第37話 ローレンツ生徒会を狙う
放課後。
テオドールファミリーのアジト。
「ボス」
ローレンツが神妙な顔で座っていた。
「なんだ」
「重大なご報告があります」
テオは帳簿から目を上げた。
重大という言葉を、この男が使う時は大抵ろくでもないことである。
「……聞くけどさあ」
「俺、生徒会に立候補します」
沈黙。
「……は?」
「生徒会です」
ローレンツは繰り返した。
「聞こえてたよ。なんで」
「箔をつけるためです」
即答だった。
「箔?」
「コンシリエーレとして、ファミリー内での信頼回復も大事ですが、やはり学園内での地位というものが必要です。生徒会メンバーともなれば、社会的信用が段違い」
指を立てる。
「それに」
声を低くする。
「レオンハルト様も、生徒会メンバーには手を出しにくい。目立ちますから」
(本音が出た)
テオは心の中でため息をついた。
結局そこか。
ローレンツはまだレオンハルトに借金を返していない。
それで逃げ回っているのだ。
「生徒会に入れば借金取りから逃げられると思ってるのか」
「思ってません」
即否定。
レオンハルトの悪辣なふるまいを思い出して身震い。
「確信しています」
断言だった。
テオは本気で頭が痛くなってきた。
「反対だ」
「なぜですか」
「ろくなことにならないから」
「大丈夫です」
ローレンツはにっこり笑った。
「完璧な作戦があります。秘策とでも言いましょうか……」
(また秘策か)
テオは天井を見上げた。
今までのローレンツの考えた秘策の結果を思い出してため息が出る。
「ボスの名前は使いません」
珍しいことを言う。
強気になびき、弱気を強請るこの男がどうしたことかと、テオは帰りの天気を心配した。
「雨が降らなければいいけど」
「今回ばかりは、自分の力で勝ち取ります」
どや顔。
テオは少しだけ安心した。
(名前を使わないなら、被害は最小限かもしれない)
その甘い見込みが、後に覆されることをこの時は知らなかった。
一方、ローレンツ。
(生徒会に入って、ベルンシュタイン兄弟の悪事を告発。あの馬鹿兄貴とボスがいなくなったところで、テオドールファミリーを一気に掌握してやる)
やはり腹黒かった。
――
生徒会選挙は年に一度、一年生の新メンバーを募るという形で行われる。
一年生の中から立候補者が演説を行い、全校生徒の投票で当落が決まる。
今年の立候補者の掲示板には、すでに数名の名前が貼り出されていた。
そこに新たな紙が一枚。
「ローレンツ・フォン・クライネルト」
それを見た生徒たちの反応。
「誰?」
「ベルンシュタインのところの……」
「ファミリーの人じゃないか」
「マジか、生徒会に入るつもり?」
「なんで?」
話題にはなった。
ただし、良い意味ではない。
その日の放課後。
ローレンツは一人、演説の練習をしていた。
「諸君! 我が学園をより良くするために――」
うなずく。
「違う、弱い」
咳払い。
「同志たちよ! 我々は今こそ立ち上がらなければ――」
悩む。
「革命感が強すぎる」
腕を組む。
「……」
しばし考える。
「そうだ」
ぽんと手を叩く。
「実績だ。実績を語ればいい」
にやりと笑う。
(俺には輝かしい実績がある。違法娼館の摘発。屋台戦争の勝利。決闘事件の解決。トーナメントでの活躍――)
全部テオの実績だった。
ローレンツはそれに気づいていない。
いや、正確には気づいているが、現場にいた自分の実績でもあるという解釈をしていた。
コンシリエーレとして采配を振るった。
それは功績のうちに入る。
そういう理論だった。
(完璧だ……!)
脳内で万雷の拍手が鳴り響いた。
――
演説当日。
学園の中庭に全校生徒が集まっていた。
年に一度の行事である。
教師陣も見守っている。
立候補者が順番に演壇に立ち、三分間の演説を行う。
シャルロッテと同じ母親を持つ、フェリックス王子も一般メンバーとして立候補していた。
爽やかな演説。
大きな拍手。
次の候補者も無難にまとめる。
拍手。
そして。
「次、ローレンツ・フォン・クライネルト」
司会が読み上げる。
ざわめき。
「ファミリーの人だろ」
「なんで来たんだ」
「怖い」
やや引き気味の空気の中、ローレンツが演壇に立った。
正装している。
髪もきっちり整えている。
いつもの胡散臭い笑顔ではなく、真剣な顔だった。
(……意外とちゃんとしてる)
観客席のテオは少しだけ見直した。
ローレンツが咳払いをする。
「諸君」
低い声。
「私はこの学園に入学してから、数多くの困難と向き合ってきた」
静まり返る中庭。
「違法娼館の摘発。街の不良との抗争。学園内の秩序を乱す者たちへの対処。そして、決闘による名誉の回復――」
ざわめきが広がる。
「それら全ての現場に、私はいた」
胸を張る。
「采配を振るい、策を練り、仲間を守った」
(……あの、全部俺が巻き込まれて、しかたなくやったやつでは?)
