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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
343/346

【最終話】大和撫子さまのお仕事




 十の御社には清廉な神力を持った非常に美しい少女の神子がいた。


 ふわりと波打つ輝く白縹の髪、大きくぱっちりとした穢れ無き水色の瞳、髪と同じ色のまつ毛はとても長く、白く透き通った肌、可愛らしく桃色に染まる頬、花弁のような唇を持つ幼い顔立ちながらも、将来は美人間違いなしの極上の美少女だ。


 驚くほど美しい少女にはある秘密があった。


「うみゅ……仕事めんどっちゃい……サボりたい」

「晶ちゃんっ!!」

「う、うみゅ……わかってますって……」


 この神子、酷く面倒くさがりのずぼらであった。

 今日も今日とて、十の御社に神子の姉で神子補佐役の紅玉の怒号が轟く。


 癖一つない真っ直ぐな漆黒の髪と宝玉のように煌めく紅色の瞳を持ち、背筋は凛と伸びており、その所作の全てが美しい。まさに淑女の鑑と呼ぶべき神子補佐役だ。


 かつては神力持たない〈能無し〉と呼ばれ、蔑まれていた紅玉。

 しかし、真実は異なり、彼女は神力を奪われていただけであり、しかも神力を奪われても尚、悪しき存在をその力で封じ込めていたのだから、世の中は掌を返したように紅玉を「大和撫子さま」と呼び慕うようになった。

