫ぶ。
「フン、『お兄ちゃん』・・・か。」
銀蠍は呆れ気味に私を見る。
「相も変わらず、その名の如く『猫』をかぶっているんだな、猫。」
「・・・。」
迂闊だった。
『逃げるフリをして潜伏』。
彼の正体を見破る手段にもなるし、消耗してくれれば捕獲もしやすくなる。
奴にとっては利点しかない。
考えれば分かることだし、、最も警戒しなければいけないことだった。
「『戦力になるものは何でも欲しい』・・・って所ですか?」
そう、銀蠍、いや、奴の主であるアークヴォルグの王が彼を狙う理由は明確だった。
『魔王を倒した英雄を自国の戦力に加えること』。
非常に分かりやすい。
「あなたの王は本当に下品な程強欲で節操がないですね。」
皮肉を吐きながら思考を巡らせる。
マズい状況だ。
奴と私ではおそらく一対一で勝てるかどうかは五分。
それは別にいい。
だがもっとマズい状況なのが周囲の戦力だ。
「言っていろ。私だってそれには異論がない。」
「な~るほどなるほど♪ アークヴォルグはルヴァーナを潰したがってましたもんね♪」
減らず口を叩きながら周囲の状況を確認する。
「くっ・・・うぅ・・・!」
麻痺で動けないのが一人・・・。
「お、俺は、英ゆ、いや、ちが・・・とにかく、や、ややや、やるなら相手になるぞぉ!!」
絶望的に戦力にならない奴が一人。
戦闘中に人質に取られることがあれば厄介だ。
「私としてもルヴァーナを潰せば後ろ盾の無くなったお前を狩ることも容易だからな。」
「理には叶ってますが一言だけ言わせてもらいますよ?」
「なんだ?」
「今あなたたちがその人を使ってやろうとしてることは『ガキの喧嘩』ですよ?」
「何とでも言え、私も王に心底忠誠を誓っているわけじゃないがルヴァーナを潰すという目的という意味では利害が一致している。貴様に復讐するためのな・・・。」
平静を装いつつ、銀蠍は私を睨む。
その眼には明らかに殺意が籠っていた。
だったら・・・!
「今やらなくて いいんですか? 私の今の状態、あなただって分かってるでしょ? 復讐の機会をみすみす棒に振る気ですか?」
「やけに挑発するじゃないか。」
「・・・。」
「フッ、なるほど。そういうことか。」
銀蠍は鼻で笑って来て察する。
「何が言いたいんです?」
分かっていながら敢えて聞く。
「余程この男を連れて行って欲しくないと見える。」
「そりゃそうでしょ? 私にとっても彼は重要な作戦ターゲットですからね。」
「嘘だな。」
「?」
銀蠍は意味の分からない事を言う。
「お前は嘘ばかりをつく、そんなお前がそこまで弱点や腹の内を明かすのはどう考えたっておかしい。何か本音があるんじゃないか?」
「ではその『本音』というのは何でしょうかね?」
「お前、この男に何か情があるだろう?」
「? あなた、自分が何を言ってるのか分かっているんですか?」
「ああ、我々の世界にそんな感情を持った奴は真っ先に死ぬ。そんなもの、闇の世界をしぶとく生き延びていた『猫』が持ち合わせるわけなんてないからな。」
「よく分かってるじゃないですか。」
「だが実際はどうだ? 現に弱点を晒してまでこいつを庇って、その理由を口先八丁の建前で誤魔化して・・・はは、はははは!!」
銀蠍は笑い出す。
「こいつはお笑いだ!! 非道外道な猫にまさか想い人がいるとはな!!」
「・・・ふふ、はは、あはははははは!!!」
私も釣られるように笑う。
こいつの言っていることが滑稽だからだ。
「反吐が出ること言ってんじゃねぇよ。」
笑顔のまま銀蠍を睨みながら言葉を吐き捨てる。
だがそれだけじゃない。
奴が私の顔に視線が言っている今が最大の好機。
後ろの岩壁に杖でバツ印を書いて二回タップする。
「ッ!!?」
銀蠍は目を見開く!!
