第36話 守るべきものはだいたい嘘
夕暮れの街。
「やめて……!」
悲鳴が響いた。
路地裏。
「金はどうした」
「約束だろうが」
強面の男たちに囲まれた一人の美女。
年のころは二十歳そこそこ。
青味がかった淡い銀髪が夕日を反射する。
そんな美女が男たちに罵声を浴びせられて、生まれたての小鹿のように震えている。
「払えねえなら――」
女衒のような口ぶり。
遠目に見る人々は、神が救いの手を差し伸べないものかと思うが、自分が神の使いになるようなことはしない。
誰もが固唾をのんで見守る中、神の使いではないが、救世主が現れた。
「――やめろ」
低い声。
全員が振り向く。
「……あ?」
そこにいたのは。
テオドールファミリーのカポ、ブルーノだった。
「女一人に寄ってたかって」
一歩、踏み込む。
「情けねえな」
「なんだてめえ」
次の瞬間。
ぐしゃあっ!!
男が一人、壁に叩きつけられる。
「なっ!?」
「次は誰だ」
笑っていた。
完全に戦闘モードだった。
数分後。
男たちは、全員地面に転がっていた。
「……助けて、くれたのね」
女が震える声で言う。
「当然だ」
ブルーノは腕を組む。
「弱い者を守るのが」
言い切る。
「強い者の役目だからな」
女は、じっと見つめた。
そして。
「……アレス?」
沈黙。
「……は?」
「やっぱり……!」
女の目に涙が浮かぶ。
「アレス……生きてたのね……!」
「違う」
即答だった。
誰かとの勘違い。
このまま立ち去ることも出来ず、やってきたのはメイド喫茶『ベルン』。
美女と入るにはかなり場違いの店ではあるが、ここであればブルーノが本人であると証言してくれる人たちがいる。
説得するのには最適だった。
「違うんだが」
「ええ、ここの人たちの証言で理解したわ。でも、似ているのよ」
女、リゼル・アークライトが言う。
「私の弟に」
「弟の名前は?」
「アレスっていうの」
ブルーノは腕を組む。
「……ほう」
「家を飛び出して、それっきり行方不明で……」
俯く。
「探すためにお金を借りて」
「……借金?」
「探偵も雇ったけど、全然見つからなくて……」
震える声。
「それで、借りた相手が……」
小さく言う。
「悪徳金融で……」
沈黙。
「返せなかったら」
顔を伏せる。
「体で払えって……」
テーブルが、軋んだ。
ブルーノの拳だった。
「……許せねえ」
低い声。
「そんなことがあっていいのか」
女は、涙をこぼす。
「もう……どうしたらいいか……」
ブルーノは、立ち上がった。
「安心しろ」
女を見る。
「俺が守る」
手を差し伸べる。
「お前はもう、一人じゃねえ」
女は笑った。
それを店の奥から見ている三人。
テオ、エリザベート、ローレンツである。
「俺が女なら、あいつを騙して一儲けしますね。あれは詐欺師の目です」
ローレンツが言う。
「まさかあ」
テオはそんな馬鹿なと笑う。
「自分がもてないのをひがんでいるのよ」
冷笑するエリザベート。
「失礼な。俺の人を見る目に間違いはありません」
「彼女が詐欺師だったなら、鼻で生クリームを食べてもいいわよ」
「ほう、言いましたね……」
ローレンツとエリザベートのやり取りをよそに、テオは猛烈に嫌な予感がしていたが、それは口にしなかった。
直後。
「……というわけでボス!!」
ブルーノが直談判。
「リゼルをここで保護します!!」
「えええ」
「悪徳金融業者に追われているんです」
「でも、借りたものは返さないと」
「俺が金を作ります!それまでの間だけでも!」
「うーん……」
ブルーノの迫力に押されるテオ。
結局、リゼル・アークライトを匿うことにした。
数日後。
「……あれ?」
テオは異変に気付いた。
店の売上金が無くなっているのである。
リゼルの姿と共に。
騒ぐローレンツ。
「あの女が持ち逃げです!」
