第三節「無垢」
コッパーはクドグネを追い出そうかと何度も思った。
ムシウ家のクドグネ。歳は30。
妻と子。子は男と女一人ずつ。
子供らは元気盛りでケガばかりしている。
父母は2年前に亡くなった。
末の息子で、上の兄弟はもういない。
……これだけのことを聞き出すのに、腕の後ろで冷たく細かな泡が弾けていくような、不可解で不快な対話を何度も演じられたからである。
クドグネは真摯であった。
簡単なことに菓子に絆されたのか、肩の力もすっかり抜け、ウソを言おうなどとはとても考えていないような穏やかな顔をして、コッパーの質問に応答した。
だが……クドグネが一つ気にかかることを言って、コッパーが踏み込んで問うと、様子が一変する。
子供について。
「またクズレが出ないか気を病んだもんですが」
「……クズレが出る、とはなんだ?」
父母について。
「工房で亡くなりました」
「……事故か?」
上の兄弟について。
「いなくなりました」
「……いなくなった、とは?」
その度にクドグネは、考えるような仕草をくにゃりとすると、話出そうとした半開きの口のまま、がちりとその場に固まってしまう。
呼吸はしている。目もぶれる。何ごとか考えてはいる。
だが、数秒の後に動き出しても、ろくな回答は返ってこない。
「はて」
「さあ」
「おそらく?」
「よく知りません」
「どうなんでしょう」
「そうなっています」
「そう決まっています」
コッパーが何度も問い方を変えて試みても、いくら待っても、返ってくるのはそれらの言葉の組み替えでしかない。
それも……まるで知らない言葉で問いかけられたかのような……無垢な表情をしている。
コッパーは、その表情が、恐ろしい。
「コッパー様は、難しいことを聞いてきます、のですね。
お役に立てずに……すみません」
希望に応えられていない、という自覚はあるようだ。
クドグネは身をすくめて、へは、と笑った。
「……何か得意なことはあるか?」
コッパーは頭を抱えていた両手で顎までを拭いながら言った。
ここまで来たら一つくらい何か有力な成果を、と意固地になっていた。
クドグネは、はっ!と明るい顔になる。
「歌唱が得意でございます!
仲間にも良い声と言われたことがございます」
……歌か。
地域の歌にはその土地の物語が載る。
……それはクドグネの答弁より雄弁かもしれない。
「では、何か歌ってみせろ」
「はい!では……」
クドグネは2、3度の咳払いと、母音の発声練習を数秒行った後、短い歌を歌った。
黒銅の民 その姿麗しく
荒地の最果て けだものの群れ
神の御業を伝え 人とする
黒銅の民 黒さは慈悲を表す
広き不治の地 抗う人の智
神への祈り届き 去る時
全ての地は安らぐ
確かに、朗々とのびやかな良い声だった。
内容は礼拝で聞いたこの国の神話に準じている。
「良い声だ」
「ありがとうございます!詰まらずに良かった」
クドグネは今までになくにこにこと誇らしげだ。
こうしているとただの人なのだが。
「黒銅の民と入っていたな」
「は、はい。コッパー様の前ですから」
「他にも歌えるか」
「もちろんでございます!
え……ええと……どのような……」
求められても、異文化の曲目の注文が言えるわけはない。
今度はコッパーが首を傾げた。
「……任せる」
クドグネは迷うようにきょときょととし、
しかし、そう間を空けることなく歌い出した。
耳に残る……緩急の強い、体が動き出すようなその歌に、
コッパーは、愕然とした。
神の名の下に 歩め 歩め
我らの正義は神が示す
足がもつれ 手が痺れても
神と家族と仲間のために
恐れるな 後ろを向くな
目の前の仕事を成し遂げろ
作り上げろ 祈りを捧ごう
神の復活 それこそが悲願
万歳!万歳!我々には神がついている
万歳!万歳!痛みも苦しみもない
万歳!万歳!踏み外すことはしない
万歳!万歳!最後には救われる
神の名の下に 走れ 走れ
我らの命は神に捧ぐ
光が消え 地に倒れても
神と家族と仲間のために
恐れるな 歩みを続けろ
日々の生活を続けるのだ
神の力 信じる者に
神の微笑みは与えられる
万歳!万歳!我々には神がついてる
万歳!万歳!痛みも苦しみもない
万歳!万歳!不安も恐れもない
万歳!万歳!最後には救われる
この歌を知っている!
コッパーはあらゆる場面でこれを聞いてきた。
血腥い歌詞はいくらか挿げ替えられてはいるが、
これは間違いなく……キュプレム王国の軍歌だ。
本来は軍の行進や凱旋、式典などで歌われるのだろうが、長らく戦争のなかったキュプレムにおいては、労働歌としても親しまれていた。
なんならコッパー自身、他の奴隷と並んで、庭木の枝を落としながら歌ったことがある。
「コッパー様?」
歌唱後の安堵の一息をとうに吐き終わり、なお一向に動かないコッパーを心配し、クドグネが覗き込むように声をかけてきた。
「何故……」
「はい?なんでしょう」
「何故この歌を、知っているんだ?」
「えっ?」
——ろくな回答はないだろう。
それはコッパーにもわかっていた。
クドグネがなんらかの当てつけで選んだはずもない。
それでも聞かずにはいられなかった。
「何故も……何故でしょう。
どんな歌も、誰かから教わったりしたのでは……」
「……そうだろうな」
「どうされたのです?コッパー様……」
……コッパーは動転していたと言わざるを得ない。
うかつにもこんなことを口走ってしまうくらいには。
「他の……国の歌にあまりにも、似ていて……」
クドグネは止まる。
数秒。十数秒。
目玉が動く。
「他に国などありませんよ」
窓からそよぐ風の音が止む。
コッパーはいよいよ総毛立った。
クドグネが丸く開いてコッパーを見つめる目は、硝子で誂えたようにつやめいていた。
——クドグネとの話はそこで打ち切った。
昨日幾人もを巻き込んだコッパーの探求欲を持ってしても、クドグネとこれ以上話すことが、コッパーは恐ろしくなってしまった。
この国に慣れ始め、気を付けさえすれば対話も思うままに行える……そういった驕りが自分の中に生まれつつあったことを、コッパーは自覚する。
神国は……コッパーの暮らしてきた常識とは違う、独自の思想と暮らしを、昔語りができるほどの長い年月を続けてきた集落なのだ。
油断しては、ならない。
週一更新を一応守っていたものの、あまりにも最近は書いて出しすぎるため、しばらくストック溜め期間を設けようと思います。
次回更新は8/24予定です。




