27 青い魔獣と新たな魔獣!
「こいつが、シブズ・・・なのか」
大きい角に青い毛皮、それに加えて特徴的な鳴き声。見た目はひどくヤギに似ているが、その動きと見た目の禍々しさから、俺の知っている動物ではないという事がわかる。
「こ、子供の時にも見たことはあるけどさ、こんなに大きい魔獣だったっけ?」
今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を出しているシブズを前に、動揺しながらレオンが言う。
「魔物の成長は早い。レオンが見たやつは時期的にまだ幼態のシブズだったんだろう」
律儀にレオンの独り言に答えるザルフ。しかし、魔獣を前にしているせいか緊張の感情は途切れない。
しばらく三人でシブズを見つめていると、青い魔獣が動いた。前足を上に浮かせ、勢いを付けたかと思うと次の瞬間にザルフの腕に突進をしていた。
「キュロロロロロロロロロロロロ!」
「くっ・・・!」
ザルフは素早い突進攻撃を腕で受け止めた。そのため少しフラついたが、すぐに体勢を立て直す。しかし、今の突進の動きはほとんど一瞬の内の出来事でザルフでなかったのならば防御はおろか反応すら出来なかっただろう。
ザルフに突進を仕掛けたシブズはすぐに距離をとり、再び遠くから様子を伺っていた。やはりその眼には攻撃的な敵意が宿っており、俺達を逃す気は無いようだ。
「・・・シブズの動きは素早い。恐らくこの森で最速だと言ってもいいだろう。だが、あいつらは獣だ。オレ達のように頭を使う事は滅多に無い」
ザルフが傍に来いとジェスチャーで伝える。俺とレオンが傍によると、ザルフは小声で話し始めた。
「つまりだ、オレに考えがある。とりあえずトシユキ、あいつからダッシュで逃げろ」
「へ?」
「シブズから逃げ続けてくれ、それでいて常に大声を出せ。あとはオレ達が殺る」
いやいや、あの速度の生き物から逃げるなんて不可能だろう。常識的に考えて。何より俺はまだ身体強化魔法も覚えていない凡人に過ぎない。そんなやつがあの魔獣から逃げ切る事は絶対的に無理だ。
「俺は足が速い訳でもないんだぞ?そんな奴があの早いシブズから足で逃げ切るなんて出来るわけがないじゃないか」
「それに関しては大丈夫だ。あいつは動きこそ素早いが短距離しか持たない、だから一定のペースで走り続ければ逃げる事は可能だ」
なるほど、確かにザルフに衝突した時は一瞬で近づいたがそれは距離が一番近いザルフだったから、という事か。
「大まかにだが作戦を伝えるぞ。まず、トシユキがシブズから逃げる。その後オレとレオンが居る地点までおびき寄せ、そこでシブズを叩く」
「ふむ、大体わかったけどシブズがまず俺に付いて来るかわからんぞ?」
「そこも問題は無いだろう。シブズは逃げる獲物を追う習性がある。距離を保てばいつまでも付いて来るだろう」
え?え、獲物?
「もしかしてシブズって肉食なのか?」
「ん?ここの森の生物はほとんどが肉食だぞ」
「じ、じゃあ下手をすれば俺も食われる可能性もあるってことだよな?」
「あぁ、だがお前なら大丈夫だろう。・・・そろそろシブズが仕掛けてきそうだ。いいか、トシユキ。死にたくなければ全力であいつの前を横切れ」
「仕方無い・・・それでは合流地点はどこだ?」
「ここの道を真っ直ぐ行くと大きな木がある。そこにオレとレオンが先回りをしておくから上手く連れてこいよ」
ザルフがそう言い終えると、レオンと共にシブズを迂回するように走り去った。
一瞬だけ走り去る二人を見たシブズだが、再びこちらに視線を向けた。視線に殺気が含まれていると思ったら肉食だったのか、こいつ。
・・・このまま突っ立っていても進展しない、むしろ攻撃されるかもしれない。だったら早く二人の下に誘導した方がいいな。
「フゥ・・・・・・」
息を整えて、クラウチングスタートの体制に持ち込む。その間もひたすらに殺気を含んだ視線を送り続けるシブズだが、恐らくこちらが動くという事には気づいているだろう。元よりそれは予定通りだ。何も問題は無い、このまま横の獣道を全力で走りぬけるだけだ。
「・・・いっせーの、でっ!」
自分で掛けた掛け声で一気に走る。その動きに少しシブズは身を強張らせたが、獲物が自分に向かって走っていないと事に気づくとそのまま身を固めたまま動かなかった。
