おれとれ 23
ウィッシュバルは一人グリムを探しに行き。
ラナイ、アレ、ウィービークラップの三人は、イーリークラップの死体を父の願いに従って自宅の彼自身の部屋に移すことにした。
家の中まで彼を運んだのは、ウィービークラップとアレ。
初対面の二人がどこか共通した感情を持ち合わせているように感じられるのは、アレが嘘をついているからだ。
イーリークラップは私を守るために地下の野獣に襲われた、と。
それはラナイのついた嘘に合わせて、咄嗟につかれた嘘だった。
だから、ラナイもアレもイーリークラップの"友達"のことは知らない。
【アーハイム】での出来事は、捕らえられていたヴァーシュが逃げるために会場を破壊したとだけ、ウィービークラップには伝えられた。
イーリークラップと出会うまでのことを本当に何も知らなかったからこそ、その嘘に混じった真実味が濃く感じられ、ウィービークラップもそのことについて追求するようなことはなかった。
「いいのか?」
家から出て来た二人、特にアレの後から家を出てきたウィービークラップに向けてラナイが言った。
「未だに信じられねえ。けど、俺はまだ生きてるからな。それにアイロのババアにもこのことを教えてやりてえんだ……」
癒えぬ悲しみは今や瞳の奥に焼き付き、ウィービークラップからはやさぐれた汚らしい男の気配が失くなっていた。
どこかはっきりとしない存在感。
そういう意味では、ノットの方がよっぽど生者らしく感じられる。
それを正面に見据えて、それでも視界の端に捉えているかのような不確かな視線で、ラナイは「そうか」と小さく頷いた。
◯
イルルが運び込まれた医院は、ネズミ道から近い十二区にある。
ウィービークラップの自宅がある十区方面から、さらにニ区画分南に向かって進んだところだ。
つまり、それは城門から真反対の位置である。
三人が外輪沿いにそこを目指していると、周囲を気にしていたラナイが言う。
「ここら辺は、死体が多いな……」
すると、ラナイの前方で道案内をするウィービークラップが「ああ」と。
「ネズミ道が近いからだ。店じまいしてた奴らとか家に帰る途中の奴らが襲われたのさ」
そう言ってウィービークラップはとある死体を指差し、
「あいつも飲み仲間だった。口の悪いやつでよ。だけど、喧嘩の仲裁したりする変な奴だったんだ。酔っ払って酒場の姉ちゃんに手ぇ出す輩になんか特に厳しくてな。負け無しだったぜ……」
感慨深げに言うウィービークラップに、アレが「そうなんだ」と相槌を打った。
「そういうのって、正義感っつうのかね。あいつはいつも酔っ払ってたから、よくわかんねえや」
顔を引きつらせて笑うウィービークラップの視線の先で、その飲み仲間は折れた剣を握り締めたまま、項垂れて壁にもたれている。
そういう死体は、一つではなく。
持っている武器が折れているだけなら良い方で、手足が折れてしまっているもの、体と頭が離れ離れになっているものだって少なくはなくある。
戦士、兵、一般人らしい格好の者、男、女。
様々な彼らは、しかし皆死んでいた。
それを見つめ、ラナイにはふと気になったことが。
「皆老けたのばっかじゃないか……」
ラナイは、そこにあるくたびれた様子の死体に視点を合わせた。それは見るからに老齢の、しかも鎧すら着ていないトラの妖獣人の男だ。彼のそばにもまた折れた剣の柄が転がっている。
「まったくな……」
と、ウィービークラップもラナイに次いで彼をじっと見つめた。
「俺も気づかなかった。いや、皆だな……。
【コルト】に"芸術家"って輩が多く入ってるのはわかってたがよ。まさか戦士が少なくなってるなんて思いもしなかった。内輪はいつも通り、客で賑わってたしよ」
ウィービークラップの鼻から重いため息が漏れる。
「……たぶん、油断だったんだろうな。俺だけじゃなく、皆。とてもじゃねえが、まともな戦いなんかじゃなかったぜ。
特に戦士共は酷かった。武器は立派で体も立派だったが、組んで襲ってくる緑色のアンノウンにいいようにやられちまってよ。
