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えるとれ 11

 誰が功労者だったのか。

 そんなことを気にする者は誰もいなかった。

 皆が無事なのか。

 それを気にする者もいなかった。


 終わった。と、その安堵の呼吸だけが内輪に満ちている。


 悲鳴は消え、混乱も失せ、残った者は皆同じように眠っているのと変わらないくらい静かに息をしていた。

 まるで死者の如く、止まっているかのように。


 だからわかるのだ。

 彼らは何も無いということに安堵している。

 変化に疲れ果てているのだと。


 防衛は破れた。

 彼らは、守ることを止めようとしていた。


          ◯ 


「ベルバル様が【ガダルタ】に通じる穴を塞いだことで、【コルト】は今安全といえる。それに、【アーハイム】の状況を考えれば、ここだけでなく【リルディア】を厳重にする必要もあるだろうな。

【コルト山】が近いこの位置は特に、守るべきだ。奴らが武器を使うにせよ、必ず材料が必要になるからな」


「同意する。だが、それにはもっと兵が必要だ。街だけでなく、【コルト山】を守る分も必要になる」

「そうだな。となれば、一度【ビッツ】を解体しその兵をこちらへ?」


「いや、【ビッツ】は前線として使える。解体する余地はないだろう」

「ならば、【ディーズベルグ】か……」

「あそこにはここよりも屈強な戦士が集うというのなら尚さらだ。バイバル、以降カインバルらの状況は?」


「それが、まだ返事がないのだ。せめてポロトロスの一回戦くらいは越えたと思うのだが……」

「まさか、負けたなどということは……」

「まさか。それは無いだろう。灰影隊指折りの凶者が、たとえ相手を食らうことはあっても敗北などあり得まい」


「まあまあ、お二人とも。やきもきしてもしかたないですよ。前回の連絡から時間もそう経ってないですし。まだ一回戦も始まってないかもしれないでしょう」

「確かにお前の言う通りかもしれない。しかし、【ガダルタ】は当に準備が整っている状態での侵攻だ。対してこちらは何の準備も出来ていない。焦る必要はあると思うが?」


「確かに、それはウィルバルの言う通りかもしれないね。けど、だ。焦ったからといって兵は集まりませんよ。もっと手っ取り早く強い者を集める方法は無いかな……」

「【マッキンダム】はどうだ? 【ディーズベルグ】に時間が掛かるのなら、逆に都合が良いかもしれない」


「逆に、とは?」


「行くのにも帰ってくるのにも時間が掛かるなら、【ディーズベルグ】で話が付く頃に間に合うんじゃないかってことですよ。まとまった援軍が来るのなら、前線の【ビッツ】で先制攻撃を仕掛けることも範疇じゃないですか」


「なるほど……」

「まったく、なるほどだ。イニバル、まさかお前に策士の才能があったとはな」

「それもこれも、【否読の書】のおかげですね」


「しかし……」

「なんだ、ウィルバル。今の作戦に不都合があるのか?」


「ああ。もし、カインバルがガロの首を縦に振らせられなかったらと考えるとな……」

「だから、それはあり得んと言ってるだろう。たとえ時間が経ったといっても、人がカインバルに叶うはずがない。それに、もしもお前の言う通りカインバルがダメだったとしても、【マッキンダム】から兵を連れてこれるのなら、問題ないだろう」


「だから、だ。それだってすんなりいくとも思えなくてな」

「……なんだと?」


「バイバル、考えてもみろ。【アーハイム】はなぜこんなにも早く【ガダルタ】の侵攻を受けた?」

「……【マッキンダム】も我らの話に耳を貸さないと?」

「可能性はある。我々堕天使は、もうこの世界……【アトニム】では廃れた存在なのかもしれない。いや、そう認めなければならない。我々や、我々の思想は今の世には必要のない横槍なのではないか?」


「バカを言うなウィルバル。言えばこの街【コルト】だってアトニモが築いたようなものだろう。尊敬されこそすれ、邪魔だ、横槍などだと言われようもない」

「そう、信じているだけだ。バイバル、お前にも堕天使でない過去があるだろう。そこでお前は一瞬でも堕天使を求めたか?」

「それは……」


「そういうことだ。わたしだってそうだ。堕天使のことなど頭を掠めもしなかった。押し迫る闇で行方知れずになった仲間のことを少しも気にしなかった。思い出しもしなかったんだ……」