ーーー数分前。
「?」
道すがらに落ちていた邪教団の信徒のものと思われる死体の横たわる道を抜けて大部屋に入る直前、立ち止まった私に彼が気づいて止まる。
「ルタ?」
「・・・。」
彼が声を書けることを気にも掛けず、私は壁に杖を当て・・・。
「炎 杖 設置 手動 爆散」
魔法を詠唱して壁にバツ印を書く。
「起爆地雷」
魔法を唱え終えるとバツ印は壁に吸い込まれるように消えていった。
「何やってんだ?」
「秘密♪」
何も分からず疑問を投げる彼に向かって人差し指を口元に当てながら愛嬌を振りまくように笑いかけて誤魔化した―――
―――銀蠍は遠くの方で突如爆発が起きた現場を見ていた!
爆発の正体は数分前に仕掛けていた起爆型の地雷魔法だ。
事前に印を魔法詠唱と同時に書くことによって設置することができる魔法だ。
詠唱と同時に書いていた印を書いて杖で合図することで魔法詠唱無しで発動させることができる。
だがこの魔法はただ爆発するだけ、銀蠍を直接攻撃する為じゃない。
狙いは・・・
「炎 杖」
魔法を詠唱する隙を作る為だ!!
「ッ!!」
だが銀蠍とて手練れの暗殺者、この程度の不意討ちにはすぐ反応して此方へ走ってくる!!
頬に青白い光筋、上昇も当然使っている!
だが奴は真っすぐ走ってこない!!
左右に揺さぶるようにジグザグに走っている!!
その理由は今奴が通過した燭台にあった!
鉄で出来た燭台だがキレイに真っ二つに切れていた!
そう、こいつは知っている。
だがそれも織り込み済み・・・。
「放出」
その為の魔法だ!!
だが銀蠍も目と鼻の先にいた!!
私の放っていた斬撃を回避しながら跳び上がって逆手に持っていたナイフを振り上げ、今にも私に突き落とそうと構えていた!!
「ッ!!」
だがそれをさせるほど私も甘くない!!
振り下ろそうとしたナイフを杖で弾き・・・!
「ッ!!?」
状況に気づき、目を見開いた銀蠍へ杖の先を向け・・・!
「炎ガァッ!!!?」
魔法の詠唱は中断された!!
銀蠍が人差し指と中指で固めた二本指で私の喉を突いていた!!
「ゲェッ!! ゲホッ!!」
激痛と吐き気で意識が飛びそうになる!!
だが・・・!
「ッ!!」
マズい!!
銀蠍がナイフを拾おうとしている!!
させるかッ!!
「ッ!!」
朦朧とする意識の中、咄嗟に走る!!
「ッ!!?」
私が動けないと思っていたようで銀蠍は油断していたッ!!
「ッ!!」
「くッ!!」
その隙を逃さずタックル気味にぶつかりながら身体を掴んで押し倒す!!
「!!?」
銀蠍はこちらを見て目を見開く。
「・・・。」
馬乗りになった私の右手に毒針が握られていたからだ。
だが・・・。
「・・・。」
銀蠍はすぐに表情が消える。
「ッ!!!」
すぐに察したッ!!
マズいッ!!
「ッ!!」
すぐに銀蠍を殺そうと頭に毒針を突き落とすッ!!
だが・・・!
「・・・。」
突き立てた毒針は銀蠍の頭の横、傍らで銀蠍は青白い光の筋を米噛みに浮かべながら涼しげな顔で私を見ていた!
「くッ!」
諦めずに何度も突き刺しにかかるが無駄だった!!
「・・・。」
銀蠍は毒針を全て紙一重で躱していた!
上昇だ!
動体視力を強化する感覚上昇で全て攻撃を見切られている!!
「ッ!」
だが攻撃の手を緩めるわけにはいかない!!
ちょっとでも隙を見せれば・・・!
「ッ!!?」
「・・・。」
銀蠍は右手で毒針を持った私の手を掴んでいたッ!!
「ッ!!」
しかも左手が拳を振りかぶっていた!!
マズいッ!!
