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【完結後番外編】魔王様の娘【短編集】  作者: 神崎右京


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和解③

「それで? 今日の来訪の目的は、何だったのですか?」

「あ! そうだった!」


 ”影”が淹れた花茶に口を付けてついまったりしそうになってしまったアリアネルは、慌てて”影”に向き直る。


「あのね――」


 真摯な表情と声で、前回”影”と別れた後の事の顛末の報告と、心配をかけたことについて、心からの謝罪を告げる。

 すべてを受け止めてから、”影”は緩やかに微笑んだ。


「頭を上げてください、アリィ。……貴女が言う通り、とても、心配したのは事実です。あのときは、心配のあまり、正気でいられなかった――」

「お兄ちゃん……」

「でも、いいのです。今、こうして貴女が元気でいてくれること。幸せだと笑っていてくれること。……それだけで、十分です。よく、無事で戻ってきてくれました」


 幼い子供にするように頭をなでてやると、アリアネルは少し困った顔をした後、ふわっと笑った。謝罪が受け入れられたことを理解し、幸せだと笑って日々を過ごすことを求められていると知って、期待に応えたいと思ったのだろう。

 

「ですが、次はないと思ってくださいね。貴女の”お兄ちゃん”はとても臆病で心配性なのです。もう二度と、あんな心配はかけないと、約束してください。……ゼルカヴィアも、ああ見えて、とても心配していたのですから」

「うん……本当に、ごめんね。約束、する」

「では、昔のように、指切りをしましょう。……約束ですよ」


 小指を絡めて約束をする。ゼルカヴィアが幼い頃に教えてくれた、違えぬ約束をするときの儀式だ。

 小指を離してから、”影”はチラリと視線を移す。


「ところで――貴女が抱えて来た、その大きな袋は何なのですか?」


 ハッとアリアネルが我に返る。今日は、これを渡すことも大切な目的だったのに。


「えっと、お兄ちゃんに心配を掛けちゃったから、お詫びのプレゼントを持ってきたの」

「ほう……? 一時期、ゼルカヴィアにしつこく聞いていたアレでしょうか」

「うん。でも、教えてくれなかったら――ミュルソスに相談したよ!」

「……ミュルソスに」


 無邪気に口に出された名前に、”影”はすぃっと視線を動かし、魔王を見る。

 息子のアイコンタクトの意図を的確に読み取り、魔王は涼しい顔で、周囲に傍受されることのない伝言メッセージを送る。


《ミュルソスには事前に根回しをして、話を合わさせた。お前と魔族ゼルカヴィアが同一人物であるという話は伝わっていない》


 ”影”は嘆息する。口裏を合わせてくれたことには感謝するが、そもそも”影”のことを相談するならミュルソスにすればいい、という情報を与えたのは魔王だろう。適当にあしらっておいてくれればいいのに、と理不尽な感情を抱く。


「じゃーん!」


 何も知らないアリアネルは、袋を逆さまにして、豪快に中身をぶちまける。


「……これは?」


 ”影”は、疑問符を浮かべて首をかしげる。

 袋から広げられたのは――見たことがないものばかりだった。


「これはね、人間界で親しまれてる”遊戯ゲーム”ってやつだよ!」

「……げーむ……」

「うん。カードゲームとか、ボードゲームとか、色々あるよ! 一緒に遊ぼうと思って」


 予想外のプレゼントに、”影”は目を瞬く。好みを聞きに行く、と言っていたのに、見たこともないものをプレゼントされるとは思ってもみなかった。


「ミュルソスが、これを贈れと言ったのですか?」

「うぅん。一緒に考えて、これが良さそうって思ったの」


 アリアネルは、まずは一番近くにあったカードを手に取る。新品の箱を開封しながら、種明かしをするようにミュルソスとの相談結果を口にした。


「お兄ちゃんは、いつもお部屋でゼルがしてるお仕事のお手伝いしてたりするんでしょ? 書類仕事とか――」

「あぁ――……」


 そう言えば、以前、不意に新月の夜にアリアネルが尋ねてきたときに、そんな話をした記憶がある。”影”はアリアネルの世話をするために造り出されたゼルカヴィアと別個の存在であるという嘘の情報を突っ込まれたため、それらしい言い訳を並べた。

