【番外編】隣に立つべき存在
こちらのお話と繋がりがあるお話となっております↓↓↓
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その日、四十六の神子補佐役の燕はひっそりと事の行方を見守っていた。
彼女の視線の先にいるのは、四十六の神子こと小麦と同じ神子補佐役の後輩である陽輝だ。
「あ、あの、ねっ……いっ、今言わないと、いつか後悔するって思ったから……っ」
禁術に倒れ眠りにつく紅玉の傍で気丈な姿を見せながらも、ふと暗い表情を見せる蘇芳を見て、小麦は決意したのだ。
引っ込み思案で、恥ずかしがり屋の小麦が頬を赤く染めながら、懸命に言葉を紡ぐ。
陽輝はそれを温かく見守りながら、小麦の言葉を待っていた。
「わっ、わたし、陽輝が好き……! わたしと付き合ってください!」
「ありがとう、小麦! 俺も小麦が大好きだぞ!」
陽輝は小麦をそっと抱き寄せた。
突然の抱擁に小麦は目を白黒させてしまう。
「俺、いつも一生懸命で頑張り屋な小麦が大好きだ。今じゃ、空間を操れる神子として注目されていて……」
かつては、十二名いなくてはならない空間の神が一人足りなくて「中途半端の神子」と嗤われることもあったというのに、掌返しもいいところである。
陽輝は小麦を解放すると、真っ直ぐ見つめた。
「俺、そんな小麦を守りたい。ずっと傍で! だから、俺とずっと一緒にいてください!」
「うんっ」
小麦は嬉し涙を流しながら、陽輝に抱き付いた。
その瞬間を見届けた燕は感涙し、両膝を地に着け、天に祈りを捧げた。
(神よぉぉおおっ!! 全ての神々よぉぉおおっ!! 心より感謝をぉぉおおっ!!)
地に頭を擦り付けんばかりに、何度も頭を垂れては天に祈る燕の行動(傍から見れば間違いなく奇行)を、同僚である神子護衛役が呆れた顔をして見つめていた。
「おーい、燕先輩、クールビューティーが台無しですよー」
「……こほん……失礼。喜びが抑えきれなくてね」
しかしながら……と思いつつ、同僚は改めて燕を見た。
この燕、まさかの四大華族である法の一族の娘であり、今や神域中の時の人である「大和撫子さま」の弁護を担った立役者である。
彼女無くして「大和撫子さま」の無罪を勝ち取れなかったという声も多い。
(……ま、中身はまるで只の少女漫画オタクですけどね)
ところで、だ……同僚は燕に用事があった事を思い出す。
「先輩に来客ですよ」
「……ん? 来客?」
「白搗とか名乗る中央本部の職員ですけど」
その名を聞いた瞬間、燕は目を見開くしかなかった。
御社から外へ出れば、その人はいた。
美し過ぎる日の出の如く輝く金色の髪に漆黒の瞳を持つ瓶底眼鏡をかけた男性――白搗。
茶屋よもぎで交流を重ねた同志である。
しかして、燕は最早只の同志とは思えなくなっていた……。
「白搗君」
「ああ、燕さん。すみません、突然の来訪お許しください」
「いや……いえ……」
燕は即座にその場に跪く。
「……燕さん?」
「今までの御無礼をお許しください……皇太子殿下」
白搗きは目を見開き、やがて柔らかく微笑む。
「……いつ気付いた?」
「……大変畏れながら、三ヶ月前の裁判の際……月城殿下の御姿の時に、紅玉と蘇芳の事を『番』と呼んでいらっしゃいましたので。あの二人の事を『番』と呼ぶのは、私と……白搗だけですから」
「ああ……なるほどな」
白搗は瓶底眼鏡を外す――その瞳の色は漆黒ではなく、日の出の如く輝く金。髪はあっという間に月白へと色を変え、そこにいるのは間違いなく一の神子であり皇太子である月城その人だった。
「変装していたとはいえ、月城殿下だと露も気付かず、数々の御無礼を大変失礼致しました」
「いや、謝罪は必要ない。むしろ騙していた私の方に責があろう」
「滅相もございません」
「……ならば、そなたにも私にも責は無い。この件は何も無かった事としよう」