 だが、紅玉がそんな声に構う様子など微塵もない。

 紅玉が変わらず優先するのは、このずぼらな妹で神子を、いかに立派に育て上げる事だ。


「本日はこちらの御札を全て書き終えて頂きます」

「うみゅ……せめて三分の一」

「全てです」

「じゃあ半分」

「全てです」

「うみゅーーーーっ! ドえすーーーーっ!!」

「安心してください。書き終わるまで、姉は貴女の傍から決して離れませんから」

「うみゅーーーーっ! 逆に全然安心できないーーーーっ!!」


 そんな姉妹の様子を見守る仁王の存在があった。


 十の神子護衛役の蘇芳。

 鋭い金色の瞳に、深く鮮やかな蘇芳色の短髪、その身体は筋骨隆々でまさに仁王や軍神といった印象の大男だ。

 しかし、姉妹を見守るその瞳は実に柔らかく穏やかである。


「まあまあ、紅。隣に張り付いていては水晶殿も集中できないだろう。それに、貴女が休む間もなくなってしまう」

「ですが、蘇芳様、この子はきちんと見張っていないとすぐにサボろうとする悪癖がございますのよ」

「水晶殿だってやる時にはきちんとやる事ができる方だ。第一に貴女はまだ復帰して間もない。無理はしないでくれ」

「……もう、蘇芳様ったら甘いですわ……」


 若干厳し過ぎる紅玉をこうして諌める事ができる唯一の存在、それが蘇芳だ。

 何せ、彼は紅玉を溺愛する恋人であり婚約者。

 こうして頑張り過ぎてしまう紅玉を抑制する役目も担っているのだ。

 紅玉も蘇芳に言われてしまえば、大人しく言う事を聞くしかない。


 すると、そこへ現れたのは――……。


「失礼しますっす! 先輩! この書類の提出はいつまでっすか?」

「ベニちゃーん! マリのTrainingにツきアってくだサーイ!」

「お邪魔しま~す。紅ちゃ~ん、朔月隊の仕事が入ったよ~。今夜動くから予定調整よろしく~」

「紅ちゃーん! お願いがあるんだけど、今度遊戯街にヘルプに入ってくれない? 黒真珠ちゃんに会いたいっていうリクエスト多くて!」

「久しぶりだな、紅玉。その節は世話になった。突然なのだが、皇族神子様から紅玉への招待状を届けに来た」

「紅ねえ~~! 今日のおやつは何だ~~?」



 紅玉を頼って尋ねてきた大勢の者達。空と鞠(弟妹)幽吾(朔月隊)世流(友人)狛秋(元同僚)、果ては神までいる。

 当然ながら……。


「待て待て待ていっ!!」


 紅玉を愛してやまないこの大男が立ちはだかり大声を上げる事になった。


「貴殿ら! 紅に過剰な仕事を押し付けるんじゃない!!」

「え~、押し付けてはいないよ~」

「お願いしているだけよねぇん?」

「みんな、つい先輩を頼りにしちゃうっすよ」

「ベニちゃんはマリのTeacherデース!」

「皇族神子様も『大和撫子さま』である紅玉を信頼しているから」

「今日のおやつの情報は、十の御社の神々にとっては死活問題だー!」


 蘇芳も引かなければ、訪ねてきた者達も引かない。

 押し問答が続く……と思われた。


「ただでさえ紅は仕事中毒の働き過ぎなんだ! 少しは紅を労わって――」

「空さん、そちら書類の提出は明後日までなので早めに仕上げてくださいね。何かあればご相談くださいね。鞠ちゃん、今日は鍛練に付き合ってあげられそうにないので自主練をお願いします。明日調整しますので。幽吾さん、もしや例の件ですか? 分かりました。今夜出られるように準備しておきます。あと世流ちゃん、ヘルプでしたら来週くらいでも構いませんか? 皇族神子様への訪問は後程予定調整させてください。あ、今日のおやつはプリンです」

「紅ぃいいいいいいっ!!」


 流石は仕事中毒者の紅玉……。

 壁となって立ちはだかっていた蘇芳を越え、自ら仕事の渦へと飛び込んでいくとは……。


 事の行く末を見守っていた水晶は堪え切れずに吹き出していた。


「貴女は! 何故! そうやって! 無茶を! する!?」

「書類と鍛練くらいなら別に無茶でもなんでも。あと、おやつも。朔月隊は大事なお仕事ですし、遊戯街のヘルプは友達として行ってあげたいですし、皇族神子様からの招待は蔑ろにするわけにはいきませんわ」

「さっすが紅ちゃん、かっこいい~」


 みな、拍手喝采である。

 しかし、この程度で引く蘇芳ではない。


「……書類とおやつは俺も手伝うからな。鍛練の方はむしろ俺が受け持つ。朔月隊は……仕方ない。俺も同伴させてもらう。反論は無しだ。だが、遊戯街のヘルプと皇族神子への訪問は絶対に許さん!」

「え~~、遊戯街のイベント開催に協力して欲しいだけなんだけどぉ~~」

「……せめて招待状を受け取ってくれないか。暁殿下から叱られるから……」

「紅に遊戯街職員の格好をさせるなど断固反対に決まっているだろう!? あとやはり暁殿下か! 諦めが悪いな!! 絶対行かせない! 招待状も返却だ!!」


 流石は紅玉を溺愛してやまない男……。

 鉄壁だ。鉄壁の防御である。

 流石は四大華族が一つ、盾の一族の血筋……。


 しかし、些か強情過ぎるかもしれない。

 実際、紅玉は困り顔である。


「もう! 蘇芳さんったら! 紅ちゃんが困っているじゃない! 束縛の強い男は嫌われるわよん」

「黙れ!!」

「蘇芳様、皇族神子様からのご招待無視は少々問題があります。蘇芳様もご一緒なら問題ないでしょう?」

「そもそも何の理由で紅が呼ばれるんだ? 何の用だ?」

「……『大和撫子さま』と交流を深めたいらしい」

「魂胆が見え見えだ!!」




 結局、遊戯街の依頼と皇族神子の招待は、蘇芳が断固拒否して譲らず、最終的に力業で訪問者達全員を帰してしまった。

 流石は神域最強である……。


「ご、午前中から疲れた……」

「うみゅ、お疲れ様、すーさん」


 いくら紅玉を守る為とはいえ、それなりの実力者を二人も相手にして蘇芳はどっと疲れたらしい。

 どちらかといえば、身体的疲労というよりも精神的疲労の方が大きそうだが……。


 そんな蘇芳を労わるように、紅玉が蘇芳の手に触れる。


「蘇芳様、わたくしは仕事を頼まれる事は嫌ではないので、そんなに必死になって庇わなくても大丈夫ですよ。もう絶対に無茶はしませんし」

(違う。そうではない)


 相変わらずの性質の悪さに蘇芳は眩暈を覚える。


 蘇芳は紅玉の手を握り込むと、紅玉の紅色の瞳を真っ直ぐ見据えて問うた。


「紅、貴女の仕事は何だ?」

「……はい?」

「貴女が最も大切にしている仕事はなんだ? 貴女は一体何者なんだ? みんなのお姉ちゃんか? 朔月隊か? 大和撫子さまか? まさか遊戯街の臨時職員ではないだろうな?」