 どうやらそんな些細な会話を、ちゃんと今日まで覚えていたらしい。


「お部屋から外に出られないのに、寝るまで誰ともお話もせずに、ずぅっと仕事ばっかりしてるのは、息が詰まるかなって思ったの。でも、ゼルの部屋だから、ゼルが興味を持たないものはおいてなさそうだし――気分転換って言っても、花茶を飲むくらいでしょ?」

「……そうですね」


 図星を差されて、苦笑する。

 魔界に『娯楽』という文化が浸透した後も、ゼルカヴィアは花茶を飲むことくらいしか興味を示さなかった。娯楽用の読み物も、食べ物も、何一つこの部屋には置いていない。


「だから、何か、室内から出なくても気分転換になるものがいいんじゃないかなって思って。一人で遊べるのもあるんだけど、せっかくなら一緒に遊びたいなって思って――はい!」


 手早くカードをシャッフルし、慣れた手つきでカードを配り終えると、アリアネルは自信ありげに笑う。


「私は学園で、何回かやったことあるから、ルールは私が教えてあげるね!」

「……」


 ”影”はカードが配られたテーブルに無言で視線を注ぐ。

 見間違いでなければ――魔王の前にも、カードが配られているような気がするのだが――


「……アリアネル……? まさかとは思いますが――」

「なるほど。数字と記号が描かれたこの小さな紙を使い、定められた規則によって勝敗をつける遊びか」

「さすがパパ! 呑み込みが早いね!」


 驚くべきことに、魔王はアリアネルが提案したこの”遊び”に乗るつもりらしい。

 家族でこうした時間を過ごしたことなど無かったアリアネルは、無邪気にきゃっきゃとはしゃいでいる。


(嘘でしょう……)


 キリキリと胃が痛いのは、”影”だからではないはずだ。――魔族ゼルカヴィアであっても、全く同じように胃を痛める。

 どうしてアリアネルは、昔から、いつもいつも、全く予想もつかない発想で、泣く子も黙る恐ろしい魔王を相手に、とんでもない不敬な振る舞いをしていくのだろうか。


「私は人間だから、魔法も体術も、皆に敵わないけど――これなら、私が一番強いんだからね!」


 ふふん、と得意げに胸を張るアリアネルに、”影”はめまいを覚えながら仕方なくテーブルの上のカードに手を伸ばすのだった。


 ◆◆◆


「――上がりだ」

「えぇっ!? もう!?」

「すみません、アリィ。私も――」

「お兄ちゃんまで!?」


 アリアネルが持ち込んだ遊戯ゲームに興じ始めて数刻――もはや定番となった展開に、アリアネルの悲痛な声が響く。


「二人とも、本当に今日初めてルールを知ったの!?」


 アリアネルは信じられないようだが、冷静に考えれば当然だ。

 全知全能の神と同等たれと造られた頭脳を持つ魔王と、ゼルカヴィアと同等の頭脳を持つ”影”――ルールさえ理解してしまえば、単純な頭脳プレイにおいて、アリアネルが叶うはずがない。

 

(その上、アリアネルは嘘を吐くのが下手ですからね。心理的な駆け引きは驚くほど下手ですし――)


 アリアネルの幼少期から彼女の遊びに付き合ってきた”影”は手加減もお手の物だ。時折、わざと窮地に陥るような手を取って、アリアネルに花を持たせることもあったが、あまり露骨でもいけない。勝率は、魔王がほぼ百パーセント、”影”がアリアネルより少し高い――という状態だ。

 だが、アリアネルに合わせてうまく手を抜く”影”を見て、流石に魔王は気づいたのだろう。無言で何かを考え込んだそぶりを見せたときに、”影”は魔王に秘匿の伝言メッセージを飛ばして釘を刺した。――魔王に、そんな器用なことが出来るはずがない。どれほど気を遣ったところで、象が蟻を潰さないように歩くことは出来ないのと同じだ。


「やっぱり、二人ともすごく頭いいんだね。うぅん……じゃぁ次は――」


 どれほど負け続けても、アリアネルは楽しそうな表情を変えないから、感心してしまう。嘘が付けない彼女のことだ。勝敗結果など度外視で、心から家族の団欒の時間を楽しんでいるのだろう。

