28 皆で昼食!
巨大な白い魔獣、ワルムを前にしたザルフは笑っていた。
「久しぶりの大物だ・・・・・・ッ!」
小声でそう呟くとザルフは体勢を低くかがんで、腕を上下に構えて拳法の型のようなものを取った。恐らくザルフの戦闘準備は万全という事だろう。その証拠にザルフの眼は野生的なギラついたものへと変わっており、口からは鋭い犬歯が覗いていた。
「グルゥゥゥゥゥ・・・・・・・・・・・・・」
そんなザルフに反応してか、ワルムが低く唸る。きっとザルフの闘気を感じ取り、威嚇をしているのだろう。
「グラァ!」
突如、ワルムが大きな声を上げる。それと同時にザルフがいた場所へ細く長い腕を使い、拳を叩きこむ。しかし、ザルフは横に軽く跳んでこれをかわした。ワルムが叩きつけた場所は浅いが確かにクレーターが出来ており、その破壊力の凄まじさを物語っている。
「危ねぇ危ねぇ」
ワルムの攻撃の軌道を完全に読みきったザルフは、余裕たっぷりといった声色で今の攻撃を避けてみせた。
その時ふと、ザルフの体に異変が起こっている事に気がつく。構えはそのままだが、その腕からは白く長い体毛が生えており、獣のような雰囲気が窺える。口からはみ出ている犬歯も先程よりも発達しており、鋭さを増していた。
「こいつが相手なら逃がすわけにもいかないし、オレも全力出すか」
そう言うと、構えを解いて目を瞑ってそのまま動かなくなるザルフ。
「なッ!何してんだあいつ!」
目の前に敵がいるという状況でそれは明らかな自殺行為だ。さっき見たワルムがザルフに放った一撃も俺が相手なら何が起きたかもわからないまま、戦闘が終了していただろう。それを見切った上での余裕から来る行動ならどう考えても軽率な行動だ。
「多分だけど、兄貴はアレをする気なんだと思う・・・・・・」
一緒に林に隠れていたレオンが、隣でなんとも言えない複雑な表情で言う。アレ?
「アレって、あいつは何かする気なのか?」
「多分・・・正直あたしは初めて見るんだけど・・・・・・」
レオンが話し出そうとしたその時、ザルフとワルムが戦闘をしていた方向から木々がなぎ倒される音が聞こえた。
「な、何だ!?」
音の正体を探ろうと爆音がした方を見ると、そこには木々が無残な状態で倒されており、そこにいたはザルフの服だけが残されていた。
よく見ると木がある方向に倒されていて、その奥から小さいが咆哮のような音が聞こえる。
「あっちだ!行こうトシユキさん!」
「あ、あぁ!」
レオンがそれに気づき、二人で音がしている場所に向かう。その音は近づくにつれて小さくなり、やがて聞こえなくなっていた。
俺とレオンが辿り着いたその場所には、血だらけで横たわるワルムと美しい毛皮を持った白い虎がいた。ワルムは恐らく息絶えているようで、生きている気配は無かった。白い虎は俺とレオンの姿を確認するとワルムを口で掴み、俺達の傍まで持ってきた。
「え、えっと・・・この虎は俺達に危害を加える気はないって事か?」
目の前にいる虎は俺達を見ても襲いかかろうとはせず、ただジッと俺の顔を見ていた。すると、その虎が急に喋りだした。
「いやー結構大変だったぜ」
その声はどこかで聞いた事のある声で、男のような低い声だった。
「え?この虎喋れんの?」
「いや、そりゃ喋るだろ。オレだってそれぐらいの頭はあるしな」
へぇ、さすが異世界だな。喋る虎なんて前の世界には居なかったし、動物と話すってなんか新鮮だな。
「おい、本当に気づいてないのか?」
「トシユキさん・・・この虎、兄貴だよ」
「は?」
目の前にいる白い虎がザルフ?何を言ってるんだレオンは。俺の知ってるザルフはこんな猫科な見た目をしてないぞ?まったく、身内を間違えるなんて天然だなぁ、レオンは。
「なんか混乱してるっぽいな。ま、いいや。レオン、とりあえずオレの服持ってきてくれ」
「はーい」
元気に返事をしてどこかへ走っていくレオン。しばらくするとさっきの場所に落ちていたザルフの服を両手に抱えて持ってきた。
「とりあえず、着替えここに置いておくね」
持ってきたザルフの服をその場に置いて後ろを向くレオン。
「終わったら言ってね」
「おう、ありがとな」
そして、やっと元の姿に戻れるなと言ったと思うと、虎の体から白い毛がハラハラと抜け落ちていった。鋭い犬歯も縮みはじめ、段々と人の姿に近づいている。それが終わると完全に獣の姿から青年の姿へと変化しきっていた。
「ふー、っと。やっぱり先祖返りは疲れんなぁ」
