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おれとれ 28

 その時、同時に起きた出来事は三つ。


 一つは、崩壊。

 もう一つは、死。

 そして、再来だ。


 音も無く、突如階段側から生じた猛烈な風は、木造の建物をまるで卵の殻でも剥くようにいとも簡単に捲り剥がしていった。

 そうして突風に巻き込まれ乱舞する木片は軽い順に浮き上がり、互いを傷付け合い、壊した。

 周囲は轟音に塗れ、気配も何もかもが同一に崩壊する対象としてしか存在していない。


 そんな何もかもが同価値に変わる中、四◯七室にいた彼ら人の視線は室内の一点に集中していた。


 壁際に佇むアレ、そこへ向かう戦士のサルのノットとその刃。

 クロウガーは腰が抜けたままの格好で、ウィービークラップは驚愕の表情で、ラナイは目を見開いて。

  

 シシの妖獣人の男に釘付けになっていたのだ。


 突如動き出し、アレとそこへ向かう刃との間に割り込んだ彼は即座に切り裂かれ、迸る血飛沫が近付く白い人型と斬りつけた本人と正面に立つ白いワンピースを赤く染めた。

 空を滑るサーベルは、シシの妖獣人の男の脇腹の中ほどまで食い込んでいた。


 彼はおそらく叫んだのだろう。

 しかし、崩壊の轟音は勇敢な男の末期の咆哮すら掻き消し。直後噛み砕かれたノットの姿も、まるで幻だったかのように崩壊の渦に飲み込まれていった。


 その一瞬。


 僅かに動く唇は、何かを言っていた。

 音になっていない。だが。

 求めていたのはわかる。

 その小さな手の平には、どこか必死さが滲んでいた。

     

 それと向かい合う手の平。

 距離にして数十センチは遠く、いかにその手が大きくとも空白を埋めることは出来ない。だから。

 求めているのがわかる。

 硬く結ばれた唇には、何の言葉もうかがえない。


 二人の距離は、求め合う意志に反し遠く離れていった。

 向かい合っていた手の向きも違い。


 そして、崩れゆく風景の中に二人も飲み込まれていく。


          ◯


 そこはまた整頓されていた。

 今や床に積み上げられた本は一冊も見当たらず、かの一冊を除き全ての本が本棚の中で顔を揃えている。


 これまで幾度もこの部屋に入ってきたラナイだが、今のように(特にやることは無いけど……)と感じながらこの記憶の部屋にいることがある。

 そういう時についてあえて考えるようなことは今まで無かったが、前回、前々回とその時の自分を思い返せば結論は容易だ。


(また、気絶してるのか。おれは……)


 頑丈で柔軟で、都合よく痛みを感じづらく、およそ危機とかそういうことからも遠い立ち位置にいるラナイだったが、こと"気を失う"という点についてはただの人と変わらない。

 もしかしたらただの人ならばとっくに死んでいるような衝撃を受けているのかもしれないが、とにかくそうである。


 特に今回、本を読むまでもなく、原因は建物の崩壊に巻き込まれたからだといえる。


 その崩壊。

 きっかけは、突発した謎の突風にあった。


 状況が状況だっただけに、目に映らないところで何が起きていたのか考える余裕もなかったが、どの方角から吹いてきたのかを考えれば、"それ"を置いてきたラナイとっては突発でもなんでもなく、当たり前のことだと思えた。 

   

(でも……)


 わからないのは、あの竜人のノットが吐き出しただけの息吹にしては威力が高すぎるということだ。


 グリンドルと戦って実際に風の息吹を受けたラナイには、(あの程度で、あんなことが起こるはずない……)と言い切れる。

 できてせいぜい壁を二、三枚砕くくらいだろう。


 もしくは、あの時のグリンドルが本気でなかったということも考えられるが、かといって息を溜めて吐くだけの動作に、強いといってもたかが知れている。

 増えて壁一枚か二枚。

 どちらにせよ、床を捲り上げ、建物自体を崩壊させるほどの威力とは考え難い。


 そこで、もしや、と考えられるのはギノコの存在だ。

 あれが寄生することでただの死体の技の威力が上がるのかもしれない。ギノコにはそういう力の付与みたいな効果が備わっていて、ただの死体の力の底上げをしている可能性がある。


 ノット一体一体が強く感じられ、実際に強かったのにはそういうことも影響しているのか。


(……たぶん、違うな)


 その可能性をラナイがさっさと否定できたのは、床に叩きつけた竜人のノットの骨がいとも簡単に折れたのを知っているからだ。


(もし、ギノコにそんな便利な効果があるなら、あんなに簡単に壊れるはずがない……)


 そこでやっと、ラナイは本棚から一冊の本を手に取る。

 読み返すのは、竜人のノットと戦っていたその時だ。


 ラナイには、一つ気になることがあった。

 それは、竜人のノットの"顔の向き"。

 膨れる竜人の体に気を取られ、気にもしていなかった顔の向きは、生じた突風の向きでもある。つまり、あの時ノットが自分を向いていたのであれば、風は上へ抜けていた。

 しかし。


(反対……?)


