第22話 追い打ち
夕日が沈む。
長く伸びた影の中で、テオは一人立ち尽くしていた。
(いっそ、女体化の秘密をこちらからばらしてしまえば――)
弱点を自ら晒すことで、相手のもつアドバンテージは無くなる。
が、しかし、そこまで踏ん切りはつかなかった。
ただでさえマフィアであり、新興貴族という目で見られているのに、そこに女体化するという情報が付加されて、好奇の目で見られるのが堪えられなかった。
それに、ディートリヒのような同性からの求愛も遠慮したかった。
異性ですら問題児だらけだというのに……
(このまま平穏無事に卒業できる気がしない……)
その予感だけが、はっきりしていた。
――そして。
「ボス!」
静寂をぶち壊す声。
テオはゆっくり振り向いた。
そこには。
ローレンツとブルーノがいた。
(……なんでいるんだよ)
「ちょうどよかったです!」
「ちょうどって、待ち伏せしていたろ」
テンションがさらに下がるテオ。正直相手にしないで帰りたかった。
しかし、ローレンツがやたらテンション高く詰め寄ってくる。
包帯はまだ巻いたままだ。
逃げられないし、無視しようにも、無理やり視界に入ってくる。
「新規事業のご提案があります!」
その話題は聞きたくない。
「傷はどうした」
「気合で治しました!」
「治ってないだろ」
「ほらこの通り!」
「誰かの怪我が治らなければいいと思ったのは初めてだよ……」
憎まれっ子世に憚るという言葉を実感するテオ。
この言葉を考え出した誰かを恨んだ。
一方ブルーノは腕を組んでいた。
いつも通り、真剣な顔。
「ボス」
「今度はブルーノか。それで?」
「敵対マフィアのアジトを突き止めました」
「その先は言わなくていい」
「今すぐ壊滅させましょう」
「言わなくていいって」
「言わなくていいとは、つまりすぐに乗り込むのは決まっているということですね!」
嬉しそうなブルーノを見て倒れそうになる。
「ちょっと待ってくださいよ!」
ローレンツが割り込む。
「そんな野蛮なことしてる場合じゃないんです!」
「何が野蛮だ」
ブルーノの眉がぴくりと動く。
「時代はビジネスです!」
ローレンツはびしっと指を立てた。
「カジノです!」
「は?」
「カジノですよカジノ!」
目が輝いている。
「胴元が勝つ仕組み! 合法的に金が回る! そして!」
ぐっと拳を握る。
「楽して儲かる!!」
「最後本音だろ」
テオの目の前が真っ暗になる。
脳が会話を拒否しているのだ。
「想像してください!」
ローレンツは勝手に盛り上がる。
「煌びやかなホール! 貴族たちが金を落とす! 我々は座っているだけで利益が!」
「ひとりでやってくれるかな……」
ブルーノが一歩前に出る。
「ボス」
「なんだ」
「敵を潰せば縄張りが増えます」
「そうだな」
「そこに店を作ればいい」
「なぜ?」
「勢力拡大です」
「違いますよ!!」
ローレンツが叫ぶ。
「まずカジノです! 暴力に頼る時代は終わったんです!」
「力がなければ奪われるだけだ。コンシリエーレの貴様がそんな弱腰でどうする!」
ブルーノの声は低い。
「敵は潰す」
ブルーノが拳を強く握った。
「結局暴力じゃないですか!!頭を使いなさい」
「俺たちファミリーの前には、小賢しい知恵など無意味。ボスの力は全ての問題をぶち壊す!」
(いや、俺は今その問題を解決できなくて悩んでいるんだが……)
テオは額に手を当てる。
「そんなちんけなビジネスしか考えられんやつがコンシリエーレの資格はない」
「そんなちんけなとは何ですか!!」
「そんなちんけなことだ」
ぎゃあぎゃあと言い争いが始まる。
「金がなければ何もできません!」
「力がなければ守れない」
「効率が悪い!」
「弱いからだ」
「論点が違う!!」
「同じだ」
テオはしばらくその光景を見ていた。
夕日の中で。
包帯の男と、筋肉の男が、全力で言い争っている。
(……早く帰らせてほしい)
数時間前。
王女と契約を結ばされた。
学園生活を縛るレベルの。
なのに今。
(なんでこんなことで悩まなきゃいけないんだ)
「ボスはどっちですか!」
「壊滅作戦を!」
二人が同時に振り向く。
テオは深く、深くため息をついた。
「……どっちもやらない」
沈黙。
「え?」
「は?」
「今日は帰る」
「「は?」」
テオは踵を返した。
「待ってくださいよボス!!」
「指示を!」
背後から声が飛ぶ。
だが。
(もう知らん)
テオは歩き続けた。
夕日は沈み。
夜が来る。
(ああ……俺は何故異世界でこんな目に……)
その問いに答えてくれる者は、誰もいなかった。