「だ、だがそれは……。今思い出されたのだ。大切な使命を、今思い出したのだ。それに、見てみろ。ここでまたルトゥールは動き出している」


「それだ……。わたしはこの現状をルトゥールと呼んで良いのか、それがわからない」

「何を!? 地下界【ガダルタ】の生命が大軍を率いて地上に現れ、地上界【アトニム】を征服しようとしているのだぞ! 殺された! 食われた! それがルトゥールでなくてなんだというのだ!」


「落ち着け、バイバル。確かに状況はルトゥールと言える。だが、わからないこともある……」

「……わからないこと、だと?」


「ああ、そうだ。【ガダルタ】から攻めてきている奴らの姿、というよりもやり方か。当時はもっと野獣らしかった。ただ強く、激しく、一方的で。だから我々は奴らを純粋に立ち向かってくる敵と認識できた。しかし。

 しかし、だ。今の奴らを見ろ。まるで当時の人は我々と似ていないか?」


「我らと奴らが、似ている……?」


「思い出してみろ、バイバル。奴らは純粋に怒っていた、自分たちの世界を荒されて。それは今思えば、当然の行動だったのかもしれない。それなのに……聞いただろ、ベルバル様の話を……」 

「……野獣を扱うことを言っているのか? それは奴らが……奴らは……」


「そうだ。わかるだろう。ギノコが別の体を囮に使うことや藻獣が野獣を従えることも、当時の我々のやり方に酷似している。これを奴らが真似ているだけだというなら、それは奴らが賢くなったといってそれまで。ならば奴らは、目的まで我々を真似ているというのか……。私はそれがわからない」


「そうに決まっているだろう! 確かに、お前の言う通り奴らの行動は我々の当時に似ている……。それを考えればますます、そうだ。つまり現状は、反旗への反旗に違いない。ルトゥールを起こした我々への報復のつもりなのだ。ならばこれはルトゥール、そういって正しい!」


「なら訊くが。バイバル、我々はなぜ、ルトゥールを引き継いだ?」

「それは、邪悪竜から真の秩序を取り戻すため。それが以前の堕天使たちで叶わなかったからだ」

「それがおかしいんだろう。今我々の中に六王と呼べる存在がいるのか?」

「あれほど邪悪な者がいるものか! 我々は崇高な意志で戦ったまで!」


「そうだろう。ならば、奴らの目的はなんだ……」

「だからそれは、反旗への反旗! 我々への報復であり、奴らからのルトゥールだろう!」


「もう忘れたのか、バイバル。奴らは我々の真似をしているだけなのかもしれないのだぞ? つまり、我々に六王に似た存在がいなければ奴らはそうしない。だが、我々には六王が抱いたような凶行を考えた者などいない。だから、奴らが何を狙ってルトゥールを行うのかが……」

「六王など関係ないのだ。奴らはただ我々を真似ているだけ。だから奴らは我々を皆殺しにっ……! 皆殺しに……だと?」


「……バイバル、それだ。お前の言うことが正しいと私は思う。奴らは我々堕天使のみならず、地上界【アトニム】の全てを食らいつくそうとしているのではないか? ならばこれは征服などというものではなく、ただの……」

「殺戮……」


「…………」

「…………しかし……」


「……だからわたしたちは考えなければならない。なぜルトゥールが起きたのか。ルトゥールを終えて何がしたかったのかを……」

「ルトゥールを終えて、何を……」

「そうだ、バイバル。もし我々がルトゥールを達成できたとして、その後のことを私たちはまるで考えなかった。だが、その答えはもう得ているのではないのか?」


「過去……か?」

「ああ。わたしたちはルトゥールの無い世界を生きていた。その時、何をしたかったのか。それを思い出し、達成することが今のわたしたちに必要なことなのではないか?」


「しかし、だからなんだというのだ。それを考えて、【ガダルタ】の侵攻を無視しろとでも言うのか? そうなれば本当に全てが終わるぞ。俺はそうしない。俺は、戦うぞ……」

「もちろんだ。わたしだってそうする。だから、わたしたちの目的がルトゥールでないことは理解しなければいけない」


「ルトゥールではない……目的……。なんなのだ。それはいったい……」

「それはわからない。しかし、過去を思い出せばきっとわかる……」


「ちょっとちょっと、お二人とも。どうしちゃったんですか、急に。目的がどうとかどうでもいいじゃないですか。今重要なのは、【ガダルタ】の連中をどう打ちのめすかでしょう? 結局、【マッキンダム】に援軍要請するのかどうか。結論しましょうよ。その後の目的なんて、【ガダルタ】を黙らせてからでも遅くないですよ」