 竜人の首は捻れ、四◯七室でもない壁の方を向いている。

 その光景が示すのは、(だったら、なんで息吹を使おうとしたんだ?)ということ。

 ラナイを仕留めるためと思われた行為が、顔の向きひとつでまるで意味を成さなくなってしまった。


 困惑しつつ、ラナイが何気なく開いた次のページには、もう戦士のサルのノットが姿を現している。

 後は煙に紛れ、現れたシャベルの先端。さらに後では、短い廊下の先で部屋から飛び出してくるクロウガーの姿が。


(わけがわからないな……)


 無意識にそう考えるラナイにふと浮かぶ疑問。


(結局おれは、ギノコの行動には本能以外にもっと何かあると思っているのか……?)


 宛ら自問自答ともいえるその疑問が、一度は否定しかけた"ギノコが目的を持つのかもしれない"というウィービークラップの奇っ怪な意見と結びつき、ラナイは気づく。


(ある……目的ならあるじゃないか。あいつらは、そもそも生者を駆除しようとしている。それが、目的だ。だとしたら……)


 と、不意に掠めたのは、ノットの戦い方だ。

 ラナイが特に気になったのは、その中でも"投げる"という行動。

 

 戦っている内は夢中で慣れのように受け止めていたラナイだったが、よくよく考えてみれば、あの戦士のサルのノットの行動だけがおかしかった。

 あのノットが投げたシャベルが唯一の武器だったことは、後の行動で知ったことだ。だが。


 そもそも煙で視界が遮られる状況だったあの時、もう一つ武器を持っていたとしても武器を投げる必要があっただろうか。

 その必要性を知るためには、シャベルが飛んできた直後、ラナイ自身の行動を知る必要がある。

  

 ページを戻すと、そこでラナイは飛んできたシャベルを握り締め、煙の向こうに戦士のサルの姿を探している。それが答えだ。


(くそ……またおれは……)


 陽動だった。

 しかし、今回は投げられた武器そのものに意味があったのではなく、武器が投げられることを前提としたラナイ、に陽動を仕掛けられていた。

 シカのノットに仕掛けられた罠と類は同じだ。


 とはいえ、それでも妙な点が残る。


(でも、シャベルはあいつの持つ唯一の武器だった……。四◯七室にこもっていたアレたちを狙うつもりだったから、必要ないって高をくくったのか?)


 それは、二度も巧みな罠を仕掛けたギノコにしては安易な判断と思える。

 見ただけで三人を戦い慣れていない弱者だと判断できたのだとしても、相手は三人。外にはスズがいて、小人のノットたちは壁をよじ登る無防備な状態だった。ならば、武器を捨ててしまえば不測の事態に対処できなくなるというのは当然考えられること。


 だから妙。

 あれだけ策略的に行動するノットが、戦闘力の一部を破棄してまで陽動を仕掛ける意味はどこにあったのか。 


(……そういえば)


 ふとラナイが思い出したのは、戦士のサルのノットが逃げ、それから慌てて四階に戻った理由だ。

 それは、スズが放ったであろう一発の発砲音にある。しかし。

  

(あの一発の後、スズはジウをしばらく撃ってない……。弾を入れるのに時間が掛かった? いや、だとしても遅すぎる)


 その時間、三人ものノットが四階の窓に近づき、最終的には一人の死者を出す結果となった。


(スズは、何をしていたんだ?)


 気になってページを捲るが、そこにはラナイが見たものしか描かれていない。

 後、二発分のヒューイが室内に飛び込んできているところ、ジウはきちんと作動している。

 つまり、問題はジウそのものにはなく。考えられるのは(ジウを撃てなかった……)、ということ。


 スズはジウを撃てなかった。それもジウに異常が無かったのに、だ。


 ラナイに浮かんだ発想が示す一つの状況、それは。


(スズもノットに襲われていた……)


 そう考えるとジウの発砲音にみる空白にも合点がいく。

 

 あの時、スズはラナイたちと同じくノットに襲われていて、それに対処していた。そして二発分の発砲。

 どちらもが的を外したことを含めると、スズがノットに襲われて焦っていた、と想像に現実味が増す。 

 するとその現実らしい想像は、また一つ、ギノコという存在の脅威を浮き彫りにした。


(そうか、そうだよな。ギノコが一つだって気づいてたのに……)


 もっと早く気づけたはずだった。

 と、ラナイには後悔よりも懺悔の念が強く滲む。


 スズが放った一発の発砲音からラナイが四◯七室に駆けつけるまでの数分間の出来事。

 想像半分、実体験半分の現実にラナイが見出したのは、


(ギノコは、全てのノットの位置であらゆる状況を把握していて、同時にノットを動かせるんだ……)


