朔月隊のお仕事
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その情報の発信源は四十の神子の胡蝶からであった。
「三十九の神子が最近怪しい動きをしている」という……。
朔月隊が密かに調査をした結果、ここ最近三十九の神々が密かに何かを大量に御社内へ運び込んでいる事が明らかになった。
しかし、これ御社の金銭管理を担っているはずの神子補佐役が把握していなかった事で、非常に由々しき事態である。
挙句、その運び込まれている物が何か、御社の何処に隠されているかも不明であった。
犯人は間違いなく、神々に唯一命令ができ、尚且つ御社に隠し部屋を創る事ができる神子の仕業だが、その神子が何をしたいのかは不明だ。
一度、幽吾が面会し、直接尋ねてみたが、「知らない」の一点張りで決して口を開かず、ならばと、身軽な空と鞠がこっそりと御社の捜索を試みてみたが、神々に阻まれ、何も見つからず……。
そうこう朔月隊が頭を悩ませていた、睦月の二十日の日没直前、三十九の御社職員達が血相を変えて飛び込んできた。
「三十九の御社に入れなくなってしまった!!」
最悪の事態も想定しながら、朔月隊は三十九の御社へ走った。
そして、到着した三十九の御社の前――酷く静まり返っていた。
「じゃあ、ここから四班に分かれて行動ね」
朔月隊隊長の幽吾の声に全員耳を傾ける。
「一班、僕、空君、鞠ちゃん。二班、紅ちゃん、文、焔。三班、轟君、右京君、左京君。四班、世流君、天海君、美月ちゃん」
「「「「「御意」」」」」
「各班、東西南北に分かれて、御社へ強行突入後、御社の捜索、状況把握、及び神子の救出を。神子を見つけたら、信号弾で合図する事」
「「「「「御意」」」」」
「それじゃ、散!」
幽吾の合図とともに各自、各班に分かれて行動を開始した。
*****
二班の紅玉達は西側から強行突入を図った。
「【火焔爆撃】!!」
元神子である焔の超強力な神術を使った超強行突破だ……強力な結界であるはずの御社の塀が木端微塵である……。
「焔……ちょっとやり過ぎ。手加減しなよね」
「す、すまん……一刻を争うと思ったら、思わず力んでしまって……」
瓦礫を越えながら、御社内に足を踏み入れた紅玉は思わず立ち止まった。
「……あらぁ……」
「紅さん?」
「紅玉先輩、どうかしたんで――」
瞬間、文と焔は目を剥いてしまった。
そこにいたのは、憤怒の表情をした仁王像のような巨大な守護神だったのだから。
「こちらの御社の神様は随分と大きくていらっしゃいますわねぇ」
「のんきに観察している場合!?」
「来るぞ!!」
巨大な守護神は持っていた錫杖を振り上げ、紅玉達目がけて振り下ろした。
*****
一方で、東側から強行突破していた幽吾率いる一班も巨大な守護神の攻撃から逃げていた。
実は自身の身体能力が皆無の幽吾を空が背負い、その後ろを鞠が支えるという、一見すると滑稽な姿で御社内を駆け回っている。
その背後を守護神の攻撃が打ち込まれ、地面がどんどん抉れていく。
「うっわ~~、荒々しいお出迎えだねぇ~~」
「幽吾さん! ここを突破しなきゃ、神子様の元へ向かえないっす!」
「アレ、ドーにかしてくさサーイ!」
「んじゃまあ、ひとまず――」
幽吾は即座に地獄の門を召喚し、横綱のような体格の巨大な鬼神を呼び出した。
「さくっと退いてもらいましょうか」
守護神と横綱鬼神がぶつかり合った。
*****
南側から強行突破した三班はすでに巨大守護神と戦っていた。
「のわああああっ!?」
「「轟様!!」」
鬼の先祖返りの轟が守護神に薙ぎ払われて地面へ叩きつけられ、土埃が上がる。
しかし、そこは流石鬼の先祖返り――気を失う事無く、起き上がっていた。