「だが、戦う理由がはっきりとしないことには暴力など際限なく増幅されるだけだ。わたしたちは今ここで決めるべきだ。何を目的に【ガダルタ】と戦うのか……」


「面倒だなぁ……。だったら、こうしましょう。奴らは地下界が暗くて嫌だから地上界に出て来た。そうしたらそこには明るい世界で悠々として生きている地上界の生命があって。殺して食うことしかしらないバカな地下界の生命は、自分たちの礼をもって地上界にお邪魔することにした。ま、席がいっぱいだからちょっと空けてもらう、くらいの感覚でしょうね。バカなんで」


「な、なんだそれは……」


「まあいいじゃないですか。だから僕たちは、人の席は空けても座れないのだ、って感じで奴らを叱ります。それが結局殺し合いになりますけど。仕方ないでしょうね、それは」


「おい、待てイニバル。そのように楽観した感覚でまともに戦えるのか?」

「僕は全然、問題ないですよ。だって席を譲る気ありませんから」

「納得しかねる……」


 うむ、と唸るバイバルに引かれ、ウィルバルとイニバルにも違う沈黙訪れた室内に突如笑い声が響く。


「ベ、ベルバル様?」


 困惑した表情でバイバルが顔を向けたそこに、ラナイが立っている。

 ラナイはすぐに腹を抱え、苦しそうに「クククっ」と笑いを変えた。


「どど、どうなされたのです。ベルバル様……」


 縄張り争い。


「は?」


 縄張り争いっていうんだそういうのは。

 くの字に体を曲げたまま、ラナイは笑い苦しんで言った。


「縄張り……争い……? そんな野獣じみたことを我々が……?」


 やってるんだ。と、ラナイはまた笑う。


「つまり、我々は野獣と変わらないと?」


 そうだ。とラナイが頷く。

 そして体を持ち上げ、「お前たちは、いや、おれも野獣と変わらない。やり方が違うだけだ。猪突猛進ではなく策略的にするから、そこに意味があると錯覚する。だけど、違う。結局、やっていることは同じ。平穏主義者の至る場所がそこにあるんだ」と、涙が流れてもいない頬を拭った。


「やっぱり、ルトゥールは終わっていたんだ。お前たちを見て、実感したよ」


 ルトゥールが終わった。

 それを発想者が発したことで、三人の堕天使は一様に表情を険しくした。


「なんだよ。気に入らないか? でも、そう思ったんだ。だから、今ルトゥールを想い続けているのは、おれだけだ」


 異議を呈す、バイバル。

 しかし、ラナイは小さく首を横に振ってそれを否定した。


「お前たちは、おれに騙されていた。ただの野獣が、つまらない知恵者に吹き込まれていたんだ。そういうことさ」


 ラナイの意見に食って掛かるウィルバル。

 ベルバルは詐欺師ではない、と。


「いいや、嘘付きさ。あいつは、本来の目的を隠したまま、お前たちにルトゥールを強要した。だからお前たちは、ルトゥールを終えた後のこともわからない。そうだろ?」


 そこには誰も何も言わなかった。

 むしろ何も言えないのだろう。ウィルバルとバイバルは口を硬く結び、イニバルも同じく口は閉じていたが、片頬が釣り上がっている。


「それでいいんだ。ルトゥールを目的としていたのは、おれ……ベルバルだけだ。だからもういい。お前たちは、新しい人生を行け。もしやることが見つけられないなら、読者の団として」


 そうはいかない。

 彼らの使命感が視線に宿り、ラナイに向けられるが。

 

「だったら命令してやる。お前たちは、ここで【コルト】再建に努めろ。街の人々を奮い立たせ、そうするのは容易じゃない。だからそれも含めて、お前たちはここに残るんだ」


 ならばベルバルはどうするのか。

 そういう当たり前の疑問は、ウィルバルから発された。


「教えないよ。そうしなきゃお前たちは、今度はおれを目的にして生きることになる。ただ、これだけは言っておく。おれに付いてくるな」

「そうはいきません! やっと会えたというのに、一緒に戦わないなど!」

「おれは、戦わないよ」

「ならば教えてください! あなたは、何をしようとしている!」

「探しに行くんだ」

「何を!」


――決着の仕方をだ

 

 言い残してラナイは三人の堕天使に背を向けた。


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