第四節「説教」
「イメナータ?」
扉から差す日光はプラムバム神官の背から逆光となって、
頭の輪郭からたわむ細い灰髪を金のように煌めかせている。
表情は捉えられないが、暗い部屋に佇むイメナータに少々驚いたようだった。
「窓を開けなかったのか?」
プラムバム神官が、振り返って窓掛けを払い、部屋の中が一気に明るくなる。
舞う塵が各々で光る。
「開けても良いのですか」
「この辺りまで来る者はほとんど居ない。
知っているだろう?」
忙しく宮に人の増える朝にも関わらず、プラムバム神官の居室の周辺は静けさに包まれている。
宮殿、中央棟、東端。
灰棟の渡り廊下を側に控えるこの部屋は、
逆神を恐れてか、またはこの神官を避けてか、空室が多いのだった。
遠く遠くで、足音や話し声の気配がする。
「掛けなさい」
その部屋に呼ばれたと言うことは。
「……いいえ」
「掛けなさい」
「……はい」
プラムバム神官は椅子に。
イメナータは壁際の仮眠台に掛けた。
プラムバム神官はこの部屋で夜を明かすこともある。
「さて……」
プラムバム神官はイメナータに向き合い、
前屈みに両手を丸く組む。
椅子がぎしりと音を立てる。古いのだ。
「昨夜は何をした?」
イメナータの早まってきた鼓動が一際重い音を立てた。
「……昨夜?」
「…………わかった。私から確認しよう。
昨日の夕方、お前は怪我をして戻ってきた。
私は帰って休むよう言った」
「……」
「私は間違っているか?」
「……いいえ……」
窓からの光は神官の白衣を照らし、
イメナータのいる壁際は、足元以外は日陰の中にいる。
「そのあと私は黒銅の民を迎えに行った。
その時は……。まあいい。それは……」
プラムバム神官は質問する言葉を探して額を拳の横で柔く叩く。
「昨夜、黒銅の民を救護する騒ぎがあった。
肌着だけの姿の……。
そして、その後、部屋にお連れしたとき、
黒銅の民は確かに私に『イメナータをもう来させるな』と言った……」
イメナータの額はどんどん重くなる。
「……おかしいよな?
なぜなら昨夜を任せた神下に不手際があったなら、
シィダについて言うはずだ。
その後、控えに訪れるとシィダがいた」
「……」
「黒銅の民について訊くと驚いた顔をしていたよ。
シィダは、イメナータが来て、
『神官様から命じられたので、私が部屋に行くことになった』
と言ったので、代わった。と言うんだ」
イメナータはもはやプラムバム神官の裾のひだを数えることしかできない。
「……イメナータ、昨夜は何をした?」
沈黙するイメナータを見て、プラムバム神官は肺に溜めていた空気を逃しながら一度目を閉じた。
長い沈黙。
この沈黙は彼女が応えるまで終わらない。
「……わかった」
イメナータはばっと顔を上げた。
この問答が終わることに安堵したからではない。
プラムバム神官のその一言、その息遣いに、
あらゆる諦観が含まれていたからだ。
「イメナータ、長い間、苦しませてしまったようだね」
「なん、何のことです……」
「全てが敵ではないにしろ、私の味方は少ない。
私の元で働く者達には常に申し訳ないと思っているのだ」
「そんなことは……」
「お前も私の手を離れた方がいいのかもしれない」
神下はあくまで神徒全体に仕えるもので、特定の神徒に忠しているものではない。
家に出入りする者がいるが、それも主に居住の近さなどによって割り当てられているもので、神徒であっても神下にさせられる仕事には限度があるのだ。
だが、中には、神官の指名を持って専属で一人の神官にのみ尽くす約束をしている者がいる。
そのような形で、イメナータはプラムバム神官に仕えていた。
「どうだ?私では他の神官に口利きをするのは難しいかもしれないが、
敵ではない神徒らに、お前を不当に扱わないよう願うことくらいは――」
「違います、プラムバム神官様の下が嫌だったのではなく」
「だからこそ私の名を語り評判を落としたかったのだろう」
「違います!」
「では何をした!!!」
狭い部屋にびり、とプラムバム神官の声が響いた。
彼女が彼の怒声を聞くのは、これが初めてであった。
イメナータはぼろり、と泣いた。
「……違います……」
プラムバム神官は彼女から顔を背ける。
机に肘をつっかえ、その上に額を押し付け沈黙した。
「……わたし、私は……黒銅の民の前で裸になり
身を捧げる真似事をしました」
イメナータは、日頃の厳粛さも、
昨夜の妖艶な仕草もまるで失った、
子供が罪を打ち明けるような涙声で告白した。
「……私に怒っているか?
