32 仕事のお手伝い!
更新遅れてしまいました。
今週こそはがんばります。
翌日、明るい光と暑い空気の寝苦しさによって目が覚めた。
昨晩はザルフと飲んでいたが、途中までの記憶しかない。体にまだ酒が残っているのか、やや重く感じる。そんな体を意識的に起こして体を起き上がらせる。
未だに寝ぼけている目を擦りながら辺りを確認すると、苦しそうに唸っているザルフが横たわっていた。
「おい、ザルフ。大丈夫か?」
心配して声を掛けるが、返ってくるのは聞き取るのには聞こえづらい小さい声だけ。そんな様子に不安を感じて、再び大丈夫かと聞く。
「・・・・・・気持ち悪い、頭痛い、吐き気がする」
耳を澄ませて聞いてみると、どうやら二日酔いのようだ。それも相当に具合が悪いらしい。
「・・・・・・なんでトシユキは平気なんだ。昨日アレだけ飲んだのに」
不思議そうに問いかけるザルフ。俺も別に平気という訳ではないんだが、あえてそれを言う必要も無いだろう。そういえば昨日ザルフが潰れた後も何本も酒飲んでたけど、バレてないよな?
「そっ、そういえば森の調査はどうすんだ?」
「・・・・・・俺の体調が回復するまでは無理だろうな。それまで村の中なら好きに行動していいぞ」
そう言って再び辛そうに寝返りを打つ。少しすると再び唸りだしたが、こういう時は下手に話しかけるよりそっとしておいた方が楽になるだろうから放っておこう。
好きに行動していい、か。そうは言われても別段する事もないし、どうしようか。
そう考えていると、玄関から大きな音がした。何事かと思い、玄関に視線を向ける。
「あ、トシユキさん。おはよう」
乱暴に扉を開けて入ってきたのは、意外にもレオンだった。レオンの手には大きな洗濯カゴが握られており、その中身をここに取りに来たようだ。
「おはようレオン。ところで今何時くらいなんだ?」
強い日差しと少しばかり高い気温からあの寒いくらいだった早朝は確実に過ぎている。そもそも、昨日いつまで飲んでいたのかもわからないのだから、どれくらい寝ていたのかわからない。
「さっき丁度皆で朝ごはん食べたところだよ。一回家に起こしに来たんだけど、起きたのはリーランさんだけでトシユキさん達はずーっと、ぐーぐーがーがー言ってて起きなかったから諦めたんだよ」
どうやら少し前に朝食前という事でレオンが俺達を起こしにきてくれたようだ。だが、恐らくザルフは起きてはいただろうけどそれにレオンが気づかなかっただけだろう。
むくれているレオンにお礼とお詫びを言うと、わずかにだが機嫌を直してくれたようだった。すると、レオンはザルフが掛けていた布団を剥いで手元のかごに放り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・」
布団に包まれるように寝ていたザルフが、レオンに布団の端を掴まれて引っ張られたことによって回転しながら床に転がった。その行動にザルフは何か文句を言いたげにしていたが、回転の揺れで更に様子が悪化したらしく文句を言う元気すら無くなったようだ。
床に転がるザルフを一瞥して、レオンは満足げに鼻を鳴らした。
「早く起きないと布団片付けられないでしょ。そうなるのが嫌だったらもっと早起きしてよね」
ザルフに対し何故か強めな口調で注意をするレオン。そして、再び動き始めると布団の他にもう一組の布団や散らかっている座布団を拾い上げて次々にカゴの中へ詰め込んでいく。
枕にしていた座布団や掛け布団を取られたザルフはしばらくもぞもぞと動いていたが、自分の腕を腕枕にすると体を丸めて再び横になった。
「よし、あと洗うようなものは無いよね」
