第三節「駆ける朝」
まずい!
まずい!
まずい!
最適ではない、取り急ぎに引っ立てられた言葉が、彼女の中で繰り返されている。
出くわす全て、神徒すら避け切るのも煩わしいように、宮の廊下を風を切って歩く女が一人。
神下イメナータ。
彼女はプラムバム神官の部屋に向かっていた。
――――先刻起きた短い出来事の一切が、彼女をこのように逸らせている。
「イメナータ」
今朝。
黒銅の民の朝支度のため、朝食の盆を運び出すイメナータを引き止めたのは、耳慣れた声だった。
「神官様……」
振り返れば、見張りを一人引き連れたプラムバム神官が、
イメナータに向かって真っ直ぐに歩いてくる。
近付く彼の表情を見てイメナータは肩に力が入る。
彼は微笑みを無くすと濃い色の瞳の三白眼が迫力を持つ。
薄い唇から囁かれた低声が、イメナータの耳にだけ届いた。
「私の部屋に来なさい。……話を聞く」
イメナータは胸に冷たい血が降りるのを感じた。
ばれている。
どこから、何故か、どのようにかはわからないが、
昨夜自分が先走ったことが、ばれている。
呆然とする彼女が持っていた朝食の盆は、見張りの男に掬い取られた。
盆の確保を確認したプラムバム神官は、
天宮の方に体を向け、見張りとともに歩み去っていった。
黒銅の民の世話はお終いなのだ、と背中が告げていた。
――――そうして、今、彼女はプラムバム神官の部屋に行き着いた。
イメナータとて早く着きたかったわけではない。
身の内を、言葉にしきれない感情の球が跳ね回っているようになって、
いてもたってもいられない気持ちになって、それが早足に発散されただけだ。
誰にも目撃されていないことを確認し、部屋に入る。
主人不在の部屋は静かすぎて、身を苛む焦燥が暴れて止まない。
壁中を掻きむしりたい。
何故ばれた?
私と黒銅の民以外知りようがないのだから、
あの黒銅の民はプラムバム神官に会ったのだ。
どこまで話したのだろう。
あることないこと言ったのではないか。
あんな、意味がわからなくて眺めるしかできないような無様な醜態、隠したに違いない。
どんな、私が悪い、と言うでっちあげをこしらえたのか……
いや……そのこと自体は、どうだっていい。
もとより下限の評判だ。
気狂い女。嘘つき。生意気。クズレ紛い。
家族を失い、仕事も取り上げられ、生きる術を無くしかけたとき、
彼の手に救い上げられたのだ。
プラムバム神官に見捨てられたら名実ともに生きてはいけない。
いや……そんなことだって、どうでもいい。
プラムバム神官は私に生きる意味を与えてくれた。
その恩に全身全霊報いたかった。
その道が、断たれてしまうのではないか……。
イメナータは壁に額をコン、コン、とぶつけながら思い悩み続けた。
そして、扉が開かれた。
前回の話と時間が三つ混ざるので読み辛くないといいのですが。