「くッ!!」
咄嗟に身体を左に仰け反らすッ!!
瞬間・・・!
「がッ!!」
銀蠍の拳が右側頭部に命中し、強烈な衝撃に身体が浮く!!
だが最悪の状況は回避出来た!!
銀蠍の放った一撃は上昇を使った拳だ!!
まともに喰らっていたら頭蓋骨を破壊されていたッ!!
「ッ!!?」
気づいた時には背中が地面に打ち付けられていたッ!!
銀蠍が殴られて身体を浮かせた私をそのまま掴んだ手を利用して地面に叩きつけた事にすぐ気づくッ!!
「くッ!!」
すぐに掴まれた手から毒針を取って銀蠍に向かって毒針を突きだすッ!!
「・・・。」
だが銀蠍はすぐに毒針を躱し、すかさず足を股がらせてのしかかり、マウントを取る!!
マズいッ!!
「ッ!!」
「・・・。」
何もしなければ確実にやられる状況で一か八かで毒針を突き出すがたやすく見切られて手首を掴まれ、止められてしまう。
しかも・・・!
「ぐッ!!?」
手に激痛が走る!!
下碗の急所を指で押されていた!!
「!!」
しまった!!
痛みで無意識に手が弛緩した隙に毒針を奪われる!!
即座に毒針を振りかぶった銀蠍、マズいッ!!
奴が毒針を振り下ろした瞬間・・・!
ガキィッ!! と金属がぶつかり合う音がした!!
「・・・。」
私は右腕で毒針を止めていた。
掴んで止めていた訳ではない。
右腕を盾にして防いでいた。
だが針は突き刺さっていなかった。
「ッ!!」
毒針を止めた腕で振り払うと、銀蠍が持っていた毒針は明後日の方角は飛んで行って数メートル先の地面に突き刺さる。
「ッ!!?」
だが危機は去って居なかった!!
既に銀蠍は拳を振りかぶっていた!!
しかも頬に青白い神経筋、上昇だッ!!
「くッ!!」
即座に顔面をガードすると奴の拳による打撃が雨のように降り注ぐ!!
「ぐッ、うぅ・・・!!」
しかもどれも岩をぶつけられたかのようなとてつもない殺傷力の連打だ!!
少しでもガードを緩めれば顔面に受けた打撃により、脳震盪による死亡は免れない!!
「ッ!!?」
打撃が止んだ!??
だがその一瞬の思考は更に非情な現実を私に突き付けてきた!!
「!!!」
銀蠍は私の両肩を押さえていた!!
その理由は・・・!
「・・・。」
銀蠍は私の体を支えにほぼ逆立ち状態で体を浮かせていた!!
しかも両膝を折りたたんだ状態で・・・!
その光景で奴がこれからやろうとしていることは明白だった!!
「くッ!!」
即座に落下地点であろう腹部、鳩尾をガードする!!
だが無駄だった!!
「ぐぁッ!!!」
奴の膝が突き落とされた時、ガードしたはずの腹部から激痛が走るッ!!
「がはぁッ!!」
あまりに強い打撃による衝撃が内臓まで伝わってしまったようだ!!
逆流した胃液が宙に向かって吐き出される!!
「・・・!」
あまりの激痛により朦朧とした意識の中必死に頭を働かせながら状況に気づく!!
また銀蠍が拳を振りかぶっていた!!
「ぐッ・・・!」
必死にガードするが・・・!
「がッ!!」
拳はガードをすり抜けて顔面に命中する!!
先ほど鳩尾にぶつけられた衝撃により著しく低下した思考でまともにガードの判断が出来ていなかった!!
「ぐッ!! がぁッ!!」
拳は何発も私の首から上のあらゆる所にヒットし、その度に意識を根こそぎ奪われてしまう!!
「がぁッ!! あがぁッ!!」
先ほどの抵抗で疑っているのか、念入りに何発も殴った上で銀蠍は大きく拳を振り上げ・・・!
「ッ!!!」
「ぐがぁッ!!!」
思いっきり顔面に拳を突き落としてきた!!
