第23話 トーナメント
生徒会室。
重厚な机の上に、一枚の報告書が置かれていた。
「……これは事実か」
低い声。
ジークフリートが書類を見下ろしている。
その内容は簡潔だった。
――メイド喫茶『ベルン』に通う生徒が急増
――借金を抱える者が多発
――喫茶に通い、勉強時間が減ったことで学業成績の低下
――授業欠席の増加
生徒の親からの苦情だった。
学園生活はある程度学生たちの自治が認められている。
だから、生徒会にもこうした苦情が上がってくるのだ。
そして、その苦情の原因はテオの経営するメイド喫茶であった。
「……馬鹿げている」
吐き捨てる。
「学園の品位を何だと思っている」
「でも、合法よ?」
軽い声。
窓際に腰掛けていたシャルロッテが、くすくすと笑う。
「ただの喫茶店だもの。誰でも入れるわ」
「だから問題なのだ」
ジークフリートは苛立ちを隠さない。
「学生が“あのような場所”に入り浸ること自体が問題だ」
「楽しいからじゃない。それとも、娯楽を法律で規制する?パパならできるでしょう?」
「そういう問題ではない」
シャルロッテは書類を覗き込み、楽しそうに言った。
「ねえ」
「なんだ」
「お仕置きが必要じゃない?」
ジークフリートは目を細める。
この異母兄弟の提案は、自分の快楽のためであることはわかっていた。
しかし、押し寄せる苦情を解決できるならと、藁にも縋る思いだった。
「……具体的には?」
シャルロッテは笑った。
「合法的に叩きのめせる方法よ」
シャルロッテは為を作る。
この沈黙が心地よかった。
そして、空気がわずかに変わる。
室内の誰もがシャルロッテの次の言葉に注目する。
「例えば――学園内最強決定トーナメント、とか。私も参加するし」
沈黙。
「……悪くない」
ジークフリートは静かに頷いた。
頭の中でそろばんをはじく。
一度は失敗したものの、ディートリヒがいる。
それに、性格は最悪だが、戦闘力は高いシャルロッテ。
カードは揃っている。
「実力で示すのが一番だ。ああいった連中には言葉よりも力の方が理解させやすい」
決意するジークフリートを見て、シャルロッテは満足そうに笑った。
翌朝。
教室。
エリザベートは机に肘をつき、ぼんやりと窓の外を見ていた。
(……変な夢を見たわ)
夢の記憶が、うっすらと残っている。
夕暮れ。
メイド喫茶ベルン。
厨房。
そこに立つのはテオ。
だが。
(違う)
そこにいたのは、知っている彼ではなかった。
長い髪。
整った顔立ち。
透き通るような白い肌。
さらに、女性らしい曲線美。
(……綺麗だった)
一瞬、胸が締め付けられる。
だが、すぐに首を振る。
(そんなわけないじゃない)
ありえない。
テオが女?
そんな馬鹿な話があるはずがない。
(夢よね、きっと)
そう結論づける。
だが。
違和感は消えない。
(……でも)
あの時の感情は。
夢とは思えないほど、鮮明だった。
(現実ならどれ程よかったか……)
自分でも意味が分からない。
なぜそんなことを思ったのか。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
「リザ?」
声をかけられる。
はっとして顔を上げる。
テオだった。
いつも通りの姿。
(……当たり前よね)
少しだけ、安心する。
だが同時に。
胸の奥が、わずかにざわついた。
「どうかしましたか?」
丁寧な口調。
いつものテオ。
なのに。
(……なんで)
一瞬だけ。
重なって見えた。
あの時の“彼女”と。
「いえ、なんでもないわ」
視線を逸らす。
そのまま立ち上がる。
「……無理しないでね」
小さく言った。
テオは少し驚いた顔をする。
「え?」
「顔色、悪いわよ」
本心だった。
疲れているのは明らかだ。
それに。
(放っておけない)
理由は分からない。
だが、そう思ってしまう。
「ありがとう。だけど、大丈夫」
いつもの答え。
それが、少しだけ腹立たしい。
「大丈夫そうに見えないから言ってるの」
ぴしゃりと言う。
テオは少し困ったように笑った。
(……やっぱり)
その表情に。
胸が、少しだけ痛む。
(変な夢のせいね)
そう、自分に言い聞かせた。
だが。
その“夢”は。
確実に、何かを変え始めていた。
昼休みになると、学園はざわついていた。
「聞いたか!?トーナメントだってよ!」
「最強決定戦!?」
「優勝者には騎士団への特別推薦!」
掲示板には大きく書かれている。
――学園内最強決定トーナメント開催――
テオはそれを見て、ひとこと。
「……関係ないな」
(出なきゃいいだけだ)
心の声が小さく漏れた。
その瞬間。
「本当に?」
背後から声。
シャルロッテだった。
「出ないの?」
「出ない」
顔色をうかがう。
視線が合うと、悪意のある笑みを返された。
「そう」
一歩近づく。
「じゃあ」
耳元で囁く。
「どうなるか、分かるわよね?」
(……来た)
逃げられないことを悟る。
実質的に奴隷、首輪のついていない奴隷であった。
「……出ればいいんだろ」
「ええ。その方が面白いもの」
その日の放課後。
演劇クラブの部室。
「俺も出ます」
ブルーノが言う。
「まあ出るだろうな」
テオは頷く。
ブルーノの力へのあこがれは理解している。
自分がどの位置なのかを確認したいだろうなとは思った。
「私も出ます」
ローレンツだった。
「は?」
全員固まる。
「コンシリエーレの強さ、見せてやりますよ」
その言葉に反応する構成員。
「いやそういうキャラじゃないだろ」
「頭脳派です」
ローレンツはにやりと笑う。
「しかし、コンシリエーレが頭脳だけだと思われるのも癪なので」
そして、ローレンツは白い歯を見せて笑う。
「それに……秘策があります」
ローレンツの秘策とは、グローブの中には、トゲトゲのナックル。
(これで一発……!)
妄想がはかどる。
一人やっつければその後は、「古傷が……」と言って棄権する計画。
最初に強い、例えばテオと当たれば、古傷を理由に棄権するつもりであった。
(完璧だ……!)
ローレンツは捕らぬ狸の皮算用をしていた。
そんなに簡単に行くかは神のみぞ知る。
しかし、心配など微塵もしていない。
それに不安を覚えるテオたち。
((まあ、痛いのは俺じゃないからいいか))
全員の気持ちが一致した。
そして当日。
観客席は満員。
ジークフリートが中央に立つ。
「本大会は学園の品位を取り戻すためのものだ」
視線がテオに向く。
(まあ、そうですよね……)
乾いた笑いしか出ないテオ。
自分がターゲットにされていること理解した。
「参加者には実力で示してもらおう。騎士団に推薦すべき、実力と品位があるかどうか」
歓声が爆発する。
(……なんでこんなことに)
テオは遠い目をした。
逃げ場は、もうなかった。




