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あれとれ 7

【アーハイム】の街には、"裏通り"という概念が存在しない。


 その原因は言わずもがな乱雑に置かれた建物の配置にあり、上下左右構わず取り付けられた入り口のせいもあって"通りの全てが表通りである"ともいえる。


 何が商店で、何が住宅か、何が施設なのか。

 

 それを判断できるのは、この街に長く住む連中か行き来になれた旅人くらいなもので、初めて訪れる者は十中八九住人の誰かに怒鳴られるか、腹を空かせて行き倒れる。

 

 とはいえ、この街の住人はそれなりに親切だ。

 困っている人を見れば、手を貸す人が少なくはない。

 反対にわざと道に迷わせるような輩が多いことも確かだが、それでも割合善人の方が多いだろう。


 そういう意味で、気が付いた扉をノックする前には一度道行く人に聞いてみるのが良い。

 もし尋ねた人が善人であれば、きっと案内所を教えてくれるはずだ。

 それが悪戯好きの住人だったのなら……。


「……間違えました」


 と頭を下げて扉を閉め、ラナイは盛大なため息を……堪えた。


「ったく、どうなってんだ。これでもう五軒目だぞ? どうして宿屋じゃないところばっか案内されるんだ……」

「……私のせいじゃない?」

「いいや、問題があるとすればおれだ。どいつもこいつもおれを見て笑うからな」

「それも、私のせいだよ」

「違うさ。だって見てみろよ、その辺にも小さい人間はいくらでもいるだろ?」

 

 そう言ってラナイが指差す先には、雑踏に混じってちらほらと小さな姿の人間がいる。

 だが、その大概にも角が生えていたり、翼が生えていたり、そして"尻尾"が生えていたりして。


 それこそが、ラナイの思い描く人間の特徴だった。

 つまり、この街を彷徨く人々こそがラナイにとっての人間であり、となればアレはやはり人間というよりも別の生物であるという状況が生まれていたのだ。


 心の内では(やっぱり……)と考えたラナイだったが、門兵らしい連中に絡まれてからずっと優れないアレの表情を見ていると、それを口にすることもできず。

 かといって態度にすることもできず。

 だからただ、早くアレの仲間を探そうとそれなりに気にはしていた。


「……もうこうなったら自分たちで探すほうが早いかもな」


 ラナイが周囲を見回してそう言うと、アレは「うん」と小さく頷いた。 

 そうして差し出された長く白い腕に腰を下ろし、二人がまた街を歩き始めようとすると。


「ちょいちょい、そこの」


 と何かがラナイの脚を叩いた。

 ラナイが目線を落とすと、そこには人がいた。

 それはバンダナを頭に撒いた男。

 体中に仕込みナイフのベルトを巻き付けた物騒な格好の、アレよりも少し背が高いくらいの小さな人間だった。


 一瞬期待して口を開きかけたラナイだったが、バンダナの向こう側に垂れた長い耳とその背後で揺れる先に薄茶色の毛玉がついた尻尾を見て、一度開きかけた口を閉じた。


「なあ、迷ってるんだろ? 道に。そうだろ?」

「まあね」

「だったら、まずは案内所に行くべきだぜ」

「……知ってるよ。そういうのがあるってことは」


 鼻息混じりにラナイが言うと、謎の男は「ははーん」と頷く。


「騙されてんだな?」

「ああ、そうだよ。それがどうかしたか」


 すると、謎の男は大袈裟に被りを振った。


「いやいや、それもこの街じゃ当たり前の光景だ。だからあんたたちみたいのも珍しくはない。きっとあんたたちは、道を尋ねたんじゃないか?」

「まあ、そうだな」


 ラナイが言うと、謎の男は「やっぱり」とため息をつき、


「それじゃあ、ダメだ。この街の連中は大概忙しいからな。だから、面倒で嘘をつく。何か良い物でもくれてやれば対応もちゃんとしてくれるもんだが……どうだ? 知らなかっただろ?」