全裸の青年が笑顔で振り向く。その笑顔には見覚えがあり、人懐っこいという印象を受けた記憶がある。短く整えられた白髪も抜け落ちたものと同一と考えられる。
「まさか、ザルフなのか?」
「さっきから言ってたじゃねぇか、オレだって」
少し呆れたように言って、地面に置かれている着替えを手に取っていそいそと着替えを始めた。何分か経つと無事ザルフは着替えを終えていた。
「おっし、もうこっち向いてもいいぞ」
「あ、終わった?」
レオンが着替えが終わったのを確認するとザルフの足元に落ちている白い毛を見つめて、すごい量だねー、と言った。
「こんなに量があるんだったらおばちゃんに頼んで服作ってもらえるんじゃない?」
「いやいや、それならオレは何回先祖返りしなきゃいけないんだよ・・・・・・」
「はは、確かに。それにしても兄貴出来るようになってたんだね、ビックリしたよ」
二人の間でしかわからない会話をされ、話に全くついていけていない。二人の話を聞く限り、先祖返り?というものをザルフはしてあの姿になったようだ。
「なぁ、その先祖返りって何なんだ?」
「え?あー、何ていうかだな・・・・・・ま、それは後で説明するとして、とりあえずこいつを村に運ぼう」
後方を指差しながらザルフが言った。その指が指す方向にはワルムが傷だらけの状態で放置されている現場だった。
「あ、そういえばシブズの方って誰か回収したの?」
レオンが思いついたように元来た場所を見る。そういえばザルフはワルムを狩るためにすぐどっか行ってたし、俺とレオンはその場所に駆けつけるためにそのままにしてここに来た。という事はつまり。
「まずい!下手をすりゃシブズを他の魔獣に食われてるかも知らないぞ!」
「早く行かないと!」
「お、おう!」
さっき来た道を辿ってシブズを仕掛けていた場所へ三人で向かった。結論から言うとシブズは無事だった。しかし、シブズの鳴き声でワルムを呼ぶという作戦でシブズを吊るしていたが、吊るしていたシブズの鳴き声で呼び寄せられた他のシブズの群れが周りに固まっていた。
俺達が到着したと同時にほぼ全部のシブズがこちらを一斉に向いて、襲い掛かってきた。俺とザルフが囮になっている隙にレオンが吊るされていたシブズを捕獲した。幸い、長時間吊るされていた事で大分弱っていたようで捕まえるのはさほど時間が掛からなかった。捕獲を完了したのを確認すると、俺とザルフがワルムを担ぎ、シブズをレオンが背負ってシブズの群れから逃げるように走った。
こうして大量のシブズに追いかけられながら白虎の森を抜け、無事に村に着くことが出来た。
村に着く頃にはクタクタになり、立っているのもギリギリの状態だった。俺だけだが。
「ハァ・・・ハァ・・・し、死ぬかと思った・・・・・・」
「それにはオレも同意だ・・・・・・」
「早くお風呂入りたい・・・・・・」
各々が疲れを言葉に出し、白虎の食事処へ向かう。心なしか足が重く感じ、ただ歩くのにも相当苦労した。
到着から数分後、白虎の食事処が見えてきた。中の様子を窺うと、昼時というのもあってかほとんどの村人が集まっていた。
「はぁ、やっと着いたな。あとは今日の収獲を置いて・・・・・・」
「おや、坊ちゃん。今帰ったのかい?」
ザルフが獲物を置いて帰ろうとした時、入り口から出てきたおばちゃんとちょうど出会った。
「あっ、おばちゃん。これ今日の収獲、ここに置いとくから」
「へぇ、今回はワルムが獲れたんだね。よし、じゃあおばちゃんが今ちゃっちゃと昼飯作っちゃうから待ってな」
「いや、俺はいいや。部屋で休みたいし」
「なーに遠慮してんだい。食える時に食っとくのが一番なんだよ。それに食うなら皆でのが良いに決まってんだからね」
「え、いや、オレ別に腹減ってないし」
どう言っても、今はいらないと言うザルフに明らかな不満顔なおばちゃん。すると、突然何かを思いついたようにニヤニヤとした表情に変わった。
「ははーん、もしかしてまだ寝てるリーランちゃんに何かする気なんだね?」
「は、はぁ!?んな事するわけ無いだろ!?常識的に考えて!」
「んじゃ別にここで食べてった方が無実を証明出来るんじゃないかい?」
「どんな理屈だよ・・・・・・仕方無いな、わかったよ。オレも食ってくよ」
「了解だよ、じゃ嬢ちゃん、リーランちゃん起こしてきてくれないかい?」
「え?あ、はーい」
突然話を振られて少し反応が遅れたレオンだが、内容を理解すると早足で家に向かって行った。
「じゃリーランちゃんが来るまで少し待ってようか」