「・・・。」
銀蠍が引き抜くように拳を引くと・・・。
「ぁ・・・ぅ・・・。」
もう・・・意識が働かない・・・。
私は・・・自分は・・・今、何をするべきなのか・・・。
分から・・・な・・・!
~グランツ王 王宮~
「・・・。」
書斎のデスクに腰をかけながら目の前の書類を眺め、思考を巡らせる。
カザの警護を任せるための任命書だ。
彼にはああ言ったものの、田舎町に派遣される騎士団、傍から見れば王宮の任務を解かれ、辺境に左遷されるようなものだ。
近衛騎士団の団長は貴族の出が多く、プライドの高い騎士たちが多い。
それに数少ない平民出の者にも実力を認められ、自信を持ったことによるプライドから家柄で上から見下してくる貴族たちに笑われることを嫌がるものばかりだ。
だがその中にもそう言ったしがらみも関係なく、任務をこなしてくれる団長を一人知っている。
「やはり彼しかいないかもしれないな。」
考えがまとまると即座にインクの瓶から羽ペンを取り出して書類の任命者の欄にペンを走らせる。
『第四騎士団、団長 バンズ=クラード』
「・・・ふむ。」
彼ならこの任務を全うして
「お兄様ッ!!!」
「ッ!!?」
突如書斎の入り口の扉が開くと同時にカトレアが部屋の中に飛び込んできた!!
「どうしたカトレアッ!!」
すぐにデスクから立ち上がり、駆け寄りながら物凄い勢いで走ってくるカトレアを受け止めるように 抱きしめる。
「お兄様・・・ お兄様ぁ・・・!」
「・・・!」
怯えている・・・!
開ききった目で涙を流しながら震えていた。
それに私を呼ぶ呼び方も普段は取り繕って『兄上』と呼んでいるくせに今は素の『お兄様』という呼び方だ!
どう考えても精神的に正常じゃない・・・!
だがすぐに状況を察した!
「一人で儀式に行ったのか・・・!」
「ごめんなさいお兄様ぁ・・・!」
「ッ!」
泣きながら謝ってくるカトレアを黙って抱きしめる。
「謝るのは私の方だ・・・! あんな場所に一人で行かせた私の責任だ!」
妹がなぜここまで怯えているのか私には分かっている。
「悪かった・・・!」
謝りながらも私は安心していた。
妹は今、過去のトラウマで怯えている。
その『怯えている』という感情が本来、彼女が持つべき感情だったからだ!
「もうお前を、あの時の人形のようにはしない・・・!」
カトレアをあやすように言った言葉だが、これは私自身への言葉でもある。
これは王の立場ではなく 、『兄』としての私の責任だからだ!
~銀蠍 邪教団アジト~
「・・・。」
猫が動かなくなって完全に鎮圧したことを確認して立ち上がる。
確実にとどめを刺すためだ。
「・・・。」
先ほどこいつが弾き飛ばして離れた場所に落ちていた毒針のもとに向かい、拾い上げる。
「・・・。」
そして奴の方に向き直り、また歩行 進める。
一歩踏みしめると頭の中に映像が蘇ってくる。
『血まみれの部屋』。
また一歩踏み出すと思い出す。
『裁判官を目の前にした法廷』。
また一歩踏み出して思い出す。
『雨風を防げぬ、みじめなスラム街 』。
「・・・。」
猫の前に立って思い出す。
『一人の幼い少女の死体』。
「・・・。」
猫にまたがり、毒針を振り上げながら思い返す。
「長かった・・・。」
この日をどれほど待ちわびたことか・・・!
「ッ!!!」
全ての憎しみを込めて猫の脳天に向かって毒針を振り下ろす!!
だが・・・!