周りを見渡して確認するように呟くレオン。やはり食事作り以外の家事も白虎の女性陣が担当しているようだ。暇ならおばちゃんとかに相手をしてもらおうと思っていたが、恐らく無理だろう。
「村の方で皆何をしているんだ?」
暇な人が居そうなら一緒に暇をつぶそうと思って聞いてみたが、あまり期待は出来ないだろう。
「おばちゃん達は洗濯とかしてるけど、他の男の人たちは畑仕事とかだと思うよ」
もしかしたら三兄弟なら暇かもしれないと考えていたが、それも無いようだった。というか、あいつら本当に仕事してたんだな。三人で馬鹿やって遊んでいるイメージしかないのだが。
「トシユキさん、暇なら少し手伝って欲しいな」
何をするか決めあぐねていた所に、レオンが手に持っていた洗濯物を掲げながら言った。
正直、今日の予定は決めていなかったから別に構わないのだが、恐らく待ち受ける先にはあのおばちゃんがいるだろう。あの人の事だからレオンの前でもからかうと思うのだが、恥ずかしいからやめてほしい。・・・・・・まぁ、気にしなければいいか。
「あぁ、いいぞ。暇だからな」
少し考えてからレオンに了承の返事を返す。それを聞いたレオンは、「はい」と言って多すぎるぐらいの洗濯物を手渡した。
「今日は少し多いから半分ぐらい持って欲しいな。置いてからもう一回来るのも面倒だしね」
そう言って自身も、他の洗濯物を持って歩き出した。そのままレオンの歩幅に合わせて着いていくと、食事処の外で二人の女の人と小さな男の子が、水が入ったたらいを使って手洗いで洗濯をしていた。
二人の内の一人は、見慣れた食事処のおばちゃんで、大きなたらいに腕を突っ込んでジャブジャブと豪快に音を立てて洗っている。もう一人は、そんなおばちゃんとは正反対に静かに丁寧に、衣類を擦って洗濯をしていた。
近づいてきたレオンに気づいたおばちゃんが、顔を上に向ける。
「溜まってた洗濯物持ってきたかい?まったく、量が多いとこっちも大変なんだから定期的に洗えっていつも言ってるだろ」
溜め息交じりにおばちゃんが話し始める。それに対しレオンもごめんねーと、気恥ずかしそうに返事を返していた。
「いやー、だって面倒臭いって思っちゃって。つい自分の番まで溜め込んじゃうんだよね」
えへへ、と再び恥ずかしそうに頭を掻くレオン。なるほど、量が多いとは思っていたが溜めていたからか。
レオンが目の前に居るおばちゃんではない、もう一人の女性の前に洗濯物を置く。すると、その女性は少し驚いたように目を見開くが、すぐにまた手元の洗い物に目を移した。
「まーくんもごめんね?せっかくの遊べる時間なのに」
まーくんと呼ばれた小さい男の子は、レオンの方を向くとふるふると首を横に振った。
「だいじょうぶ。れおねぇちゃんにはもうなれた」
「そ、そう?本当ごめんね、毎回毎回」
「れおねぇちゃんはきにしなくていい」
まーくんと呼ばれた男の子は、言い終えると洗濯物を近くにいる女性の近くに寄って一緒のたらいで荒い始めた。
最初にこの二人を見た時、どこかで見たことがあるなと感じた。それがさっきの会話で、どこで会っていたか確信した。
以前、ザルフと昼食をとった時にザルフに話しかけていた男の子とその母親だ。一度だけしか見ていないのですぐには思い出せなかったが、今ハッキリとわかった。
「おや、としゆきさん。どうしたんだい」
気になっていた二人が誰かわかったと同時に、おばちゃんが話し掛けてきた。案の定、口角がやや上がっており、どうにかニヤつきを抑えているのだろうということがわかった。
「いえ、レオンに暇なら手伝ってくれないかと言われまして。・・・・・・なんで笑ってるんですか」
レオンという単語を口にするたびに、おばちゃんがブフッと吹き出す。その動作に苛立ちを覚えるが、この人はどうせ言っても聞かないだろうと思い、それ以上は口にしなかった。
