第六節「同志」
――涙の熱が途切れても、頰の熱は冷め切らない。
「申し訳ありません……衣装が……」
「かまわない。さして目立たない」
「今夜洗いに上がります」
「……では、この部分だけ落としてくれるか。
隣の空室に置いておく」
「隣……?」
言葉の意味を取り込むうち、イメナータの表情が"大人"を取り戻していく。
「……天使様が?」
プラムバム神官は微笑むだけだ。
「こちらの部屋に来ることは少ないが、慎重に来なさい。
あの方は人目を好かないからね」
「…………わかりました」
彼はイメナータの頰に張り付いた髪の毛を一本一本払ってやる。
「……当面の、仕事だが……」
「……はい」
「お前はあの黒銅の民に、近付いてはならない。
常の仕事に戻りなさい」
彼女の目が再び潤んでいく。
鼻をすすり出したイメナータを、
プラムバム神官は促してそこに立ち上がらせる。
「お前のためでもあるのだよ」
「申し訳ございません……お役に立てず……」
プラムバム神官も立ち上がり、彼女と向き合う。
彼の右手は彼女の左手と固く結び、
彼の左手は彼女の右手を掬い取るように掴む。
二人の背丈の差はそれほど無い。
「イメナータ、忘れないでおくれ。
私とお前は、ただの神官と神下の関係ではない。
昔から、伝えているね」
「はい……」
「我々は、同じ目的を持つ同志だと」
――あの日、プラムバム神官の手引きで一命を取り留めたイメナータは、プラムバム神官の指名を受けた。
何故?とイメナータは聞いた。
すでに神下として働いてはいたものの、
とても神官の指名に値しない青い少女だった。
そこで、プラムバム神官は、少女に尋ねた。
「黒銅の民は偽者だ」と言って回ったのはお前か?と。
イメナータは躊躇ったが、そうです、と答えた。
そう言うと神官は、少女を真っ直ぐに見据えて言った。
それを言える者を探していた。私の数少ない同志として、欲しいのだ。
神官は続けた。
私もこの国に病理があると思っている。
神に仕える者の中に、邪な心を持つ者がいる。
神に仇なす偽者が。
だが信心深い者は、それ故に、疑う心を知らず、
偽者がいると言えば、皆、そう発言する者を封じるだろう。
それでは神を危険に晒す。
お前は、神官と同じに、疑う心を手に入れている。
だから、欲しいのだ。
――今、イメナータは唱える。
「……神のため」
「そうとも」
「この国を、救う」
「そうだ」
「神の敵を、許さない」
「ああ」
詩でも諳んじるように、頷きながら彼女は唱えた。
神のため。この国を救う。神の敵を許さない。
同志となった二人の間でよくよく示し合わせてきた言葉だ。
「しかし、私はもう……」
「だからこそ、ここからが大事な仕事なのだ。よく聞きなさい」
「なんでしょう」
「バルコタが妙な動きをし出した」
バルコタ家。ルニーカ神官とグスタ神官の姉弟。
プラムバム神官を含む三神官の、他二名。
「妙……?」
「詳細はわからないがね。
逆神の儀以降、二人してこそこそと姿を隠している。
張り切っていた黒銅の民の案内すらもそぞろになって」
「……確かに」
だからこそ、イメナータはコッパーの求めに応じ街に出ることになったのだ。
「神の敵……?」
「焦ってはいけない。我々の立場は弱い」
「すみません」
「だからこそ、お前には、バルコタ家の最近の情報を集めて欲しい」
「……私にできるでしょうか」
「急がない。なにぶん疑いもまた小さいものだからね」
イメナータの胸は、不安に凍てつく。
黒銅の民、とされている男との接触は絶たれてしまって、
おそらく男との関わりで引きこもったバルコタ家について調べられることは限られている。
プラムバム神官は優しい方だ。
イメナータが会った国内の全ての人間の中で。
仕事の名目で、休ませようと思われているのではないか。
実際、期待されていないのではないか。
「尽力します」
ならばこそ、成果を上げなくてはと思う。
「私はしばらく休むよ。午後から忙しくなる」
「人払いを」
「そうだな」
話がついたとみたプラムバム神官は、一息ついた。
イメナータの目は燃えている。
「それでは、失礼致します」
「ああ。……イメナータ」
「はい」
「逸らず、物事が動く時は私にまず伝えなさい」
「はい」
「目の前のことに囚われ、目的を忘れないように」
「もちろんです。神を裏切る者を、確実に裁くため……」
「……そうだ」
そうして、プラムバム神官は神下のために扉を開いてやり、彼女を見送る。
イメナータは時々彼を振り返りながら廊下を進んでいく。
開かれた扉は閉じられる。
「神を裏切る者……」
幸い、その扉の内側で彼が独りごちた言葉は、
誰にも届くことはなかった。
「……それは私だ」