シブズの横をそのまますり抜け、目の前を突破するという目的は無事果たした。後ろに居るシブズの様子を伺おうとして後ろを振り向こうとしたその時、背後から大きな声で「キュロロロロロ!」という声が聞こえた。通り過ぎたことにより少しは距離をとったと思っていたが、その声は自分のすぐ後ろから聞こえた事によりすぐに塗り替えられた。
すぐ後ろにあの青い魔獣の気配を感じる。きっと俺のすぐ後ろを追跡してきているのだろう。追いつかれたら食われる、そんな心理が働いて後ろを振り向くことさえ出来ない。後ろを見てしまったら、俺を追いかけている魔獣に萎縮してしまうだろう。そんなことで足を止めるわけにはいかない。食われるより、助かるイメージをしよう。狩られるより狩るイメージをしよう。少しでも走る事に集中しよう、そうすればあいつらが仕留めてくれる。
そうしてトシユキは森の奥にある合流地点の大きな木を目指し、走った。
トシユキがシブズに追いかけられている時、兄妹は待ち合わせの地点を目指して奔走していた。
「ねぇ、兄貴」
走りながらレオンが兄に話しかける。その面持ちはいつに無く真剣で、そして不安げな表情をしていた。
「わかっている・・・・・・トシユキの事だろう」
妹の顔つきから、恐らくそうだろうと感じていた。この危険な森で危険な作戦を企て、そして危険な役割を大事な友人に担わせたのだ。いくらあの『闇勇者』といえど、心配になる。
「きっと大丈夫だ。あいつは伝説の闇勇者だぞ、心配はいらないだろう」
そう言って笑う。まるで自分に言い聞かせるように。
「そ、そうだよね!あたし達がシブズを狩れば問題無いもんね!」
その笑顔につられてレオンも一緒に笑う。
ザルフは心配と同時にもう一つ考えていた事があった。それは、先程出会ったシブズが強すぎるという事、だった。
少し前までは、この付近の魔獣はこれ程までに強くはなかった。この時期はまだ幼態も多く、倒すに難しいという事は無かった。それなのに今出会ったシブズは完全に成長しており、普通の個体よりも力をつけていた。
「一体この森に何があったんだ・・・」
父が失踪してから森の様子がおかしい。魔獣の成長速度が上がっており、森もいくらか拡大していた。この事と父の失踪は何か関係があるのだろうか?
「兄貴?どうしたの?」
ザルフがしばらく放心している事に気づき、隣からレオンが小さく声をかける。
「あ、あぁ、何でもない。早く向かわなくちゃな」
そう言うとザルフは再び前を向く。目指していた大木も見える範囲にまで近づいていた。ザルフの耳にトシユキの叫ぶような声が聞こえ、すぐそばまでトシユキが来ている事を確信する。ザルフは走らせていた足を速めて、目的地まで走った。
ま、まだなのか!?さっき通り過ぎた木じゃないのか!?
「ざるふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
あれから俺は言われたとおり叫びながら森の中を走っていた。しかし、叫びながら全力で走るとなると相当疲れて体力が持たない。後ろを追いかけてきているシブズは余裕そうに走っていて、見ていて憎らしくなる。
「あっ!あれか!?あれだよな!?」
前方に巨大な木が見えてきた。きっとあれこそザルフが言っていた木だろう、そうだろう。むしろそうじゃないと無理だ、色々と限界がきている。
「ざるふぅぅぅぅぅぅ!!!!」
今までに無いほど大きくそう叫ぶ。この木が目的地の合流ポイントじゃないとしたら俺の異世界生活はここで幕切れだろう。
この世の別れを覚悟したその時、後方から衝撃音がした。その音に反応し、振り返るとそこには横たわるシブズとその隣で立っているザルフとレオンがいた。
「ふぅ、危ないとこだったな」
「ざ、ザルフッ!」
俺の無事を確認し、笑顔になるザルフ。でも、ここじゃなかったら俺体力尽き果ててたよ。
「大丈夫だった?」
レオンもザルフに続き、俺の安否を確認する。
「し、死ぬかと思ったぞ・・・・・・」
「あはは、でも助かったから文句は無いでしょ?」
その言葉と同時に無邪気な笑顔を見せるレオン。顔が普通にかわいいから破壊力がすごいな・・・・・・じゃなくて。
「もう少しわかりやすい目印は無かったのか!?」
「い、いや他に何と言うかわからなくてな・・・」
ザルフが苦笑いをしながら頬を掻く。
「森の中で大きい木で合流しよう!ってそれっぽいの多くてどこかわからんだろ!」
「まぁ、良いじゃないか死ななかったんだから。それにトシユキは闇勇者なんだろ?自分でどうにか出来たんじゃないか?」
「えっ?」
そういえばここに来てから俺にも能力あるのを忘れていた。だが、俺はここに身体強化魔法を学びにきたのだから余程の事が無い限り使う事は無いだろう。多分。
