第24話 秘策
闘技場は熱気に包まれていた。
十六人によるトーナメント。
その第一試合に立つのは、ローレンツ。
観客席の一角では、ファミリーの構成員たちが不安そうにざわついていた。
「大丈夫か……?」
「相手、あの二年のエリートだぞ」
「来年の騎士道クラブ部長候補だって話だ」
対するローレンツは、やけに落ち着いていた。
「ふっ」
口元を歪める。
彼の対面に立つのは、騎士道クラブの二年生。
整った顔立ちと無駄のない構え。
「手加減はできませんよ」
「結構ですとも」
ローレンツはグローブを握る。
(ふっ……見えている)
脳内ではすでに未来が再生されていた。
開始直後、一撃で勝利。
観客がどよめき、評価は急上昇。
歓声が聞こえるようであった。
そして――
「古傷が……」
二回戦は棄権。
(完璧だ……!)
テオは観客席からそれを見ていた。
(嫌な顔してるな……)
「何かろくでもないことを企んでいる顔だ」
ブルーノも頷く。
「――始め!」
(今だ!)
ローレンツは踏み込む。
拳を放つ。
遅い。
相手は軽くかわす。
当たらなければどうということはない。
グローブの中に隠したトゲトゲナックルも、その威力を発揮せずにいた。
「遅い」
次の瞬間、カウンター。
ごっ。
相手のグローブがローレンツの顎をとらえた。
「え?」
ローレンツはそのまま崩れ落ちた。
完全に気絶。
カニのように泡を吹いて倒れた。
沈黙。
おとがいに当たる音がいい。
テオはそんなダジャレを思いついて、思わずにやついた。
何故なら、ローレンツが酷い目にあうのが気持ちよかったから。
「し、死んだ?」
「ローレンツゥゥゥ!!」
構成員たちが飛び込む。
「しっかりしてください!!」
「ローレンツ!!」
「傷は浅いぞ」
意識を取り戻させようと、激しく体を揺さぶった。
その時。
「傷口が開いてるぅぅぅ!!」
包帯の下から血が滲む。
揺らしたことで傷口が開いたのだ。
「無理を押して出場したんだ!!」
「なんて男だ……!」
「担架だ!!担架を持ってこい!!」
大騒ぎのまま、ローレンツは担架で運ばれていく。
意識はない。
そして。
トゲトゲナックルは、日の目を見ることは無かった。
まあ、日の目を見たら反則負けだったのだが。
仏頂面で腕組みするブルーノ。
「……あいつ、何しに来たんだ」
「戦い?」
テオは疑問形でしか返答できなかった。
「一発も殴ってない」
「殴られただけだね」
「そうです。ファミリーの面汚しめがっ!」
同意する構成員たち。
「でも、妙に自信あったよな」
「ああ」
「何かあったんじゃないか?」
「……秘策か」
「だよな」
ファミリーは担架を見送る。
「……なんだったんだろうな」
「分からん」
風が吹く。
誰も知らない。
その秘策が。
ただのトゲトゲナックルだったことを。
そして時計の針は進む。
控え室前。
テオは腕を組んで立っていた。
その視線の先には、ブルーノ。
「……相手、強いぞ」
率直な言葉だった。
ディートリヒ。リート学園歴代最強の風紀委員長。
規律の象徴でありながら、実力も本物。
そして、魔力が強すぎて体が虎に変化する。
ブルーノは神妙な面持ちで頷いた。
「分かっています」
「勝てるの?」
「勝ちます。この勝利をボスに捧げます」
迷いはなかった。
「最低でも」
拳を握る。
「ボスと戦う前に、ダメージは与えます」
テオは小さく息を吐いた。
ブルーノとディートリヒの勝者が、テオと対戦することになる。
テオも初戦を突破すればの話だが。
「……無理するなよ」
「無理ではありません」
「ボスのためです」
それだけ言って、ブルーノは会場へ向かった。
(……真っ直ぐすぎるだろ)
テオは頭を掻く。
ローレンツとは違ったうざさがあるが、テオはどこかブルーノを嫌いにはなれなかった。
「俺も準備するか」
テオは回想する。
「どうすればいいと思いますか?」
リディアの前で、テオは頭を抱えていた。
「本気を出さなければ勝てない。簡単に負けたら、王女殿下は秘密をばらす」
「ええ」
「でも本気を出すと女体化する」
「ええ」
「詰んでないか?」
「詰んでるわね」
即答だった。
「……どうしろって言うんだ」
リディアはにやりと笑う。
「秘策があるわ」
どこかで見た風景。
秘策という言葉に罪はないが、何故かその言葉を聞くと悪寒が走った。
(嫌な予感しかしない)
そんな回想をしていると、
「来たわよ」
控え室の扉が開く。
リディアが現れた。
しかも、大きな荷物を持っている。
「……それ何ですか」
「秘策よ。ひ・さ・く」
リディアはどや顔で荷物を開く。
「……は?」
テオは開いた口が塞がらなかった。
中から出てきたのはメイド服。
「何でだよ!!」
つっこまずにはいられない。
