33 身体強化魔法習得への道!
三兄弟のいる畑を離れ、行き先も決めないままに足を進めていた。
先程、三兄弟に身体強化魔法の習得の経緯を聞いたところ、三男のソフモヒから『全身に力を込めたら込めた力が解放され全身に力が漲った』といういかにもそれっぽい内容の話を聞いた。
内容が内容だけににわかに信じがたいが、恐らく実体験だろう。ちなみに長男の坊主と次男のドレッドは『白虎の森』に着いた途端に身体強化魔法を習得したらしい。やはり素質的な要素もあると考えられるが、それよりも森自体に何かあると考えた方が正しいかもしれない。
それらを踏まえて、今度はリーランに話を聞いてみようと思う。俺が知っている人物の中で、この白虎以外で身体強化魔法に長けていそうな人といえばリーランしか思いつかない。この村の出身ではないリーランが如何にして身体強化魔法を習得したのか。その時の話を聞けば何か新たなヒントを得られるかもしれない。
そう思い立ったのはいいが、リーランがどこに居るかわからない。まぁ、どうせまた村人相手に組み手でもしているんだろう。とりあえず昨日組み手をしていた食事処の裏にでも見に行ってみるか。
思いついたリーランの居場所に足を運びながら、もし居なかったらどうしようかなんて考えながら目的地の食事処の裏の空き地へと向かった。
数分後、何事も無く空き地にたどり着いた。少し前に考えていたリーランがまた組み手をしているという予想を割と本気で考えていた俺は、その場の静けさに少し驚いていた。
昨日、バリバリの肉弾戦を繰り広げていたリーランは、そこにいた。が、村人と組み手をしているわけでもなく、かといって一人で鍛錬をしているわけでもなかった。
食事処の裏にある空き地は、人工的に作られた形跡が無く自然に出来たように見える。そのためただ開けた場所を空き地と呼んでいるに過ぎないが、基本的に体を動かす事が好きな白虎に人達はよくこの空間を使って適度に体を動かすらしい。そんな空き地には、端っこに所々大きめの岩が存在している。リーランはそこで何故か座禅を組んでいた。
「何でこいつ座禅してんだ・・・・・・?」
そもそもこの世界に座禅という行為が存在しているのかすらわからないが、リーランの今の姿は前の世界でも有名な精神統一法の一つだった。姿勢を正し、目を瞑り瞑想する姿は高僧に見えなくも無い。
「話聞きたいんだが・・・話しかけたら怒られたりしそうだな・・・・・・」
いつに無く真剣な表情で精神を統一しているリーラン。座禅といってもそこまで時間は掛からないだろうから、しばらく待てば恐らく座禅を解くだろう。そう思ってしばらく見守っていたが、一向に動く気配が無い。あまりに長い座禅の様子に痺れを切らして、そろそろと忍び足で近づく。
いっそ背後から近づいて脅かそうかとも考えたが、近づいたと同時に聞こえてきた音にそんな考えも消えてしまった。
「ぐ~・・・・・・」
背後に近づいた時に聞こえた音は目の前のリーランの寝息だった。正確にはイビキだが。
「リーラン」
待って損をしたと思いながら、座禅の姿勢で寝ているリーランに声をかける。というか、寝る姿勢が紛らわしいんだよ。
「んぁぁ?誰?」
「お前の上司だよ。何でお前こんな所で寝てるんだ?」
「上司って・・・・・・あぁ、トシユキ様か。何でって、昨日よく眠れなかったんだ」
まだ寝ぼけているのか、目をゴシゴシと擦っている。表情も寝起きと一目でわかるしかめっ面だ。
「昨日真っ先に眠った奴が何言ってるんだ。そんな奴が寝不足なわけ無いだろ」
「いや、そうなんだけどさ。・・・・・・ドキドキしてそれどころじゃ無かったよ」
「何?」
「何でもない。それより、何で私の所に来たの?」
聞こえなかった部分を聞き返すとはぐらかされたが、本題に入ったからそれはいいか。
「あー、そうだな。リーランって、身体強化魔法をどうやって習得したんだ?」
俺がそう問いかけると、リーランは宙を少し難しい顔をしながら眺めていたが、その表情のままこちらに向き直した。
「私の場合は師匠に教えてもらったよ。昔よく鍛錬に付き合ってもらったけど、今はどこにいるかもわからない」
ほう、リーランに師匠がいたのか。今も連絡が取れるなら俺もその人に教えてもらおうかと思ったが、どこにいるのかわからないのなら仕方が無い。
