第八節「棘をいだく感情」
「昨日……ヂディスは、
ヂディスとはどのようなお話をされたのですか」
シャクカディは、首を縮めながらコッパーに伺う。
ヂディス。昨日介抱の場にいた神徒だ。
そしてズタナン家……シャクカディの子息である。
「話?」
「コッパー様にとって……失礼はなかったかと……」
……この怯え方を知っている。
コッパーは、先の砂山を思い出していた。
すると胸中に、暗い雲がかかる感覚がして——……。
「……随分と失礼な若者であったよ」
背をつけ、脚を組んで、思わしげに、コッパーは言った。
シャクカディの顔に青さがかかる。
「はは。若さかね」
その青さを笑って流してやる。
傲慢になるまいなるまいと思っても、扱われたように心持ちが動いていく……。
……それだけか?
「……それで、どうした」
戻せ。……戻せ。
「何を……お話になったかと……」
「何を?……そうだな……」
シャクカディは胸のあたりの衣服を自分でぎゅうっと束ねて掴んだ。
——問題になるようなことは何もなかった——
それだけ言ってやればいいのだ。そう言えば。
シャクカディは良い人物だ。
苦しめてやることはない——……
「ヂディスは悪い噂をよく知っているようだな……?」
だが出たのは、恐ろしい想像をさせる言い様。
シャクカディはあからさまに息を詰める。
靄が濃くなる。
「プラムバム神官について色々と言っていた」
手を緩める。
「は、はぁ……はい。
あまり信じすぎるなと言っていますが、
影響を受けやすいのが困ったところで……」
少し肩が降りたが、彼はまだ不安そうにコッパーの次の言葉を待っている。
「シャクカディ、こちらからも一つ聞きたい」
「は、はい!何でしょう」
……だが、話を逸らした。
コッパー自身、今、何故このように話を進めてしまうのかわからなかった。
意地の悪く見えるだろう引き攣った微笑が出ることも。
「お前から見て、プラムバム神官はどんな人物だね」
シャクカディの目が泳ぐ。
「どんな……どんなですか」
「息子と違って、お前は敬意があるようだな」
「それは、もちろん。神官様ですからね」
「それだけか?」
「と、……と申しますと……?」
「プラムバムは随分とせせこましい身の上のようだが」
「プラムバム神官は、せせこましい……身の上……」
「どうした?」
「プラムバム様……」
息をするのもやっとなところで飛ばされた別の話題。
それでも何度か応答していくうちに、少しずつ想像力が巡ってきたのか、彼は深く息を吐き目線を床に歩かせ、何事か思い出し始めているようだった。
「お労しい、お方です……」
しばらく待てば、ゆったりとした瞬きでそう言った。
不安に煽られた上の空ではない、落ち着きを取り戻し始めた声。
その声にコッパーは、外套を外したように体が冷えた。
……何をしているのだ、自分は……。
先程までの自分が信じられない。
自分の中から表れた言動とは思えない——。
嘘だ。
自分だ。
紛れもなくあれは自分の感情。
嫉妬。
彼らは……プラムバムやシャクカディは、庇おうとした。
自分より立場や思想の見劣る未熟な人間。
庇い立てすれば自身の身をも危うくなる失態。
それでも少なからない手をかけ、愛や情を持った相手。
それを……必死に庇おうとしている。
……私はどうだ?
黒民奴隷。黒銅の民。マグ。ニカ。高級品。
それらを取り払った私に手を尽くす者が、果たして……。
羨ましい。
この身に生まれたら生涯手に入る予感のないものが。
あったとしても既に失われ、取り戻す予感もないものが。
悔しい。
それらが当たり前に目の前で何度も展開されること。
腹立たしい。
それを奪う敵として、当然に自分が扱われていること。
……存在に気付いてしまいさえすれば、思考の中で感情が、ありありと形を明らかにする。
自分の頭の良さが今こそ恨めしい。
だが、形になってしまえば、馬鹿馬鹿しいと断ずることも難しくない。
「……お話、しても?」
少しうなりしばし黙り込んだコッパーに、シャクカディはおそるおそる声を上げる。
「……ヂディスのことだがね」
「はっ…………はい!」
コッパーは一つ長く息を伸ばし……ただ一言伝えてやった。
「大した話は一つもしてはいないんだ」
やはり彼はその回答を待っていた。
はあっ、と、大きく息を吐く。
「そう、でございますか……。
お答え頂き有難う御座います」
シャクカディは杖を支えたまま、深々と礼をする。
コッパーはその頭頂を眺めながら、この国に来て、今まで感じたことのない感情や態度を表し始めた自分について考えていた。
扱いのせいだろうか?演技のせいだろうか?
それともこの国で過ごすうち、本当に、本来の自分を思い出し始めているのだろうか。
「さて……プラムバム様のことでしたか」
とりあえず落ち着くことのできたシャクカディは、姿勢良く座り直し、改めてコッパーの要求を確認した。
「……私から言わせて頂ければ、
あの若さで本当にご立派に務めていらっしゃる。
……その一言であります」
「悪い印象は抱いていないと?」
「ええ。私からすれば。
何故プラムバム様にあれほどの……。
……いえ、まあ何故と申しましても……」
シャクカディはそう何か言いかけたところで、何か逡巡し、髭を揺らした。
「グスタか?」
シャクカディはコッパーの目を見る。
やはり、神徒の立場として、神官の醜聞のようなものを口に出して良いのかを迷っていたようだ。
「お聞きになりましたか」
「プラムバムから直接な」
「ああ……そうでございましたか……」
コッパーはプラムバム神官当人に、バルコタ家の神官らに嫌われ、グスタ神官に噂を流されている理由などは既に聞き及んでいる。
「だからこそ、他から見てどういう人物か興味がある」
プラムバム神官を疑うわけではないが、あくまでその話も当人が話しただけのこと。
できる限り第三者の視点から聞いてみたいと思う。
「……私は、私といいますか、ズタナン家は、
グスタ様の派閥にいる家系でございまして……」
「派閥?」
「ええ、私どもはグスタ様のご命令を受け、
ご報告などをするときはグスタ様を優先します」
口ぶりから、思想の伴う派閥というより責任者の話なのだろう。
「わかった。ここで話した内容について、
お前に不都合になることは言わないと約束する」
「あ、ありがとうございます」
「話を戻してくれ」
シャクカディと話していると、やはり彼は実直な人物であると感じる。自身で見聞きしたものや事実を整頓し慎重に話す彼は、噂や偏見で人を見定める者ではないように思う。
「……印象、と言いますれば……
プラムバム様の幼い頃から遡ってお話ししても?」
「ああ。かまわない」
「最初……幼い頃と比べれば……驚いているのです。
あのような立派な方へお育ちになるとは、と」
連休慌ただしいので更新日をずらしました。
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