 と謎の男。

 なるほどね、とラナイが街を行く人々を見つめると、「そこでだ」と謎の男が声を張る。


「困ってるあんたら新参者を、この街で一番信用できる案内所まで連れてってやる」


 言って謎の男は胸を張り、どん、とそこを叩いてみせた。


「本当か? でも、あげられるものなんて無いけど」

「あーあー、いいんだ。そんなもの俺には必要無い。こうして道案内するのが俺たちの仕事みたいなもんだから」

「たち? 他にもいるのか?」

「あ、ああ。いるぜ。【アーハイム】は広いからな、俺一人じゃ手が足りないんだ。っとそんなことよりも、どうする? 案内するか?」


 そう言って謎の男はラナイの顔を見上げ、そしてアレの方を横目に見た。

 短く「うーん」と唸り、そしてすぐに「じゃあ」と言い掛けたラナイに、「ちょっと待って」とアレが口を挟む。


「ねえ、仕事なら報酬が必要じゃないの?」

「……まあ、つまり慈善だからさ。気にしないでよ」


 さあ行こうぜ、と謎の男が二人を促す。


「…………」


 先を行く謎の男背中を無言のまま見つめるアレ。

 その目に映るのは、男の体中に巻かれたその"ナイフ"だ。


 近付いてきたその謎の男の"仕事みたいなもの"が道案内なら、きっとあのナイフは仕事の方で使うのだろう。

 むしろ彼の生業が気になって、後に続くアレはどこか腑に落ちない表情をしていた。


          ◯


 謎の男"イーリークラップ"は、曲がり角の多い街を迷いなく進んで行った。

 途中でアレが気になる建物のことを訊いても迷うことなく答え、時折立ち止まっては危険な道を教えてくれたりもした。

 

 慈善で道案内をするような男だ、もちろん道に詳しいのは当たり前だが、彼らのような人々がいるのなら案内所を設ける意味はどこにあるのだろうか。

 アレがそれを口にすると、イーリークラップは、

 

「この街は変化が激しい。だから、案内所の奴らはいつも新しい情報を欲しがっているんだ。それで報酬をもらうのを仕事にする奴らもいるけど、俺たちはそんなことしないよ」


 とアレのことをちらを横目に見てすぐに目を逸らした。

 二度目の"ちら見"に、謎の男への不信感が募るアレ。

 

 この男は本当に案内所に連れて行ってくれるのだろうか、もしかしたら何も知らないのに適当に歩いて自分たちを道に迷わせようとしているんじゃないか。

 そんな疑念がアレの頭を過り、「ねえ、ラナイ」と、それとなく唯一の味方に答えを求めた。が。


「あ、れ……ラナイ?」

「どうした……ってあれ?」


 アレとイーリークラップ。

 互いに巡らせる視線の中に、あの目立つ白い人型の姿は無かった。


「道に迷っちゃったのかな……」


 アレが雑踏を避けてそこら辺の建物の壁に寄りかかると、


「ったく、しょうがないな。デカいから俺たちを見落としたのかもしれないね」

「どうしよう……。また、あの鎧の人に見つかったら街を追い出されちゃうかもしれないのに……」

「鎧の人って憲兵? なんかやっちゃったの?」


 来た道を見つめるアレの横顔にイーリークラップが話し掛けた。


「何もしてないよ、けど。アンノウン申請しろって言われてたのに無視しちゃったんだ」


 アレはつまらなそうにそう言って、「一人で追い出されてたりしたら、やだな……」と行き交う人々のそのさらに奥へと視線を集中させた。


 森の奥で時折見かける野生動物を探すように、それは好物のキノコを探すよりも澄んだ視界を生み出して。

 すると過ぎてきた四つ前の曲がり角、そこに一瞬白いものがちらと消える様子が映り込んだ。


「あっ、今の!」


 声を上げて道に飛び出しかけたアレを、「ちょっと待って!」とイーリークラップが手を引いて止めた。


「君まで迷子になったら大変だ。案内所はすぐそこだから、そこで待っててよ。俺がちゃんとあのデカいのを探してくるからさ」 


 まずは落ち着いて。

 そう続けてイーリークラップは、そっとアレの手を離した。


「本当に、信じていいの?」

「あ、ああもちろん。ちゃんと君のところに届けるよ、約束だ」

「……うん」


 それからほんの二回、曲がり角を曲がると、イーリークラップは「ここだ」と一つの建物を指差した。

 

 そこにあるのは、一列に繋がった幾つかの建物群。

 大小に加え、壁の模様、素材から何一つとして規則性が無いそこには、それだけでなく"扉"も"窓"見つからない。


 それでここを裏側なのだと考えていたアレの耳に、「さあ、入ろうか」とイーリークラップの声が届く。


「え? 入るってどこから?」


 困惑するアレをよそに、イーリクラップは一つの建物の壁に掛けられた梯子を上っていき、そして。


「さ、こっちだ」


 と屋根から顔を覗かせた。

 促されるまま、アレも屋根の上へと続く。


 そうしてアレが梯子を上りきると、また「こっち」とイーリークラップが言った。

 その手には扉。

 三角屋根の頂上がその一部分だけを削り取られたみたいにくぼんでいて、そこからイーリークラップは扉を引き上げていた。


「ここは、入り口が上のタイプの建物なんだ……」


 その下に続く狭い階段を見下ろしてアレが言うと、イーリークラップは「さ、入って」とアレの言葉を半ば無視したような態度で彼女の背中に手を触れた。

 