「昔はザルフと一緒に組み手を挑んでいたけど、結局一度も勝てなかったんだよね」
「その師匠って人はザルフとも知り合いなのか」
「知り合いってか、ザルフの親父さんだよ」
「えっ?そうなのか?」
「言って無かったっけ?私の体術はほとんどがあの人の教えによるものだよ」
「そ、そうだったのか。それで、その師匠から教わったら身体強化魔法を習得できたのか?」
「まぁ、私もここの人達と似たような感じだよ。小さい頃に修行だって連れて来られて、その時に白虎の森で師匠とザルフで修行をしていたんだ」
「じゃリーランも白虎の森に入った時に自然と身に付いたのか?」
「というより師匠達と組み手をしてる内に自然に、って感じかな」
やはり三兄弟然り、リーラン然り、難しい事を考えない幼少期に習得をしているせいか行動している内に自然と身に付いたものらしい。そして、いずれも白虎の森で身体強化魔法を使えるようになったという共通点がある。そうなるとあの森に何かあるんじゃないか、と考えてしまう。だが、以前俺が森に行った時は何も無くそのままこの村に帰ってきてしまった。
「なに、まだトシユキ様習得してないの?」
「そうなんだ、だから少しでも何か掴めないかと色々と聞いて回っているんだがまだわからないな」
「ふーん、でも私もそんなものだったよ?あまりここの人達と大差あるとは思えないけどね」
「確かに今の所、当てにならない話ばかりだったからな」
「まぁ、そりゃそうでしょ。大抵の人はあの森で使えるようになってるんだから」
当然でしょ、と言うリーラン。確かに部外者だったリーランすらもここの森で覚醒したとは予想していなかった。結局振り出しに戻ったという訳か。
「他の人はどんな感じで使えるようになったとか聞いてみたの?」
「あぁ、リーランが昨日相手していた三兄弟の内の一人が少し違った習得をしていた」
「へぇ、どんな感じ?」
「他の二人は使えるようになったのに自分だけ使えない状況になってだな。その時必死に全身に力を込めてみたら習得に成功したようだ」
その後に魔力切れになるまで森で暴れまわったらしいが。何度聞いてもよくわからない話だ。
「じゃ、それやってみれば?」
「それ、って全身に力を込めてみろってことか?」
「そうそう。物は試しってやつだね」
「でも全身に力を込めるって、表現ではよくあるけど実際してみるとなれば難しくないか?」
「いいからやってみなって。早く習得しないと城に帰れないのは私達も一緒なんだからね」
半ば怒った口調で言い放つリーラン。そういえば二人も帰れないのか。ならば早く覚えて城への帰還を目指さなければな。
「よし、それじゃやってみるか」
リーランに言われるがままに、空き地の中央に立って全身に力を込めるイメージをする。そして、いざ力を込めようと目を閉じた。
しばらく出来る限りの力を全身に込める。そもそも力を込めると力を入れるじゃ違うんじゃないだろうかと思い始めたが、気にしない方がいいだろう。そのままの体勢で拳を握り、足をつりそうな程力をこめ続ける。更に力を込める。すると、力を込めている指先が段々と熱くなる感覚があった。足のつま先にも
似たような感覚があり、もしやと思い再び集中して力を込めていると指先だけだった感覚が手の平全体に伝わった。そして腕全体が熱く、足もつま先から太ももの方にまで謎の熱くなる感覚が伝わっていた。
もしかしてこれが身体強化魔法なのか?そう考えながら続けると、リーランの声がいつもより鮮明に聞こえた気がした。
「多分トシユキ様それで出来てるよ。もう少しで全身にいくと思うから頑張れー」
そう言うと再び欠伸する声が聞こえた後に、ドサッと地面に倒れこむような音が聞こえた。さっきの声を思い出してみると恐らくリーランが再び眠りに入ったのだろう。自分の上司が頑張っているというのに薄情な奴だ。リーランにもう少しと言われたという事はこの方法で合っているんだろう。そうこうしている内に足の熱さの感覚は腹部まで達していて、腕部の熱はほとんどの上半身に広がっていた。