そう言って仲に入っていくおばちゃん。それに着いていくように俺とザルフも中に入った。中に入ると小さい子供や若い女の人、杖をついたおじいさんなど色々な人でで中は賑わっていた。
「あーざるふだー」
小さい男の子がザルフを指差し、こちらへ駆け寄ってくる。
「おー、坊主。良い子にしてたか?」
「してたよー、ざるふはー?」
「オレ?オレはもちろんいつでも良い子だからな」
人懐っこい笑顔を向けながら、男の子の頭を撫でる。その様子は一見仲が良い兄弟にも見える。
「へー。でもしりあいのおねえさんにいたずらしようとしてたんでしょー?」
「は?・・・・・・坊主、それ誰から聞いた?」
「えっとねー、おばちゃんからー」
「わかった、あとそれは嘘だからな」
「ふーん、そうなんだー」
男の子は話を終えると、母親らしき女の人の元へ帰っていった。その女の人はこちらを向いて軽く一礼して他の人と話し始めた。
俺とザルフが入り口で並んで立っていると、ザルフを呼ぶ声が後ろから聞こえた。
「ザルフー!帰ってきてたんだー!」
「あ、あぁ・・・ただいま、イノ」
イノと呼ばれた小柄な少女は、後ろから元気に手を振りながら走ってきた。
「朝会えなくて寂しかったんだからねー!ん?その人は?」
少女はザルフの横にいる俺に目をやると、不思議そうに首をかしげた。
「あ、トシユキって者です。闇勇者やってます、よろしく」
明るいポジティブオーラ全開の少女に、若干恐縮しながらも挨拶をした。
「え!?あの伝説の!?へぇー、初めて見た。じゃ、ウチも挨拶をするね」
そう言って少し間を置いて、ザルフに熱視線を送って頭を下げる。
「ウチはイノって名前で、えっと・・・その・・・ザルフの恋人ですっ!」
少女は言い終えると、顔を赤らめてキャーと言って体をくねらせた。しかし、恋人と言うにはあまりにも幼すぎる。まだ十にも満たない見た目をした小さい少女とそういう関係をもっているというなら、場所によっては即牢獄行きだ。
「ざ、ザルフ・・・個人の趣味にどうこう言う気は無いが・・・・・・その、限度はあるぞ?」
「言うと思ったが、俺にその趣味は無い。こいつがただ自称しているだけだ」
冷静にザルフがそう言い放つと、深いため息をついた。なんだ、そういうことか。ま、俺としてもこれ以上ロリコンの知り合いが増えてもなんだし、安心したといえばしたな。
「えーっ!?何それー!ずっと前に将来を誓い合った仲なんだから、照れることは無いよ?」
「照れて無い、それにお前が相手だと色々マズいんだよ」
世間体とかな、と言って再びため息をつく。どうやらイノの方は本気らしいが、それをザルフが軽くあしらっている感じだ。ザルフも意外と苦労人なんだな、可哀想に。
「んもー、素直じゃないだから。ま、ご飯食べたらまたお話しようねー!」
ザルフがそれに軽く返事をすると、満面の笑みでどこかへ走り去った。
「なんか、ザルフって大変だな・・・・・・」
「まぁな・・・・・・言っとくが本当にあいつとは何も無いからな?」
「それはわかってるよ、ランロンじゃあるまいし」
「そうか。・・・って、トシユキはランロンを知ってるのか!?」
驚いたと言わんばかりに目を丸くするザルフ。あ、まだザルフに言ってなかったけな。
「あぁ、ここより先に青龍に行って来たからな。今あいつは魔王城で仕事をしてるよ、そこは聞いてたか?」
「確か、魔王に扱き使われてるんだっけ?あいつらしいっちゃらしいが、真面目に仕事をしてるとも思わないんだがな・・・・・・」
魔王に恐怖しながらだから、多分真面目にしてるぞ。言わないでおくけど。
「ま、それはいいとして。そういえばトシユキはあの子を探してたんじゃないのか?」
ザルフが顎で指した方向には、用意された食事をつまみ食いをしようとするセルロの姿があった。体制を低くしていて、コソコソとテーブルの食事に手をつけようとしていた。
「おい、セルロ」
セルロに近寄り、声を掛けると肩をビクッと震わせた。しばらくしてゆっくりとセルロは振り向いたが、声を掛けたのが俺だとわかると安堵したような表情を見せた。
「・・・一日ぶり・・・」
「いや、なんで何事も無かったかのように話進めてんの?」
「・・・何が・・・?」
「お前つまみ食いしようとしてただろ?」
「・・・・・・してない・・・・・・」
いつも以上に最初の間が長かった、つまり、嘘をついているということだ。
「この事は後でリーランに説教してもらうとして、少し仕事の話がしたい」