「木を隠すなら森の中よ」
「木と森とメイド服がつながりませんが」
「女体化しても、これを着ていれば自然でしょ?」
「自然じゃない」
自然という言葉の意味を辞書で引いたことはないだろうなという結論。
秘策や自然という言葉の使われ方が、テオの常識を壊していく。
数分後。
「動きづらさはないかな」
メイド服姿のテオがいた。
似合っていた。
リディアの口からよだれが滴る。
「いいじゃない」
「やめてください」
(もうどうにでもなれ)
テオは色々と諦めた。
会場はと向かうテオ。
不意に名前を呼ばれる。
「テオ!」
振り返ると、エリザベートだった。
「顔色悪いわよ。大丈夫?」
「……まあ、なんとか」
少し砕けた声で答える。
「なんとかって顔じゃないでしょ」
じっと覗き込まれる。
「……そんなに酷いかな?」
「酷いわよ」
即答だった。
シャルロッテに遊ばれていることからの疲労。
猫に弄ばれる昆虫になった気分であった。
「でも」
一拍置く。
「あなた、優勝するでしょ?」
「……は?」
予想外の言葉に、間の抜けた声が出た。
「するわよね?」
当然のように言う。
「まあ……やるだけはやるけど」
「そう」
エリザベートは頷いた。
そして。
「優勝したら――」
言いかけて、止まる。
ほんの一瞬。
視線が揺れた。
(……キスしてあげる)
そこまで出かかった言葉を、無理やり飲み込む。
顔が、わずかに赤くなる。
「き、き、記念品をあげるわ」
噛んだ。
「……記念品?」
「そうよ!何か!それっぽいものを!」
少し早口。
明らかに動揺している。
「……なんだそれ」
テオは苦笑する。
「いいでしょ、別に」
ぷいっとそっぽを向く。
「優勝しなさいよね」
「努力はする」
「絶対しなさい」
「無茶言うなって」
小さく笑う。
そのやり取りを見ていた者はいない。
ただ一人。
エリザベートの胸だけが、少しだけ騒がしかった。
(……なんでキスなんて言いかけたのよ、私)
答えは出ない。
だが。
それが、ただの夢の続きではないことだけは、確かだった。
そして、テオは再び会場へ戻るために歩き始めた。
通路を抜けると、太陽が目にはいる。
その瞬間。
ざわっ。
観客席がどよめく。
視線はテオに集まっていた。
「なっ……」
ジークフリートが立ち上がった。
「……なんだ、それは」
低い声。
怒りが滲んでいる。
視線の先。
メイド服姿のテオ。
「ふざけているのか」
激怒。
「これは学園の品位を取り戻すための場だ」
一歩踏み出す。
「それを――」
「貴様は宣伝に使うつもりか」
完全に誤解だった。
だが、メイド服を着たテオは、自らが経営するメイド喫茶の宣伝をしていると思われても仕方が無かった。
「……違います」
「違うなら何だ」
「……その」
「……戦闘服です」
沈黙。
そんな言い訳しない方が良かったと、数秒後に後悔。
沈黙が重い。
「……そうか」
ジークフリートの目が細くなる。
「死に装束はそれがいいってことか!!!!」
完全にロックオンされた。
(終わった)
テオの口から小さな泡が出る。
テオを懲らしめるためのトーナメントで、火に油を注いでしまったのだ。
観客の歓声で現実に引き戻される。
「……終わってる?」
リング中央。
倒れているブルーノ。
「ブルーノ!?」
「ボス……」
ブルーノはテオの声に反応した。
「すいません……」
震える手。
「ダメージを……与えられませんでした……」
「……気にすんな」
ブルーノを倒した相手はリングの上からテオを見下ろす。
「麗しの姫」
ディートリヒだった。
風紀委員長。
その目が、テオに向いている。
(嫌な予感)
「その装い……清廉でありながら気品を感じる……」
(終わった)
こちらも、ジークフリートとは違う意味で、テオをロックオンしていた。
色々諦めつつ、テオはリングに上がる。
既にブルーノもディートリヒも降りた後。
テオと対戦者が舞台に立っていた。
「――始め!」
(軽くでいい)
魔力を流す。
最小限。
身体強化。
一瞬で間合いへ。
軽く一撃。
ドン。
相手が崩れる。
「勝者、テオドール!」
(……いけた)
女体化はしない。
ギリギリ。
第一回戦、最終試合。
「――シャルロッテ・フォン・アルテンベルク」
空気が変わる。
優雅に歩み出る王女。
唯一の女性参加者。
だが。
誰もが知っている。
強者だと。
「――始め」
一瞬。
勝負は終わった。
相手が崩れ落ちる。
誰も理解できない。
「勝者、シャルロッテ!」
静かな歓声。
シャルロッテは、テオを見る。
にっこり笑う。
(あの笑顔は、自身の勝利に対してではなく、困っている俺に対してだよな。絶対楽しんでるだろ)
テオは確信した。
(ああ……俺は何故異世界でこんな目に……)




