第六節「砂山」
扉が叩かれた。
思考に沈んでいたコッパーはその音にびくりとする。
「コッパー様。入室してよろしいでしょうか?」
プラムバム神官の声。
返事をしようかと思ったが、扉を通る声を出すにはまだ気怠い。手を叩いて答えた。
扉が開き、今度は一人。彼が入室してくる。
「……顔色はだいぶ良くなられましたね」
プラムバム神官は相変わらず困ったような、穏やかな微笑みを湛えている。
「……どうした」
「いえ!……差し出がましくも……
ご様子を伺いに参りました。
つけた神下たちは不手際ございませんか」
「……ん」
「何よりです」
笑みの中に、幾たび床に落ちる視線、かすかに彷徨う手。
彼には珍しく落ち着きがない。
「……話しても?」
「ああ」
「まずは、ご報告として……あの神下はもう来ません」
あの神下。
コッパーは驚きと動揺をとっさに隠すようにやや強いまばたきをして、ぐっと彼を見つめた。
「話は当人より聞き出しました。
……大変な無礼を働いたと認識しております」
「……」
「コッパー様の元に近づくことは無いよう、
固く、固く言い含めました。
あれは、私の言うことであれば聞くはずです」
コッパーは沈黙で受けたが、怒りがあるわけではない。
あれだけ黒銅の民を警戒して恐れていたイメナータが、
本当の肉欲でコッパーに迫ったわけではないことぐらい、他でもない黒民奴隷だからこそ、よくわかっていた。
ただ、再び明確な形を持ち始めた昨夜の記憶を、再び頭の中で強くこすりぼやかすことに集中していたら、目の前のことを認識するのに、時間がかかったのだ。
正しく認識するまでは、床の上に崩れた砂山がある、と思った。
「コッパー様、大変申し訳ございませんでした……。
こちらから願うのが再び、失礼に値することも
重々理解しております。しかし……」
まくれた赤い外套の下、白装束がふくれ広がり、結い切れなかった長い灰髪がばらりと落ちている。
プラムバム神官は頭を床につけて全身をもって伏せていた。
最上級の謝罪を示す姿勢だ。
ここまでのものは、命乞いをするまでの意味合いすら……
「あの者を、処罰しないで頂けませんか」
プラムバム神官の声はかすかに震え、しかし聞き取られるべき部分に力を入れて発言された。
そう、彼は実際、命乞いをしに来たのだ。
コッパーは、自分に今、この国の者の生殺与奪の権限すらある……あるいは、あると思われているのだと思い出した。
「あれはコッパー様の要望を叶えんと思ったと言います。
望まれているのであれば、身に余る光栄と勇んで……。
決して害意があったわけではないのです。
大きく取り違えてこそ、して……しまいましたが……」
イメナータがそんなことを言うだろうか?
真意を彼の言う通りに呑むことはできない。
だが、彼女はプラムバム神官の前ではそう答えたのかもしれない、とコッパーは思った。
とにかく、コッパーから見て、この神官はずっと哀れだった。
もともとそのつもりはなかったのだ。
彼の要求を呑むこと自体はいとも容易い。
早急に結論を出してやる。
「イメナータを罰するつもりは無い」
「ああ……!」
プラムバム神官は顔を上げた。
ずわりと持ち上げられた袖や裾が床の塵をさらう。
「有難うございます……!」
彼の表情はひとまずの安堵と、先行きの不安で満ちていた。
…力の差があれば、強い者は弱い者を言葉一つで簡単に甚振ることができる。
どんなに固く誓ったように見えても、忘れたかのように発言をひっくり返す。
彼はそれをきっとよく知っているのだ。
「プラムバム神官」
「はい」
「話そう」
いつまでもびくびくとされていてはやりにくい。信頼を置いてもらいたい。
「話……?」
「もともとお前とは話をしてみたいと思っていた。
ちょうど来たのだから話を聞きたい」
コッパーは片足を寝具より下ろし、鷹揚に手を広げてみせた。
場の主人が客を迎える、歓待を表す仕草だ。
「わ、私など」
「時間に不都合かね」
「いえ!……それでは」
彼は時々こちらに目線を送りコッパーの表情を伺いながら、扉のそばに置き直されていた椅子を引き寄せ、座ってみせる。
「……何からお話しすれば?」




