第55話『ただのツンデレかよ!!』
第55話『ただのツンデレかよ!!』
翌日の事。まるで事件とは何だったのかと言いたくなるほどの当たり前の朝。
智樹と朝のランニングをし、和美の作った朝食を食べてから登校する。
ただ少し違う事があったとすれば、家を出た時に由樹さんから少し事件に関する事を聞いた後に、
「例の件、忘れたとは言わせないからな」
と肩をポンと叩かれた事くらいだ。
どうやら由樹さんはよっぽどヘルツへクセンに会いたいらしい。
「あんな奴の何が良いのやら……」
朝っぱらから大きなため息が俺の口から洩れるのであった。
いつものお昼休みの時間。最近は俺と智樹と九条の三人で食べるのがさも当たり前の様になっていた。
だから俺たちの教室に九条がいつものように来た訳だが……何故か弁当箱を二つ持っていた。
「ありがとうくーちゃん!! これで飢え死にしなくて済むよ!!」
と宇佐美さんがその二つあるお弁当箱の片方を受け取り、
「目覚まし掛け忘れて朝からドタバタしてたからなぁ。今度は忘れんじゃねぇぞぉ」
九条がそれを嗜める。
そんな光景を教室のど真ん中で、更にそこそこの数のギャラリーがいる中でしてしまった訳で。
クラス中が騒然となるのは必然で、
「えっと、七海ちゃん?」
「なに?」
クラスの女子が徐に話しかける。
「その人ってもしかして……」
「うん、そうだよ」
そういうと九条の腕に抱き付き、
「あたしの自慢の彼氏!!」
その返事を聞いて沸き上がったのは、
「キャーー」
女子の黄色い歓声と
「そ、そんな……」
一部男子の憎しみの混じる苦悶の声だった。
「おい、何やってんだ離れろ七海!!」
そしてその腕を無理矢理剥がす九条と、
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
どこか名残り惜しそうな宇佐美さんがとても印象的だった。
「随分と見せつけてくれるなぁ!! 九条さんよぉ!!」
目に見える程に嫉妬の炎でその身を焦がす智樹。それに対して、
「今日の朝からずっとあんな感じでなぁ……変な物食わせた覚えは無いんだがなぁ」
勘弁してくれと言わんばかりに疲れきっている九条。
「何があったんだかぁ……」
「……多分だけど、九条の為なんじゃないか?」
「俺の為だぁ?」
俺の推測を訳がわからないみたいな顔で返してくる。
「元々おまえが校内で宇佐美さんに極力近寄らないのは自分と友達であることがデメリットであると思っているからだ。そりゃ、外見も厳ついし暴力的な所もあるから普通の人からすればあまりお近づきになりたいと思わないのも事実だ」
「確かになぁ。でもそれがこれと何か関係あるのかぁ?」
「簡単な話だ。自分の周りの人間に本当の九条と言う人間を敢えて見せつけてるんだよ」
俺の推測は続く。
「見た目は厳ついけど面倒見がよく、暴力を振るって来そうなその腕で実はお弁当を作ってあげることが出来る。それを広めることが出来れば九条の事を『実は良い奴なんじゃないか?』と思わせることが出来るって訳だ。しかもここでギャップが生きて来る」
「それってあれか? 雨の日に捨てられた子犬に餌をやる不良みたいな感じか?」
「そんな感じだ」
ははーんと一人で納得する智樹。
「だからもしかするとだけど『うっかり弁当を忘れた』のではなく、『弁当を持って来てもらう』為にわざと家に置いていったかもしれないって訳だ」
「七海の奴、面倒な事しやがってぇ……」
大きくため息を吐いた九条であってが、
「……」
徐に取り出した財布の中身を確認し、腕を組んで何かを考え込み、
「しょうがねぇ、今晩の献立を変更して七海の好きな物作ってやるかぁ」
「「ただのツンデレかよ!!」」
その一言に俺と智樹のツッコミが同タイミングで炸裂する。
「別にそういう訳じゃねぇ。昨日は大したもん作ってやれてねぇし、昨日の事もあるからなぁ。ちょっとくらい奮発して手の混んだ物食べさせてやっても良いだろってだけだぁ」
「そーゆーのツンデレって言うんだよ!!」
「宇佐美さんも結構べた惚れしてるように見えたけど九条も負けじとべた惚れしるなぁ」
「そりゃまぁ、その……何だ、あんな奴でも俺にとっては……大事な恋人、だからなぁ」
と、何処か恥かしそうにポツリと呟いた。
「甘めぇ、甘めぇよ和俊。口から砂糖をマーライオンしそうだ」
「本当にな。俺も今だけ血液全てが蜂蜜に変わってると言っても信じそうだ」
そんな感じで九条をからかっていた訳だが、その日の教室内はどこか甘いような、ふんわりとした空気だったのは言うまでもない。