「くっそーー! なんだよあの馬鹿力! 蘇芳よりつえぇぞ!」
「当たり前です、轟様。流石の神域最強様とはいえど、身長十三尺を越える神に力で敵うはずがありません」
「しかし、その御相手に対し、すぐ起き上がれるとは流石轟様。目の節穴っぷりも流石轟様」
「おい双子!! 喧嘩なら買うぞ!?」
そんな轟の叫びを無視しながら、右京と左京は首を傾げていた。
「しかし、何故御社の神は僕らの行く手を阻むのか……?」
「神子の危機ではないという事でしょうか……?」
右京と左京は武器を握り直し、守護神と向き合った。
*****
北側から強行突破した四班は、幸いにもまだ守護神に見つかっていなかった。
茂みに隠れながら、ドスンドスンと歩く守護神を観察する。
「……ふぅ……あの神様に幻術香が効いて良かったわ」
「おかげで、突破後すぐ見つからずに済みました……」
「でも、いつまでもここにじっとしているわけにはいかんもんなぁ……」
小声で話している間にも、遠くの方から戦闘をしているのか大きな音が響き渡っている。
「あれに勝つ自信ある人?」
「……ウチ、速さには自信あんねんけど、力はそないに……」
「……倒すまでは出来なくても、飛んで翻弄する事なら……」
「そうよねぇ……でもまあ、無理に倒さなくても…………ん?」
世流は突如視線を感じ、勢い良く振り返った。
そして、守護神が真っ直ぐこちらを見ている事に気付いた。
(え、嘘! 見つかった!?)
茂みに隠れているというのに、何と言う察知能力だ。
蒼くなる世流の視界の端で何かが揺れた。
それは天海の黒い翼と美月の黒い尻尾だった。
ご丁寧にそこだけ茂みから飛び出ていた。
「んもうっ!! おばかああああああああっ!!」
かくして、四班も戦いの火蓋が切られた。
**********
守護神の攻撃から走って逃げながら、紅玉は文に指示を出す。
「文君、『防炎』の言霊くださいませんか?」
「はっ? 『防炎』? 何で?」
「いいですから、言霊の御札をくださいましっ」
「ちょっと待って! 止まらないと文字書けない……!」
「私が足止めをします!」
焔は逃げるのを止め、守護神を振り返ると叫んだ。
「【火焔弾】!!」
焔の火焔の神術が守護神を襲う。
守護神は思わず足を止め、両腕で顔を覆っていた。
その様子を紅玉はじっと観察する。
「……焔ちゃんの神術は大分効くようですわね……」
「――はい、書いたよ」
「ありがとうございます」
文から「防炎」の言霊札を貰うと、紅玉は言う。
「では、作戦会議を致しましょう」
「は?」
「焔ちゃんもそのまま足止めをしながら聞いてくださいまし」
「はいっ!」
「文君はひたすらわたくしの援護と焔ちゃんの強化の補助を。そして、焔ちゃんは――」
火焔弾が爆発する中、紅玉の作戦をしっかり聞いた文と焔は二人揃って目を剥くしかなかった。
「はあっ!? ちょっとそれ……!」
「では、よろしくお願いしますね」
「あっ、ちょっ! 紅さん!!」
文が止める間もなく、紅玉は物凄い速さで守護神に向かって駆け出した。
「ったく! 相変わらず無謀なんだから!」
「紅玉先輩を信じよう! 文、急げ!!」
「分かってるよ!」
文は素早く言霊を書き上げていく。
「【鈍足】!!」
文の言霊が守護神の動きを鈍くする――だが、神相手のせいか効きが悪い。
だが、僅かに生まれた隙を紅玉は見逃さない。
キラリと紅色の瞳を輝かせ、神力を捻出する。
「【脚力強化】!」
紅色の神力が紅玉の足を纏うと、紅玉は軽やかに跳躍した。
人とは思えない程の跳躍力に守護神は驚く。
振り払おうも、紙一重で紅玉が素早く避けてしまう――ほんの僅かでも、言霊の影響が出ているようだ。
思わず苛立った守護神は強大な神力で辺り一帯に雷を落とす!