「・・・。」
毒針は命中していなかった。
猫の頭の真横。
奴が避けたのではない。
奴にそんな余力がないのも分かっている。
私が外したからだ。
「何を・・・してるんですか・・・?」
僅かに意識のあった猫は私に疑問を投げかける。
「ほら・・・私を殺すチャンスですよ? いいんですか・・・?」
猫はなおも煽る。
だが・・・。
「ふ・・・ふふふ・・・!」
こいつの一連の行動で確信した 。
「気が変わった。」
「?」
私の言葉に猫は面食らったように私を見るが・・・。
「・・・ふ。」
すぐに小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「お優しいん・・・ですね・・・どういう風の吹き回し、ですか・・・?」
「ふふ・・・!」
皮肉気味に私に話しかけているが腹の内は薄々分かっている。
恐らくはのらりくらり言葉を回して私の腹の内を探っているんだろう。
当然、私が言った言葉はこの女のいう通り、『許した』とかそんな生易しいものではない。
「ふふふ・・・!」
もっと残酷な復讐を思いついたからだ。
「私に不利な接近戦を挑み・・・。」
私は立ち上がる。
「今もこうして自ら命を差し出してまで私の興味をそらそうとしている。
踵を返して歩を進め、とある人物のもとにたどり着きそいつを掴んで持ち上げる。
「それほどまでにお前が入れ込むこの男に興味が沸いた。」
掴み上げたのはアルトだ。
私が猫に復讐したい理由は大事なものを奪われた、それと同時に屈辱を受けて今も生き恥をさらされているからだ。
その屈辱を与えたこいつにできる一番の復讐は殺すこと・・・ついさっきまでの私はそう思っていたが今は違う。
「ッ!!」
「うッ・・・!」
「!!」
私はアルト掴み上げて立たせたま、 後ろから思いっきり抱きしめ、首筋に噛みつく。
猫に見せつけるためだ。
「お前からこいつを奪ってやろう。」
「・・・!」
私の言葉に猫は目を見開く。
それを見た瞬間、とてつもない高揚感、愉悦、爽快感を覚えた。
自分のやっていることの正しさを自覚する。
私の大事なものを奪ったこいつに出来る一番の復讐は、こいつの大事なものを奪うこと。
これほど痛快なことがあろうはずがない。
「ふふ・・・!」
「くっ・・・!」
抱きしめた目の前の男の胸を弄り、首筋に着けた先ほどの嚙み跡を舐め、股間を撫であげる。
「本国に連れ帰ってこいつを王に献上する予定だったが、その前にこいつを毎晩犯して調教しつくすのも悪くないな。」
尚もアルトをいやらしく触りながら猫を挑発する。
「ぐっ・・・!」
猫は顔を歪め、それを阻止しようと立ち上がれないながらに手を伸ばしてくる。
だが・・・。
「・・・。」
すぐに目が虚ろになって脱力する。
「・・・ふん、気を失ったか。まぁいい。」
挑発が無駄になるのも馬鹿らしく、すぐさまアルトを肩に背負って出口に体を向ける。
「師匠を返せですッ!!!」
「?」
声がする方を見るとアルトの弟子の小娘が声を上げて食って掛かっていたことに気づく。
だが・・・。
「今のお前に何が出来る?」
「くっ・・・うぅ・・・!」
小娘は身体をゆすって立ち上がろうとするが座った姿勢のまま立ち上がることが出来ない。
当たり前だ。
こいつに与えた毒は半日は抜けない物だ。
動けるわけがない。
「ふん。」
「ッ!!」
「?」
すぐに出口に向かおうと歩を進めると今度は目の前に何者かが立ちふさがる。
「・・・なんだ?」
そいつに向かって言葉を投げかける。
「お、俺は、英雄ア・・・じゃないけど・・・!」
偽アルトだ。
無駄に目立つエセ伝説の剣を腹の前に握って構えていた。
だがへっぴり腰でとても満足に戦意があるとは思えない。
「確か東国の『ことわざ』、だったか? こんな言葉があったな。」
言いながら目を軽く閉じると・・・。
「『仏の顔も三度まで』・・・とな。」
「ッ!!!?」
言葉と同時に思いっきり睨むと偽アルトはびくりと肩を跳ね上げる。
