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えるとれ 4

 必死のアークスからの報告に、ウィルバルは「またか……」と呟く。


「やはり、瓦礫を詰めただけの即席では役に立たん。一刻も早く十一から十三までの三つの区を確保し、前線を上げなければ……」


 バイバルが言うのに、ウィルバルが「しかし」と顔をしかめる。


「作業が進むのは雨の日から数日のみだ。その間にノットは増えるし、賢くなってそう簡単に掃除も進まない。街が乾けば奴らがやって来る。アトニム人に無理はできない……」


 どうせなら住民全てが逃げてくれていればこんなことには。

 頭を振るウィルバルに、「そうじゃない!」とアークスの声が飛ぶ。


「わけのわからないのが出て来たんだ……」

「わけがわからない? 新たな形態の藻獣か?」

「それもわからない……っ。ただ……」


――とてつもなく小さい


「小さい……だと?」


 ワシにオウム返し。ウィルバルが首を捻る。


「大きさは虫のそれと変わらない。だから、穴に詰め込んだ瓦礫の隙間から続々と出てきて、為す術無く警備隊が……」


 言葉を詰まらせたアークスに、「警備隊が、まさか五人皆が全滅か?」とウィルバルが代わりに答える。

 アークスは小刻みに首を横に降ってそれを否定した。

  

「一人が逃げるのを手伝ったが、状況は全滅といっていい……。奴ら跳ねるだけでなく羽が生えていて。おかげで妖鳥人の仲間が二人やられたっ」


 悔しげに語るアークスにラナイがそっと手を添え、視線を二人の堕天使に向ける。


「やっぱりあの穴を完全に塞いだ方がいい。もうわかっただろ、所詮はハリボテなんだ。どんなに丁寧に壁を作ったとしても、藻獣はそれを破壊する……。だったら、隙間ひとつ残らないように、おれが潰してやる」


 ラナイが言うと、ウィルバルが「しかし」とそれを制す。


「それは"入り口"が閉ざされるのと同義です。【エルオム】へと繋がる道を閉ざすことになる。それに、【ガダルタ】にはまだ仲間が何人も……」


 するとウィルバルの意見にコタロが、「同意する」。


「あれらを地下に閉じ込めたとて、我々はもうその脅威を目の当たりにしてしまった。今さら逃げることはできない。もし逃げるのだとすればそれは、安寧を捨てるも同然……」


 そう言ってコタロがラナイに視線を向けると、ラナイは徐に【コルト】の地図の上に人差し指を叩きつけた。


「なら今は安寧とやらが実現できているのか?」


 そして、机上に置いた指先立て室内にいる一同に見せつける。


「一つだ。一つだけ出入口を残して、残る二つは塞ぐ」


 すると、コタロからは「どこを残すのか」と承諾とも取れる言葉が聞こえてくる。


「【アーハイム】の出入口も街の中にあるんだ。だったら決まってる、残すのは【ディーズベルグ】方面にある【裂け目の出入口】だろ。

 あそこなら街からかなり離れているし、地下から地上までも高さがある。色々都合を考えれば残してどうにかなるのはあそこしかない」


「しかし、そうすれば今【コルト】を主として現れる地下野獣や藻獣が【裂け目の出入口】に集まることになります。そうなれば【エルオム】に辿り着くことがさらに困難に……」


 ウィルバルが抗議すると。


「お前ら何を考えてるんだ! 何が【エルオム】だ! 今は私たちの生活がある、ここ【コルト】だけでなく【アーハイム】にもっ! いつまでもうだうだと考えている暇なんてないんだ!」


