焼き刻まれた記憶
懐かしい匂いがした。
土の匂い、木々の匂い、夕暮れの風の匂い。
「あんたがいないと寂しくなるねぇ。」
振り返るとそこには一人の女性がいた。
少し皺の増えた手、優しそうに細められた目。
「たまには帰ってくるよ、母さん。」
そう言って、僕は笑っていた。
僕は村を出る準備をしていた。
生まれつき身体が丈夫で、力仕事は得意だった。
............
都市へ移ってからは大工として働いた。
朝から晩まで身体を動かし、日銭を稼ぐ。
そんな毎日に不満はなかった。
幸い、友人にも恵まれていた。
騒がしくて、
馬鹿みたいな話ばかりして、
酒を飲んでは笑っていた。
——あの頃の俺は普通だったな。
....なのに。
巨大な城、
玉座に腰掛ける王、
並ぶ兵士。
そして、
「ルスト、お前を勇者に任命する。」
.....意味が分からなかった。
なぜ俺なのか。
なぜ大工だった俺が。
だが周囲の空気は重く、これが冗談ではないのを感じ取る。
世界は魔王軍に押され、生活がだんだん苦しくなっていく。
必要だったのだ。
世界を救う勇者が。
..........
深い森の中、明るい光がさす場所があった。
日の光が一本の剣の刃を輝かせていた。
——それがヴァーダクト。
近づくだけで空気が張り詰めていた。
「ごくわずかな者しか抜けぬ。」
誰かがそう言っていた。
俺が剣を握るその瞬間、
剣が俺を見ている....
そんな感覚がした。
そして
剣が抜けていた。
「......え?」
自分でも間抜けな声だった。
剣が軽すぎた。
まるで最初から自分のものだったみたいに。
そして剣を王様の元へ持っていった俺は正式に勇者として認められた。
都市を離れる日。
「...頑張ってこいよ!」
友人が叫ぶ。
俺は振り返り、
「....あぁ、任せてくれ!」
そう答えていた。
.....その言葉を、本気で信じていた。
............
旅に出て一ヵ月――
村や都市を巡り、魔物の討伐依頼を受けていた。
ドラゴンやゴーレム、それを超える巨大な魔獣。
――俺を叩き潰さんとばかりに思い切り振るわれる巨腕、
それを躱して剣を振るう。
ヴァーダクトは全てを切り裂いた。
固い鱗も、
岩石のような身体も、
普通なら両断することのできない巨体も。
まるで紙のように....
剣を振るえば敵が消え、人々は歓声を上げる。
感謝され、期待され続ける。
俺はそれに応えようとした。
応えなければならない。
だが、
魔物を減らしても減らしても被害は収まらない。
焦燥と自責の念が押し寄せ、気づけば心を圧し殺していた。
............
旅に出て二ヵ月――
森の中で見知らぬエルフを助ける。
「いやぁ助かったよ」
「...よかったです。」
「君……怪我してるじゃないか。」
透き通るような銀髪。
穏やかな声。
エルダだった。
「私に見せてごらん。」
彼女はそう言って笑った。
そして、
旅に出て四ヵ月――
都市に滞在した直後のことだった。
――四天王が現れた。
強力な気配が都市まで漂い。
慌てて森へ向かう。
魔王の配下、四天王を名乗る者が現れた。
「――――――」
巨大な圧の塊が頭上に迫る。
だが、ヴァーダクトはそれすら切り裂いた。
振り下ろされた最大火力の魔法を、一刀で両断する。
横から飛び込んできた別の四天王が殴りかかる。
それを蹴り飛ばし、標的をさっき魔法を使った四天王に絞る。
さらに踏み込み、 四天王に迫る。
もう1人、四天王が現れて庇おうとする。
それでも、剣は四天王を2人斬ったことにしていた。
――あの時、魔力探知を習得していれば....
背後から魔法を発動する四天王に気づけただろう。
そこで意識が闇に落ちていったのだ。
「............」
無力感に囚われている中、誰かが俺を呼んでいる声がした。
「……ルスト。」
優しい声、
「ルスト!」
そこで、目が覚めた。
薄く目を開ける。
そこにいたのは、エルダだった。