黒銅の民の側にお前をつけたことを」
プラムバム神官もぽつり、と答える。
「……少し……」
「……悪かった。お前が黒銅の民を恐れているのを忘れていたわけでも、
小さく扱おうとしたわけでもなかったのだ。ただ、私には……」
「わかっています」
「その当てつけだったのか?」
「……それでは……ありません」
イメナータは立ち上がり、彼の側へ歩み寄る。
「黒銅の民は私を保護しようとしたりなど、
肩入れをするように思えました。
……早く籠絡すれば、今後やりやすいだろうと……」
「……私がそう思わせたのだな」
「それがお望みかと……。
申し訳ありません。結果……裏目に出ました」
「そんなことはいい。だが……もっと……お前は……
こんな衝動的な行いをするような者ではないと思っていた」
イメナータは彼の膝の前へ跪く。
プラムバム神官もようやく顔を上げ、彼女の前に向き直り、彼女の頭を自身の膝に招いた。
「……何を思った?」
「……許せなかったのです……」
「何が許せない?」
「プラムバム様……私は昨日、黒銅の民と街を巡りました」
「そのように聞いている」
「そのうち、守家に入りました」
「守家?」
「あの男は、怯える女子供を……」
イメナータの肩は震えている。
彼の白装束の膝が少しずつ湿っていく。
「……暴行したのか?」
「いいえ……いっそ……そうであったらよかったのです」
「何……?」
「黒銅の民は……いいえ、あの男は……
騒ぐ子供を許し……膝で寝ることまで受け入れ、
怯える女どもを……宥め、笑わせも、しました……」
イメナータは彼の膝を両の手で掻き抱くようにして、顔を勢いよく上げた。
「あれが黒銅の民ですか?」
彼女の頬は涙で腫れ始めている。
「偽者」
熱く腫れる両頬をひんやりとした細い指が包む。
顎が動く感触が彼の胴にまで伝わってくる……。
「……偽者です。……偽者!!!
あれは偽者でしょう?あの男が、黒銅の民の偽者です。
本物は、本物の黒銅の民だったら、
私の腕を切って笑う……。
私が泣くのを見て楽しそうに笑っていられるような……
それが本物の黒銅の民。そうでしょう!?
神の使い。神の愛し子。
神のためにあれを行ったならば、故あることならば!
仕方ないと思えました。
本物の黒銅の民の裁きで私の家族は消えた。
……でなければ、なんですか。
あれは、何ですか……」
「……落ち着きなさい、イメナータ」
「あんなのが、黒銅の民では、困ります……」
「深呼吸しなさい」
「………………。
だから、私は、好きにするように言いました。
そうして、あの男の欲望のまま、
気持ちの悪い、恐ろしい一夜があれば、
私は、むしろ……」
神官は、垂れる鼻水をも神聖な装束で受け止めてやる。
彼女の息が落ち着くまで。
まるで子供にそうしてやるように、
プラムバム神官は彼女の頭や肩を撫で続けた。
窓掛け=カーテンのようなもの
うっかりストックがないです
火急仕上げていきます




