第27話 生徒指導
トーナメント翌日。
学園。
静かだった。
いや、正確には“異様な静けさ”だった。
シャルロッテにキスされたことで、騒ぎになってしまうかと思っていただけに、肩透かしを食らった気分である。
そんな静けさには理由があった。
「ボス、お待ちしておりました」
構成員が挨拶をする。
そして、彼に先導されるかたちで、テオは廊下へと向かう。
「……なんだこれ」
テオは廊下の入口で立ち止まった。
一直線に空いた通路。
左右には、生徒たち。
壁際に押しやられている。
「おらぁ!!道を開けろ!!」
怒号。
ファミリーの構成員たちだった。
「テオドール様のお通りだ!!」
「邪魔する奴はどうなるか分かってんだろうなぁ!?」
完全に悪役。
「……やめろ」
テオは小さく言う。
「大丈夫ですボス!!」
「道は確保されています!!」
「誰も近づけません!!」
「快適です」
「それ快適じゃない」
自分を畏怖する視線が不快だった。
「いいか!!」
「テオドール様に近づくな!!」
「触ってないのに血が吹き出すぞ、ごるぁ!!」
ざわっ。
「ひっ……!」
「マジかよ……」
「やっぱり噂本当だったのか……」
(なんだよそれ)
「触ってないのに血が吹き出すってなんだよ」
原因は明白。
昨日のディートリヒの鼻血。
「風紀委員長を倒した技を俺たちが喰らったら……」
「ううう、早く卒業したい……」
生徒たちの泣き言。
(違うから……)
目の前が真っ暗になるテオ。
彼の手を引く、誇らしげな構成員。
テオが去った廊下には、安堵の空気が流れた。
「すげえ……」
「何もしてないのに倒したって……」
「やっぱりやばい奴じゃねえか……」
「シャルロッテ殿下があんな奴に……」
噂が勝手に盛られていく。
それを遠くから聞いていたテオ。
(やめてくれ)
心で血の涙を流した。
教室では包帯姿のローレンツとブルーノが待っていた。
直立不動でテオを迎える。
「優勝おめでとうございます」
「ボスなら当然優勝すると思っていました」
痛々しい怪我人の敬礼。
一般生徒のひそひそ話。
「怪我をしている子分に無理矢理敬礼させてる」
「ひでえ」
「逆らえないんだよ」
またも勝手に噂が広まっていく。
「ボスの威光が広がっています」
「違うと思う」
(これ絶対悪化する)
その悪い予感は当たるのだった。
職員室。
ハインリヒ・クロイツフェルトは、机に肘をついたまま動かなかった。
(……終わった)
「出来なければ転職を考えろ」
学園長から言われたその言葉が頭から離れない。
彼は生徒指導という役職だった。
メインの仕事は生徒たちに問題を起こさせないこと。
つまりは不良生徒の対応。
(どうする……)
原因は明白。
テオドール・フォン・ベルンシュタイン。
兄のレオンハルトは狡猾で、名前が出るようなことは少なかった。
しかし、弟は入学早々問題ばかりを起こしている。
そして、父兄からの苦情も山積み。
ジークフリート殿下も何度か、テオドールを叩きのめすことを画策したが、今のところは不発に終わっている。
そして、学園長がしびれを切らしたのだった。
(まだ、住宅ローンが払い終わっていないというのに……)
今、職を失うのは非常にまずい。
(まずは担任のクラウス先生にベルンシュタインの聞いてみるか。ひょっとしたら、指導のヒントがあるかもしれない)
藁にも縋る思いでゲルハルトにテオのことを聞くハインリヒ。
しかし、期待したこたえは無かった。
「あいつは根っからの屑、悪です。追い出したいところですが、ベルンシュタイン家からの報復を考えると、もっと決定的な犯罪の証拠が必要なんですよ」
「やはり――」
っと、そこでゲルハルトが思いつく。
「ああ、アルクレイン先生があいつに詳しそうだし、意見を聞いてみては?」
「アルクレイン先生ですか。かつて、奴の家庭教師をしていたと聞きました。確かに彼女なら」
リディアのもとを訪れるハインリヒ。
リディアはテオは悪い子じゃないという。
「それは、かつての教え子を庇っているのですか?」
「いいえ。周りの先入観ですよ。本当は良い子なんです」
ハインリヒに芽生える疑問。
確かに、聞いた情報では構成員たちが、テオに気に入られようとして、勝手にやっているようなことも聞いた。
直接命令されたというのは、ローレンツの口からきいただけである。
実は、そのローレンツは、ハインリヒに睨まれたくないので、自らの罪をテオに擦り付けたのであった。
(本当に、あの生徒が問題か?)