「笑ってなんかいないさ。なるほどね、それで手伝いにきたと」
笑いが収まったのか、落ち着いた雰囲気で話し出すおばちゃん。
またこういう話題か、と思い軽く憂鬱になる。そして、改めてレオンが俺に好意を寄せているという事を知らされて、自然と顔が熱くなってしまう。
少し離れた所ではレオンとまーくんが楽しそうに話をしていて、とても微笑ましい光景だ。レオンは俺と接している時まったくそんな素振りは見せなかったが、やはりそうなのだろうか。
そんな事を思っていると、おばちゃんが隣に来て耳元でこう囁いた。
「それで、レオンとくっつく覚悟は出来たのかい?」
その言葉に思わず吹きだしてしまう。いつの間にそんな覚悟をしておけと言われたのか。突然の発言に驚き、大声で反論する。
「いつその覚悟を決めておけって言ったんですか!?」
「おや、まだ決めてなかったのかい。優柔不断な男は嫌われるよ」
「だから話を聞いてくださいよ・・・・・・そもそもそんな話しましたか?」
「しなくても覚悟はしてるもんだと思ってたけどねぇ」
相変わらず人の話を聞かない人だ。話しているだけで疲れてくるなんて、この人と付き合うのを今後控えたいような気持ちになる。だが、きっとこの村の規模だとどこかでは絶対会うだろう。一々それに対応しなければいけないという事を考えると辟易する。
「なーなー、なんのはなししてるんだー?」
気が付かない内に、俺の隣でまーくんが疑問符を浮かべていた。その近くには一生懸命自分の洗濯物を熱心に擦っているレオンも居た。
何と説明しようか言葉に迷っていると、おばちゃんがまーくんの耳元で小さく耳打ちをした。
「えーっ!?れおねぇちゃんってあいつのこと、んもごもごもごご!」
おばちゃんから伝えられた言葉を大音量で言い放ちそうになったまーくんの口を慌てて押さえる。
「んー!」
まーくんが押さえている手の平越しに文句を言い、ハッとなって口元の手を離す。
「ぷはっ!いきなりなにをするんだ!」
「いきなり変な事を言い出したらそりゃ口を押さえるだろう」
「それならくちでいえばいいだろう!いきなりくちをおさえられたらびっくりするだろ!」
「そ、それもそうだな。すまん」
俺が謝ると、まーくんは「ゆるさないからなっ!」と言って再びレオンの近くに移動した。
そんな様子を高笑いをしながら見ていたおばちゃんは、肩をぽんと叩くとこう続けた。
「いやぁ、まさかそのまま声にすると思わなくてね。でも面白いものが見れたと思うと感謝したいぐらいだよ」
「どこが面白いんですか、必死でしたよこっちは」
「顔を赤くするぐらいだもんねぇ、確かに必死には見えたね」
・・・・・・何度でも言おう。やはり俺はこの人が苦手だ。
「どうしたんだい、そんな引き攣った顔して」
「何でも無いです。それよりこれって俺も手伝った方がいいですかね?」
足元に置かれた洗濯物を指差す。すると、おばちゃんはどっちでもいいと言うと再び洗い物の作業に戻ってしまった。
しょうがない、俺も手伝うか。大勢でやるに越した事はないし、そうすればより早く終わらせる事ができるだろう。
「なあなあ、れおねぇちゃん
足元の洗濯物に手を伸ばして、いざ洗おうとした時、まーくんの大きい声が聞こえた。
「ん?何?」
「『すき』ってどんなかんじなんだ?」
「へっ?」
おい、あの小僧なんて事聞いてやがる。しかもよりによってレオンに聞かなくてもいいだろう、お前の母親とかに聞けよ。
「えっ、えっと、そうだね」
少し溜めて、レオンが話しだそうとする。って、答えるのかよ。
「その人の事を考えるだけで幸せな気分になる、とかかな?」
