第八節「応接の脅迫」
何故そう思ったのだろう?
装束ごと小さくたたまれた姿勢。頻繁に伏せる視線。暗い微笑み。
彼は明確に口にこそしていないが、
全身の態度が自分は被害者だと告げていた。
一応は正当な手続きを持ってしたことだが、
暗黙の了解を省略した態度を代々恨まれている……と
プラムバム神官はそう伝えたいのだ。
グスタ神官やヂディスが語った、悪意に満ちた噂話。
あれらが大いなる誇張だとして、コッパーは彼らが語る時、公正さを目指し、その誇張を省いて心に留めることを心がけながら耳を傾けていた。
——悪い噂も絶えぬ男だのに
——恩知らずの神下
——その子も胡乱な仕事ばかり
だからこそ、本質になお残っていた翳りのようなもの。
それらの要因になっただろう言説を、未だ彼の口から聞いていない。
彼が嘘をついているとは思っていない。
しかし、おそらく、全てを話してもいないのだ。
身内や自分の恥部を、評価者になり得る黒銅の民に明かすのをためらう気持ちはわかる。
だが、これではプラムバム神官という人物への理解が、聞く前とさして変わらないではないか?
この後の彼への働きかけが重要だ。
話しやすい環境と、態度というものがある。
「この国に茶はあるか?」
「茶……茶ですか」
コッパーから発せられた問いがあまりにも唐突で、
プラムバム神官は先程まで儚く伏せていた目を丸くしてどもる。
「茶は……申し訳ありません、聞いたことはありますが、
私は見たことがありません」
「そうか。他の飲み物は?」
「み、水でしょうか」
「ならばそれでもいい。椀はあるか」
プラムバム神官は動揺しながらふらっと立ち上がり、水瓶の近くへ寄る。そこに無かったのか振り返り、寝台横の机の上にコッパー用の椀が一つあるのを見つけた。
「こちら——……」
「プラムバム」
「はい」
コッパーは手招きをして、椅子を指す。
「座っていろ」
「は、い」
プラムバム神官の着席を見届けると、コッパーは手を叩く。
しかし反応がない。
のそりと立ち上がり靴をつっかけて扉を開いた。
それを眺めるプラムバム神官の焦りは濃くなる。
コッパーが何をしたいかわからない。
「神下!」
「は、はいっ!」
神下は扉からいくぶんか離れたところでしゃがんでいたようだが、コッパーの姿を見ると慌ててしゃっきりと立ち上がって返事をする。
プラムバム神官が入室する際に、彼らを扉から少し離したのかもしれない。
「椀を持って来てくれ。あと軽食……菓子ならなおいい」
「か、菓子ですか」
「椀と菓子が2人分欲しい」
「2人……」
そのまだ年若い男の神下は、コッパーを見上げながら半ば呆然としつつ要求を繰り返した。
「こ、この時間には食事は手に入らないかと……」
「ん?」
「ひっ」
コッパーは、彼らが自分の言動ひとつに怯えを見せることに少しずつ慣れつつあった。
少しだけ柔らかい声色を作って続ける。
「無ければ椀だけでもいい。行ってくれ」
「は……はっ、わかりました!」
コッパーは駆け出した神下を見送りつつ扉を閉める。
振り返れば唖然とした顔のプラムバム神官がこちらを見ていた。
「どう……されたのですか、コッパー様……」
コッパーはそこで、自分の行動を省みた。
この国では文化が違うかもしれないということを少々失念していた。
キュプレム地方では、何か重要な話をする際、
あるいは親密になるために対話を重ねたいと望む時、
その場の主人は、茶や酒、菓子などを
主人と客に同数、場に出して対等の意を示すのだ。
茶のことを聞けばプラムバム神官もそれをしたいのだと分かると思ってしまったが、この反応を見ればそうではなかったようだ。
この高地で、この非常に閉ざされた神のための国で、
茶葉や酒が簡単に出せるわけではないのであれば、
今の一連は理解できず、不審だったかもしれない。
説明を……しなければ。
「……プラムバム」
「は、はい」
コッパーは再び寝台に腰掛ける。
先程よりも机に寄った、プラムバム神官の正面に近い位置へ腰を移す。
「驚いたな」
「す、すみません、少々……」
