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えるとれ 17

 朝が来て三人が行動を始めてから、"三回"。

 ジェニは違った獣の鳴き声を演奏して、中継地点【小心者の拠点】に辿り着いた。


 そのたった一回分余計になった演奏は、予想を外したジェニの迂闊さではなく。


「間違いない。きっとここを縄張りの均衡を崩す何かが通ったんだ」

「……グリム、か」


 それが妥当な発想だといえるのは、やはり彼女が輪の内側を歩く初心者だからだ。

 例えば、ここを歩き慣れている者ならば、縄張りを見失うことが目的地へ辿り着く情報を失うということだということが理解できているはずで。

 

 例えば【小心者の拠点】を通らず次の【常連の休憩所】まで行くにしても、さらにその先の【熟練者の鍛錬場】へ行くにしても、それは縄張りを作る野獣の種類や癖を理解しているはずだろうからだ。


 状況を考えれば、ここを通り過ぎた者は少なくとも熟練者に違いないが、輪の内側を歩くのは初心者。

 そんな噛み合わせの悪い者はそうそういない。


 強いて言うならば、輪の外側か六つの街のどこかで輪の内側を優に練り歩くことができるほど腕を上げた者ということになるが、そのために必要な熟練者の大概はこの輪の内側にいる。

 

 つまり、輪の外側で戦闘や探索の知識を熟練の域にまで達するには、とても長い年月が必要なのだ。

 実践に拮抗するほどの思考訓練と戦闘訓練が。


 後者に関してはアトニム人の寿命を考えればほぼあり得ないことであり、それがアリアスだとしても、彼らの寿命は通常のアトニム人よりももっと短い。

 だからやはり、長い年月という部分に当てはまるの都合の良い人物は彼女だろう。


 どちらにせよ、今というこの時を考えればグリムに違いないといえる。  

 

「あいつにはウィッシュバルがついている。おまけにゴーレム使いとして長いことポロトロスで戦っていたんだ、ただの野獣と戦うくらいわけないだろうな。それに、あいつは多少輪の内側のことを知っているし……」

「彼女が輪の内側の経験を?」


 ふむ、と唸ってジェニが「いったいどうして」とベルエルを見上げる。


「昔、あいつは輪の内側に住んでいたんだ。三十年近く、な」


 ベルエルが言うと、その「さ、三十年……」という時間にジェニと、ついでにスズが愕然とする。

 すると当然浮かぶ「彼女の年齢は?」、百四十歳くらいだと知り、彼女らの驚愕はより深くなる。

 そして言わずもがな、グリムもまた常人でないことに気づくのだった。


「あいつの話だと、母親ってのが竜人で強かったらしい。匂いをつけて自宅周りを自分たちの縄張りにして住んでいたみたいだな」

「なるほど。となると、彼女はその母親とやらに教え込まれた知識でここを渡って行くことは可能だろうね。たとえ中継地点と利用しなくても……」


 呟いて、「しかし」とジェニが首を傾げる。


「グリムがビクターを目指しているとして、彼女はビクターがどこにいるのかわかっているのかい?」

「たぶん過去の記憶が戻っているから、ビクターのところに向かったとは思っていたけど……。言われてみればそこまではわかってないか」


 ベルエルが言うと、むむぅ、とジェニがさらに深く首を傾けた。


「どうした?」

「いや……。オマエの言うことが正しいなら、ビクターに先に辿り着くのはボクたちだろう。でも、だ。彼女はほとんど何の情報もなくビクターを目指すのだろう?」

「まあ、そうなるな」

「だったら、いつ彼女はビクターに辿り着く。ボクたちは彼女が来るまで待つっていうのかい?」

「……あ」


 久々の油断だ。

 ベルエルが後頭部をポリポリと掻く。

 すると。


「そんなの簡単だよ」


 とスズ。

 二人の視線がそこへ集まる。


「だって、グリムはビクターを知っているんでしょ? だったらどこかで会ったはずだよ」


 その意見に、ベルエルが思い出したのは、グリム自身から語られた過去とイルルが残したグリムの過去だ。


「そうか……グリムの家だ。あいつはビクターと十年間、輪の内側にある家で生活していたんだ。だったら……」 


 閃いたベルエルに、「で?」とジェニ。


「その家がどこにあるのかわかるのかい?」

「……【ビッツ】に近いってところまでしかわからない」


 再び頭を掻くベルエルを見つめ、ジェニが「ふむ」と頷く。


「そういえば彼女はビクターの子供だったか。まずとにかく、彼女にもビクターに繋がる情報があることはわかったよ。本当はその家を目指すのが最速で彼女に近付く方法なのかもしれないけど。彼女がいなくなってからもう一ヶ月経つからね。今さら【ビッツ】のそばを探してももう彼女はいないさ」