質問を質問で返すレオン。だが、その言葉に対してまーくんは、
「ふーん、そうなんだ?」
と、どうでもよさそうに返事を返していた。
そして再びおばちゃんがニヤつきながらこちらを見た。その隣ではまーくんの母親があらあらと言って口元を押さえている。
恐らく今のまーくんの母親の反応を見る限り、レオンが俺の事をどう思っているのか知っているらしい。情報源は十中八九、おばちゃんだろう。この調子じゃどこまで広まっているかわからんな。今度三兄弟とかにも聞いておこうか。
おばちゃんの口の軽さに少しうんざりしながら、引き続き作業に戻る。しかし、おばちゃんと母親の視線が痛い。おばちゃんはいつもの事と考える事で慣れてきたが、あまり知り合って間もない人に好奇の目を向けられるのは少しつらい。レオンもまーくんとお喋りをしながら作業をしているからか、こちらの状況にまるで気づいていない。
大人の女性に凝視されながらひたすらに洗濯物を洗う。そろそろ耐えられなくなり、やめて下さいと声に出そうとした瞬間。
「あれ?トシユキさんじゃないっスか。どうしたんスか、こんなトコで」
クワを肩に担いだ坊主頭の青年が、動かしていた足を止めてこちらに声をかけた。
「ほぉ~洗濯っスか。俺らもたまにやるんスけど、よくこんな面倒な作業を女達は出来るのか、毎度不思議になるんスよね」
俺の手元を覗き込みながら、自身の洗濯が苦手だという事を言い出す。というか、どうしたこんな所ではこちらのセリフなんだがな。
「あっ、俺っスか?俺は今農作業のための道具を取りに行ってたんスよ」
「俺はまだ一言も喋ってないし、質問もしてないぞ」
なのに何故こいつは言いたい事がわかったんだ。読心術とでも言う気か、怖すぎるわ。
「まぁ、それは置いといて。手伝いっスか?」
「そんなとこだ。量が多いから手伝って欲しいと言われてな」
「そう言う割にはそんな多いようには見えないっスけどねぇ」
「そりゃ幾らかこなしてるんだから数は減るだろう」
当たり前の事を答えると、途端に坊主が「じゃあ」と言った。
「こっちも手伝って下さいよ。いや~畑も今人手不足でして、どうにかこっちの方も手を貸してくれないっスかね?」
へらへらと笑いながら、軽く頭を下げる坊主。どう見ても人に物を頼む態度ではないが、今この状況に限り、俺はその頼みに答えよう。
「あぁ、いいぞ。どこに行けばいい?」
「マジっスか!?ダメ元で言ってみるもんスね」
そりゃそうだろう。今の俺の状況は、二人に見られながらひたすらに洗濯をしている、といったものだった。そんな状況から少しでも早く抜け出したいという気持ちになるのはなんら不思議ではないはずだ。そんな時にこいつからそんな申し出が来たら、俺でなくても快諾しただろう。
「それじゃ、これ持って行きましょうか」
「では行ってきますね」
おばちゃんに爽やかに挨拶を交わすと、やれやれと言って手を振って早く行けと合図する。おばちゃんの事だから俺が視線に困っているのをわかった上でやっていたのだろう。そうでもなければこんな簡単にレオンから俺を離す訳が無いだろう。
「というか、よく引き受けてくれたっスね。正直洗濯のが楽だと思うんスけど」
「誘ったやつがよく言うな。いや、ちょっとあの場に居づらい空気があってな・・・・・・」
「そうなんスか」
「そうなんだよ」
渡されたクワを肩に担ぎ、他愛の無い会話を続けるながら歩き続ける。
「ところで、農作業って言っても俺は経験無いから手伝えるかわからんぞ?」
「大丈夫っスよ。農作業とは言いましたけど、ようは力仕事なんスから」
「あぁ、だからこのクワか」
「そうっスよ。あいつらは持ってきてたんスけど、俺だけ寝坊して持ってくるの忘れてて」