 沢山持ってきた物の中から、アリアネルは一つの盤上遊戯を持ち出した。


「これとか、どうかな」

「……? なんですか、これは」

「えっとね……簡単に言うと、盤上の駒を戦力に見立てて、相手の王様を包囲して討ち取るゲーム……かな」


 説明をしながら、アリアネルは盤上に様々な形の駒を並べていく。


「これは、いわゆる騎馬兵で、こっちが歩兵。騎馬は歩兵を飛び越えられるよ」

「……ふむ」

「この駒が王様。総大将だから、一人しかいないよ。皆に守られてるから、一番奥にいて、あんまり自由に動けないの」

「王が一番弱いのか。人間の戦争らしいな」


 軽く鼻を鳴らす魔王に、アリアネルは苦笑する。確かに、魔界においては、王が一番戦闘力が高い。周囲を側近に守らせ、奥へ引っ込んでいる戦い方は、馴染みがないはずだ。


「色々な遊び方があるんだけど、最初だから、シンプルなルールにしよっか。シンキングタイムにタイムアップはなし。相手の駒を取ったら、その場で相手の駒はロストして、二度と復帰できない」

「戦死したと見なすわけですね」

「うん。捕虜として確保した後、好きな時に自軍の戦力として参加させることが出来るルールとかもあるけど――複雑になっちゃうから、まずはこれでいこう」

「なるほど。なかなかよくできている」


 魔王は駒の動きが書かれた紙を一瞥してから、”影”に渡す。チラリと見るだけで全ての駒の動きを把握し記憶したのだろう。

 ”影”も同様に紙を一瞥し、頭の中に叩き込む。――記憶力には自信があった。


「これは、二人用の遊戯ではないのですか? アリィは、私と魔王様、どちらと先に戦うのでしょうか」


 尋ねると、アリアネルは首を横に振った。


「ううん。これは、パパとお兄ちゃんでやってほしいの!」

「え――」

「これまでのゲームを考えたら、たぶん、私じゃ二人に勝てないもん。私は、駒の動きとか、ルールとかを横から説明するから」


 アリアネルは嬉しそうに提案する。


「いつもだったら、パパを応援するけど――今日は、お兄ちゃんを応援するね!」

「いや……私が魔王様に勝てるはずがないでしょう」


 冷静にツッコミを入れる。全能の魔王に勝負を挑むなど、愚かにも程がある。相手は、戦を司る天使を作ったことがあるような存在だ。本人の武力だけではなく、兵法においても、彼の右に出る者はいまい。


「ほう。戦う前に諦めるのか」

「そんな安い挑発には乗りませんよ」


 魔王の言葉に、呆れて返すが、魔王は小さく嘆息する。


「ミュルソスは戦略戦術の類は教えなかったか。まぁ、それを教えろと命じたこともない。ならば仕方な――」

「ミュルソスは今関係ないでしょう」


 カチンときて、思わず言い返してしまう。

 挑発ということはわかっていた。魔族の自分なら、適当に受け流し皮肉で返すことが出来たかもしれない。

 だが、感情に流されやすい今の”影”には、過去、一番つらく苦しかった時代を献身的に支えてくれたミュルソスの事を、自分のせいで悪く言われることは我慢がならなかった。


「ミュルソスはしっかりとすべてを教えてくれましたよ。それを己の糧とし、自分でさらなる発展をさせていく方法まで――貴方が父親としての役割を完全に放棄し、私と一切顔を合わせることもなく千年も放置していた間に、しっかりと」

「……む」


 ゼルカヴィアよりも刺々しさを纏った皮肉をお見舞いすると、魔王は一瞬口ごもる。


「いいでしょう。アリアネルも味方をしてくれると言いますし、受けて立ちますよ。一度くらい、貴方が負けるところを見てみたいというのも本音です」

「わ! お兄ちゃん凄い! 一緒に頑張ろう!」


 やけくそのように勝負を受けて立った”影”に、アリアネルは無邪気に歓声を飛ばす。


「いいだろう。かかってこい」


 魔王が口を開くと、親子の戦いの幕が切って落とされた。


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