 アークスが叫ぶと、ラナイはもう一度その興奮して毛羽立った肩をポンと叩き、視線をウィルバルへ向け直す。


「迷いは暇だ……ってそういうことなんだよ、ウィルバル。とにかく今は街の人たちを守るのが最優先だ。地下世界のことはそれから慎重に考えるんだ。今はその時じゃない」


 ラナイが言っても、ウィルバルはまた「しかし……」と呟き納得できていない様子だった。

 だが、ラナイは「行くぞ」とアークスを促す。

 それを引き留めようと「ベルバル様っ」と声を上げるウィルバル。


 そこに、


「おれは先行するから、イニバルと……後で一緒にお前たちも来い」


 ラナイはそう告げてもう振り返らなかった。 

 その脇で、アークスが「ありがとう」と小さく頭を下げた。


          ◯


 ラナイとアークスが司令部のテントを出ると、そこにはなぜ今まで気づかなかったのかと思えるほどの喧しさが行き交っていた。

 大概は恐怖に慄く人々の叫びで、心なしか武器作りに励む鍛冶屋たちの槌使いは加速しているように聞こえる。


 輪の中心部に閉じ込められ、彼らは行き場のない焦りと不安をそこら中に撒き散らしていたのだ。


 その中で様々な鎧を身に着けた戦士たちが駆けていく様子だけが一定方向に向いており、とっくに出来ていた幾つかの集りでは、それぞれ小隊長の位を与えられた種火守や腕の立つ戦士らが率いる隊員に檄を飛ばしていた。  


 しかし、そこにもやはり不安はある。

 混ざって聞こえてしまえば勇敢な雄叫びに聞こえる内に微かに鳴る、カチャカチャ、という音。

 握られた剣と鞘が、地面に触れる刃や鈍器の先が、抱え込まれた体を覆う鎧が、使用者の震えを受けて細かく響いていた。


 白んだ空の明るさが、気の弱い彼らの士気を下げているのは明白。

 陽光に引き寄せられるように現れる地下からの深緑色の波が、姿を見ずとも記憶として瞼の裏で暴れているのだ。


 ならば今日は曇天が良い。

 暗い空に掛けたラナイの願いは届かなかった。


「今日も晴れ……か」


 空を見上げて呟くその声はどことなく場違いに感じられる。

 そこに「ベルバル殿」と掛けられるアークスの声は、本来の空気感に正しい。


「竜の鼻歌が聞こえる前に、現場へ向かった方が良い。風が吹けば、あの小さな野獣を捉えづらくなる」

「ああ、そうだな」


 短く頷き、ラナイは戦士たちの集りの方へ進んで行く。

 そうして武装した集団の中に入り込むと、ラナイはまず小さな彼女の姿を探した。

 

 見た目には誰も彼も玄人じみていて、どれが新人の部隊なのかがわからない。

 ラナイは適当に当たりをつけて、小隊長の一人に「スズは?」と声を掛けたが、返事は「見ていません」。


 隣の小隊に聞いても結果は同じだった。

 するとふとラナイに過る予感。


(まさか、あいつ……)


 その一つの予感が、アークスに「飛んで街の中を警戒してくれ」という指令を引き出していた。

 ラナイがそこに"スズを探せ"と言わなかったのは、それがあくまで予感であり、いくら不満があるからといって一人で危険な街の中に行くはずがないと彼女の理性に期待していたからだ。


 了解して翼を広げて跳躍したアークスを見て一つ不安を解消し、ラナイは細く鼻息をもらした。

 そしてラナイは戦士たちの先頭へ人を掻き分けて進む。


 その一段高い壇上で集団を見下ろす竜人の女は"グィンリル"。

 彼女は巨大な斧槍と体の八割を覆うほどの巨大な盾を背負っている。

 