「お前なんぞ、本来なら一番最初に会ってすぐにでも始末するつもりだった。これが『一度目』の慈悲だ。」
「く・・・!」
話しながら歩を進めるが偽アルトは動かない。
いや、動けないんだろう。
蛙は天敵の蛇に睨まれると喰われる間近になっても硬直して動けない。
それと一緒だ。
「先ほど、仕返しに来た時も敢えて殺さないでやった。これで『二度目』。」
脇を通り抜けるように偽アルトの横を歩くが真横で歩を止める。
「『三度目』に慈悲は無いぞ?」
横目で偽アルトを睨みながら最後の警告をする。
「うっ・・・!」
偽アルトは冷や汗を流しながら足をガクガクさせている。
無論、私の言葉は脅しではない。
最初にこいつを睨んだ瞬間から、毒針で脳天、喉元、背中から肋骨を通り抜けた先の心臓、腹部の内臓、あらゆる急所を貫く光景をイメージしていた。
こいつ程度なら全て訳もない。
こいつが剣を振り上げ、振り下ろしてきた瞬間、私はこいつを殺すつもりだ。
「う・・・うぅ・・・!」
汗だくで偽アルトは震えあがる。
こいつも薄々分かっているはず。
今の自分の実力で挑めばどうなる相手か・・・。
「ふ。」
挑む気配は無し、情けないな。
吐き捨てるように鼻で笑うとそのまま通り過ぎ
「この意気地無しッ!!」
「?」
「!!?」
声が聞こえてそっちを見ると、どうやら叫んだのはアルトの弟子のようだ。
「なんで立ち向かわないのですかッ!!」
「・・・。」
どうやら偽アルトが私に立ち向かわないのが気にくわないみたいだ。
「無駄だ。」
「!?」
弟子娘の言葉を慈悲もかけずに一蹴する。
「この男にそんな度胸なんかない。」
偽アルトに視線を移す。
「お前も分かってるはずだ。こいつは他人の名を語る事でしか己を誇示できない。」
「!!」
「危険な魔物相手に命を顧みず戦う事すら出来ない。」
「う・・・うぅ・・・!」
偽アルトの回りをゆっくり旋回するように歩きながら奴を詰るが、奴は反抗の意思も見せずに冷や汗を流している。
「現にこんな脅し一つで身動き一つ取れやしない。」
偽アルトの真横に立って止まる。
「こんな情けない男に何を期待しても無駄だ。」
「う・・・うぅ・・・!」
横目で視線を送りながら事実を突きつけても偽アルトはただ怯え、反抗の兆しすら見えない。
自分で言っておいてだが本当に情けない男だ。
「・・・。」
だが賢い選択でもある。
敵いもしない相手に立ち向かわないこと。
それも生き残るための術だ。
「ふん。」
皮肉交じりに鼻を鳴らしてやってアジトの出入り口を目指して歩を進め
「このチキンオデブッ!!」
「ッ!!?」
「?」
足を止め、声のする方を見ると・・・。
「いくらアンポンタンのオタンコナスのトンチンカンで師匠の名を語ってたからって、ここまで言われて悔しくないのですかッ!!」
弟子娘がまた偽アルトに罵り交じりで檄を飛ばしていた。
だが・・・。
「うぅ・・・!」
偽アルトは冷や汗を流しながら固まっているだけで一切奮起する様子はない。
「グズ!! バカ!! ノロマ!! 見掛け倒しのカッコつけオデブ!! ざぁこざぁこ!!」
仕舞いにはただの罵声に変わってしまっていた。
「・・・。」
あまりに哀れだ。
さっさとこの場をあとに
「う・・・うあぁぁぁぁッ!!」
「!」
偽アルトが突然叫び出した!
直ぐ様そっちを見ると・・・。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
偽アルトは剣を振り上げて先程の小走りでこっちに向かって来ていた。
「ハァ・・・。」
呆れてため息が出る。
どうやら弟子娘の檄で精神的に追い詰められてパニックになって破れかぶれに突っ込んで来る気だ。
「・・・。」
すぐに毒針を抜いて構える。
一度拾った命を無下にするなんて哀れな物だが、これがこいつの選択だ。
「わあぁぁぁぁぁッ!!!!!」
奴が剣を振り上げた瞬間、隙だらけの首元に毒針を突き出
「ッ!!?」
そうとしたその時だ!!
「くっ!」
咄嗟に後ろに飛び退く!!