 ランタンの小さな明かりで照らされた湿った空気が流れ出す階段、その奥からはカビと埃の匂いが漂う。

 どう考えても、ここにいるのはネズミか蛇かそういう隙間を好む生き物だろう。

 そんなところにこの男は少女を押し込もうとしている。


 イーリークラップと名乗る男の怪しさが、敵意なのだとアレが察したのはその瞬間だった。しかし。

 慌てて振り返ったそこでイーリークラップは、微笑んでいた。


 真一文字に結ばれた口、口角が僅かに上がって描かれる弧が作り出すそのさり気ない表情に、敵意は一切感じられず。

 見開かれた男の黒っぽい瞳に映る怯えた情けない姿の女が、アレの方を向いていた。


「どうしたの?」


 そう言われて、アレには言葉が思い浮かばなかった。

 

「ううん。なんでもない」


 とそれだけを伝えて、そして階段を下りていく。

 そうして怪しげな空間に身を投じるアレの背中に「俺も後ですぐに行くから」と言葉が残され、陽光は遮断された。


「何ここ……洞窟みたい……」


 低い天井のそこには壁付けのランタンが階段下まで三つ、狭いそこを薄明るく照らしている。

 そんな少し湿った空気の漂う階段を慎重に下りると、最後の一歩はゆっくりとかけられるアレの重みに合わせて、グィィ、と床が鳴いた。

 足下から目を上げたアレのめに映るのは、十帖ほどの然程広くない縦長の空間。


 ともすれば廊下とも思えるそんな部屋の一番奥には壁と壁を渡すカウンターがあり、その背後の壁には何かで満たされた重たそうな大きな袋が三つ掛かっている。

 そのそばでは頭頂部で萎れた花のように折れ曲がった長い耳の痩せた男が、パイプを吹かしながら片目のルーペで何かを真剣に覗き込む様子があり。

 視線を手前に戻すと、そこには扉が一枚あって、その反対側の壁には何もない。

 

 アレが狭い部屋の中をぐるりと見回し終えた頃、「いらっしゃい」とカウンターの向こうの男がルーペを片目に挟んだままアレの方に顔を向けた。 


「あの、ここって案内所じゃ……?」


 アレが言うと、男は「案内所……」と呟いてルーペを外した。


「ええ、そうですよ。お嬢さんはお一人で?」

「いえ、後から人が来るわ。"イーリーなんとか"って、その人が道に迷った連れてきてくれるの……」


 と何の気なしにアレはもう一度部屋を見回した。


「イーリー……ああ、イーリークラップですかね。そいつは」

「たしかそう。そんな感じの名前だったような気がする。それで、この街のこと教えて欲しいんだけど?」

「ええまあ、そりゃ当然伺いますがね。何が知りたいんで?」

「えーっと……まずは地図が欲しいかな。いちいち人に訊くと面倒なことになるし」


 そう言ってアレが"思い出し苦虫"を噛み潰すと、男が短く笑った。


「なるほど、騙されたんですね。まあよく聞く話ですよ、そりゃ。ここは【アーハイム】ですからね。人に者を尋ねる時は、自分がどこにいるのか知っておく必要がありますぜ」

「どういうこと?」


「この街の善人は、決まったところにしかいねえんですよ。いつも同じ道を彷徨いている。だから、道を間違えると嘘つきか悪戯好きか、あるいは人の話に興味のねえ奴らに当たることが多くなってしまう。

 とは言っても、善人だって道を変えることはありますからね。

 そういう意味じゃどこへ行ってもついてくるのは"運"でしょうかね」


 聞くとアレは「ふーん」と鼻を鳴らした。


「この辺りはどうなの? 善人通り?」

「もちろん、そうですぜ」


 と男がニヤつく。


「イーリーなんかは特別の良い奴ですから。きっとお連れさんもすぐ来ますわな」


 言って男は濃い煙を吹いた。

 

「ふーん。じゃあさっきの通りでイーリーに会えたのは運が良かったってことなんだ」

「ええ、"恐らく"」

「教えてくれてありがとう。それで、地図なんだけど……」


 アレが急かそうとすると、


「わかってますって。そいつはイーリーと合流してからでも遅くねえでしょう?」

 

 遮るように言って、ね、と男はパイプの葉を灰皿に落としカウンターの下から大きな板を取り出した。

 