轟音とともに紅玉を雷が襲う!
「紅さんっ!!」
文は思わず息を呑む――しかし、紅玉は雷全て避け切って見せた。
キリリと守護神を見つめ、足を止める事無く、尚も動き回る。
これには流石の守護神も戸惑いを隠せない。
(元から紅さんは運動神経が良くて回避は得意だったけど……神力を取り戻したことで、自分自身の強化も行なえるようになったから、一段と素早さが上がっている……挙句、神力の量が人より少ないからって使う量を抑えているんだから……ホント恐ろしい人だよ)
紅玉の幼馴染である文は冷静に分析しながら、若干呆れた息を吐く。
その横で灼熱の神力を捻出しているのは焔だ。
「【駆け抜けろ 灼熱を放て 燃やし尽くせ】!」
「【神力強化】!」
言霊が焔を包み込み、銀朱の光が更に強く増したのを見て、文は叫ぶ。
「紅さん行くよ!!」
「【火焔獅子】!!」
火焔の巨大な獅子が守護神目がけて駆け抜ける!
しかし、火焔の獅子は守護神の周囲を駆け回る紅玉も一緒に呑み込んでしまう!
爆発音とともに火焔獅子に呑み込まれた守護神は白目を剥いて倒れていく。
轟音を立てて仰向けに倒れると、動かなくなってしまう。
だが、消滅はしていない。目を回して気を失っているだけだ。
「……少しやり過ぎただろうか……一応、少し控えめに撃ったつもりなんだが……」
(……あれで控えめって……やっぱり流石は元神子様。神力の量が尋常じゃない)
「って! 紅玉先輩は!?」
焔の声に文もハッとする。
何せあの火焔獅子に紅玉も呑み込まれてしまったのだから。
「大丈夫ですよ~!」
守護神の背後からトンッと跳躍した紅玉は焔と文の前に綺麗に着地する。
「はい、この通り無傷です。文君の御札のおかげで着物も燃えていませんし」
「いや、着物の心配より自分の身体を心配してよ」
「大丈夫です。何せ、わたくしに神術は効きませんので」
紅玉の異能「無力化」はあらゆる神術を無効化し、邪力ですら抑え込める力を持っている。
「だからって、『わたくしごと守護神に神術を撃て』っていう作戦はあまりにも無謀だから!」
「まあまあ、こうしてわたくしは無傷なのですから作戦勝ちです」
「あのねぇっ! 本気で怒るよ!?」
「ま、まあまあ、文。今は神子の救出を優先しよう」
「焔は紅さんに甘い! 今ちゃんとここで説教しておかなきゃ――」
その時、「パァンッ!」という音を立てて信号弾が上がった。
ハッと三人が振り仰げば、空色の信号弾が輝いている。
「空色……ってことは一班か」
「あちらの方だな」
「わたくし達も急ぎましょう」
紅玉達は信号弾が上がった方へ駆け出した。
*****
御社内を駆けて行き、やがて辿り着いた先に空が立っていた。
「空さん!」
「先輩! 二班全員無事で良かったっす!」
焔は周囲を見渡し、その者がいない事に気付く。
「幽吾は?」
「幽吾さんは横綱鬼神さんと一緒に大きな神様の相手をしているっす。俺と鞠ちゃんだけ一足先に神子様の救出に来たっす」
「なるほど」
かつて夏の宴の時に見たあの横綱鬼神であれば、確かにあの巨大な守護神と太刀打ちができる。
幽吾一人で守護神を抑えることができるなら、神子の救出に他二人を向かわせればいい。
「実に狡猾な作戦だな……あのヘラヘラした笑顔を燃やしたい」
「焔って、幽吾には辛辣だよね」
文は思わず呆れた声で言った。
「それで、神子様はご無事だったのですか?」
「えっと、無事っちゃあ、無事っすけど……」
ハッキリしない物言いの空に紅玉達は首を傾げる。
「百聞は一見に如かずっす」
空はスパーンと勢い良く襖を開けた。
襖の向こうの光景に紅玉達は目を剥くしかなかった。