「わぁぁぁぁぁッ!!」
偽アルトが剣を振り下ろすと振り下ろした先の地面が派手に爆ぜた!!
「・・・え?」
偽アルトは呆然としていた。
当然だ。
何が起こったか分かってないんだからな。
だが・・・。
「・・・!」
偽アルトはすぐに原因に気づいた。
何せ元凶が前に居たからだ。
「猫・・・!」
「・・・。」
爆発の原因は猫だった。
「驚いたな。まさかあの状態から復活するとはな。」
「・・・。」
「・・・?」
猫は応えない。
それに様子がおかしい。
身体を起き上がらせはするものの、前屈みで顔を上げる気配がない。
まるで糸で吊り上げられて立たされている操り人形みた
「ッ!!?」
猫の姿が消えた!!?
「ッ!!」
すぐに辺りを見渡すと猫は高速で私の周りを跳び回っていた!!
その俊敏な動きはその名の如く『猫』のようだった!!
「ッ!!?」
唐突に殺気を感じて横に跳ぶと背後から迫っていた猫が高速で飛び掛かるように放っていた拳が通過する。
「くッ!」
「・・・。」
反撃にナイフで斬りかかるが猫は宙返りで後ろに飛んで回避
「ッ!!」
したかと思えばすぐさま跳躍で瞬時に距離を詰めて殴りかかってきた!!
「ぐぅッ!!」
回避をした直後、地面を殴った猫の拳が破壊によって地面の土を巻き上げる!!
「!!」
怯む間もなくまた猫は瞬時に距離を詰めてきた!!
態勢が低く、上半身を引いてきたので攻撃を読んで跳ぶと案の定、水面蹴りで足払いをかけてきた!
「ッ!!?」
宙に一瞬跳んだ隙を狙ってまた猫は拳を構えていた!!
だがこれが本命なのは既に分かっていた!!
「ッ!!」
猫が放ってきた拳を咄嗟に体をずらしながら掴んだッ!!
「終わりだッ!!」
カウンター気味にナイフを突きだす!!
「!!!?」
だが予想外の事が起こった!!
猫の姿が消えた!!
「!!」
だが頭に加わった違和感ですぐに気づいた!!
奴は私の頭を台にして逆立ちするように跳び上がっていた!!
しかも徐々に重心が私の後ろに掛かってきたことに気づいた時にはもう手遅れだった!!
「がぁッ!!」
倒れ込むように落下する勢いに乗せて猫から強烈な膝蹴りを背中に受けた!!
「がはぁッ!!」
無様に前のめりに地面に倒れるが・・・!
「くッ!!」
すぐに追撃を食らうまいと前転気味に転がって距離を取りながら立ち上がって構えなおす!!
「貴様・・・!」
「・・・。」
「?」
猫の様子がおかしい。
前屈みの姿から急に体を起き上がらせたかと思ったら急に天を仰ぐ。
「ふぅぅぅ・・・。」
何かを吐き捨てるように息を思いっきり吐くと、また顔だけを前に倒す。
「いやぁ・・・よかったです。」
再び顔を上げると・・・。
「やっぱりやっとくもんですねぇ、『気を失いながら戦う訓練』。」
「・・・。」
成程、聞いたことがある。
戦い方を条件反射になるレベルまで覚え込ませておいて何度も気を失うことに慣れることで気を失っても危機が迫れば無意識に戦えるようにしていたか。
だが馬鹿げた訓練でもある。
気絶している間に何度も痛めつけられるので下手をすれば命を落としかねないからだ。
「ふざけた奴だ。だが・・・だからこそ・・・。」
アルトを肩から捨て、猫に向かってナイフを構える。
「お前のような奴は世に憚っちゃいけないんだよ。」
「フフ・・・!」
私の言葉を愉快そうに受け取って猫は笑い出す。
「最高の誉め言葉ですよぉッ!!!」
「ッ!!」
私と猫は同時に地面を蹴ってお互いに向かって走り出す!!
奴は油断ならない!
手の先、足の先、髪の先の寸分の動きまで見逃さずに、ぶつかるまでの一瞬で全力で集中しながら何通りもの奴の手を読む為に思考を巡らせる!!