「何で珍しく一人なのかと思ったらそういう事だったのか」
「大体はそんな感じっス。おっと、着いたっスよ」
坊主が足を止めて、前方を見やる。畑と聞いて、家庭菜園程度の規模かと思っていたがまるで違っていた。少し離れた所では、何列も並んだ畑の畝にそこに彩られた青々とした作物が育っており、今が食べ頃だというのがわかる。その反対側では、白虎の住民が複数人で広大な畑を耕していて、その中には三兄弟の残りの二人も混じってクワを振りながら作業に没頭していた。
坊主の存在に気づいた二人は、大きな声で叫んで早く手伝えと言っていた。その声に坊主は軽く返事を返して近くに駆け寄る。
「あっ、トシユキさん。こんちはッス!」
「こんちはッス!」
その後に、俺が後から来たことに気づき慌てて二人は俺に挨拶をする。その挨拶に俺も適当に返して、何をすればいいのか聞いてみる。
「とりあえず俺らと一緒にここいら一帯耕してもらえないっスか?」
そう言ってクワの先端で範囲を指す。その広さは、確かに三人がかりじゃないと時間は掛かる程の面積だろうと感じた。
「よし、それじゃさっさとやるっスよ!」
「どの口が言うんスかね」
「なんでこんなのが兄貴なのか不思議っスわ」
指揮り始めた坊主に、ドレッドとソフモヒは辛辣な言葉をぶつける。その視線も明らかに軽蔑したような感情を含んでいて、家族間の会話とは思えない。
「ちょっ!?お前ら何でそんな今日当たりきついんスか!?」
「お前が寝坊したからってさっき親父に怒られたんスよ」
「ついでに頭に拳骨も喰らったっス」
頭をさすりながら、俺に患部を見せてくる。確かに言われた部分には大きなこぶがあるのが確認できた。
「こりゃ・・・相当強く殴られたな・・・・・・」
「まだ痛むんスよ!それを当の本人が何も受けてないとなると腹立つのも仕方無いっスよ」
「クソ兄貴が悪いのに、何で俺らが・・・・・・」
そう言って再び、坊主頭を睨みつける二人。確かに俺がやられたら確実に怒るし、今度仕返ししようとも思う。
「というか、お前らって誰が長男なんだ?」
ソフモヒのクソ兄貴という言葉から、こいつらは兄弟だった事を思い出す。しかし、三兄弟とは聞いていたが順番を聞いたことは無かった。
「えっと・・・俺っスけど」
そう言いながら手を上げたのは坊主だった。よりによってお前だったのか。
「そりゃ年長がこんな調子じゃ嫌になるわな・・・・・・」
「やっぱそう思うっスよね」
「今回は俺らとばっちりっスからね」
坊主のとばっちりを受けた二人は坊主を一瞥したかと思うと、持っていたクワを振り上げて地面に突き刺して畑を耕す作業に戻った。確か三人でここ一面を耕さないといけないらしいんだったな。それなら確かに無駄口を叩いてる暇があるなら作業をしてた方が良いと結論付けたのだろう。なるほど、懸命だ。
その二人の行動に自分も動いた方が良いだろうと思った坊主がも一緒にクワで畑を耕し始める。それと同時にこちらに目配せをして手伝ってくれと目で伝えてくる。
そういえば俺は手伝いに来たんだったな。忘れていた。よし、俺も作業に移ろうか。
そう思うと、手にしていたクワを畑の荒れている土に刺して掘る。初めての経験なのでどの程度掘ればいいのかわからないが、大体で判断すればいいだろう。
しばらく四人で周辺を四列になって耕しながら進めていく。その間、誰も喋らず黙々と畑を耕す作業に没頭していた。最初の内は作業に手一杯で気にならなかったが、慣れてくるとこの無言がキツく感じてくる。
「なぁ、少し聞いてもいいか?」
静かな畑の上で声を抑えながら聞いてみる。すると、案の定坊主が食いついてきた。
「どうしたんスか?」