「ありがたき幸せでございます」
そうして、ようやっと燕が顔を上げて立ってくれたので、月城はほっとした。
「……さて、私がそなたを訪ねてきた理由なのだが……」
「はい」
「……単刀直入に言おう。燕殿、私の婚約者となってくれないか」
「……はい?」
燕は皇太子の前でありながら、思わず目を見開いてしまう。
一方で皇太子は余裕の笑みだ。
「実は、己の婚約者を探す際、私自身が見極めて決めたいと皇帝陛下に申し出てな」
「はあ」
「婚約者候補を四大華族と八大華族から見繕い、候補者達と直接的な交流の機会を作った」
「そう、なのですか」
「『白搗』もその為の一つの顔だ」
「な、るほど……」
燕は混乱する頭でもなんとか理解できた。
皇太子は婚約者を自分の目で見て決定する為に、白搗という名の架空の人物を演じる事で、燕との接触を図ったのだと。
「……いや、でも、何故、私なのですか?」
「趣味が合うからと思ったからだ」
「……はい?」
「実は、小説のような人の恋路を見守るのが好きなのは、事実なのだ。そなたとならば、存分に語り合えるからな」
まさかの理由である。
「勿論それだけが理由ではない。私はいずれ皇帝となる者。この国の頂点に立つ存在となる。故に、私は私の生涯を懸けて、この国の為、民の為に尽くさなければならない。そして、私に隣に立つべき皇后にもそうあって欲しいと私は思っている」
「はい」
「……その点に関して、そなたならば私とともに国の為、民の為に尽くしてくれると信じている」
「……その理由をお聞きしても?」
「すでにそなたは為したでないか。他者の為に身を尽くして、弁護に当たったではないか。失われようとしていた一つの恋を守り切ったではないか」
「あれは、当然の事をしただけです」
燕は真っ直ぐ月城を見つめる。
「紅玉と交流があったからこそ、冷静に周囲を観察分析する事ができましたし、紅玉が何かの陰謀で陥れられている事はすぐに分かりました。うちの神子様が誰よりも早く力になりたい、助けてあげたいとおっしゃっていましたので、私だけが何もせずに無視するなんて事、できません。まあ……私情が入っていなかったとは言い切れませんが」
「……だとしてもだ。そなたはこれまでも何も見返りを求める事無く、四十六の神子も紅玉も助けてきたではないか」
「……畏れながら、殿下、訂正させて頂きたく……」
「構わぬ。申してみよ」
「……見返りは貰っておりますので」
燕の脳裏に過ぎるのは、三ヶ月ぶりの再会に抱き締め合う紅玉と蘇芳の姿。
そして、先程の抱き合って想いを通い合わせた小麦と陽輝の姿。
「私は、彼らの幸せな姿を見る為に、力添えをしただけ。これ以上の見返りがございますか?」
燕の言葉に月城は改めて思う。
「……やはり、皇后になるべきなのはそなたであるな」
月城は燕へと歩み寄り、手を差し出した。
「改めて言おう。燕殿、私の婚約者となり、私とともに国を支えてくれないか。その道は一見すれば華々しくも、非常に険しく厳しい崖道だろう。だからこそ、私はそなたとならば一緒に歩いてゆける……そう思った。どうか私の隣に立つ存在となってくれないか」
燕は月城を真っ直ぐ見つめ、そして差し出される手を見た。
そして、ハッとする。
月城が差し出している右の小指に「赤い糸」が結ばれており、その先を辿っていくと――……。
「っ!?」
燕は一瞬表情を崩しそうになったが、元来の冷静さでそれを何とか堪える事ができた。
(……どうやら……これは、逃れられない運命らしいな)
燕はふっと笑うと、顔を上げ、月城を見ると、差し出された手を握った。
「殿下の申し出、お受け致します。未熟者ですが、精一杯精進して、殿下の隣に立つべき存在となっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
燕の答えに月城は安堵したように微笑むのだった。




