第一節「菓子と椀」
肥るか、肥らざるか、などと考えていたらいよいよ口寂しくなってきた。
いっそ自分で調理場を探しに行こうか……などと扉の前で考え始めたとき、早足で近寄る物音が聞こえてきた。
コッパーは、ばっと寝具に戻り、ぎっと背を伸ばして座る。
そわそわと待ってなどいなかった、という面をして。
そうしてお決まりに戸が叩かれ、いつもの返答。
安っぽい芝居も板についてきたものだ。
「大変お待たせいたしました……!」
神下は慌てて扉を開け広げるなり頭を下げ、かつひれ伏すように盆をその頭上に掲げた。
正面のコッパーからは、いっそ脚の生えた盆の化物のように見える。
その盆の化物は戸枠を額縁として中央に頼りなく描かれていた。
「かまわない。こちらへ」
神下は顔をふっと上げたが「で、では……」と小さく呟いたかと思えば再び盆の化物となり、緊張のせいか内股気味に机に向かって歩み寄ってきた。
机に近寄り角度がつけば、人の形が見えてくる。
不慣れに湾曲した腰、袖から伸びる骨っぽく筋張った腕、男にしては細い爪……その全てが細かく震えながら、大義を成し遂げんと机まで体を伸ばしていく。
コッパーは、この神下と話してみたいと思った。
ようやくカタリと盆と机が接着して、そっと手を離した神下はようやく顔を上げる。そして瞠目。
彼はコッパーから熱く注目されていたことに今気付いたのだ。
「ひい」だか「やお」だか、短い奇声をあげて彼は飛び退く。
「は……あっ、お、お待たせして大変申し訳ございませんでした!」
迅速に彼は小石のように丸まり床に額をつける。
遅れに遅れたことで黒銅の民の多大なる怒りを買ったのだと思ったのか、しどろもどろの早口に話し始める。
「わ、わたしの心持ちだけではどうにもならず……!
コッパー様がお待ちだと言っても配給場の者は信用できぬなどと言って、
椀一つ出すにもごねにごね……それどころではないというのに!
ほうほうで椀を得たとしても長く、これは菓子もなくては面目もないと
配給場に入ろうとしても拒む!拒む。
これはプラムバム様ではなく黒銅の民様の命なのだから
気を削げばそれは結果グスタ神官の名にも関わるぞと行ってなだめすかして、
ようやく長く、それでも朝でも夕でもない時間、食物を得ることは端から端まで……
コッパー様には関係ないことでおりますが、
材料などはそこからどうにかかき集めて急ぎ炒って持って参ったのです。
……ですから……申し訳ありません……どうか……お許しください」
盆の上には、空の椀と、炒った焦がし麦と白っぽい塊(乳酪だろうか)……が載った皿が並んでいる。
一人分としても少量なほうである。
なるほど、軽い遣いのつもりが、相当に無茶な要求をしてしまったようだ。
「許す」
「……ほ、本当でございますか……」
「そもそも、怒っていたわけではない。
さあ、そこに座りなさい」
「えっ!?」
神下の男は何を言われたかわからないかのように、きょときょとと盆とコッパーと椅子と扉とを順繰りに向いていく。
「座る……?」
「名はなんという?」
恐縮し続ける者は、宥めたところでいつまで経っても落ち着きはしない。
先に話を続けてしまえば、答えるのに夢中になるうちに力も抜けてくるものだ。
それが、ここ数日の経験を通じて得た黒銅の民としての対話術である。
「名前を答えなさい」
「は、あ、コ、クドグネでございます」
「クドグネか。座るんだそこに」
「は……はいっ!」
クドグネはガガガッと椅子を引き寄せて尻から先に勢いよく着座し、遅れてしなってしまった背が追いついて、ぴっしりとまっすぐな姿になる。
どうやら、彼はあまり慎重そうな質ではない。
コッパーは菓子を横目に少し考えた。
プラムバム神官に分け損ねたこの菓子を、彼との対話に使ってみるのも面白い。
「クドグネ。その二つの椀に水を汲んできなさい」