「違う!」
ブルーノは否定した。
「証拠は?」
ブルーノは立ち尽くしていた。
反論できなかったから。
テオが間に入ってとりなす。
「まあまあ。官憲にも届けたし、外部の犯行っていう可能性もあるから」
「ボスは甘いんですよ」
「……」
この時も、ブルーノは黙って拳を強く握りしめたままであった。
だが、何かを思いついたのか、扉の方に走っていく。
「探してきます。借金取りに見つかるとまずいので」
そうして必死の捜索をしたが、結局リゼルは見つからなかった。
「……」
ブルーノは、空を見ていた。
「……戻ろう」
ぽつりと呟く。
そうしてブルーノが戻ってきたベルン。
「見つからなかったか……」
テオが言う。
「……」
ブルーノは黙る。
重苦しい空気が流れたところで、扉が乱暴に開かれた。
「おい、売上金を盗んだやつを捕まえてきたぞ」
入ってきたのはレオンハルトだった。
何かを引きずっている。
それはリゼルだった。
「お兄ちゃん、その人」
「ああ、こいつはその界隈じゃあ有名な詐欺師でな。俺の経営している金融会社もやられたんだ。で、この前見つけたと思ったら、なんか男が乱入してきて、奪われちまったっていうじゃねえか」
レオンハルトはブルーノを睨んだ。
ブルーノは縮み上がる。
「それで、たまたま街を歩いていたら、こいつがいたんで捕まえた。だいぶ金を持っているから問い詰めたら、ここの売上金を盗んできたっていうだろ。だから連れてきたのよ」
突き付けられた事実に全員が黙る。
最初に口を開いたのはテオ。
「お兄ちゃんが売上金を取り返してくれたんだ」
「馬鹿言うなよ。俺の会社も詐欺にあっているし、折角見つけたこいつに逃げられたのもお前らのせいだろ。こいつの持っていた金は俺のものだ」
レオンハルトの無茶苦茶な理屈に誰も逆らえない。
ローレンツはブルーノをしっ責する。
「お前のせいだ!」
「俺はただ……」
ブルーノは最後まで言えなかった。
ローレンツはここぞとばかりにブルーノを口で攻撃する。
しかし、そんなローレンツの肩をレオンハルトが掴んだ。
「そういやお前も俺に借金があったよなあ」
「えっ?あれは売上金の半分という話。店はたたみました」
「知るかボケ!延滞金も上乗せじゃ!」
「ぐえ」
レオンハルトはローレンツを殴り飛ばした。
ブルーノはリゼルに話しかける。
「アレスっていう弟の話は?」
「嘘よ。そんな弟いないわ」
「じゃあ、何故俺に?」
「強くて、女慣れしてなさそうで、騙しやすそうだったから。また変なのに絡まれた時に役に立つでしょ」
「……くっ」
黙るブルーノ。
レオンハルトはそれ以上の時間を与えない。
「さあ来い。お前も俺に与えた損害分をどこかから取り戻してこさせるからな。今からその打ち合わせだ」
「ちょっと、乱暴に引っ張らないでよ」
「うるせえ!」
連れていかれるリゼル。
誰もその場から動けなかった。
後日。
「さあ、鼻で生クリームを食べてもらいましょうか」
ローレンツはエリザベートに迫った。
「何の事かしら?」
「とぼけないでください。あの女が詐欺師なら、鼻で生クリームを食べる約束でしょう。すでに、チケットは完売しております。まあ、お買い上げになったのはシャルロッテ殿下なんですが。殿下に嘘でしたと言えますか?あちらでお待ちです」
ローレンツはエリザベートが鼻で生クリームを食べるショーを見る権利をチケット販売していたのだ。
買ったのはシャルロッテ殿下。
「テオ、助けて。穢されちゃう」
「いや、俺は……」
そこに乱入してくるシャルロッテ。
「あら、テオ君でもいいわよ」
「流石殿下。話が分かる」
嬉々としてテオの鼻に生クリームをつっこむエリザベート。
「ああ……俺は何故異世界でこんな目に……」
テオの悪い予感は的中したのだった。