 結局、ボクたちはボクたちでビクターを目指すしかないね。

 そう言って、「でも」、とジェニが小さく頭を振る。


「そこで彼女を捕まえたいなら、彼女より早くビクターを見つける必要があるね」

「ああそうだ」


 言いつつ、どうしてか優れない表情のジェニを気にするベルエル。

 何かあるのか訊くと、彼女はまた小さく頭を振った。


「ボクは彼の姿や声を知ってはいるけど、実の子だっていうならグリムの方がもっとビクターを知っているだろうさ。もしかすると、彼に直接繋がる情報だってあるかもしれない……」

「つまり、グリムの方が先に着くって?」


 スズが言った。


「ああ、そうさ。なにせボクは、ビクターとは【高台の古い村】とあと二つの中継地点でしか彼を見かけていないからね。そこからはまた、情報集めだ」

「……でも、グリムにそこまでちゃんとしたビクターとの思い出があるかはわからないでしょ。俺たちの方が早く着く可能性だって十分あるよ」

「そうだね……」


 だから訊いておきたいんだ。

 そう言うジェニの目線はベルエルに向けられている。

 彼女が何を言わんとしているのか、ベルエルにはもうわかっていた。


「ベルエル。オマエはどこまで彼女を追いかけるんだい?」

「会うまでだ」


 会うまで。

 ぽつりとこぼすように呟き、「納得した」ジェニは頷いた。

 そして、


「スズ、オマエはどうする? ボクたちはグリムに会えるまで、彼女を追いかけるけど」


 と今度はスズに目線を移す。


「俺は適当にやるよ。けど強いて言うなら、知りたい。ビリーやジリー、ヒューイ……皆がどうして死んだのか、どうしてビリーは俺を殺したのかを。それに、ジュウザのことだって……」


 過去を思い返しながらそう話すスズの表情は険しかったが、「でも」と続ける彼女からはすぐに険しさが解け、「輪の内側を抜けるまでは一緒だよ」と言った時にはいつものすました顔に戻っていた。


          ◯


 通称【小心者の拠点】と呼ばれるこの場所は、宿泊施設という名の家具も何もない雨風を凌ぐだけの建物が二軒と、旅道具の販売や武器防具の修繕をする鍛冶屋が一人在中する施設が一軒。それと、ここを縄張りにするための熟練戦士らが滞在する家の一軒というのが基本構成の村である。