 アレの胴体を隠すほどの大きさのその板には一枚の紙が留められており、そこには八名参加のトーナメント表が書かれている。

 しかし、文字の読めないアレにはそれが何のことなのかわからず、それが何かの模様のようにしか見えていなかった。


「これって、何? 私字が読めないんだけど……」

「字が? なるほど。でも、そんな難しいことは書いていませんよ」


 そう言って男はアレに表を近付け、「おすすめはこいつです」とトーナメント表の下部に並ぶ文字列の一つ指差す。


「それとも……。もう一つこれから加わる予定の奴にしますかね?」

「もう一つも何も、全くわけがわからないわよ……」


 呟いてアレが表を凝視していると、男が「まあ、難しく考えないで」と笑顔をアレに向けた。


「まず、オイラのおすすめはこいつです。

 オーナーは"グリム"ってメスの混血種でしてね。いけ好かねえ奴ですが、持ってくるゴーレムの強さだけは間違いねえ。

 おかげで今日は倍率が低くなっちまってますが、グリムの持ち込んだ錬金白金がありますからね。儲けが小さいってことはありません。


 ちなみに、二番人気はこいつ"グリンドル"。珍しい双頭の竜人でしてね、二本の大槌を扱う戦士です。

 三番は仮面騎士"ウィドー"。

 四番は……」


 と男が話を続けようとするのをアレは「ちょっと待って」と止めた。


「だから、なんなの?」

「トーナメントですよ。お嬢さんはここに書かれている名前のどれかに賭けて、そいつが一勝するごとに少し持ち金が増やせる。そういう遊びです」

「かけ? 持ち金が増えるってどういうこと?」


 アレは、男の話もその"トーナメント"の意味もわからずに落ち着き無く首を左右に傾げていた。

 すると男は「おやおや」と小さく嘆息し、「まさか無一文ですかい?」と。


「違うわよ。お金は持ってる。けど、その"かけ"っていうのとお金が増えるっていう仕組みがよくわからないの」

「……なるほどねえ。けどまあ、それならお嬢さんはただオイラに好きな名前を言ってくれればいい。とにかく、お嬢さんの持ってるもんを見せてくれませんかね?」

「お金を見せればいいの?」

「ええ、そうですね」

 

 そう言って男は表をカウンターの下にしまった。


 言われるがままアレが鞄から取り出したのは、膨れた小さめの布袋だ。

 ずっしりと重く、それはカウンターに乗せると鈍い音が響いた。

 

 すると置かれた布袋を「どれどれ」と覗き込む男。

 その中に詰まった様々な色の石ころの一粒を取り出してルーペで覗き込み、「むっ」と唸ると、素早い手つきでもう一粒、また一粒とランタンの橙色の明かりに翳しては覗く。


「お嬢さん……こいつをどこで?」

「山で採ったのが大半ね。ちょっと"違うの"も混ざってるけど」


 アレが言うとまた、「お嬢さん」と男は声を漏らした。


「……いくら賭けます?」

「いくら、って言われても私はよくわからないから……」

「じ、じゃあ。じゃあ空いたこの枠に全賭けしませんか? ここの枠は大穴ですから、当たればお嬢さんの"コンセキ"が十倍にはなりますぜ?」

「大穴? だからそこだけ空っぽなの?」

「いやその通り! お嬢さんは賢い方だなあ……」


 それじゃあ新枠に全賭けでいいですね。

 男は一方的にそう言って、アレの布袋をカウンターの中にしまった。

 

 それから男がアレに言ったのは「扉の向こうへどうぞ」という一言だけで、扉を開く前にもう一度アレがカウンターを振り返ると、そこにはまたアレの布袋の中身を覗いてニヤつく男の姿があった。


「……変な人」


 一言を部屋に残して、アレは扉の奥へと進んだ。

 するとそこにあるのはまた階段で、どこか生暖かいような空気の篭った場所だった。

 その一直線に伸びる急な階段の先は行き止まりで、そんな落とし穴の底みたいな場所では、ぶら下げられた小さなランタンの明かりに照らされて小斧を携えた体格の良い妖獣人の男がアレを見上げていていた。


「こんにちは」


 アレが話し掛けても男は返事をせず、むすっとした顔をしたままアレを見下ろすだけだった。

 そんな態度にを気にするでもなく、アレはそれよりも気になる生ぬるいドアノブを捻った。


 そうして扉を押し開けた瞬間、大勢のざわめき、そして熱気と酒や汗の混じった熊の懐のようなむせ返る匂いが溢れ出す。

 それがアレの繊細な鼻腔を刺激したのはいうまでもなく。


 思わず鼻と口を両手で覆ったアレの耳に、地鳴りと共に地の底から吹き上がる噴火の如き太鼓と弦楽器の鳴る勇ましい曲が響く。


「轟く咆哮、勇敢なる雄叫びそして、観客たちの喝采!

 それが奴らを焚き付ける!

 濡れた体は血の雨で流せ! 乾いた喉はその血で潤せ!

 野獣も人も関係ない! 塗れた血の濃さが、勝者の証"レッドスーツ"と変わるのだ!


 さあ、今日のスーツは誰の身に纏うのか!

 異種闘技"ポロトロス"、今ここに開幕!」

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