テオは首を傾げた。
「そんな私だからこそ、生徒会で皆さんのために働けると確信している!」
ぐっと拳を握る。
「私を信じてほしい!」
沈黙。
三秒。
五秒。
パチパチパチ……
まばらな拍手。
だが。
「待ってください」
声が上がった。
エリザベートだった。
「今おっしゃった実績、それって……」
視線がテオに向く。
「ベルンシュタイン君のことじゃないですか?」
どよめき。
「違います」
ローレンツは即答した。
「私もいました」
「いたのと、やったのは違いますよね」
エリザベートは穏やかに言う。
「コンシリエーレとして采配を振るいました」
「采配……」
エリザベートが首を傾げる。
「自分では何もしていませんよね?」
沈黙。
(予定外だったが、ここで秘策をだしますか)
ローレンツの秘策が発動する。
「これを見ても言えるか?」
ローレンツが叫ぶ。
そして服を脱いで、上半身を露出する。
そこにあるのは無数の傷。
「これが戦いの証!男の勲章だ!!」
ざわめきが大きくなる。
「あるときは調査のため、敵の中に潜入。あるときは先行してアジトを急襲。そうして作戦を重ねるうちに、自然と増えていった」
その説明で観客は息を吞む。
(くっくっく。騙されているな)
ローレンツは心の中で笑っていた。
この傷はレオンハルトに暴行されてついたもの。
男の勲章とはほど遠かった。
会場の雰囲気がローレンツに呑まれ、感動で涙を浮かべる者もいた。
構成員だけど。
そんな雰囲気を吹き飛ばす発言。
「私も質問があるわ」
シャルロッテだった。
「突然ですね、殿下……」
「質問してもいいでしょう?」
にっこり笑う。
「ローレンツ君、生徒会に入って何をしたいの?」
ローレンツは胸を張った。
「学園をより良くします」
「具体的には?」
「……」
一瞬、詰まる。
「食堂のメニューを増やします」
「予算は?」
「……工面します」
「どうやって?」
「……知恵を絞って」
シャルロッテはくすりと笑った。
「要するに、何も考えていないのね」
「そんなことは!」
否定したいが事実だった。
目的はレオンハルトとテオの追放。
観衆を感動させることで頭がいっぱいで、政策までは考えていなかった。
「ではもう一つ」
シャルロッテは立ち上がった。
「あなたが生徒会に入りたい本当の理由は何?」
静寂。
ローレンツは微動だにしない。
「……学園のためです」
「嘘ね」
「嘘ではありません」
「一般生徒から、テオドールファミリーに迷惑をしているという訴えがあるのよ。コンシリエーレのあなたにも責任があるでしょう」
「くっ……」
反論できないローレンツ。
感動の雰囲気が一気に吹き飛ぶ。
「演劇を無理に見せられた」
「廊下を歩いていたらいきなりどけと言われて蹴られた」
過去の悪事が蘇る。
(ああ……俺を巻き込まないでくれ……)
流れ弾の当たったテオは気が遠くなる。
「ちがっ……!」
ローレンツが否定しかけたところで。
中庭の入口。
レオンハルトがいた。
この演説を聞きに来ていたのである。
というか、ローレンツを捕まえるためにやってきていたのだが。
ローレンツの目がそれを捉えた瞬間。
「私の演説は以上です」
演説と質疑を無理矢理打ち切り、演壇のそでから逃げていく。
それを見た生徒たちは。
「不利になったから逃げた」
「やはり何か企んでいた。学園のためっていうのは嘘だな」
と口々に言う。
逃げたローレンツはレオンハルトとその子分に追いかけられていた。
「いたぞ!!捕まえろ!!」
「待て!!」
追う男たち。
逃げるローレンツ。
「捕まえろ!!」
「くそっ! 速い!!」
「う、うわあああああああ!!!!!」
絶叫しながら中庭を一周。
二周。
走りながらローレンツが叫ぶ。
「投票よろしくお願いします!!」
どっと笑いが起きた。
そんな笑いの中、担任であるゲルハルトがテオの所にやってくる。
「ベルンシュタイン。お前クライネルトにそんな危険な事をやらせているのか」
「いや、そんなことは――」
「話は職員室で聞くから今はいい」
「ちょっと、先生」
テオは職員室に連れていかれた。
誤解だとうったえるも、虚偽の発言をしたローレンツはどこかへ行ってしまって、否定してくれはしない。
こってりと絞られて、げっそりして下校するテオ。
なお、そのころローレンツは地面から首だけ出した状態で埋められていた。
勿論、埋めたのはレオンハルト。
「お助けを!金なら、金なら必ず用意しますんで!」
「じゃあ、利子100%な」
「そんな!」
「不満ならいい。このままにしておくだけだ」
「わかりました!お支払いします!」
――
投票結果が発表された。
ローレンツの得票数。
三票。
「……三票」
ローレンツは掲示板の前で固まっていた。
男の勲章である傷がさらに増えている。
服を着たままでも、顔に出来た傷と、包帯でつった腕を見ればわかる。
「三票」
もう一度繰り返す。
「一番少ない」
ぽつりと言った。
ブルーノが横を通りかかる。
「落ちたか」
「……落ちました」
「まあ」
立ち止まる。
「次があるだろ」
それだけ言って、また歩いていく。
ローレンツはその背中を見送った。
テオが近づいてくる。
「三票、誰が入れたんだろうな」
「……私です」
ローレンツが呟く。
「自分に入れたんですよ。一票」
「二票は?」
沈黙。
「……ブルーノと、構成員が入れてくれたみたいで」
テオは少しだけ笑った。
「じゃあ、ちゃんと仲間がいるじゃないか。俺は酷い目に遭ったから、ローレンツには投票しなかったけど」
「仲間はいらないんで、金を下さい。このままだと、埋められる……」
誰に?と聞こうとしたテオだったが、直ぐにわかったのでそれはきかないでおいた。