 それ以外にも、ここに居座るいわゆる"小心者"らが住むテントが幾つも並んでいる。


 また、同名の村は輪の内側に各街から近い場所で計六つ配置されており。

 どの場所においても通り過ぎる者とある例外を除き、滞在する者の大半が初心者か彼らであることに変わりはない。


 特に小心者とは。

 近辺に生息する、街道に現れることもある見慣れた野獣を狩り、次の中継地点を目指そうという慎重派の者。

 腕試しに入ってみたものの次の中継地点に辿り着く前に実力を知り、かといって街には戻れない臆病者。

 それから、本心を隠してこの場に居座り、次々と現れる初心者を相手に足を引っ張ろうとする者。または、彼らに一目置かれたいと優越感に浸る者。

 と、そういう者らを指し。


 その中で、見慣れない旅人へ真っ先に声を掛けてくるのは。


「よお。新顔だな」


 手慣れた風に三人に声を掛けてきたのは、薄汚れた鎧を身に着けた小柄な幼獣人の男だった。

 すると男は、三人の周りを歩きながらまじまじと見つめる。


「……弓士に遊び人、とドール? いったいどういうパーティーだ、お前たちは」


 どこか唖然として男が言った。


「さて、オマエにはどう見える?」


 ジェニが訊き返すと、男は肩をすくめた。


「ま、この輪の内側にいて不思議なことなんていくらでもある。ドールが勝手に歩いているなんてことも、まあ、気にするまでもないな」


 得意気に言って男はちらとベルエルを見て、「で、お前たちもこれから深部を目指すのか?」と二人の女に目を移した。


「ああ、そうだよ」

「へえ。じゃあ、ここまではそのプライアの彼女が一人で戦ってきたのか?」


 言われてジェニとスズが目を合わせ、「まあね」とスズだけが答えた。


「それはすごいじゃないかっ。プライアの女一人で輪の内側をここまで来るなんて……たまげたなぁ……。その武器は、手製か?」

「一応ね。こういうの得意だから」


 スズが言うと男は徐に彼女に近付き、「見せてくれるか?」。

 するとスズの返事は、「ヤだね」。


 それが予想外の反応だったのか、男は一瞬驚いたような顔をして、小笑いしてからスズから一歩引いた。


「まあ、そうだろう。戦士にとって武器は生命の次に大切なものだ。そういう心掛けは大切だな。いやはや、やはりたまげたもんだな、お前は」

「別に、どこの誰とも知らない人に褒められても何とも思わないよ」


 その若干辛辣ともいえるスズの言葉に男の表情が僅かに曇るが、彼はまた小笑いと共に態勢を取り戻す。


「お前たちは、もしかして輪の内側は初めてじゃない?」

「教えないよ。君はどう見ても怪しいからね」


 スズが言うと、男はここ一番の大声で笑った。


「いやいや、これは参った。こちとら緊張してると思って声を掛けただけなんだがな。ま、それほど警戒心が強いなら、ここから先にも心配いらないだろう」


 そう言って満面の笑みを向ける男に対し放つ、「世話焼きどうも」というスズの台詞と、そして手払い。

 受けて男は満面の笑みを崩さず。しかし、三人に背を向けてすぐに聞こえた小さな舌打ちを彼らは聞き逃さなかった。

 その時だ。


「まったく、呆れたもんだよ」


 少なくとも一人、同じことを考えていたそれを代弁する声が三人の脇からした。

 振り向くと、そこにはきちんと整備されているのか、新品とまではいかないものの美しさを保たれた鎧を身に着けたまた別の幼獣人の男が立っている。


「今のは、初心者狩りの連中さ。ああやって見慣れない顔に近付いては、武器を出させてケチをつける。その後は自分たちが手入れしてやるとかなんとか言って、新しい武器を売りつけるか、見た目だけの鈍らをよこすんだ」


 君たちの警戒心は正解だよ。

 そう言ってその清潔な男は微笑んだ。


「ああいうのに目を付けられて大切な武器を失い、ここから戻るにも苦労する連中を多く見てきたよ」

「あ、そう」


 あくびをしながらくしゃくしゃ髪を整えるジェニの代わりに、気のない返事をしたのはスズだ。

 しかし、そんなスズの態度を気にする様子もなく、清潔な男は続ける。


「できればああいう連中にはさっさとどこかへ行ってもらいたいものだけどね。ここは安全な壁に守られた街じゃない。騙される連中にも非はあるってものさ。俺の知ってる限り、【アーハイム】から入ってくる連中はもっと上手く彼らに対処するよ。

 

 だからというわけじゃないが、【コルト】や【リルディア】みたいなところでぬるま湯に浸かってる連中は甘いね。人の親切を簡単に受け入れてしまう。

 でもここじゃあダメさ。この輪の内側にいる連中は皆、自分の生命を第一に考える者ばかりだ。誰も彼も、人より一歩先に出ようと必死なんだよ」


 男の説明を二度目の「あ、そう」で切り返し、三人が男の元を去ろうとすると。


「取引をしないか?」


 半ば強引な男の提案が三人の足を止めた。


「君たちはただの初心者じゃない。でも、準備不足だ。そうだろ?」


 振り返った三人に向けて言われる、見抜かれたような一言。

 宛ら追撃とも思えるそれを受け、ジェニの目付きが変わった。

 

「何が足りてないって?」


 ジェニの返事に男の表情が僅かに緩む。


「そうだな……。たとえば、矢柄が無いことは見てすぐわかったよ。ってことは、きっと鏃も十分には無いんじゃないかな。それと、身を隠す類の道具、解毒の薬草なんかも足りていない……いや、むしろ旅道具全般が人数分足りないんじゃ?」


 実際のところ、男の言うことは正しい。

 しかし、ジェニは口を閉ざしたまま何も言わない。

 すると、何を感じたのか「そこの彼女だよ」と男がスズを指差す。


「それだけ大きなドールがいながら、小人の彼女が一人で大荷物を持っているのはおかしいと思ったんだ。それに、君はその不思議な道具以外何も持っていないし。だからさ」


 まるでジェニの言わんとしていることがわかっているかのような発言。

 ふむ、とジェニがいつものように唸ると、男は続ける。


「ちなみに初めてじゃないなら知っていると思うが、中継地点でまともな店を開く証人はまともな価値で商品を売らない。例外なく、当然ここでもそうだ。おまけに品揃えも良い方じゃないし、質も良くはない。

 ここから次に近い中継地点【常連の休憩所】までは、最低でも一回は野営を挟むことになるだろう。しかしながら、そこで現れる野獣はこの辺りの比ではない……。ご存知の通りね」


 すました風に言って、男は「どうする?」と、今度はしっかりジェニの目を見て言った。

 ジェニは小さく頷く。

 

「ふむ。取引に応じるかどうかは、まずオマエのところの商品を見てから決めるよ」

「もちろん。それは君たちの好きにしてもらって構わない」 

 

 そうして二人がわかり合ったような雰囲気で点々と並ぶテントの方へ歩いていく、その後ろをついていくスズとベルエル。

 

 密かに交わす会話は、「あいつ商人だったのか」、「みたいだね」、「どうしてあいつについていくことにしたんだ?」、「身に着けてるものがそこそこだからじゃない?」、「そうなのか?」、「……まあ」、「で、お前に足りてないものは当たってる?」、「……まあ」、「だからか」、「それもあるだろうね。でも……」。


「どうした?」

「どーしておカネもないのに、あいつが先導してるわけ?」

「お前が持ってるだろ?」


 ベルエルが言うと、スズに不満顔が浮かぶ。


「だったら俺の好きなものが買いたい」

「好きにしたらいいじゃないか」

「まあね。でも……」


 まだ何かあるのか。

 そう訊いたベルエルに、「まさかね」とスズは答えなかった――。

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