そこに立つのは腕組みして仁王立ちをしている鞠。
しかも四枚羽を生やした妖精の姿である。
そして、部屋中に張り巡らされているのは、鞠が生み出したと思われる蔦。
その蔦の先にいるのは、三十九の神子をはじめとする総勢十名の男女の神子達……。
「…………」
「……………………」
「……えっと……つまり、これは……」
何とか声を発した紅玉に、呆れた表情の鞠が振り返って言った。
「It’s パーリナイ」
「理解致しました」
最悪の事態ではなかった……なかったが、これはこれで問題であると、紅玉は頭が痛くなってしまった。
**********
三十九の御社の大広間に総勢十名の男女の神子達が正座している。
全員、顔は真っ青、冷や汗掻きまくり、ガタガタブルブルの子犬状態だ。
無理もない。何せ、彼らの前に立ちはだかるのは皇太子直属の精鋭部隊、朔月隊なのだから。
挙句、全員怒りを湛えた恐ろしい目で見下ろしている。
「……で、確認なんですけど」
その朔月隊隊長の幽吾が切り出す。
「今宵、三十九の御社職員を追い出して、御社内で何が行なわれていたのかな~?」
幽吾は笑っている。笑ってはいるが、三日月のように開かれた灰桜の瞳が怪しく光り、非常に恐ろしい……。
そのせいで誰も答える事ができない。
「よしっ! レッツごうもーん!」
「合コンです!!」
あっさりと、きっぱりと三十九の神子が答えた。
「ほうほう、御社の職員を追い出して、御社内に他の御社の神子達を招いて、神子同士の合コンをしていたと。あっはは~、わっかいねぇ~~! で、赦されると思った?」
一気に冷えた口調になった幽吾に神子全員がビクリと身体を揺らす。
「馬鹿なの? ねえ君達馬鹿なの? 御社職員閉め出すな。コソコソしないで堂々と合コンやれよ。何の為に遊戯街があると思ってんだよ。第一に神様達にひっじょうにくっだらない命令下すな。神様に合コン会場守らせんなよ、馬鹿、阿呆。合コンは堂々とやれ、堂々と」
幽吾にしては非常に早口である。
しかし、幽吾がここまで怒るのも無理はない。
「三十九の御社の職員達は神子様の事を案じて、慌てて朔月隊に救出の依頼をされたのですよ。なんとか御社の結界を破ろうと必死になったせいで、全身ボロボロの状態で」
朔月隊に涙ながらに頭を下げる御社職員達の痛ましい姿を思い浮かべるだけで、紅玉は怒りが込み上げてしまう。
「この事は神子管理部にもきちんと報告させて頂きます。全員、きっちり反省してくださいまし!」
紅玉の言葉に神子達は項垂れるしかなかった。
「胡蝶様が言っていた怪しい動きって言うのは、合コンの準備だったってわけね……呆れたわ」
「まあ、最悪の事態じゃなかったから……良かったん……か?」
「良かったような……尚、悪かったような……」
「そうっすよ。御社の職員さん追い出した時点で駄目っす!」
「ユーゴさーん! ミコさんタチ、オシオキデースカー?」
「おうおうっ! 全員、俺様に一発ぶん殴らせろ!」
「轟、せめて男神子だけにしてやれ。女神子は私が燃やそう」
「焔、燃やすなら髪の毛が一番ダメージ大きいと思うよ。お勧め」
「おやおや、右京。あそこにいらっしゃるのは二十の神子の百合様ではありませんか?」
「おやおや、左京、本当ですね。すみません、あの神子様へのお仕置きは僕ら二人に譲ってください」
流石は皇太子直属の精鋭部隊の朔月隊。
「害為す存在」への対処が容赦ないと有名であったが、本当に神子に対しても容赦がない。
十人の神子達はますます青くなり、震える一方だ。
その時、紅玉が手を挙げて言った。
「皆様、申し訳ありませんけど、ここはわたくしに一任して頂けませんか?」
