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マフィアの息子ですが、普通に学園生活を送りたい ~なぜか学園にファミリーが出来ました~  作者: 工程能力1.33


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第18話 女王の喫茶

「跪いて」


 静かな声だった。

 だが、有無を言わせぬ圧があった。

 店内の空気がぴたりと止まる。

 エリザベートは一瞬だけ目を細めたが、すぐに表情を整えた。


「……承知いたしました、お嬢様」


 すっと膝を折る。

 優雅。完璧。隙がない。


「紅茶を」

「はい」


 今度はすっと立ち上がると、流れるような動作で紅茶を淹れる。

 カップを差し出す手には、少しの震えもない。


「どうぞ」


 シャルロッテは受け取り、一口だけ飲んだ。

 そして――


「……つまらないわね」


 ぽつりと呟いた。

 エリザベートからピキっという音が聞こえた気がした。

 幻聴ではあるが、店内の空気を凍らせるには十分だった。


「完璧すぎるのよ。面白みがないわ」


 エリザベートの眉がぴくりと動いた。

 感情を表に出すなど、貴族の令嬢としては失格である。

 それはメイドとて同じこと。

 主人の機嫌を損なってはならない。

 しかし、仮初の主従関係。拘束力は弱い。


「それは、どういう意味でしょうか」

「そのままの意味よ。あなた、完璧すぎるの。予定通りにしか動かないからくり人形みたい」


 シャルロッテは椅子に深く腰掛けたまま、足を組む。

 退屈そうに。

 そして。


「そうだ」


 そう言ってテオの方を見た。

 嫌な予感しかしない声だった。

 テオは反射的に視線を逸らす。


「逸材がいるのに、相手をしてもらわないから駄目なのね」


 指が持ち上がる。

 ゆっくりと動いて――

 止まる。


「あなた」


 完全にこちらを指していた。


「……俺?」

「ええ」


 にっこり笑う。


「組みなさい」

「は?」


 意味が分からなかった。


「私ほどの人物になると、一人のメイドでは事足りないと思わない? 二人でやってみなさい」

「いやいやいやいや」


 テオは全力で首を振る。


「なんで俺が」

「売上が上がる可能性があります」


 横からローレンツが即答した。


「おい」

「話題性があります。珍しさがあります。客の興味を引きます。ましてや相手は王女。将来の太客に」


 冷静に畳み掛ける。


「短期的に見ても、長期的に見ても有効です。金の臭いがします。それに、屋台のバイトで散々やっていたでしょう」


 ローレンツの金への嗅覚は鋭かった。

 それに、ぐうの音も出ない正論だった。

 テオは顔をしかめる。


「一回だけだからな……」


 渋々承知し、準備のため奥に行く。

 数分後。


「お、おかえりなさいませ……」


 そこにいたのは、ぎこちない動きの“新人メイド”。

 テオだった。

 隣には、完璧な所作のエリザベート。

 対照的すぎる。


「姿勢がなってないわ」


 小声で刺される。


「うるさい」


 小声で返す。


「もっと腰を落としなさい」

「無理」


 シャルロッテはそのやり取りをみながらクスクスと笑う。


「やっぱり面白いわ。最高よ」


 その他の客の視線が集まる。テオは恥ずかしさから真っ赤になった。

 それがエリザベートの心をくすぐる。


(守らなきゃ)


 エリザベートが前に出る。


「ご注文は?」


 シャルロッテに訊ねた。


「新人の方がいいんだけど」

「まだお嬢様にお見せできるような行儀を教えておりませんので」


 にこりと笑う。


「こちらがおすすめです」


 完全に誘導。

 テオは横で見ていた。

 少し熱を帯びた視線である。


(姐さんと呼ばせてください)


 ちょっと惚れる。

 しかし、悪寒がした。ちらりとシャルロッテを見る。

 頬杖をつきながら観察している。

 そして。


「少し面白くなったわね」


 満足げに呟いた。

 王女の嗅覚は鋭かった。全てを見透かすようなその瞳に、テオは恐怖した。


 その時だった。

 扉が乱暴に開く。

 バタンという大きな音。

 全員が振り向く。

 入ってきたのは熊のような巨漢。

 酒臭いがした。

 目が据わっている。


「おい、酒はあるか」


 店の空気が一気に歪む。


「当店は――」


 ローレンツが出ようとしたが、その前に。


「任せてください」


 ブルーノが一歩前に出た。

 頼もしい背中に見えた。


「ここは紳士淑女の店だ。相応しくな――」


 次の瞬間。

 ゴッ。

 鈍い音。

 ブルーノが吹き飛んだ。

 床に転がる。

 動かない。


「……え?」


 店内が静まり返る。

 ローレンツが目を見開いた。


「あのブルーノが……?」


 カポとしていくつかの武功を立てていたブルーノだけに、ローレンツもこうも簡単にのされるとは思っていなかった。

 テオの背中に冷たいものが走る。


(やばいな)


 周囲を見る。

 客は逃げ腰。

 メイドは硬直。


(今なら……)


 手に力を込める。


(女体化しても誤魔化せるか――)


(この店を荒らされて、売り上げが落ちたら娼館にさせられる。バレるリスクよりも、迷惑なこの男を止める方が先だ)


 女装し、メイドの格好をしているテオは、女体化しても誤魔化せると踏んだ。

 魔力を纏いと思ったときである。


「無粋ね」


 その声が割り込んだ。

 シャルロッテだった。

 ぞわりと空気が変わる。

 椅子から立ち上がった姿には、怒りのオーラが見えた気がした。


「お気に入りの店を荒らされるのは好きじゃないの」


 その瞬間。

 ぶわり、と魔力が溢れた。

 髪が揺れる。

 瞳が光る。

 背後に、何かの“影”が浮かぶ。

 王の威圧。

 否――

 女王。

 巨大な“女王蜂”の気配。


「……は?」


 テオが固まる。

 次の瞬間。

 消えた。

 と思ったら、もう男の目の前。巨漢の懐に入っている。

 手が触れる。

 それだけだった。

 巨漢の身体が浮いた。熊のような大男が、である。


 そして――


 背中から落下し、叩きつけられる。

 床が軋んで、後から空気が震える。それはまるで悲鳴のようにだった。

 それに対して男は声を発しないし、動かない。


 一瞬の出来事だった。

 そして訪れる静寂。

 誰も動けない。

 というか、シャルロッテに見入っていた。

 シャルロッテは何事もなかったかのように手を払った。

 その美しく高貴な所作は、暴力を芸術に昇華させており、観客を魅了していたのだ。


「終わり」


 席に戻る。

 優雅に。

 何もなかったかのように。

 テオは口を開いたまま固まっていた。


(こいつもかよ……)


 魔力を使ったことによる変身。

 しかも、あの圧。

 ディートリヒとは格が違う。

 蜂の姿をしているが、直感で女王蜂だとわかる。

 テオはちらりとエリザベートを見る。

 彼女もまた、シャルロッテを見ていた。


 その目は――


 完全に戦闘態勢。


「……負けないわ」


 小さく呟く。

 シャルロッテがくすりと笑った。


「いいわね」


 そして、エリザベートに微笑む。


「でも、泥棒猫みたいな真似はしないから安心して」


 エリザベートは赤面した。

 テオは意味が分からずオロオロするばかり。


「え?」

「面白いもの」


 シャルロッテはテオにもにっこり笑う。

 完全に玩具を見る目だった。


 テオは頭を抱えた。


(……絶対、面倒なことになる)


 その予感だけは、外れなかった。


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