3 それはお勧めしませんよ by側近
「ディアナ嬢に求婚しようと思うんだが」
「はいはい、どちらのディアナ嬢ですかー?」
生徒会室での、王太子の唐突な発言に誰も手を止めずに書類を捌いている。
もちろん、王太子の手も止まってはいない。ちゃんと読んでいるのかという早さでの捌き具合である。
「ノルリアン家に決まっているだろう」
「いえ、決まっていません。他にもディアナ嬢が存在するかもしれないじゃないですか」
「この学園にディアナ嬢は他にいない」
「殿下は、学園内と限定してなかったですよね。先ほどの発言」
「いちいち揚げ足をとるな。本当は分かってて言ってるだろう」
「あ、バレましたー?」
そろそろ不敬罪で騎士団に連行させようかと思うくらいには、自分の側近は王族への敬意というものが感じられない。
しかし、優秀であることに疑いはないので、外すこともできずにいる。ジレンマだ。
我が国の貴族は、他国と違い、幼少時に婚約者を決めることがない。
過去に、高位貴族が立て続けに”真実の愛”だの”運命の恋”だの宣った挙句、公衆の面前で婚約破棄を叫ぶという、頭痛が痛いというようなことをやらかしていたかららしい。
そういった事例を踏まえ、まだ自分の意思もはっきりとない時期に決定は、となったそうだ。
学園に通う期間が5年と長いのも、他貴族との交流を広げる中で、相手を見つけるというか、人を見る目を養うという目論見があるとかないとか。どっちだ。
まあそんなこんなで、王太子にも婚約者がいない。
王族の場合、器量を求められるのは当然だが、後ろ盾にもなる令嬢を選ばなければならない。
王太子にとって、これも将来、国を背負って立つ器かどうか、見定められる要素なのだ。下手に外見だけで能力が伴ってなかったり、有能であっても人を人とも思わない高慢な人間を仮に選んだとしたら、それがそのまま王太子の評価になるのである。
「大体、殿下はアルヴィナ嬢が入学するまで、ディアナ嬢に興味の欠片もなかったじゃないですか」
はいこちら追加ですと、未決済の書類の山に新たに積み上げられる。
側近の指摘は間違っていない。
ノルリアン家も侯爵家なので、婚約者候補の1人として挙げられてはいた。同学年、同クラスであったし、あの美貌だ。入学当初から目立ってはいたが、特に何を思うでもなかった。
ディアナはあまりにも整った容貌ゆえに、どちらかといえば周囲から近づき難いと遠巻きにされ、それを全く気にもしていなかった。
その辺りが傲慢だと一部の令嬢の反感を買い、陰で”冷血女”などと言われていて。当人はやはり気にも留めていなかったようだが。
成績は常に上位。王太子と首位争いをしているが、それすらもどうでもよさそうだった。
まるで精巧な人形のようだな、というのが当時の王太子の感想だった。それくらいの認識だった。
「そもそも、ディアナ嬢って、アルヴィナ嬢以外に関心なさそうですよね」
そうなのだ。
王太子が恋をした切っ掛けでもある。
その日は、新入学生が学園に登校する日だった。
ディアナは朝から落ち着きがなかった。あからさまに挙動がおかしいというほどではなかったが、いつも何事にも動じない彼女が珍しいとつい目で追ってしまった。
昼休みに入った途端、教室から素早く出たディアナを好奇心にかられて見に行ってしまったのが、運の尽きだったのかもしれない。
『アルヴィナ! ようやく学園で会えるようになって、お姉様は嬉しいわ!!』
なるほど、妹が入学したのかなどという思考は、ディアナを見て吹き飛んだ。
よく、満面の笑顔を花が開くようなと例えられるが、そんなレベルははるかに超えていた。
それはもう、一斉に咲き乱れる、一面の花畑でも創造したかのような、輝かんばかりの笑顔で。
