第九節「タリアスという男」
プラムバム神官は軽く握った拳の横を眉間に打つ。
考える時の彼の癖だろう。
「……わかりました」
プラムバム神官は、静かに答えた。
「では……父のことはやはり避けられないでしょう。
タリアスはずっと……評判の悪い人物でした……」
外れた視線は、どこを見るともなくさまよっていく。
「私も生まれる前のことなのでよくは知りませんが、
女好きの気があった、と聞いています」
「お前は、そう思うか」
「さあ……。うまく隠されていたのでしょうか?
私が直接知る限りは、仕事ばかりの父でした」
「……それが、関係が?」
「ええ。おおいに」
彼は……憫笑した。
おそらくは、父に対して。
「タリアスは……承認を得て神徒になり、ティヌムと婚姻しました。
しかし、既に……ティヌムの腹は膨れていたのだそうです」
やや迂遠な言い回しだが、コッパーには通じるとわかって言ったのだろう。
「……違いないのか?」
「残念ながら。私も数えたのですよ」
こう話し始めてから、彼はずっと可笑しそうな笑みを浮かべている。
隠し立てた罪を看破され観念した罪人が自白するかのような、皮肉めいた微笑は、それはそれで別の儚い印象を持っていた。
「元神下でも、神徒になれば、
同格として神官家と婚姻を果たすことはできます。
それは責められるいわれはありません。
しかし、関係はその前から、となれば……許されぬ関係の末、
もみ消すように神徒になったと取られても仕方がないでしょうね」
彼は少し、無表情に、ため息をつく。
「プラムバム家が……お前の祖父が、揉み消したと?」
「……コッパー様、申し訳ないのですが、私も推薦の意図は存じません。
私は祖父の顔も知りませんから……」
「あくまで、お前が生まれる前の話というわけだな」
「そうです。タリアスからはあまり聞いていませんが、
宮の噂話から断片を集めました。
その上で、大体そういったことと認識しています」
確かに、子に自身の醜聞を事細かに語る父というのはあまり居ないだろう。
「しかし、昇格には天使の承認が要るのだろう」
「おっしゃる通りです」
「アグ……ではないな」
天使アグはどう高く見積もっても20代前半といったところ。プラムバム神官が生まれる前なら、おそらく同じく20数年前。生まれているかも怪しい。
「アグ様ではありません。父の世代には……
当時は12名の天使がいらっしゃったと。
その内のどなたの承認が出たかは、聞いていませんが」
12人が天使の数として多いか少ないかは異邦人であるコッパーにはわからない。
しかし現在の天使はアグ1人。
随分と減った、と言えるだろう。
「その承認もまた……良くないものだったようです」
コッパーはつい吹き笑いが漏れてしまう。
タリアスの経歴の全てが後ろめたいではないか。
全容を簡略に言うなら省いていい箇所かもしれないが、
一度はこれらを隠そうとは、彼も中々したたかなものだ。
「承認というものは、もちろん、
神下が、神徒になりたいと天使様に談判して
通されるものではありません。
たとえ神官の強い推薦があっても……」
階級と思えば、出身に関わらず理解できることだ。
「しかし、タリアスには、天使様に対する……
ひいては国に、神に対する貢献がありました」
「貢献?」
「クズレの摘発です」
クズレ。教室で、これもまた聞いた。
壁画に描かれた、逆神を表す三角に繋がれた人型……。
——簡易に言えば……"生まれてきてはならぬ者"です。
「クズレとは……」
「え?」
「……いや、続けてくれ」
「は、わかりました」
……つい、一つ一つを掘り下げてしまいたくなるが、
ここは彼の話を一度終わりまで聞くべきだ。
クズレは……おそらく『処刑の対象になるべき者』。
今の理解はその程度で十分だろう。
「タリアスは……自分自身の父と兄とを摘発しました」
「それは……」
この内容には少々驚きを見せざるを得ない。
コッパーには覚えている限り身内と呼べるものはいない。
しかし、血族の繋がりは人々の中で非常に重要視されることを暮らしの中でよく知っていた。
罪人と言っても、身内を殺される対象に差し出すのは考え難いと思ってしまう。
相当な覚悟や考えが要るものだと……。
「別の時に、それぞれ。
神の側で刃物を隠し持っていた神下。
天使以下に禁じられた道へ潜り込んだ神下……。
神を危険に晒す反逆者、2名を、天使様に危機を伝え、
警戒した上で、目の前で捕えてみせたのだと」
「……それはタリアスに聞いたのか」
「そうです」
……なるほど。生活の中に姿を持ってそこにいる神を崇めるこの国の国民であれば、
神に直接背いた者は、身内であっても罪人として差し出すに値するかもしれない。
聞くに本当ならば英雄だろう。
だが、彼の口ぶりからして……きっとそれも、後ろ暗いことがあるということなのだ。
「良くないもの、というのは?」
「え?……ああ」
彼は自分が最初にした表現を少し忘れていたようだった。
「聞くに、時期が……」
「時期?」
「それぞれ、と言いましたが、
摘発は数ヶ月以内に立て続きました。
それは……プラムバム神官、つまり祖父が、
父を推薦した前後らしいのです」
「……それは……」
「怪しい、でしょう」
彼は肩を揺らして乾いた笑いをこぼしながら言った。
「愛しい血族をも、神の身のために泣いて告発した、
至上の忠誠を示し、天使の承認を得たというのが、
広く信じられたタリアスの評価です」
「お前は……どう思っている」
「……私も父を完全に信じることはできていません。
しかし、……家族、ですから」
コッパーは愕然とする思いだ。
自分から、目の前のプラムバム神官を信じると言いながら。
嘘ばかり、悪意に満ちて聞き苦しいと思っていた、あの噂の言い様が、そう道理に外れていなかったとは……。
ティカシウの父。元神下、タリアス。
彼の言動や仕草などは全く知らないが、事実だけ見れば相当の野心家だ。
神国の約束事を無理に押し広げ、神官に登るために、神官家の息女に手を出し、より強い後ろ盾のため家族の罪をもでっちあげた、と取られても仕方がないように思う。
「……そうして、結果、
タリアスとティヌムは婚姻を果たし……
こちらは先程お話しした通りですね。
子、ティカシウが生まれました」
プラムバム神官は、
下げ気味だった視線を、ふっとコッパーの方へ上げ、
暗く、だが不敵とも取れる崩れた笑みを浮かべた。
「次は、彼らが私を嫌う理由をお話ししましょうか」