 加えて、そこに"目的"というものが存在するのであれば、全てのノットの行動はその一つの"目的"のために行われるのかもしれない。

 

 複数箇所同時攻撃。

 それが、地上最速の情報伝達速度で、かつ正確に行うことができ、さらに共有された情報はノットを使って即座に体現される。それが、ギノコの真性。


 可能性、という域は脱しない理論だが、ここまでのノット対ラナイの経験からすれば十分に考えられる。

 

(最悪だ。もしそうなら、少なくともおれがサルを見つけてから建物が壊れるまで、全部がギノコの作戦通りだったってことじゃないか……。でも、それって……)


 それが、初めの謎の答えに繋がる。

 

 ノットがギノコの指揮により全て意味のある行動を取っていた場合、竜人のノットはなぜ顔の向きが違ったまま息吹を使おうとしたのか。

 主力を捨てたノットの行動の不自然さ、スズの発砲間隔、新たに見出したギノコの真性、あるかないかもわからないその目的。

 そして、通常の息吹とは異質の破壊力を持つ突風。


(まさか……自爆……)


 思い浮かび、ラナイは総毛立つ感覚に襲われた。


 生きているならばまずできはしない、限界突破。

 吐き出すことを目的としたのではなく、破裂することを目的として竜人が膨れたのだとしたらあり得る。

 

 それは、脅威だ。しかし、問題はそれだけではなかった。


(あいつ、捨て駒を使うのか……!)


 ラナイに浮かんだこの発想が否定するのは、"ギノコが生存本能を持って死体に寄生するわけではない"ということ。

 死体を死体らしく、ギノコはただ利用しているだけなのかもしれないということだ。


(じゃあ、どうして。ギノコは何のために、殺す? 生き延びるためじゃないのか? 目的……それが理由なのか?)


 ギノコが生き延びるためだけじゃなく持つ目的。

 いくら考えても、ラナイにはやはりただひとつのことしか浮かばない。


(殺す……だけだ。何をどう考えても、ギノコはそれ以上のことをやってない……)


 何を。

 考えあぐねて無理に動き出した思考が、ふと思い出させる。


『キノコってさ、すごい執着するよ?』 


 それはもう何日も前のこと、ラナイがまだゴーレム状態で、グリムがいてルールーウィップがいて、【コルト】に辿り着く二日ほど前。

 イルルが発した一言だった。


『キノコってさ、すごい執着するよ? もしあたしたちの誰かを追ってきているんなら、早く逃げた方が良いと思う』


 特に意味の無い、いつも通りイルルの妄言のように扱われた一言。

 その直前にルールーウィップは『追って……来ている気がするんです』、と盲目ながらギノコへ恐怖を抱いている様子だった。

 

(そうだった。おれはもうとっくに知っていた……)


 ギノコが持つ目的は、"殺す"ということ。だが、それだけでは足りなかった。


『それってさ、誰を?』

『あいつら俺らを追っかけて来てんのか?』


 イルルと、ウィービークラップの言葉だ。

 それにルールーウィップを含める、この三人の発言が物語る"ギノコの目標"。


(初めにギノコを確認した時を含めると、一緒にいたのはおれ、グリム、イルル、ルールーウィップ、アレ、ウィービークラップ、それとクロウガー……か。その全員がってことも考えられるけど、違う。

 ウィービークラップとアレは後から一緒になっただけだし……。じゃあ、おれか?)


 もっともらしいが、しかしそれが違っていると断言できる事実がある。


(違う。おれはノットに"無視されている"。ってことは、おれを無視してでもあいつらが狙ったのは……)


 そうして再び捲られた記憶の本のページには、戦士のサルのノットが刃を振るう光景が描かれている。

 その刃の向かう先には。


(……アレ、なのか? ギノコは、アレを狙っている?)


 だが。そう確定すると、【ビッツ】から【コルト】へ向かう街道に生えていたギノコの存在が不可解だ。

 ルールーウィップが感じた、追ってきているという感覚を無視することになってしまう。

 それに、ギノコ全てが同時に状況を確認することが可能なら、地下【忘れられた水路】でアレを見つけていて、総攻撃を仕掛ければよかったはず。


 しかし、実際はそうしなかった。


(ノットが大量に溢れたのは、ここだ。ルールーウィップの感覚を頼りに考えると、ギノコが本当に目標としているのは、【コルト】にいた誰か……じゃあ……)


 ラナイに浮かぶ、血まみれの妖精とオオカミ頭の女の姿。


(イルルかルールーウィップが、ギノコの……。でもたぶん)


 考え至り、ラナイがここ【コルト】まで来たことが、ただグリムの矛盾に生じた疑惑を解消するだけではなくなった。

 するとラナイの持つ理由は一段深みを増し。

 それは表題"イルルとおれ"とされて、新たに増えていたもう一つの本棚に収められていた。

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