兄弟の仲で一番喋るこいつが反応するのは予想していたが、こんなに早く返事をしてくるとは思わなかった。それより、今の内に聞きたかったことを聞いておこう。
「お前らって身体強化魔法使えるのか?」
「ええ、まぁ人並みには使えるっスよ」
「ほう。それってやっぱ小さい頃に狩りに連れて行ってもらった時にか?」
「確かそうだったはずっス。あんまりよくは覚えてはいないっスけど」
やはりそうか。ザルフから聞いていた通りここの住民は幼少期などに既に習得を済ませているらしい。未だに習得をしていない、身体強化魔法。早めに覚えておかなければ帰れない上に、森の魔獣に殺される可能性だってある。そうなる前に習得を急がねば。
「習得した時、どうやってしたかとか覚えてるか?」
「うーん、俺は少なくとも覚えてないっスねぇ。お前ら覚えてる?」
会話をしながら手を休めることなく、弟達に坊主は聞く。
「俺も覚えてないっス」
「俺、ぼんやりなら覚えてるっスよ」
坊主と同様の答えを返したドレッドにがっかりしていると、その隣に並んでいたソフモヒが覚えてると言い出した。
「本当か?もし良かったら詳しく教えて欲しいんだが」
「良いっスけど、ハッキリ言ってお役に立てるとは思えないっスよ」
そう言うと、その時の状況をソフモヒは話し始めた。
「まず親父と前頭領と一緒に俺ら三人で森に行ったんスよ。そこに着くと兄貴とクソ兄貴はすぐに魔法を使えるようになったんスけど、俺だけは習得できなかったんス」
その時を思い出すかのように、遠い目をするソフモヒ。その話を聞いている二人は思い出そうとしているのか、眉間に皺を寄せるが、その後に首を傾げているところを見ると思い出せなかったのだろう。
「それで、覚えたてではしゃぐ兄貴達はフルパワーで森を駆け巡ってたんス。でも俺はその時も使えなくて、どうにか追いつこう必死で全身に力を込めたっス。そしたら、込めていた力が一気に解放されたような感覚になって、全身に力が漲って一気に兄貴達に追い付いたっス。しかし、追い付いたのは良かったんスけど、その後魔法の制御が出来なくなって。しばらく森で暴れたら魔力切れでぶっ倒れたそうっス」
そこまで話すとソフモヒは、「ま、こんなもんっスよ」と言って再び耕す作業に集中しだした。
なるほど、『全身に力を込める』か。言われてみれば一番それらしい方法だな。何故今まで思いつかなかったのだろう、早速今度試してみようか。
「そうか、参考になった。ありがとう」
「そうっスか?ただのアホなエピソードっスよ」
「そうでもないぞ。案外どこにヒントが落ちているかなんてわからないものだからな」
「それもそうっスね」
ソフモヒが言い終えると、三兄弟は再び各々の列の畑にクワを振り下ろしていった。やはり再び沈黙が続くが、今は身体強化魔法について考えているのであまり気にならなくなった。
さて、ソフモヒから聞いた話によると『全身に力を込めた、すると込めた力が解放され全身に力が漲った』。おおよそだがこんなものだろう。やはり、身体強化魔法の発動は個人差があるのだろうか。上の二人は先に習得できたが三男のソフモヒだけはかなり遅れて習得、だがその後に暴走して魔力切れで倒れたらしい。これは力み過ぎが原因か?しかし、まだ全身に力を込めるのが正解とは限らないしな。うーん、どうしたものか。
「・・・・・・・・・さん!トシユキさん!」
「ハッ!?どっ、どうした?」
隣でいきなり大きい声を出されて、つい体を強張らせてしまう。
「いや、とりあえず半分ほど済んだんで昼飯にしようって話してたんスよ。聞いてなかったんスか」
呆れたような表情でため息をつく坊主。考え事をしていたのだから仕方無いだろう、と言おうと口を開きかけた時、横から服のすそを何者かに引っ張られた。