体が段々と熱くなる感覚を味わいながら、首筋からじわじわと熱がこみ上げてくる。その頃には全身から蒸気が出そうなほどに体が熱に包まれていた。首を越えて、顎を越して、鼻、目、額、そして頭頂部にまで熱が伝わったその時、あまりの熱さに眩んでいた視界が不意に鮮明に映った。
地面で寝ているリーランに声をかけようとリーランが居た方向に目を向ける。するとそこには、既に体を起こしていたリーランが伺うような表情でこちらを見ていた。
「・・・・・・トシユキ様、なんとも無い?」
何かを確認するかのようにリーランが聞いてくる。そう言われて自分の体を動かして確かめてみる。
手。問題なく動く。腕。こっちは常に力んでいるような感覚があるが何も問題は無い。足。こちらも腕と同じような状態だが同じく問題無し。胴体。やけに心臓の鼓動が早く感じる気がする。
「何か、いつもとは違う気がする」
「・・・・・・そう」
リーランに返事を返すと、安心したようにふぅと息をついた。するとそのまま再び地面に体を倒した。
「何とも無いようだね。いや~良かった良かった。トシユキ様に暴れられたらどうしようかと思ってたよ」
「俺が暴れる?」
「そ。身体強化魔法は少し危険な所があってね」
「危険なとこって・・・・・・」
何だ?と聞こうと足を前に出した途端、正面にある木に顔からぶつかってしまった。
「いっ・・・たくない?」
盛大にコけたのか、と思って木から顔を離すとぶつかった顔に痛みが無い事に気づく。それに今ぶつかった木があるのは3mほど距離が離れた場所にだったはずだ。そもそも歩き出しでぶつかるような距離に気があることに気がつかないわけが無い。
状況確認をしようと後ろを振り向くと、俺が居た場所には足跡のような穴があいていた。やはり俺は今の一瞬で3mの距離を歩いたようだ。
「まさか、これが身体強化魔法なのか?」
確認するように呟くと、心臓がドクンと跳ねたような気がした。もしかしてと思って、今さっきぶつかった木を殴りつける。すると、殴った部分に亀裂が入りバキバキと音を立てて倒れてしまった。
「す、すごい・・・・・・」
身体強化魔法の効果を目の当たりにして、思わず感嘆の声を上げてしまう。魔法一つでここまで変化するとは、身体強化魔法はすごかったんだな。
「ちょ!?今の音何!?」
驚いたような表情でリーランがこちらに向かって走ってきた。どうやら木が倒れた音を聞いて駆けつけてきたようだ。
「いや、少し身体強化魔法ってどんなものか試そうと思ってな」
「もしかしてそこの木を倒した音?」
「あぁ、そんな大きい音だったか?」
「そういう訳じゃないけど、後ろからいきなりバキバキ聞こえてきたら振り返るでしょ。ってか、トシユキ様鼻血出てる」
そう言ってリーランは俺の鼻を指差した。確かに鼻の下を触ってみるとぬらりとした触感があり、指先を確かめてみると赤々とした血液が付着していた。
「本当だ。だがその内止まるだろう」
鼻をつまんでフンと鳴らす。手についた血を拭くために食事処の水場へ向かおうと足を前に出した途端、前方へ勢いよく倒れてしまった。
「うわ、また盛大にコケたね。大丈夫?」
「あぁ、痛みは無い」
「結構モロに顔面打ってた気がするけど・・・・・・」
リーランが若干引いたような視線を向けてきたが気にしない。気をとり直してもう一度膝に力を入れて立ち上がる。すると、直後に今度は仰向けに倒れてしまった。
「と、トシユキ様、大丈夫!?」
またも心配そうにリーランが駆け寄るが、声が出ない。それどころか視界も霞んでぼんやりとしてきた。
ユサユサとリーランに体を揺さぶられるが反応どころか、体を動かす事すらままならない。次第に霞んでいた視界も段々と暗転していき、とうとう意識が暗闇に落ちた。
目を醒ますと、見慣れない天井と柔らかな感触が頭の下にあった。
「あっ、起きた?」
近距離から聞こえた大きな声に何事かと思っていると、頭上にリーランの顔があった。
「もう本当起きないかと思ったんだよ」
一安心したと言わんばかりに大きなため息をつく。その時、俺が今どんな体勢にあるのか気づいてしまった。
「えっと、リーラン。今俺に何をしてる?」
「え?膝枕だけど」
あっけらかんと言ってみせるリーランに驚きながら何故今俺がリーランの膝で寝ているのかを思い出す。
確か、身体強化魔法を習得して木を殴り倒して・・・・・・そこからどうしたっけ?
