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マフィアの息子ですが、普通に学園生活を送りたい ~なぜか学園にファミリーが出来ました~  作者: 工程能力1.33


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第20話 守りたい女

 メイド喫茶『ベルン』の朝は、いつも騒がしい。

 厨房では皿の音が鳴り、ホールでは開店準備に追われるメイドたちの足音が響く。

 その喧騒の中、店の入口に立った一人の少女を見た瞬間、空気がわずかに止まった。


「本日から働かせていただきます、クラウディアです」


 そう言って、クラウディアは深く頭を下げた。


 新しい制服はまだ馴染んでいないのか、袖口を少し気にするように指先が動く。

 けれど、その仕草には妙な品があった。

 安物のメイド服を着ていても隠しきれない、元は深窓の令嬢だった者だけが持つ、静かな気配。

 沈黙を破ったのは、包帯姿のローレンツだった。

 テオをはじめとして、ファミリーたちは登校前に店を確認しているのだ。

 だから、ローレンツもここにいる。退院したばかりであるが、金の臭いの誘惑を断ち切れず、杖をつきながらやってきたのだ。


「……は?」


 退院したばかりの顔で、目を剥く。


「なんでこの女がいるんだ!? 刺したぞ俺を!?」

「落ち着け。まだ傷開くぞ」


 帳簿を確認していたテオが顔も上げずに言う。


「ぎゃー、もう開いてる!!」


 指摘されるも遅し。すでに傷口は開いていた。

 ローレンツの叫び声が店内に響いた。

 だが、誰もあまり心配していない。

 ブルーノに至っては腕を組んだまま、真剣な顔でクラウディアを見ていた。


「改心してくれたようでよかった」


 そこだけは本心らしかった。

 クラウディアは一瞬だけ視線を揺らし、すぐに頭を下げた。


「この前は……申し訳ありませんでした」


 頭を下げたのはテオに対して。

 ローレンツは腹を押さえながら前に出る。


「謝る相手、俺だろ!?」


 しかし空気。

 テオはクラウディアの肩に手をかける。


「うちの親が迷惑かけたからね」


 後ろめたさから視線がクラウディアからずれる。

 クラウディアがそこでようやく顔を上げた。


 その一言で、店の空気が少しだけ変わる。


「それに、働かないと食べていけませんので」


 クラウディアは静かに言った。


「復讐なんてしても、何も戻らないと分かりましたし。っていうか、お母さんが働きたくないからっていう理由で、私に復讐させて取り戻そうとしていただけだし……」


 クラウディアの顔にも影が落ちる。

 みんなが母親の事には触れづらい雰囲気。


 ただ、諦めきったような静かな目だけが、これまでの不幸を物語っていた。

 メイドたちも、構成員たちも、何となく気まずそうに目を逸らす。

 テオだけは毒親という境遇に共感していた。


 ただ一人だけ不機嫌な人物がいた。

 エリザベートだけはじっとクラウディアを見ていた。


(……なによ、この子)


 第一印象は、儚い、だった。

 細い。

 白い。

 今にも折れそうなほど頼りない。

 なのに、不思議と目を引く。

 見ているだけで「大丈夫なのかしら」と声を掛けたくなるような、危うさがある。


 エリザベートは無意識に眉を寄せた。


(しかも、元は貴族の令嬢……?)


 それは、少し困る。

 落ちぶれた令嬢。

 薄幸。

 品のある儚さ。

 自分と少し被っていた。


 いや、被っているだけならまだいい。

 問題は――


(……客が好きそう)


 嫌な予感しかしなかった。

 開店後、その予感は早々に現実になる。


「……お、おかえりなさいませ」


 クラウディアの声は少し震えていた。

 まだ接客に慣れていないのだろう。礼の角度も浅いし、言葉もどこかたどたどしい。


 けれど。


「……なんだ、あの子」


 客の一人がぽつりと呟く。


「守ってやりたくなるな……」


 別の客も頷いた。

 クラウディアは慌ててメニューを差し出そうとして、危うく取り落としかける。


「も、申し訳ありません……!」

「いや、いいんだ。ゆっくりで」


 客の声が優しい。


「無理しなくていいからな」

「……ありがとうございます」


 クラウディアがほっとしたように微笑む。

 その瞬間、店内の空気がふっと柔らかくなった。


 放課後、テオやエリザベートが来てからも、それは変っていなかった。

 見ていたテオは小さく息を吐く。


(強いな)


 技術ではない。

 教育された接客でもない。

 あれは、本人が背負ってきたものの重さが生む空気だった。


 隣ではエリザベートが、自分の客席を見ていた。


「こちらがおすすめです」


 にこりと笑う。

 完璧な所作。完璧な声色。完璧な誘導。


「は、はい」


 客は頷く。

 だが頷き方が少し硬い。


 言うなれば、安心ではなく服従だった。


(……何、この差)


 エリザベートの胸がざわつく。


 自分の方が正しい。

 接客の完成度も、礼儀も、所作も上だ。

 それは間違いない。


 なのに。


 客たちの視線は、ちらちらとクラウディアの方へ流れている。


(私の方が“ちゃんとしてる”のに)


 なのに、あの子の方が――


(……守りたいって、思われてる?)


