第十節「神官の子」
扉の隙間から入る空気が冷たさを増してきた。
窓の光も弱まって、灯りをつけるかどうかの際である。
「子供の頃はそうではなかったと?」
「そうですね……幼い頃から……
タリアス……神官。がよく連れ歩いていた姿から
見ておりました」
コッパーは、彼が、神官と口にするとき、苦いものを噛んだような顔を見せたのを見逃さなかった。
「タリアス神官……」
「はい。ええ……」
「嫌いかね」
「……は、いえいえ……神官様ですよ……」
「責めはしない。包まず言うことだ。
何が重要な話かわからなくなる」
彼らとも接触を重ね、それなりに情も感じるが、別に誹られて怒るほどではない。まして会ったこともない故人であるなら尚更。
「タリアスについては、プラムバム……ティカシウから、
おおまかな経歴については既に聞いている」
「……そうでございますか……。
では、タリアス氏と、呼びましょう。
あれでも、正式に神官を賜った人物なのです」
「それで……どうした」
「ええ。印象……印象で言いますと……」
彼は顔全体をくしゃりと歪め、右手を頰の高さまで挙げてやわくこね出す。おそらく、あたりさわりない言葉を選び出すために相当考えている。
「悩まず、包まず言えばいい。
ここで話したことは不問にする。言いはしない」
「そうおっしゃられましても……」
……誰と話すにしても、脅しつけなくては進まないのか?
イメナータ、グスタ、プラムバム、クドグネ……そして、また。コッパーは辟易した。
「お前の言葉選びには、私の時間を奪う価値が、
十分に……あるんだろうな?」
縦皺の重なる喉から短く高い風が鳴る。
目を開きぶるんと身震いし、再び青褪めていくシャクカディを、意に介さない、という面をして。
「続けろ」
このやり方を覚えていってしまっている自分がいる。
重要な人格のようなものが、薄れていくのを感じていく。
「申します……」
窓の光は赤みを増してきた。窓側に座るコッパーの影が、気付けばシャクカディに覆い被さっている。
赤い窓を背負い、逆光で髪一本透けないコッパーは、そこに座る闇のように映るだろうか。
「……タリアスは、いつも、
幼いティカシウ様を宮へ連れ歩いておりまして」
「子供も宮に入れるのか?」
「え……ええ。7歳を超えておりましたし……
見ませんでしたか?」
「……覚えていないな」
「そうでしたか……幾人かおりますよ。
日々神のため宮で学んでおります」
後継や働き手として仕事の見習いをしている子供はキュプレムでもよく見た。そういうものか。
……まあ、今、差し当たっては関係ない事柄だ。
「遮ったな。続けてくれ」
「いえいえ…………ええと、そう……。
……そういった時分から見ておりましたが、
当時は…その」
また言葉を選ぼうとしたのだろう。しかし上目でちらりとコッパーの顔を見て、ため息を吐くように言った。
「あまり賢いお顔立ちをしていない、などと……」
シャクカディの、人の顔を覚える能力が偽りなければ稀有なものだ。人相から読み取れる内面の傾向というものが、彼の中にあるのだろう。
「ほう。わかるか」
「なんとなく、……なんとなくのお話です。
今は全く、そんな風に思わんのですが」
今度は世辞などではなさそうだった。
「実際のところはどうだったんだ」
「……良くは……見えませんでした。
足をかける。誰かが呼んでいたと嘘を吐く。叩く。
そんな、しようのない悪戯ばかりしていました」
コッパーは子供と直接接することこそ少なかったが、そのくらいのことはするだろう、という想定くらいはできていた。
「宮に来る子は守家を離れて間もなければ
神を感じず多少ふざけることもありますが、
ティカシウ様に関しては……
十を過ぎても荒っぽさは収まりませんでした」
コッパーは、思い浮かべたティカシウの姿を幼くして演じさせる。
……想像力が足らないのか、妙に一致しない。
「それでいて悪知恵が働いて、
神官家でないと見れば歳に関係なく誰彼構わず……
もちろん誰の言うことも聞き入れませんでした。
……実際、情けない話ではございますが……
あのタリアスを敵に回すのは億劫ですから、
わかっていても、その相手を叱るしかないのです」
「相手?」
「あ……ああ!端折ってしまいましたな。
ばれても、近くにいる者に罪をなすりつけるのですよ。
私はともかく、子には悔しい思いをさせました」
シャクカディは肩をすくめて言う。
「……ヂディスか?」
「ヂディス?……ああ。いいえ。
ヂディスはその頃赤ん坊かどうかなので……。
上の子らがね、やられました」
「上?……昨晩は見なかったな」
「もういませんからね」
コッパーはぼんやりと眺めていたシャクカディの顔を改めて捉え直す。
意識が強く自分に向かったことに気付いたシャクカディは目を丸くして顎を引く。
特別に意味を含めたわけではなさそうだ。
この国の者は時々いなくなる。
なんなんだ、それは。
……いや、まだだ。今ではない。
今聞くことではない。
漂った意識を再びシャクカディに戻すと、鼻からゆっくり息を吹くところだった。
「……こうして振り返ってお話ししてみますと……
ティカシウ様は、苦しまれていたのかもしれませんね」
ストックが完ゼロになってしまいました…近々また溜め期間を作るかもしれません
長くなってきた。節もそのうち整理したい。