「リーラン俺は何でこんな状態に?」
いつまでも膝の上にいるのも気恥ずかしくなり、体を起こそうとした途端に異常な眠気とダルさが襲ってきた。力を込めたはずだった体から力が抜けていき、持ち上げた頭は再びリーランの膝に落ちていった。
「おっと、大丈夫?まだ魔力回復してないと思うから休んでた方がいいよ」
「まりょく?いつ使ったっけ?」
「少し前に身体強化魔法が暴走して倒れたでしょ。その反動だよ」
身体強化魔法が暴走?それで俺は倒れたのか。しかし、どうにも瞼が重い。これも魔力切れの所為なのだろうか。
「辛かったらしばらく膝つかっていいよ。そもそも私が止めてればこうはならなかったんだから」
そう言って頭を撫でるリーラン。正直、いい大人が頭を撫でられるというのは相当恥ずかしい。だが、リーランも厚意でしてくれているのだから断るのもなんだかな。
「でも今回で多分コツは掴めただろうから次回からは大丈夫だと思うけどな」
突然、ポツリとリーランが呟いた。
「そんなものなのか?」
「あ、起きてたの。結構あるらしんだよね、身体強化魔法を習得する時にこういう魔力が暴走しちゃうパターンって」
「そうだったのか。それで発動した瞬間に様子を伺っていたんだな」
「いきなり暴れだす子とかもいるからね。警戒するに越した事はないからしてたんだけど・・・こんな静かに暴走するケースは初めて見たよ」
「そうだったのか、それは迷惑をかけたな」
「まぁ、暴走ってほどのものじゃなかったけどね。元々魔力が少ない訳ではないんだろうけど、きっと身体強化魔法を使った時に体が全力で魔力を放出しちゃったんだね」
「それで体がこんな状態になっているのか」
「魔力を回復するには体を休ませるのが一番だからね。だからその倦怠感はしばらく続くかもよ」
「そうか、わかった」
一通りリーランの話を聞いて全身の力を抜いて、膝にもたれかかる。その時、今どこに居るかようやくわかった。大きく畳が敷かれていて、遠くに厨房が見える。いつも皆で食事をしている食事処だ。だが、いつもの風景とは少し違って人がまったく居ない。大広間のテーブルに人の気配は無く、そして珍しく厨房の方にも誰一人居ない。もしかしてと思い、入口から外の様子を窺うと既に日は落ちて気温も低く感じる。つまり、もう皆が夕食を食べ終えて家に帰宅しているという事だ。
「おや、もう目を覚ましたのかい。案外回復力は高いんだね」
今の大体の時間を推測していると、入口からおばちゃんが驚いたような表情で入ってきた。そのまま入口からスタスタと歩いてきて、俺の顔を覗き込んだかと思うと「大丈夫そうだね」と軽く言った。
「顔色も良いし魔力も粗方回復してる。あと一晩寝れてば完全に回復するだろうね」
「わかるんですか?」
おばちゃんの一言に聞き返そうとしたら、俺よりも先にリーランが声を出していた。
「まぁ、大体の感覚だけどね。ここの連中を見てたら自然に身についたものだよ」
「へぇ~、でも凄いですよ。魔力を測れるなんて中央にもあんまり居ないのに」
「そんな事ないよ。それにそれを言ったらセルロって子も出来るだろう?」
「あの子は例外みたいな感じですよ。どうです?中央に来てみませんか?」
「ほう、私をスカウトしようってのかい。だけど、生憎先客が居るし遠慮しておくよ」
「先客、ですか?あ、もしかしてレオンの事ですか?」
「違う違う。確か私の姉が中央で働いているんだよ。あっちも食事関係の職についてるって聞いてたけど居ないなんて事は無いはずだよ?」
二人の会話を聞いている内に、ある一人の人物が頭をよぎった。それはおしゃべりで、おせっかい焼きで、変に勘が鋭くて白虎の食事処のおばちゃんと似たような話方をする――――
「食堂のおばちゃん?」
「そうそう、そんな感じの所に就いたらしいね」
「えっ、あっ!言われてみれば確かに似てる!」
俺の予想が見事に当たり、それをおばちゃんが肯定する。そして、少し遅れてリーランが食堂のおばちゃんと酷似している事に気づく。