ネズミ道とか零区の辺りでくすぶってたああいう戦士くずれの年寄り連中がいてくれたおかげで、いくらか状況がマシになったんだ。
多勢に無勢っつーと逆だけどよ。
こっちは戦える奴の数が向こうさんよりよっぽど少ねえ分、的が多くてそういう状況だった……」
そう言って三度目の嘆息と共にウィービークラップは被りを振った。
「つまり、なんだ。戦い方を知ってる奴が少なかったってことなのか?」
「まあ、そういうことだ。一対一とか強い野獣を相手にするとか、そういうことにかけてはちゃんとした若い戦士はいたんだ。けど、それが十や二十いたくらいで何匹もいるアンノウンに対処できるはずがねえってことだよ。
一応隊を組んでる奴らもいたが、経験が少なすぎた。
たかだか五人やそこらの隊で意思疎通の取れた数十を相手にすんのは無理だったんだ……」
俺たちは大勢での戦い方を知らなかった。
その最後の一言からは後悔の色が滲み、ウィービークラップは溢れて止まないものを精一杯堪えている様子で、ギリ、と歯を鳴らした。
「それで、若い連中は逃げ出したって。そういうことか……」
呼応するように、ラナイには複雑な感情が込み上げていた。
頭を掠めるのは、(おれならどうした……)か。
すると。
「逃げた連中を悪く言うつもりはねえさ。あいつらは当然のことをしたまでだ。誰だって怖けりゃ逃げるもんだ。それに、若いもんは先を作るからってジジイ連中が必死になったってとこもあるんだよ」
それが結論か、ウィービークラップの話しを聞いてラナイの抱いた疑問は解消されたように思えた。
しかし、そうして幾度も見つめた外輪の凄惨な光景にまた一つ。
それは"足りないもの"へと向けられた疑問が浮かぶ。
「死体が無い……」
街に入ってもうしばらく経つ。
その上で抱くにしては遅い疑問だったが、二日前、遠くで見た【コルト】から立ち上る煙と何の変化もない街という不思議が勝り、そのことを思う暇がなかったのだ。
慎ましくも、ラナイも混乱していたのだろう。
自覚こそないものの、洞察力が鈍っているのはその証拠だ。
「死体ならそこら中にあるだろうが。あんたにはあれも違って見えんのかよ……」
最早呆れたといった様子でウィービークラップがラナイを見上げた。
「そうじゃなくて、緑色のとかノットのだよ。見た感じ"普通の"死体はあるみたいだけど」
ラナイが近くの死体を指差すと、「ああ、それなら……」とウィービークラップが行先に視線を戻した。
「死んじまったアンノウンとバラけた動く死体の方は、姉ちゃんが燃やせっつうんでまとめて燃やしちまったよ。倒しきれてないのもまだいるけどな」
その"姉ちゃん"はスズだろう、とラナイが何の疑いもなく思えたのは、燃やせ、という一言に尽きる。
地下からの野獣というか動物に対しての適切な処理は、現状【コルト】では彼女しか知り得ないからだ。
「ってことは、あの煙はその時のだったのか」
「その時がいつかは知らねえが、二日くらい前だったらたぶんそうだぜ。奴らへの威嚇も込めて、【オルディグ】のそばと学会の建物のそばにまとめて焼いたんだ」
ひでえ匂いだったぜ、と続けてウィービークラップは頭を振った。
そのウィービークラップの脇で、アレが「そっか」と呟く。
「それが利いて、闘争が落ち着いたんだね……」
顔をしかめ、複雑な表情を浮かべるアレ。
しかし、ウィービークラップは首を横に振る。
「いや、それは違う。あいつらは、雨が降り始めてからネズミ道の方へ"勝手に"引き返していったんだ。だから、威嚇だ。また出て来ても今度はそうはいかねえぞってな」
すると、その"勝手に"にラナイが首を捻る。
「勝手に逃げた?」
「ああ、そうだ」
頷き、「地下の生き物だから雨に慣れてねえのかもしれねえ」とウィービークラップは続けた。
「でも、地下に水はあったぞ。それにあいつらは、植物の化身みたいなもんだし、水が苦手だったら話にならないだろ」
「たとえば、降ってくるからとか。地下の水とは違うとかじゃない? それを吸収すると毒になるとか」