「おにーさん、ご飯持ってきたから休憩しよ!」
そう笑顔で言ったのはイノだった。その手には大きめの風呂敷が握られており、その中から美味しそうな米の匂いが漂ってきた。恐らくおにぎりか何かをおばちゃん達が作ってくれたのだろう。その存在を確認した三人は流れるようにイノを取り囲み、その勢いに押されたイノは少し後ずさっていた。
「今日は中身に何入れたんスか?」
「今日はねー、確かワルムの塩漬け?とかだった気がするよ」
「おぉー!良いっスね!絶対美味いっスよそれ!」
「早く開けるっスよ!もう話聞いてたら腹減ったっス!」
イノと三兄弟がやんやんやと騒いでいる。早く開けろと急かされてイノが風呂敷を解いて、その下にあった黒い大きめな弁当が姿を現す。イノもワクワクした表情でその弁当に手を掛け、その黒々としたフタを両手で取り去った。
弁当の中身は、白米に海苔を巻いた三角形のどこでも見かけそうな見た目の平凡なおにぎりだった。しかし、開けた瞬間に漂った匂いは俺にとってはあまり嗅ぎ慣れていない珍しく、それでいてとても食欲をそそられる匂いをしていた。
「おぉ~やっぱり良い匂いっスねぇワルムって」
「だよね~ウチもまだ食べてないからすごいよだれが出てきたよ」
「この独特の香りが良いんスよね。塩漬けだからご飯も進むっスね」
「そうっスねー。トシユキさんもこっちで食いましょうよ!」
呑気にそう言い放つソフモヒと、手招きをする他三人。お前らがイノに迫ったからそんなに距離が出来たんだろうが。
「わかった。確かに腹は減ったな」
しかし、腹が減ったのは俺も同じだった。呼び声に快く応じて早足で駆け寄る。いつの間にか畑を外れて、近くの硬い地面に敷物を敷いて座っていた。こうして見ると、ピクニックに来た兄弟のようだ。末妹を可愛がる上の兄貴達的な。
三兄弟とイノと共に風呂敷に座る。すると、四人は同じタイミングで両手を合わせて、こちらを見た。
「おにーさん、早く」
そのイノの言葉で『いただきます」前の合掌だという事に気がついた。急いで手を合わせて、イノを見つめる。
「よしっ、それじゃー。いただきます!」
「「「「いただきます!!!」」」」
イノの合図と共に三兄弟と一緒に食前の挨拶を済ませる。そして三兄弟はお決まりの速さでおにぎりに手を伸ばした。
「おおっ!美味いっスね!」
「だね!この少ししょっぱい位の塩漬けと白飯が良く合うね」
「うーん、このパリパリの海苔も良いっスね」
「何個でもいけるっスよ」
一人一人感想を言いながらおにぎりを頬張る。毎度思うが、白虎の奴等は本当よく食べるというか見てて気持ちいいくらいの食べっぷりだ。
「それじゃ、俺も食べようかな」
そう言って箱に入ったおにぎりに手を伸ばす。仄かに湯気が立っているおにぎりに触れるとまだ暖かく、出来立てを持ってきてくれた事がわかる。そのありがたさを噛み締めながら手にあるおにぎりを口に含む。一口目は、薄い塩と白米の味だった。もう少し塩が効いても良かったのにな、と思ったが二口目でその薄味の意味がわかった。二口目にはおにぎりの中身が出てきて濃い醤油のような味が口に広がった。その時に、薄い塩と濃い醤油味が邪魔をせずに丁度良い均衡を保っている事がわかった。
「美味いな。ここの人は皆料理が上手いのか?」
「わかんないけど、おばちゃん達の料理を美味しくないって思ったことは無いね。でも今回はウチとレオンが作ったんだけど、上手くいって良かった!」
屈託の無い笑顔で笑うイノ。普通にしてればイイ子なのにな、覗き癖さえなければ・・・・・・。
イノの将来を心配すると同時に、可愛いから案外許されるのかもな。と思いながら米のベタ付きの残る指を舐め取る。次いでもう一つ、もう一つと食べていった。10分も経った頃には20ほどあったおにぎりは姿を消していた。