「あっちで姉は元気にしてるかい?」
「元気ですよ。これ以上無いくらいに」
「ははは!それは良かった。たまには帰ってきなって伝えておいてくれるかい」
「そうですね、わかりました」
リーランが快諾をすると、おばちゃんは安心したように再び笑った。
しかし、こうして見るとどうして今まで気が付かなかったのかというくらい似ている。どうりでエプロン姿に既視感を覚えるわけだ。
そんな風に一人で納得していると、おばちゃんが何故か厨房に入っていった。そして、何かを煮ているような音が耳に届き、しばらくその音を聞いていると土鍋のようなものを抱えておばちゃんが戻ってきた。
「さて、今日の晩御飯温め直してあげたよ。早い回復には美味しい料理を、だ。今日はこの間獲れたシブズを煮た鍋料理だよ。煮込めばこの固い肉だって少しはほぐれるだろうからね。それに栄養が沢山あるから今の状態には打ってつけだよ」
何を持ってきたのかと思い、体を起き上がらせると説明口調のままおばちゃんが鍋を運んできた。そのまま大きめの土鍋をテーブルの上に置いて、その蓋を開ける。すると蓋を開けた途端に白い湯気が立ち、鍋の中身が如何に暖かいか実感させられた。
白い湯気が晴れて中身を視認すると、中には緑と白の野菜に赤みがかった肉が詰め込まれていた。どれも新鮮そうな色をしていて食欲をそそられる。
「さぁ、冷めない内に食べちゃいな。それともレオンがふーふーしないと食べれないのかい?」
あまりに美味そうだったのでつい眺めていたら、おばちゃんが間髪入れずに冷やかしを入れてきた。毎度行われるこの冷やかしにいい加減うんざりとしながら、おばちゃんに適当に返事を返す。そして目の前に出された料理に手をつけようと箸を動かすと、
「・・・何食べてるの・・・?」
「うわっ!お前どっから出てきた!?」
テーブルの上にある鍋をじっと見つめるセルロの姿があった。いつからか食べ物の気配を察知していたのか、音も無くテーブルの横に正座をしていた。
「・・・少し、ちょうだい・・・?」
「何言ってんだい、あんたもう晩御飯食べたじゃないか」
セルロの要求に意義を立てるのは鍋を持ってきたおばちゃんだ。そんなおばちゃんの意見など聞きもせずセルロは相変わらず鍋を凝視し続けている。
「・・・私もお腹減った・・・」
「そんな事言ったってダメなもんはダメ。あんた確かとしゆきさんに鍋を残そうって言った時も最後まで反対してたね」
「・・・起きると思わなかったから・・・」
「そんなのは理由になりゃしないよ。これはもうとしゆきさんの分だからね、決まってるんだよ」
両者譲らずといった様子で睨み合う二人。おばちゃんも残してあげたい親切心があるんだろうけど、セルロもセルロで空腹に負けるところがあるんだろう。そもそも別に俺はダメとは言ってないんだけどな。
「としゆきさんも早く食っちまいな。そうでもしなきゃ本当にこの子に食われちまうよ」
相変わらず厳しい言い方で注意をするがその内容はとても気遣いが出来ているものだ。そんなおばちゃんの親切心に答えようとした時、とうとうセルロが鍋に手を伸ばしてきた。
「こらっ!何してるんだい!」
「・・・だって、いつまでたっても手をつけないから・・・」
「本人のタイミングってもんがあるだろう。好きに食べさせてやりな」
「・・・食べないの・・・?」
そのやり取りをしばらく傍観していると、セルロが今度は俺に矛先を向けてきた。いや、食べるには食べるんだがあんまり見られると正直食べづらい。それにセルロの目には謎の威圧感があり、食べると言わせない何かがある。
「い、いや食うけどさ。その、そんなに見られると食いづらいっていうか・・・・・・」
「・・・気にしないで・・・」
「お、おう」
セルロにそう言われて、やっと鍋に手をつける。出されてからしばらく経ったが未だに湯気は立っており、冷めた様子はまったく無い。