 その認識が生まれた瞬間、エリザベートは言いようのない焦りを覚えた。


 自分は守られる側ではない。

 ずっとそうだった。

 強くあろうとしてきたし、実際そう振る舞ってきた。


 けれど今、目の前には何もしなくても「守ってあげたい」と思わせる少女がいる。

 それは、自分にはない武器だった。

 言葉こそないが、そこには妹属性、あるいは不幸属性というものがあった。


「リザ、顔怖いぞ」


 横を通りかかったテオが小声で言う。


「怖くないわ」

「いや怖い」

「怖くない」


 否定するも、そこには般若がいた。

 もしくは悪鬼ラークシャサ。

 テオに対する不満の爆発。

 だが、その視線は完全にクラウディアを追っている。


 数日が過ぎる頃には、店内の客層に妙な変化が起きていた。

 いつもならエリザベートの圧に怯えつつ注文していた常連客たちが、今日は妙にそわそわしている。


「クラウディアさん、こっちに水を」

「あ、はい……!」

「無理しないでな」

「重くないか?」

「持とうか?」


 優しい。

 とにかく優しい。

 クラウディアが一歩歩くたびに、周囲の男どもが心配そうに見る。

 エリザベートはその光景を見て、ぎり、と歯を食いしばった。


(何なのよ、あれ……)


 対して自分は。


「エリザベートさん、いつものおすすめで」

「ええ。迷わなくて結構です」

「はい」

「ツンツンした仕草がいい……」


 この“はい”は絶対服従の“はい”だった。

 ローレンツがぼそりと呟く。


「ボス、客の顔が違いますね。っていうか、あの接客でいいんですか?」

「黙っていようよ。関わらない方がいい」

「はい」


 疲れた顔のテオ。

 直ぐにローレンツは同意した。


 客がすこし切れたところで、テオは腕を組みながら店内を見回す。


「まあ、いい傾向ではあるな」

「どこがよ」


 休憩時間となったエリザベートがやってきて、刺すような視線を向ける。


「客層が分かれた。リザは支配されたい層、クラウディアは守りたい層。商売としては幅が出る叱られたいと守ってあげたい。幅が広がったな」

「……分析しないで」

「事実だろ」

「嫌よ」


 貴族の令嬢らしからぬ有様で、感情がそのまま声に出ていた。

 テオは少しだけ目を丸くする。


「そんなに気にしてるのか」

「気にしてないわ」

「いや気にしてるだろ」

「気にしてない」


 その時だった。

 クラウディアがトレイを持ったまま、少しふらついた。


「あ……」


 客席の角に足を取られ、身体が傾く。

 とっさにテオが腕を伸ばした。


「危ない!」


 がしゃん、と派手な音が鳴る前に、テオがクラウディアを抱き留める。

 トレイだけが床に落ちて、皿が一枚割れた。

 店内が静まる。


「大丈夫か?」


 テオが覗き込む。

 クラウディアは目を見開いたまま、彼の胸元を掴んでいた。


「……は、はい」


 かすれた声。

 頬が赤い。

 客たちがざわつく。


「おい今の見たか」

「自然すぎるだろ」

「なんだあいつ……」

「男の娘のくせに!」

「いや、それはそれでありでござる」


 エリザベートの中で、何かがぶちっと切れた。


「離れなさい」


 気がつけば、低い声が出ていた。

 テオとクラウディアが同時に振り向く。


「え?」

「そのままだと危ないでしょう。オタッキー、ブタッキー、チー牛の餌食よ。立てるなら立ちなさい」


 クラウディアは慌てて離れる。


「す、すみません……」

「皿一枚で済んでよかったな」


 テオは特に気にした様子もなく言う。

 だが、エリザベートの胸は妙にざわざわしていた。


(何、この気持ち)


 苛立ち。

 焦り。

 それから――


(……取られたくない?)


