第三節「主人の身に余る奴隷」
黒民奴隷が教育を受けるのはごく一般的なことだ。
多少なり主人の思想は介入するが、黒民奴隷というものは、
健康かつ賢く、品良く振る舞ってこそ価値があるとされている。
品を求められるのは給仕などの通常の奴隷もそうであるが、
黒民奴隷はさらに、平民の灰民よりも能力があるように見えたほうがいいとされている。
黒民奴隷はただでさえ希少なのだ、赤ん坊のうちから手元に置きたいと思う主人は多い。
なので、身籠った黒民奴隷が市場に出回っていることはまあ無い。
そして、健康に産まれれば上等な布で包んで育て、家庭教師を雇い、
幼児教育から高等教育までを、なんなら自身の嫡子よりも熱心に教え込むものだ。
コッパーは非常に稀な例だ。
育った姿で、記憶を失っていて、気付けば奴隷商人の車に乗っていたのだから。
──コッパーが、マグと名のつけられた頃。
奴隷としての心構え、礼儀作法などは商人から指南されていたが、
彼を買い、マグと名付けた主人は家庭教師を手配した。
教師となれるのは黒民だけだが、黒民が灰民に雇われるわけもない。
また、黒民奴隷に黒民を引き合わせられるわけもない。
だからこそ郊外には、非公認の灰民の教師がいたものだ。
だが、結果として……マグには殆ど教育が要らなかった。
教えるまでも無く文字が書け、算盤で勘定ができた。
黒民神話と歴史を暗誦でき、さらに言えば
それぞれ程度の差はあれ四ヶ国語を解していた。
運動競技、武道、さらには食膳の基本的な作法も堂に入っている。
十日もしないうちに、教えられていたのは家庭教師の側だった。
学があり、品があり、その上、
黒民として理想的なまでに美しい……。
主人は怯えた。
滅多に市場に並ばぬ珍品に舞い上がり、嬉々として家に迎え入れたが、
マグは、どこかの黒民貴族の御令息でも誘拐してきたものではないか?
その頃にはとっくに、マグを捕まえてきた奴隷商人は周辺の街から逃げていた。
記憶を失っていなければ、あらゆることが確認できただろう。
黒民貴族がマグを探していれば、差し出して謝礼をもらった方がむしろ商売のためだが、
すでに刻まれてしまった額の烙印についてどう説明せよというのだ。
これさえなければ、こちらから預かり人の貼り紙を出したものを。
大商人ズッカーシにマグを奪われた時、マグの主人は少なからず安心していたのだ。
これだけのものは、自分の身に余る。
単語がわかる~文字が読める~話ができるくらいの差はあったようです。
日本語話者が外国語覚えるよりは言語は簡単な差異だとは思います。