そうして今にもぶつかり合う瞬間・・・!
「・・・!」
「!」
猫の視線がわずかに私から逸れた?
「ッ!!」
それに気づけた私は幸運だった・・・!
殺気に気づいて後ろを見ると目の前にナイフが迫っていたからだ・・・!
「くッ!!」
咄嗟にナイフを自分のナイフで弾きながら横に倒れ、すぐに転がって距離を取ってから地面を手で叩きながら勢いをつけて起き上がって攻撃してきた相手に向き直る!!
「ッ!!?」
目の前に居たのはこの場に居る『弟子娘』、『偽アルト』、『猫』、そのどれにも当てはまらない奴だった・・・!
「・・・。」
体が見えないほどマントに身を包み、顔をぐるぐる巻きに布で隠したまるで正体の見えない人物だった。
「ッ!!?」
『誰だ?』と思う間もなく正体不明の暗殺者 は、マントの隙間から現れたナイフで即座に斬りかかる!!
「くッ!! うぐッ!!」
首に襲い掛かる横斬り、即座にナイフを引っ込めてからの突きを続けざまに回避するが寒気が走る!!
「ッ・・・!」
距離を取りながら焦らずに思考を働かせる。
どちらの攻撃もかなり正確に急所を狙い、攻撃の刹那に恐ろしく殺気があった。
小振りのナイフだが当たれば確実に命を奪われるのが直感的に分かる。
「猫、お前の仲間か?」
「そう見えます?」
「・・・見えんな。」
猫も暗殺者に向かって身構えていたからだ。
「恐らく、さっきのローブ男をやった犯人、ってとこですかね?」
「ッ!!?」
猫が考察する間もなく暗殺者が仕掛けてきた!!
「くッ!!」
暗殺者がナイフを私に向かって投げてきたので顔をずらして躱す!!
「このッ!!」
すぐに距離を詰めて斬りかかる!!
だが・・・!
「ッ!!?」
暗殺者の姿が消えた!!
だがすぐに直感で理解した!!
「くッ!!」
咄嗟に前に転がると後ろから鋭い何かが空を切る!!
「くそッ!!」
「ぐぅッ!!」
私が奴に向き直る頃には既に奴は猫に斬りかかっており、猫が何とかナイフを回避していたところだった!!
「ッ・・・!」
猫がなんとか距離を取ると、私は奴の後方に回るが仕掛けない。
また先ほどのように反撃されるのが目に見えていたからだ。
「・・・。」
「・・・。」
結果的に私と猫で奴を前後から囲む形になっていた。
さて、どう仕掛けるかと考えたその時だ!!
「「・・・!?」」
目の前の光景に私たちは目を疑う!!
「・・・。」
奴の姿が徐々に消えているからだ!!
奴は完全に消えた!!
「くッ・・・!」
「どこだッ!?」
明らかにその場に居る事は無いことが分かり切っているので私と猫はどちらも辺りを見渡す。
だが・・・!
「ッ!!?」
上からの殺気に気づいて見上げると、暗殺者がバラまくように何本もナイフを上空から投げてきていた!!
「ぐぅッ!!」
「ッ!!」
私と猫はそれぞれ後ろに跳んで降ってきたナイフの雨の落下地点からなんとか逃げた!!
「・・・。」
奴は何事もなかったかのように離れた場所へ静かに着地して私たちの包囲を抜けた。
「・・・。」
なんなんだこいつは・・・!
だがこれだけは言える。
『間違いなく手練れの暗殺者だ』と・・・!
「銀蠍。」
「?」
私と横並びに構えた状態で猫が話しかけてくる。
「なんだ?」
「一つ提案があります。」
「提案?」
「『一時休戦』、『共闘』と行きませんか?」
「・・・!」
『ふざけるな』と言う言葉が反射的に頭に浮かんだが・・・!
「・・・チッ!」
思わず舌打ちする。
「勝手にしろ・・・!」
「ええ、勝手にやらせてもらいます。」
私と猫は暗殺者に向かって構えた!