感情のない人形が、いきなり命を吹き込まれたような変貌に、周囲も呆けていた。
その妹も大した美貌の持ち主ではあったが、まるで視界に入らなかったくらいには。
王太子はそれまで、王妃に相応しいかどうかでしか女性を見ていなかった。
立ち居振る舞い、マナー、教養、語学、ダンス等々。王族の妃になるのに、及第点では心許ない。より厳しく見極めなければと。
側近からは理想が高すぎると言われ続け、このままだと殿下の婚約者はいつ見つかるやら…とこれ見よがしに嘆かれてるくらいには、能力でしか見ていなかったのに。
その笑顔を見た瞬間、ごとりと自分の中で何かが動いた。
それが、恋に落ちた音だと、気付くまでしばらくかかったのはさておき。
「ディアナ嬢に求婚はともかく、その山、今日締め切りなので、急ぎでお願いしますね」
「ちゃんとやってはいる」
「それは見て分かりますけども」
「そういや、ノルリアン家は政略結婚はさせないって侯爵が明言してませんでした?」
「…ああ。王家から既に打診して断られてる」
家格も能力も容姿も問題ないと、国王から打診してもらったが、すげなくお断りの返事が来た。
丁寧に貴族的な言い回しで、”娘に苦労させたくないので王家には嫁がせない”と。
「絶望的じゃないですか。それで何で求婚って話に?」
「絶望的とか言うな。返事は侯爵からであって、ディアナ嬢からではない」
「…同じことでは? 基本、貴族令嬢は当主の意向に左右されるわけで」
「同じではない。きっと、彼女は何も知らない」
「それはそうかもしれませんが」
「私がディアナ嬢を望んでいるということ自体、彼女は知らないと思う」
「…そうですねえ。ディアナ嬢は、殿下がアルヴィナ嬢を狙ってると思ってるような」
アルヴィナが入学するまで近寄ることもなかったので、その誤解も仕方ないのかもしれないが。
「だから、直接求婚したいんだ」
「………敢えて言いますが、お勧めはしないです」
「敢えて聞くが、何故だ?」
「ディアナ嬢ですよね? ノルリアン侯爵家の」
「そうだ」
「学園で、アルヴィナ嬢と人気を二分している、ディアナ嬢ですよね?」
元々、密かな人気はあったのだが、アルヴィナが入学してから格段に表情が柔らかくなったディアナは、表立って人気が出てきている。
今では崇拝に近いというか、本人は気付いていないが、拝まれているのを見たことがある。
姉妹2人でいるところを、『尊い…』と言って涙を流している者までいた。引いた。
「そのディアナ嬢だ」
「殿下、もし求婚なんかしたら、刺されませんかね?」
「護衛がいるからそんな事態にはならないだろう」
「いやそういうことじゃなくてですね」
ぽりぽりと頬をかく側近。何が言いたいか察してはいる。
「……怖いのは、信棒者じゃなくてアルヴィナ嬢ですよ」
「……」
胸に一物どころか、二物も三物もありそうな、いや、あるだろう、油断ならない令嬢。
姉のためなら、自分の手を汚すことも厭わないだろうが、自分の手は汚さずに成し遂げてしまうくらいには奸智に長けた傑物。
「王妃というなら、アルヴィナ嬢の方が向いてると思うんですけど」
「絶対嫌だ」
「いや、感情で物言わないでください。適性という面では彼女以上はいないのでは?」
「それでもだ」
アルヴィナは姉といるとき、会話に参加はしない。ただ、じっと観察している。隙や弱みを見せたら、いつでも食い殺されそうな目で。
優雅に微笑みを湛えたままで。
「まあ、恋って理屈じゃないですからね~」
「他人事のように言うな。いずれお前も仕える女性だぞ」
「恋愛方面は他人事ですから」
せいぜい頑張ってくださいと、側近は自分の執務机に戻った。
少しは、主人の恋に手助けしようと思わないか?
薄情な側近に、今日も溜息をつきながら膨大な仕事を片す王太子だった。