「ええ~~! 紅ちゃん、お仕置きの権利一人占めだなんてズルイわ!」
「申し訳ありません。ここは神子管理部であるわたくしが適任なのです」
「紅ちゃんがそない言うんなら、任せたってもええけど、ウチら全員が納得するお仕置きやないとアカンよ!」
若干納得のいかない顔で言う美月の隣で、天海も激しく頷いていた。
「お任せくださいまし」
紅玉は、それはそれは綺麗な微笑みを浮かべて言った。
「責任を以って、きちんと全員抹殺致しますから」
その言葉にギョッとしたのは、神子だけだったのか、はたまた朔月隊含めた全員だったのか……。
**********
その数日後、全御社にその知らせが配られた。
勿論、十の神子である水晶にもその知らせは届く。
『神子同士の異性交友会は堂々と行いましょう! 異性交友会は恥ずかしい事などではありません。是非とも堂々と開催しましょう。開催場所に御困りなら、遊戯管理部へご相談を。勿論、御社開催でも結構ですが、その場合、御社職員を追い出す事は絶対に止めましょう。神子様の身に安全を守る為でもあります。三十九の神子様、十四の神子様、十五の神子様(割愛だが、実際には全員分の名前が書かれている)――と同じ過ちをしてはなりません。神子同士の異性交友会は堂々と! 神子管理部』
知らせに目を通した水晶はゾッとした。
「……うみゅ……これ、なんつう社会的処刑」
「それだけの事をしたのですよ。その神子様達は」
「うみゅ……恥ずかしい……異性交友会っていう言い回しも、なんか超恥ずかしい……名前まで全面的に晒されて辛い……痛い……」
「だって、朔月隊と約束してしまったのですもの。責任を以って、きちんと全員抹殺致しますって」
「うん、すっごい抹殺の仕方。我が姉ながら恐ろしい……」
挙句、その紅玉は非常に晴れ晴れとした笑顔なのだから、輪をかけて恐ろしい……。
「しかして、三十九の神子の神様って仁王像みたいな超でっかい神様ズだったと思うんだけど、よく倒せたね」
「実際に倒す事ができたのは焔ちゃんだけです。他の班は足止めで精一杯だったそうですよ」
「だろうね。進撃のなんちゃら再びだったんでしょ」
水晶は巨大な神々に立ち向かうところを想像し、むしろ一撃で倒れずに足止めできるとは、朔月隊恐ろしいなと思う。
「それにしても、ほむちゃんの神力の威力は流石元神子様って感じだねぇ~。もういっそ、誰かクビにして、ほむちゃんを神子にしちゃえば?」
「それは大分前から提案しているのですが、焔ちゃんが断固拒否でして。罪を犯した人間に神子は相応しくないって」
「うみゅ……ほむちゃんも頑固だのぅ……」
*****
神域参道街を歩けば、その知らせは街中のあちこちに、店の至る所に貼られていた。
誰もがそれを目にし、口々に件の神子についての噂をしていく。
まさに、社会的抹殺の完成である。
「是非とも七十五日間は大いに反省して欲しいですわ」
「……七十五日で済めばいいがな……」
何せ神域管理庁は実に狭い。
それこそ顔も名前も晒し物にされれば、あっという間に広がってしまう。
下手をすれば、一生残る不名誉だってある。
「あら嫌ですわ、蘇芳様。最低七十五日ですわ。出来る事なら一生反省して欲しいくらいです」
「相変わらず手厳しいな」
神域参道町を紅玉と歩きながら蘇芳は思う。
我が婚約者殿は本当に情け容赦ないと。
(……ま、そんなところも好きだがな)
思わず繋いだ手を握り締めた。
「あら、文君」
もう間もなく十の御社に到着というところで、近所の茶屋で働く文の姿を見つけた紅玉が声をかけた。
「お疲れ様です」
「どうも」
さて、その文はどうやら件の知らせを店の軒先に貼りだしているところであった。