 グィンリルは、近寄ってきたラナイを見ると腕組みを解いた。


「ベルバル殿。アークスから聞いたか?」

「ああ、聞いたよ。だから今回は、おれが先行する。安全が確保できたら、念のためこの場に幾つか隊を置いて、お前たちは防壁の外で繋ぎの道八ヶ所を守ってくれ」


 ラナイの指令に違和感を覚えたグィンリルが、一旦ラナイの後方を見回し首を捻る。


「他の堕天使はどうした。まさか、一人で行くつもりではないだろうな」

「いや、一人で行くよ。周りに誰かいたら危険だ」

「まさか、ベルバル殿……」


 グィンリルが何を言わんとするのか理解し、ラナイは頷いた。


「ちょっと派手にやるつもりだ。だから、お前たちはもし黄色の息が見えたら内輪の中に戻れ。一応風が吹くのに合わせるけど、どうなるかわからないからな」


 ラナイが言うと、恐縮してグィンリルは「了解した」。


「それと、アレとルールーウィップの動きをそれなりに注意して見ていてくれ。追いかけて来られたら面倒だからさ」

「ああ、わかった。各隊には内輪から人が出ないよう注意させる」


 よろしく頼むよ。

 ラナイは小さく頭を下げてグィンリルを過ぎ、背後にそびえる即席の門の前に立った。


 見上げれば五階建ての"クロウガー医院"よりも低い。

 優秀な鍛冶屋たちが三日三晩かけて作り上げたそれは、門というよりも盾という佇まいで、城壁につけられた街のものよりも門として優れているだろう。

 少なくとも、内輪を守るために急設された中輪の建物を利用した壁よりもずっと強固な作りに思える。


 それを挟む二つの建物の屋根の上には弓を持った妖獣人が二人ずつ。

 彼らは門の向こう側を向いていてラナイには気づかない。


(……まったく、な……)


 その光景にちくりと胸が傷むのを感じた。

 ラナイはそれを気のせいと済ませるために首を左右に一往復させ、そして門の脇にある元"ディンドン"へと足を進める。


 長屋の形状をした建物の形はアイロの店と変わらない。

 しかし、つい先日までいるのかいらないのかわからないくらいぶら下がっていた多くの楽器は今や一つとして無く、塵と埃が残されただけの元"ディンドン"は炭鉱を彷彿とさせる。

 その短い通用道と化した建物を守るのは、到底道を通れるとは思えない巨体の男だ。


「ポルポ、通るぞ」


 ラナイが声を掛けると、ポルポは「お?」と間の抜けた声をもらした。


「どうしたラナイ、一人で。その……ルール―さんは一緒じゃねえのか?」

「見たらわかるだろ。一緒じゃないことくらい」


 肩をすくめてラナイが言うと、ポルポは慌てて「そ、そうだよな」と長い鼻を振り回す。


「それで、一人で出てって何かするのか? 今外はおかしなもんが出て来て危ねえって言ってたぞ」

「だからだよ。今回は面倒くさそうな奴みたいだからさ、おれが先に行くことにしたんだ」

「……一人で、なのか?」

「見たらわかるだろ」


 ラナイが二度目に言っても、ポルポは慌てなかった。

 

「やるのか、例の息を?」

「穴を潰すよ。そうすればとりあえず【コルト】に安全を確保できる時間が生まれる」

「それは助かるが、でもおめえ一人で行くのは大変だ。何かあったら助けが必要だろ。ワシが一緒に行ってやるからちょっと待ってろ」


 そう言ってポルポは門の方へ行こうとするが、ラナイは「いい」とそれを引き止めた。


「いいんだ、ポルポ。おれは一人で大丈夫。人じゃないからな、そう簡単にはやられないさ」


 ラナイが言うと、


「そんなこと関係ねえ。おめえだって生きてんだろ、だったら死ぬはずだ。ワシは種火も守るが、仲間も守りてえ。地下の奴らには悪いが、ワシはワシの好きなもんのために戦うぞ」


 そしてまた「待ってろ」と釘を差し、ポルポは戦士たちの方へ小走りで駆けて行った。

 その少しだけ遠くなった大きな背中を見つめ、それから埃っぽい通路を見つめて、ラナイの鼻から短く息がをもれた。


「これじゃあ、守りたいんだか戦いたいんだかわからないな……」


 だが、そう言うラナイの表情には何か不思議な感情が浮かんでいる。

 頭を過るスズのこと、プライアのこと。

 アレのことと、それから白い人型のこと。

【アトニム】という世界のこと。


 それがなぜか郷愁めいて感じられ、ラナイはまた細枝に付く一個の蕾を思い浮かべながら橙色に照らされる通路を歩いていた。


 出口の裏口は立て付けが悪く、隙間から光が漏れている。

 ギギ、と重苦しい音を立てて金属製の扉を開くと、足下の砂埃が城門の方に向かって流れていくのが目に付いた。


 するとラナイの頭頂部に向けて発される「堕天使殿」の声。

 どこへ、と訊かれてラナイは何も言わずに右手を振った。


 ものの一時間ほどで竜の鼻歌が鳴る。

 ラナイは細い裏道の先にそびえるまた別の建物の中へと飛び込んで行く――。

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