第十一節「空腹の再考」
頼んだ椀がようやく来たのだろうか、と思ったのだが、扉を開けたのは先ほど頼んだ者とは違う神下だった。
「は、し、失礼いたします」
彼は息を切らしているが、頭を引っ張り上げ、まっすぐに立ってみせる。一瞬ズレた視線は下の方へ降り、座っているプラムバム神官にかちりと止まった。
「こ、黒銅の……」
「……コッパーだ」
「コッパー様、し、失礼致します、そちらの……」
神下はコッパーのほうもちらちらと気にしているが、体はプラムバム神官の方を向いている。
彼にとって前例のない状況なのだろう。言葉を選び損ねて舌が踊っている。
プラムバム神官は用事の先を促した。
「なんだ?どうした」
「はい、神官様……天使様がいらっしゃいました」
プラムバム神官はそれを聞くと、椅子が倒れかかるほどの勢いで立ち上がり扉を向いた。
そして寝台のコッパーに顔を向け、窺おうと、したが、
「コッパー様、私は……」
彼もまた踊った。
話を進めていた黒銅の民、今呼びつけて彼を待っているらしい天使、どちらを優先すれば良いのか……。
「行くといい」
コッパーは彼の葛藤をすぐ理解した。
長く困らせることはない。
それに……主人の要求を自分のために遮る奴隷はいない。
天使の言うところによれば、黒銅の民は天使と同格の権限を持つらしいが、実際は黒民奴隷であるコッパーにとって、天使は主人にあたる。
「また話せるか」
「はい……必ず伺います」
そして、プラムバム神官は謝意を述べ、神下と共に去っていった。
病み上がりの体は、また疲れていた。
コッパーは座っていた体勢から崩してそのまま横たわり、仰向けになる。深く息を吐く。
眠るほどではないが、整頓するほど冴えてもいない……。
腹が減った。
ほとんど寝ているだけでも腹が減るのが厄介だ。
やはり昨日は動きすぎた。
ただでさえ、自分の体は大きく、飯を食う。
誰だったか……いつか言われたことがある。
「お前の美しい体を保つためにも手間が要るのだ」と。
……コッパーの頭は、休みたい意思とは裏腹に、また深い思考に潜っていく。
黒民奴隷として長くを過ごし、主人らには交れず、奴隷からも遠巻きにされ、孤独を慰め続けた彼の性分だった。
自分の体が体調を崩しやすいことには気が付いていた。
ろくに労働も戦いもしないのに鍛えさせられ、自分の体は不自然なほど筋肉が浮き出ていた。
つくづく観賞用の体だ。
ある程度贅肉のある方が疲れにくいのではないだろうか?
そう思うようになったのは、奴隷商のところにいた直近の2ヶ月。
単に異民から隠したり移動を続けている間に体型維持に手が回らなかっただけなのだろうが、食べて休むだけの日が多い生活で腹につまめる部分ができ、体調はだいぶ改善された。
そうでなければもっと長く伏せっていただろう。
また売られるなら、体は維持した方がいいだろうか。
しかしこの国でずっと過ごすなら、多少太った方が……
ずっと過ごすなら?
——黒き人々は時々この国に訪れ、
……黒銅の民は、神の教えを広げる旅の途中で国に立ち寄る一時的な滞在者……そのような存在だったはず。
であれば、きっとこのままずっと暮らすようになることはない。
やはり、天使と会った時に真っ先に確認すべきは、期限だ。
……救世主として、黒銅の民としての役割が終わった後、
自分はどうなるのだろう?
黒銅の民のていを守るなら、国内にはいられまい。
だが奴隷としても……謎大きエラメンタ神国、その内部を知る者を国外へ売りに出せるものだろうか。
そもそも今の情勢で、黒民奴隷に価値はあるだろうか?
他の利用価値がなければ……
最悪の想定もしておかなくてはならないだろう。
だが、そこまで考えたところで、別にどのような川に流れてもいい、とコッパーは思った。
自分が何者かわかったところで、帰るところも行くところもない身、命の定めが決まっても受け入れるだけだ。
この先……自分が何者か知ることで、この心持ちは変わるだろうか?
いずれにせよ、天使との接触時の発言は慎重にしておくに越したことはない。
椀と菓子はまだ来ない。
ようやく章区切り!
肥えた体より割れた腹筋とかを好むのは
劇役者が痩せた体を戦士らしく思わせるため、肉の厚い体よりとにかく筋肉が浮いている体を強く美しいものと流布したのが始まり
首都から離れた、黒民が少ない地方に行くほどその傾向が強く、黒民が身近な首都に近い地区はもう少し栄養価の高いレスラー体型が好まれます