「私の知る歓迎の作法を行いたかったのだが、
この国ではあまりやらないのだな」
「そうで、ございましたか。
ありがとうございます」
2人の距離は近い。
黒々とした睫毛が瞬けば、白い頬を扇ぐほど。
「私はお前の味方になりたいと思っている」
コッパーには、神官の瞳孔がきゅう、と動いたように思われた。
「……光栄でございます」
まだ困惑の入り混じった表情で、彼は礼を言う。
コッパーは可能な限り彼の顔を真っ直ぐに見つめ続ける。
「先ほどの話に、嘘はないと、私は信じている」
「……勿論、です。コッパー様に向かって……嘘など」
引き出さなくてはならない。真実があるなら。
それを澱みなく受け止めるに足る人物であると、示さなくてはならない。
「私は確かに、他の者から、
プラムバム神官という人物に対する噂を聞いた。
酷い内容があるが、全て真実とは思っていない」
「はい……」
「わかるか?」
「わか……」
質問の意図を汲みきれず、プラムバム神官は半ば口を開けたまま硬直する。
コッパーは彼の表情を見て、考えさせるような言い方は誤ったなと、加えるように続けた。
「信じたいと思っているからだ。
私が接したプラムバム神官という人物は、
そう悪い人間では無いと……」
「……ありがとうございます」
「だから……改めて聞く」
ここからが最も重要なことだ。
「先程の話に加えることは、何もないと……
信じていいのか?プラムバム」
彼の顔に緊張が走り、力がこもった体が肩を持ち上げたのが外套越しでもわかった。
ここで彼の返答をじっくり待つことは拷問にも近しいと、コッパーはもう理解した。
「後から別の者から、お前に不利なことを聞いたら、
私はお前を不審に思わざるを得ない」
信頼を得るためにと思い、彼に語りかけながらも、
何を言っても脅迫になるのだと思い知らされる。
彼がこの国でどれだけ高い地位に就いた者であろうと、それでもどうしてもコッパーと彼との間には除きがたい権力勾配があるのだ。
それが偽者の黒銅の民によるものにしろ。
「もし語るべきことがあるなら……
ここで語るんだ。プラムバム。
仮にそれが唾棄するような醜聞でも、
それでも語ってくれたお前を誠実だと思おう」
……もう、それでも良い。
コッパーは知りたい。可能な限りの真実を。
「私にお前を信じさせてくれ」
星のない夜の色の眼差しに射すくめられた鳶色の瞳は、湖面のように揺れていく。
「……少し暑いな」
「ええ……」
窓は寝台の横の壁。
コッパーはプラムバム神官に背を向け寝台に身を乗り上げ、板窓の部分の留め具を外し、押し開く。
その一連の動きを、わざと緩慢に行なう。
1日ぶりに窓を開けば、新しい爽やかな空気が部屋になだれてきた。
日は窓を覗く高さに降りてきている。
一応は、気取られないよう気を張っていたのだろうが、後ろからプラムバム神官の深い呼吸の音が聞こえてきた。
彼を追い詰めた自覚はある。
落ち着くための時間が必要だろう。
コッパーは街をしばらく見下ろしてやった。
昨日と変わらない景色に見える。
砂色の町。緑の野。
もう少し待とうかと考えた時、プラムバム神官が声を発した。
「コッパー様……申し訳ありません」
コッパーは彼の方へ振り返る。
プラムバム神官は顔を上げていた。
コッパーと目が合うと、胸を引き下ろすほど大きな息を一つだけ吐いて、続けた。
「お察しの通り……確かに私は、
我が家の事情を簡略にして申し上げました。
コッパー様の寛大な御心を信じない、
大変不行儀な行いでございました」
「……謝罪を受けたいわけではない」
「……はい、……ただ、嘘など、欺く様なことは……」
これでは堂々巡りだ。
「プラムバム、それはもういい」
「……いい、とは」
「私はただ、聞かせてくれと言っているんだ。
先の話が嘘だろうが、欺くつもりだろうが、
……それすら、どうでもいいことだ。
簡略にしたという話の間の、その顛末を今、
お前の口から話せ」
久々にルビをたくさん打った気がします。それほど緊張しているということ。