箸を持ち、茎のような白い野菜を掴んで口に運ぶ。すると、シャキシャキとした歯ごたえと若干の辛味があってとても美味い。続いて緑の野菜に狙いをつけるが、やはりどうしても隣にある赤みがかった肉に目が行ってしまう。だが、やはりそれはメインディッシュ的なものだと感じてしまう。やっぱり最後に食べよう。
結局肉ではなく再度野菜を食べる事にした。さっきの野菜とは少し違って、大きな葉に似た形の野菜だ。それも先程と同様に口に運び咀嚼する。こちらの野菜はさっきのような辛味が少ない代わりに芯から甘味が出てくる。美味い。
そしていよいよ一番美味そうな赤い肉に手を伸ばそうとした時、隣でセルロがよだれをたらしながら鍋を見ている事に気が付いた。
「セルロ、そんなに見たらトシユキ様食べれないでしょ」
「・・・が、我慢してる・・・」
そういうセルロの視線は相変わらず鍋一直線で、我慢しているにはいるようだが食欲が口から駄々漏れである。そんなセルロを見かねたおばちゃんが、
「しょうがないね、今から余ってる食材で簡単な物作ってあげるからとしゆきさんの晩御飯をガン見するのはやめな」
「・・・ホント・・・!」
「本当さ。だから少し作るのを手伝ってくれないかい?」
「・・・わかった・・・!」
おばちゃんがセルロのあまりの強硬な態度に妥協してそう言うと、やっと鍋から視線を外した。そして、余り物で何かを作りに行ったおばちゃんの後を早足で着いて行った。
そんな様子を見て俺とリーランはやれやれと息を漏らす。
「さぁ、あとはゆっくり食べてゆっくり休んで、しっかり体を回復させなよ?」
「そうだな、色々心配かけたようですまなかったな」
「本当だよ。いきなり倒れた時は驚いたからね」
「まさか暴走するとは思わなくてな。それと膝枕居心地良かったぞ。俺は枕は固い方が寝れるんだ」
「なっ!?それって私の脚が固いって事!?デリカシー0だねトシユキ様は」
「嘘だって。普通に寝心地は良かったよ、ありがとうな」
「最初からそう言えばいいのに、どういたしまして」
改めて膝枕のお礼を言い終えるとリーランも外へ出て行き、ようやく鍋をゆっくり食べれる状況にありつけた。
黙々と鍋をつつきながら、今後の事について考える。
おばちゃんはあと一晩でも寝てれば治ると言っていたが完全に回復するのか。それに明日はザルフと森の調査をすると約束してしまったからなるべく守るようにしたいが、その頃には体が元に戻っていると願いたいが。
「ま、それは明日になったらわかる事だろうな。それに森の調査を終えたら身体強化魔法も習得した事だし中央の城に戻れるぜ。最初はどうなる事かと思ったが、いやー良かった良かった」
「何だい、そんなに中央部が恋しいのかい」
「あぁ、なんたって中央区にはクローサが・・・・・・って、おばちゃん居たのかよ!?」
「当たり前だろう。ここが誰の家かわかって言ってるのかい」
「え?ここっておばちゃんの家だったんですか?」
「食堂スペースと居住スペースで分けてるんだよ。ついでに言うとイノもここに住んでるけどね」
「へぇ、そうだったんですか。そういえばセルロはどこに?」
「あの子ならさっき腹が一杯になったからイノのところに寝に行ったよ。相変わらずの自由っぷりだよ」
「そ、そうなんですか。それじゃあ俺もそろそろザルフのトコに戻りますね」
「そうかい。あ、それはそうとさっき言ってたクローサって子は・・・・・・」
「あ、鍋美味しかったです!おやすみなさい!」
おばちゃんの口調から嫌な雰囲気を感じ取り、食べかけていた鍋を置いて逃げるように食事処から走り去る。走る時に幾らかフラフラとしていたがすぐに体が慣れて普通に歩けるようになっていた。
「ハァ・・・あの人のそういう所本当食堂のおばちゃんにそっくりだよ・・・・・・」
背格好どころか中身まで似ているという事にある意味感心し、こんな調子で明日は体が持つのだろうかと考えながらザルフ達のいる家で明日に備えて眠った。