「いやー少し物足りないっスけど、美味かったから問題ないっスね!」
「おそまつさまでした。そう言ってくれると嬉しいな」
「レオンさんといい、イノちゃんといい将来有望な娘が多くて安心っスねぇ」
「俺らもそろそろ嫁見つけろって親父が言って来るんスかね」
ソフモヒが最後にそう言うと、三人は同時にため息をついた。恐らくこの世界でも嫁探しは大変なのだろう。今の三人の一心同体振りで大体把握できた。
「ははは、大変だね三人とも」
「イノちゃんは相変わらずザルフさんっスか?」
「そりゃもちろん!でもザルフはウチのアプローチも全部子供の悪戯ぐらいにしか思ってないんだよね・・・・・・」
「実際そうっスからね」
「仕方無いといえば仕方無いっスよ」
今度はイノが落ち込み始めた。その様子に三人が慌てて慰めて、イノは少し元気を取り戻す。
「まだまだ希望はあるっスよ!」
「そうそう!将来なんてどうなるかわからないんスから!」
「そう?」
「五年も経てばボンキュッボンも夢じゃないっスよ!」
「そ、そうかなぁ~」
こんな簡単に言いくるめられてたら別の意味で将来が心配だぞ。まぁ、騙すような奴もここには居なさそうだが。
「ま、お昼ご飯も食べたんだし、引き続きお仕事頑張ってねー」
三人のイノをその気にさせる作戦は成功し、すっかり上機嫌なイノが食べ終わった弁当を再び風呂敷に包んで仕舞って食事処の方に戻っていった。
「あぁ~そういえばまだ仕事あるんスよね。ダルいっスわー」
「兄貴は本当面倒くさがりっスね、トシユキさんの勤労っぷりを見習って欲しいっスよ」
「あ、そうか。俺も手伝わないとな」
「いや、トシユキさんはもう休んでもらって結構っスよ」
「そうっスよ。どうせ兄貴が無理矢理連れてきたんスよね?」
「そ、そそそ、そんな訳ないっスよ!ねぇ、トシユキさん!」
いや、助かったのは本当だがそれを抜きにしても手伝わせようとしてたのは事実だよな。・・・・・・ここは真実を伝えておくか。
「暇なら手伝えと言われて来た」
「ハァ・・・・・・」
「ハァ・・・・・・」
「何スかそのため息!トシユキさん真実を言って下さいよ!」
「紛れもない事実なんだが・・・・・・」
「最低っスね・・・仮にも英雄的な存在の闇勇者様にそんな下働きをさせるなんて」
「クズの模範みたいな男っスね!」
下の兄弟二人に散々言われて、最早涙目になる坊主。少しだけかわいそうになってきたな。
「そう言ってやるな。俺も少しなら手伝うから、あまり兄貴に最低だのクズだの言わない方がいいぞ」
そういえば俺にも弟が居たが、生意気盛りの時は俺にいつも反抗していたな。その度に関節技決めて成敗していたが。
「トシユキさんは兄貴を甘やかし過ぎなんスよ!今回も仕事が遅れた理由は兄貴が寝坊したからっスよ!」
「そうっス!甘やかすのは兄貴のためにならないっス!今回の重労働でわからせてやるんス!」
「そうか、そこまで言うなら仕方無い。俺の分まで働いてくれよ」
うなだれている坊主の頭をぽんと叩き、頑張れよと声をかける。しかし、坊主はその声に反応する事は無く、兄弟二人にビンタをされて喝を入れられていた。どこまでも不憫な兄だな。自業自得とも言えるから俺は口出しできないけど。
「それじゃ、お前らも頑張れよ」
「了解っス!」
「では晩飯にまた!」
「・・・・・・・・・・・・」
結局坊主は俺の声に反応する事は無く、無言で黙々と作業をしていた。やっとやる気を出したのかと思ったが、目が死んでいる所を見るとそうでもないらしい。
三人がいたが見えなくなり、この後どこに行こうか考えながら俺は歩き始めた。