それはさておき。
「死ぬかと思ったが、何とか狩る事が出来たな」
ふぅ、と息を吐きながら言う。あれだけ走ったのだから一呼吸入れでもしないと落ち着かない。
「あぁ、ここらでは珍しく大型のシブズだな。最近ああいうのが増えてきているんだよな」
どうなってんだ、と加えてザルフが呟く。
「ま、そんな事を言っても仕方無いんだけどな。今は素直に狩りが成功した事を喜ぶとするか」
そう言ってザルフはシブズへと視線を向ける。そこには気絶しているシブズが横たわっていた。
「いやー、でも生きてる状態のシブズなんて久しぶりに見たよ」
倒れているシブズをしゃがみながら指でつついてレオンが言う。・・・確かにちゃんと見た事は無かったな。ヤギに似ているとは思ったが、あの時はそれどころじゃなかったからな。
シブズの横に座り、レオンと一緒に観察する。すると、口の部分に大きな犬歯のようなものがあった。
「こんな草食ってそうな見た目でも肉食なんだな・・・・・・」
「この森に草食なんて数える程しかいないよ。大型の魔獣はほとんど肉食だし」
恐ろしい森だな・・・今改めてこの場所の怖さを再認識したな。
さて、獲物も獲れたしあとは村に帰るだけだな。そう思っていると、何やらザルフが獲ったばかりのシブズを木に括りつけていた。
「何してるんだザルフ?」
「ん?あぁ、これか。んーと、何というかだな、こうするとまた新しい獲物が自分から来るって事だ」
シブズを吊るしてそれに釣られてくる、という事は恐らくこの場所で待機するのだろう。
「じゃあ、俺もここで待っていてもいいか?」
「あぁ、別にいいけど自分の身は自分で守れよ?」
「大丈夫だ。それと・・・レオンはどうする?」
「えっと、そうだね。トシユキさんが残るならあたしも残ろうかな」
結局全員この場所に残る事になり、三人でシブズを吊るす作業をした。
「っと、これでよし。このまましばらくしたら『あいつ』が来るだろう」
ザルフが手馴れた様子でシブズの足を木に括りつけて、近くに落ちていた蔓で縛り終える。
「このままシブズが目を醒ますと仲間を呼ぶために鳴き出す、するとシブズとは違う奴らが来るんだ」
そう得意げにザルフが話す。しかし、これ以上猛獣が来たりしたらちょっと俺の精神的にやばいんだが。
「そいつらって凶暴だったりするか?というか、そもそもシブズに群がる奴らってどんな奴なんだ?」
ザルフにそう問いかけると、最高の獲物だ、と言ってシブズを見つめ始めた。
ザルフとレオンと三人でその場で座り込んでいると、どこからか響くような音が聞こえた。
「・・・来たか」
小さい声でザルフが呟くと、ある方向を見始めた。段々と大きくなる音はザルフが見つめている方向から聞こえているように感じる。
「ザルフ、もしかしてさっき言ってた奴が来たのか?」
「あぁ、二人はここにいろ。俺がとりあえず様子を見よう」
先程から響く音は少しずつ大きくなり、それは足音だという事に気づく。
「来たぞ!」
ザルフがそう喋ったと思うと同時に、ザルフは走り出していた。ザルフが走っていった方角は足音が鳴っている方で、再びその方向を見た。
そこには端的に言うと、3mはあるであろう白い巨人がいた。しかし、それは人に似ているようで全く似ていなかった。体は白く、表面には毛が無い。そして手足と胴体が異常に長く、頭部には赤く大きい口がだらしなく開いており、そこからは大量のヨダレがこぼれている。口の他には鼻や目などのあるべきパーツが見当たらない。それ故、化け物じみた気色悪さを感じた。
「な、なんだ・・・あいつは・・・」
前の世界に存在していたヤギに似たシブズのような魔獣なら、俺はここまで驚かなかっただろう。しかし、今自分が目にした化け物は地球上にいるどの生物にも似ていない。なんとも不気味な生物がゆっくりとシブズ目掛けて歩いている。
「兄貴の言ってた『あいつ』って、ワルムのことだったんだ」
隣で声を潜めて、レオンが説明をする。二人が言っていた、体が長く口が大きい奴というのはこいつの事らしい。
「ワルムってあんなに気持ち悪い外見をしてたのか?」
白い化け物を指差し、質問をする。
「ま、最初は皆そう思うよね。そう、あれがあたし達が言っていたワルムという魔獣だよ」
俺の質問に小声で返し、レオンは再び目線をワルムがいる場所に戻す。
その目線の先にはグルルルと、小さく唸るワルムとその前に仁王立ちをするザルフの姿があった。