思い返す。
(本人が直接やった証拠はない)
(すると……問題は周囲か。確認する必要があるな)
放課後、ハインリヒは廊下でテオを待ち構えていた。
「ベルンシュタイン君」
「えっと、クロイツフェルト先生?」
「少し話をしよう」
呼び止められたテオは猛烈に嫌な予感がしていた。
だが、予感に反してハインリヒは友好的な態度であった。
入学からこれまでの出来事を先入観なく聞いてくれる。
テオはそれが嬉しかった。
「なるほど、ヴォルフ君が喧嘩を売ってきて、校舎裏に連れていかれたが、彼を殴ったのは君の兄」
「演劇クラブ乗っ取りは、勝手に向こうが差し出してきた」
「メイド喫茶は性風俗以外の道を模索した結果」
テオはハインリヒに事実を話した。
ハインリヒもそれを聞く。
(やはり、これは周りが勘違いしているだけ)
ハインリヒは希望が見えていた。
翌日から、ハインリヒはテオに密着した。
すると、構成員たちも生徒指導の前では大人しくなる。
(こいつらが借りてきた猫のようにおとなしくなった)
ハインリヒは学園の浄化の成功を疑わない。
悪事が働けなくなった構成員たちは、ローレンツに相談した。
「コンシリエーレ、このままじゃ何もできないぞ」
「ボスはなんて?」
訊かれるローレンツも訳が分からなかった。
金儲けが出来ないのは困る。
しかし、構成員たちの前で、わからないとは言えなかった。
「これはボスの秘策だ」
まったくのでまかせであった。
しかし、構成員たちは信じる。
「どんな?」
「教えてくれ」
「駄目だ。今は情報を漏らさない時期。いずれわかる時が来る」
ローレンツは適当なことを言ってけむに巻いた。
さらに翌日の放課後。
テオとハインリヒ、それに構成員たちが街を歩いていると、チンピラがカツアゲをしている現場に遭遇した。
「やめろ」
テオの一言でチンピラが振り向く。
「なんだてめえ」
おらつくチンピラ。
ブルーノがテオを庇うように前に出た。
「お前ら、テオドール・フォン・ベルンシュタイン様にてめえと言ったな」
ハインリヒの手前暴力はふるえない。
しかし、名前を出せば十分だった。
「ベルンシュタイン家のお方とは知らず、命だけは」
「有り金を全部差し出しますので、許してください」
チンピラたちはたちまち命乞い。
ブルーノが差し出された財布を受け取ると、チンピラたちは一目散に逃げて行った。
(……なるほど。“力”か)
ハインリヒは納得した。
そして、
(これをもっと使えば)
この時、少しだけ目的がずれた。
しかし、そのずれがいずれ大きくなっていくことを、この時はわからなかった。
「諸君、節度をもった対応。素晴らしかった」
「暴力はよくないよね」
テオが乗る。
「それが、ボスの命令なら従います」
「先生の言葉にも従ってよね」
「はい」
ブルーノがそう言うと、ハインリヒはほくそ笑む。
(通じている……私の言葉が)
だが実際は誰もハインリヒを見ていない。
(やれる……この組織、私が制御できる)
歯車は狂いだしていた。
夜。
ベルンにもハインリヒはやってきていた。
テオを観察するため。
いや、構成員たちが自分の思った通りに動くのが気持ちよくなり、必要以上に行動を共にしていた。
ハインリヒを働かせるわけにもいかないので、テオはハインリヒを無償で飲み食いさせた。
上機嫌になるハインリヒであったが、次々と支払われる金に目が奪われる。
(くそう。住宅ローンのせいで贅沢も出来ないってのに、客はばんばん金を払う。うらやましいぜ。いや、その金はベルンシュタインのものになっているのか)
狂った歯車の回転が加速する。