「文殿も先日はこの件で大変だったな。お疲れ様」
「……別に。仕事ですからね」
労いの言葉をかける蘇芳を余所に、文はジロリと紅玉を睨む。
「……紅さん、今度はもうあんな無謀な真似しないでよね」
「はい?」
「自分ごと守護神に向かって神術を撃て、だなんて……いくら『無力化』の異能があるからって、焔の神術相手にあんな無謀な作戦……心臓がいくつあっても足りませんから」
「ですが、結果としてうまくいったのですから――」
「……紅」
低く響いたその声に、紅玉はギクリと肩を揺らした。
「……今の話はどういうことだ?」
「あ…………」
紅玉は恐る恐る隣に立つ婚約者の姿を見上げた。
そこにはあの憤怒の表情をした守護神よりも、恐ろしく憤怒した仁王がいた。
紅玉は冷や汗をかきながら、文を睨む事しかできない。
その文はしたり顔で舌をべぇっと突き出していた。
紅玉は超高速で頭を回転させる。
「ええっと、少し言い訳をさせて頂けると大変ありがたいのですが……」
「ほう、言い訳。聞こうではないか。じっくりと向かい合って。今すぐに」
「お待ちください。現在は業務時間です。仕事を放棄するわけにはいきませんわ。買った物を届けなくてはいきませんし、晩ご飯の準備もありますし」
「ふむ……それもそうだな」
蘇芳の言葉にほっとしたのも束の間だった。
「南高」
蘇芳が呼び寄せたのは、己の伝令役の小鳥。
「術式発動、紫殿」
『――はいはーい、もしもーし? どうしたの? 蘇芳くん』
「紫殿、唐突で申し訳ないが、自分と紅はこれから午後有休を取らせてもらう」
『……え?』
「ちょっ! 蘇芳様!?」
あまりに突飛な話で、紅玉は声が裏返ってしまう。
一方で紫は冷静だった。
『えっと、理由を聞いても?』
「朔月隊の任務で紅が無茶をしたらしい。怪我がないか、全身くまなくこの目で今すぐに確認したい」
『はいはい、理解した。どうぞどうぞ休んでください』
「紫様!?」
『じゃ、紅ちゃん、頑張ってね~~』
そんな言葉を最後に伝令は切れてしまった。
「南高、これを御社に運んでくれ」
『ピチチッ』
差し出された買い物袋を銜えると、南高はあっという間に飛び去ってしまう。
「さて、紅……これで心置きなくじっくりと話せるな」
「あ……え……ええっと……」
蘇芳は笑っているが、その笑顔は恐怖しか覚えない。
紅玉は思わず後ずさりをした。
しかし、蘇芳が逃すわけもなく、紅玉はあっさり抱きかかえられてしまう。
「さあ、行こうか」
「ど、どちらに……?」
「ゆっくりと二人きりになれる場所へ。世流殿が店の部屋をいつでも使っても良いと言っていたし、今日はその言葉に甘える事にしよう」
「っ!?」
蘇芳の言葉に紅玉は顔を真っ赤にさせた。
世流の店と言えば、遊戯街の店だ。
そして、その部屋というのは異性交友――否、異性交遊の為の部屋である。
「すっ、蘇芳様! お待ちになって!」
「さあ行くぞ。急いで行くから、しっかり掴まって。あ、文殿、自分達はこれで」
「ちょっと! 蘇芳様! ひゃああああっ!?」
紅玉を抱えた神域最強はあっという間に去ってしまった。
文は手を振りながら、二人を見送る。
「じゃあね~。もう二度と無茶させないように、存分に叱っておいてよ~」
最後に一つ溜め息を吐くと、文は店の中へと戻って行った。
結局その日、紅玉と蘇芳が十の御社に帰ってくる事はなかった。
翌早朝になってようやっと帰って来たのだが、紅玉は酷く疲労してぐったりとしており、その日の仕事も休む羽目になる。
一方で、その後も甲斐甲斐しく紅玉の世話を焼き続けた蘇芳の顔は、物凄く満足気だったそうな。
蘇芳が何をしたかはご想像にお任せします。