「……わたくしが最も大切にしている……?」


 紅玉は問われている意味がすぐに理解できず、少し考え込む……そして、それがぱっと思い浮かんだ。


「仕事……とは、少し意味合いが違うかもしれませんが、わたくしが最も大切にしている事を答えればいいのですよね?」

「ああ、そうだ」


 そう、紅玉は十の御社の神子補佐役である。

 彼女が最も大切にすべき事は、十の神子であり、妹の水晶を守り、支える事……そう答えてくれるに違いないと蘇芳は思い込んでいた。


 紅玉は蘇芳の手を両手で握ると、ふわりと微笑みながら言った。


「わたくしは蘇芳様の婚約者です」

「……はっ!?」

「それが、わたくしが最も大切にしているお仕事です」

「し、しごとって……!」

「……やっぱり、駄目です? 最も大切にしている事って考えたら、それが一番に思い浮かんでしまって……」

「うっ……」


 上目使いで小首をコテンと傾げられては、蘇芳に太刀打ちなどできるはずもなかった。


「だ……だめじゃない」

「ふふふっ、よかったです」


 神子の執務室に甘い空気が一気に充満する。

 水晶は呆れた顔で言った。


「……うみゅ、らぶらぶカポーはあっちゅいから出てってちょ~。ついでに買い物でぇとでもしてくればぁ~?」

「あら、ではお言葉に甘えて。蘇芳様、参りましょう」

「あ、ああ……」


 水晶に見送られ、紅玉と蘇芳は執務室を出ていった。

 一人執務室に残された水晶は、やれやれと言った表情を浮かべていたが、大好きな姉の幸せそうな表情に嬉しそうに一人微笑んだ。


「……さてと、真面目に仕事しますかね」




*****




 買い物籠を携えて、御社を出れば、蘇芳が紅玉の手を引いた。


「……紅……」

「はい?」


 呼び止められ、蘇芳を振り返れば、その顔は真っ赤に染まっていた。


「あらまあ……蘇芳様、照れていらっしゃいます?」

「……貴女が不意討ちをするから……!」

「あらあら、まあまあ、なんてお可愛らしい」

「ぐっ……貴女には、一生敵わない気がする……っ!」

「あら、神域最強戦士様に敵わないと言わせるだなんて、わたくしったら最強ですわね。ふふふっ」


 ころころと笑う紅玉は可愛い。とても可愛いと蘇芳は思う。

 だが、同時に湧き上がる感情はほんの少しの悔しさ。


 蘇芳の金色の瞳に獰猛な色が宿った。


「……紅」

「っ!?」


 気付けば、紅玉の唇は蘇芳のそれで塞がれていた。

 それはほんの一瞬の出来事で、わざと音を奏でて唇は解放される。


 しかし、ギラリと色香を宿した金色の瞳に見つめられた挙句、見せつけるように舌舐めずりをする蘇芳の姿に、今度は紅玉が真っ赤に顔を染めるしかなかった。

 紅玉に一矢報いる事ができ、蘇芳はニヤリと笑い、止めに耳元で囁く。


「……今夜覚えておけ、紅」

「っ!? もっ、もうっ!! 蘇芳様っ!!」


 頬を膨らませ、蘇芳の胸元を拳で叩く紅玉が可愛くて仕方がなくて、蘇芳の顔に自然と笑みが零れる。


「はははっ、すまんすまん。からかい過ぎた」

「むぅ……わたくしも……貴方様には敵いませんわ」


 いつしか二人は惹かれ合うように抱き合い、額を寄せ合った。


「……おあいこ、だな」

「はい。おあいこ、です」


 もう一度そっと唇を重ね合って、最後は互いに見つめ合って微笑み合う。


「さて、そろそろ行かなくてはな」

「はい」


 二人は指を絡ませ合うように手を繋ぐと、ようやっと歩き出す。

 寄り添って、支え合うように――。




 そして、きっとこの先も二人寄り添って、何処までも一緒に歩み続けて行くのだろう。

 決して平穏な日々だけではないだろうが、紅玉と蘇芳ならば、手を取り合い、時には仲間達の力も借りて、どんな困難も乗り越えてゆけると信じている。


 これからも二人にたくさんの幸福が訪れるよう祈り続けよう。

 最期まで彼女の幸せを願い続けた尊き神子達の分まで――。




こちらのお話で最終話となります!

長い間、紅玉達を見守っていただきありがとうございました!

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