(俺のものに出来ないか。それは難しいな。だが、ベルンシュタインの名前を使えば、自由に酒が飲めるかもしれない。それくらいなら――)
「なあ、ベルンシュタイン」
「なんでしょう、先生」
「君が模範的な生徒だということはわかった」
「ありがとうございます」
「でだ、今日はもういいかなと思うんだが、帰りに酒を飲もうと思ったら、財布を忘れてな」
「じゃあ、この先にあるうちの経営している酒場を使ってください。俺の名前を出せば、お金はとらないので」
「そうか」
テオはハインリヒ先生に信じてもらえたという嬉しさから、ベルンシュタイン家が経営している酒場をただで使わせることにした。
ハインリヒの狙い通りである。
今まで長年、外で遊ぶことを我慢してきたハインリヒのタガが外れるのも時間の問題であった。
それから数日。
「先生、次どうします?」
「……あの店を使うか」
酒、金、女。
ハインリヒは堕落していた。
当初の目的を忘れ、今ではテオの名前を使っての飲み食い。
チンピラを脅してのカツアゲ。
(あれ、なんか思っていたのと違う)
ハインリヒの風貌がチンピラそのものになっていた。
テオも流石に違和感を感じていた。
しかし、学園での理解者を失いたくないという気持ちから、その違和感を無理に抑えつけていた。
そして、ここでいう次のあの店とは、ベルンシュタイン家が裏のオーナーとなっている娼館のことであった。
既に顔パス。
酔ったハインリヒは案内される途中で、別の部屋に入る。
その部屋では二人の初老の男性が、赤ちゃんの格好をしていた。
ハインリヒは片方の禿げ頭を叩いた。
「おい、いい年してなんてことをしているんだ」
威勢をくれる。
しかし。
「大臣!クロイツフェルト君、なんてことをしてくれるんだ」
聞き覚えのある声。
酔った目をこすると、そこには赤ちゃん用のニット帽をかぶった学園長。
「大臣?」
「お前がいま頭を叩いたのは、教育大臣だ!」
まさかの接待。
二人そろっての赤ちゃんプレイ。
「グリューンヴァルト学園長。まさか、身分を明かされるとは思ってなかったよ」
身分をばらされて、おかんむりの教育大臣。
沈黙。
テオは動けなかった。
翌日。
「学園長とクロイツフェルトが揃って解雇!」
そのニュースが学園を駆け巡る。
教育大臣がすぐに動いた結果であったが、ついぞ解雇の理由は明かされなかった。
テオに関しては、父ガルディスが教育大臣の弱みを握ったことで、処罰を免れたのであった。
廊下。
「……ベルンシュタイン」
「先生?」
鬼の形相のハインリヒがいた。
解雇通知を受け取り、帰るところに遭遇。
「貴様……俺を利用したな」
「……え?」
「自らは手を汚さず!!周囲を操り!!俺に責任を押し付けるとはな!!」
(いや先生が勝手にやってましたよね?)
テオは思うが口には出さない。
「さすがだ……自分で手を下さないのが一番恐ろしい」
「真の悪とは……貴様のことだ」
それを見ていたローレンツたち構成員。
「いやー、クロイツフェルトをはめるとは、このローレンツも思いつきませんでした。流石ボス」
「やっぱりボスの秘策」
誤解する構成員たち。
「やはり、き、貴様が……」
ハインリヒは拳を強く握りしめ、今にも殴りかかってきそうな雰囲気。
しかし、テオが凶暴であることを思い出し、なにも出来ずに去っていく。
誤解したまま。
こうして、テオがハインリヒと学園長を追い出したという噂だけが残った。
「……はあ」
テオはくらくらする。
「ああ……俺は何故異世界でこんな目に……」
誰も答えない。
ただ、誤解だけが広がっていた。