「・・・スカウトの事・・・?」
「そういうことだ。少しここから離れよう」
ザルフに少し待っててくれと言って、食事処から外へ出た。セルロは相変わらず無表情だったが、仕事の話と言ったのだからちょっとは真面目に聞いてくれるだろう。
「今回スカウトする対象とかは絞れたか?」
「・・・するならあのレオンって子になると思う・・・」
「ま、優秀な人材って言ったらそりゃ頭領の身内から選ぶよな。で、今回は俺は戦うのか?」
前回はしなくても良かった戦闘だが、今回もまたそんな都合のいい展開があるはずもない。きっと俺とレオンが戦って勝った方に負けた方が異動ということになるだろう。
「・・・いや、闘わなくてもいいかもしれない・・・」
そう考えていた俺の思惑は、セルロのその一言でかき消された。
「どういうことだ?」
「・・・それは後で追々話す・・・」
そう言って珍しくセルロはニヤッとして、食事処の中に戻っていく。セルロが感情を表に出すとは珍しいな。何か嫌な予感がするが、きっと気のせいだろう。
食事処の前で立っていると、レオンがリーランを連れてやってきた。まだ二日酔いと眠気が醒めていないのか、リーランはしきりに目元を擦っており眠たそうにしていた。
「トシユキさん、リーランさん連れてきたよ」
「ねむい・・・・・・」
「リーランさん、もうお昼なんだから起きないと」
眠そうにするリーランの手を引いて、レオンと俺は食事処に入った。
中に入ると、揃えられたテーブルの上に大量の食事が用意されていた。先程までは中の様子は昼食の準備で慌しく働いていたおばちゃんだが、再びつまみ食いをしようとしていたセルロを見つけたようでセルロを正座させて説教をしていた。
「まーた、あんたつまみ食いしようとして!次やったらメシ抜きだからね!」
「・・・それは困る・・・」
「ならもうやるんじゃなよ!困った子だね、まったく」
「・・・以後気をつける・・・」
セルロが少しシュンとして、うなだれる。おばちゃんが俺達がいたことに気づいて手招きをする。
「おっ、来たみたいだね。それじゃ三人とも空いてる席に座りな」
微笑みながら目配せをするおばちゃん。いつの間にか俺達以外の人が揃っており、先ほどの親子やイノもその中に含まれていた。
「れおんー、はやくすわれー」
さっきの男の子がこちらを見ながら言う。男の子は待ちきれないといわんばかりに体を動かしていた。
「なんだ、もう皆揃ってたんだね。じゃあたし達も座ろっか」
レオンが言いながら俺とリーランの手を取る。そのまま空いている席に座り、横に来るように促す。
「じゃ俺らも座るか」
「お腹減ったし、早く食べたいな」
隣にいるリーランはついさっきまで眠そうにしていたが、美味そうな食事が眼前に現れると目を輝かせていた。考えてみると俺も昨日から何も食べていない。
「よし、それじゃ皆揃ったね」
おばちゃんが全体を見回して、全員がこの場にいる事を確認する。そして両手を合わせて大きい声で、
「いただきます!」
「「「「「「いただきます!!!」」」」」」
おばちゃんの合図で食事処にいる皆が一斉に挨拶をした。それと同時に白虎の人達は近くにある食事に手を伸ばしてガツガツと食べだした。その勢いに押されて、唖然としていると。
「早く食べないと無くなるよ?ここの人ってセルロちゃんほどじゃないけど結構食べるからね」
と、レオンが肉料理を食べつつ、俺達に注意した。
「お、おう。じゃ俺も食うか」
こうして俺は周りの人の勢いに飲まれながらも久しぶりの食事にありつき、腹を満たす事ができた。
昼食を終えた白虎の人達は各々の仕事に戻り、食事処にはおばちゃんを始め、女の人達が後片付けをしていた。
「いやー食った食った」
満腹になった腹をさすりながら、畳が敷かれている場所で横たわる。このまま寝てしまいたいぐらいだが体の汗臭さがどうにも気になる。
「レオンー、家の風呂を借りていいか?」
「ん?兄貴が入ってないなら別に良いと思うよ」
「了解、じゃちょっと入ってくるわ」
寝そべっていた体勢を起こして跳ね起きる。さっきザルフが「家でゆっくり寝る」と言っていたので、恐らくまだ風呂には入っていないだろう。
「結構走ったから汗かいてるな・・・・・・最後は全力疾走だったし当たり前か」
昨日は油断していたからレオンに裸を見られたが、事前に伝えておいたので昨日のような事は無いだろう。安心して入る事が出来るな。そう思いながら、ザルフの家に向かい俺は歩を進めた。