 その考えが浮かんだ瞬間、自分で自分に驚く。

 何を。

 誰を。

 どういう意味で。

 全く整理できなかった。

 全てを否定しようという焦りが胸を焦がす。


 夜。

 混雑も一段落し、メイドたちが交代で休憩を取っていた。

 クラウディアは店の裏手で、小さく息を吐いていた。


「大丈夫か?」


 声を掛けたのはテオだった。

 紙袋からパンを取り出し、一つ差し出す。


「食べて。今日はよく働いたし、疲れているよね。甘いものは疲れに良いから」

「ありがとうございます」


 受け取る指先が、少し震えている。


「慣れないことをすると疲れるだろ」

「そうですね。でも……」


 クラウディアはパンを見つめ、小さく笑った。


「働いてお金を貰うって、こんなに安心するんですね」


 その笑みは、少しだけ寂しかった。


「今までは、お金がないことばかり考えていましたから」


 テオは少しだけ視線を逸らす。


「……悪かったな」

「テオさんが謝ることじゃありません」

「でも、親父のやったことには変わりない」


 クラウディアは首を横に振った。


「それでも、ここで働かせてもらってます」


 沈黙。

 そこへ。

 ばたん、と勢いよく扉が開いた。


「テオ!」


 エリザベートだった。

 裏手に二人きりでいる光景を見て、ぴたりと動きが止まる。


「……何してるの?」

「休憩だよ」

「そう」


 短い返事。

 だが目が笑っていない。


「クラウディア。休憩が長いんじゃないかしら」

「す、すみません」


 クラウディアが立ち上がろうとした、その時。


 ぐらり、と身体が揺れた。


「きゃっ――」


 反射的にテオが支える。


「おい、大丈夫か」

「ちょっと立ちくらみが……」


 ふわりと、クラウディアの髪がテオの肩にかかる。

 それを見た瞬間、エリザベートの中で何かが完全に爆発した。


「……ちょっと」


 低い。

 ものすごく低い声だった。


「その子、今日はもう休ませた方がいいわ」

「いや、でも人手が――」

「休ませた方がいいわ」


 圧がすごい。


「……はい」


 テオは従うしかなかった。


 そして、その夜。

 閉店後の片付け中、事件は起きた。


 魔力の流れが乱れたのか、疲労のせいか。

 テオが厨房の奥で突然ふらついた。


「まずい……」


 視界が揺れる。

 身体の輪郭が曖昧になる。


 次の瞬間。


 そこに立っていたのは、見慣れない少女だった。

 細い肩。

 やわらかな髪。

 整った顔立ち。

 見惚れるほど綺麗な、女の姿のテオ。


「……え?」


 たまたま皿を取りに来たエリザベートが、その場で固まる。

 時間が止まった。

 一瞬で理解が追いつかない。

 知らない少女。

 でも、どこか見覚えがある。

 というか、夢にまで見た女性のテオそっくりだった。

 いや、それよりも先に胸を衝いたのは――


(綺麗……)


 だった。

 女である自分ですら息を呑むような美しさ。

 儚くて、危うくて、今にも壊れそうで。

 それなのに、目が離せない。

 


「え、あ、いや、これは……」


 女の姿のテオが明らかに動揺している。

 その様子すら、エリザベートの庇護欲を刺激した。


(守らなきゃ)


 その思考が、ごく自然に浮かんだ。

 何から守るのかは意味不明だが。


「大丈夫?」


 気づけば、エリザベートは駆け寄っていた。


「どこから来たの?」

「……リザ?」

「私の名前!?」


 エリザベートの目が見開く。

 初めて出会う少女が自分の名前を知っている。

 そして、その少女はテオにどこか似ている。

 次の瞬間には、顔が真っ赤になっていた。


(待って、声までいい……)


 心臓がうるさい。

 鼓動が速い。

 頭が熱い。

 何だこれ、と思う間もなく、視線が離せない。


「……夢?」


 ぽつりと呟く。


「は?」

「そうよね。こんな綺麗な子が急に現れるなんて、夢に決まってるわ」

「いや夢じゃ――」

「夢ね」


 断定だった。


 エリザベートは胸に手を当て、ふらりと一歩下がる。


(落ち着きなさい、私)


(これは夢。幻覚。疲れてるだけ)


 だが、どれだけ言い聞かせても、目の前の少女が綺麗すぎて説得力がなかった。


「……あなた」

「え?」

「私の家に来なさい」

「なんで?」

「いいから」


 エリザベートは女テオの前に立つ。

 まるで誰かから守るように。

 そこへ、扉が開いた。


「あら」


 聞き慣れた声。

 シャルロッテだった。

 テオとエリザベートがいるなら、何か事件があるかもしれないと、黙って店の奥に入ってきたのである。

 凄まじい直感であった。

 彼女は女体化したテオを見て、一瞬だけ目を細める。

 そして、すべてを察したように微笑んだ。


「……面白いわね」


 最悪だった。

 テオは頭を抱える。


(終わった)


 シャルロッテはくすくす笑いながら、エリザベートを見る。


「あなた、そういう趣味だったのね」

「ち、違います!」

「違わないわ。顔に出てるもの」


 エリザベートは耳まで赤くなる。

 女テオはその後ろで青ざめていた。


「待ってくれ、色々説明が――」

「いらないわ」


 シャルロッテは楽しそうに言った。


「だって、その方が面白いもの」


 その瞬間、テオは確信する。


(……絶対、ろくでもない方向に転がる)


 そしてその予感は、たぶん今回も外れない。

 そこでエリザベートの脳がオーバーヒートし、彼女は崩れ落ちる。

 慌てて抱きかかえるテオ。

 エリザベートはその柔らかい何かに包まれながら、気を失ったのであった。


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