「いまいちピンとこないな、それ」
「なんで?」
「だって水は水だろ? 上から降ってきて下に落ちる。だったら、変わらない。それが毒になる理由がないね」
「まぁ、確かに……」
どこか不服そうな表情を浮かべアレが言うと、「ところで」とウィービークラップがラナイを見上げた。
「あんたも地下から来たのか?」
不意の質問に、ラナイは開けた口をそのままに「は?」と声を漏らしていた。
「そういや記憶がねえって言ってたな。ってことは、まだ"起き立て"なのか?」
「起き立て? 何言ってるかわからないけど、前に会っただろ。覚えてないのか?」
ラナイが言うと、「俺が?」とウィービークラップは自分を差し、「あんたと?」と白い人型を指差す。
「そうだよ。ルールーウィップと一緒にアイロの店で話したろ」
「ルールーってオオカミ女だろ? それと一緒に……」
数秒考え、そしてウィービークラップは、あっ、と声を上げた。
「あ、あんたあの時のゴーレムなのか!?」
「そうだよ、って気づかなかったのか?」
「なんかおかしいとは思ったんだよ。妙にイリクのことを知ってるし、そこの姉ちゃんも……。そういやおかしいことだよな。頭ん中ぐちゃぐちゃで、今気づいたぜ……」
そう言ってウィービークラップは「そうかそうか」と頷き、
「だからイリクのことを……」
と、アレの顔をまじまじと見つめ。さらに。
「それにしても、まさかゴーレムの中身があんたらみたいのだったなんてなぁ……」
よもや頭を垂れるのではないかと思えるほど感心した様子でウィービークラップが言った。
その様子、発言。ラナイが気にならないはずもなく。
「も? ら? お前さっきからおれを"何と"勘違いしてるんだ?」
「何と、って。あんたと同じ白い人型だよ。おかしな武器もった姉ちゃんと金色と、あんたと同じ白い人型が街の連中の指揮を取って働いたおかげで、戦況が変わったんだ」
あんたもさっきやってただろ。
どこか切なそうに言って、ウィービークラップは苦々しい笑みを浮かべた。
それに返事をする前、「金色……」のことが多少気になりはしたが、それよりも今気にすべきはその後。
「もしかして……ドールか? その白い人型ってのは」
ドール、というその単語に馴染みがないのか、ウィービークラップは一度頭を傾げ、「たぶん」。
「そ、それは何体くらいいるんだ?」
「ニ体だな。今は【オルディグ】に一人、学会に一人いるはずだ。"なんとかバル"って変わった名を名乗ってたが、忘れちまったな」
それを口にした時、ウィービークラップはもうすでにどこか上の空で、その原因が目の前にある五階建ての建物であることにラナイが気づいたのは、
「着いたぞ」
とそう言われた後だった。
二人に追って視線を上げるラナイ。
木枠以外ほとんどが色の付いたガラス張りになっている扉は、大小一体型だ。
その玄関口を残して少し引っ込んだ両の壁には六つの窓があり、そのどれもに玄関の扉と同じく色の付いたガラスがはめ込まれていて何か美しい模様が描かれているが、陽光も内側からの照明も受けずにいる今はその美しさも半減し、むしろ淋しげな印象を受ける。
五階までのどの窓も同様に暗く、本当に人がいるのかといとも簡単に疑ってしまえる。そんな廃墟のような雰囲気が、健全なはずの建物からはもう漂っていた。
「本当に、いるのか……?」
ラナイは、見てそのまま思ったことを口にした。
「わからねえ。少なくとも、医院の患者を逃がす暇なんてなかったはずだ。それに、俺はあの娘もオオカミ女も【オルディグ】では見てねえんだ。もしかすると学会に行ってる可能性もあるが……」
あの怪我の様子じゃきっと動かしたりなんかできなかったと思うぜ。
少し言いづらそうに言って、そしてウィービークラップは医院の扉を開けた。
扉は開かれた力よりも大袈裟に鳴り、内側に付けられたスズが、カランカラン、とまた響く。
通常ならば何を気にすることもないようなその音が、静か過ぎる暗い医院内では申し訳無さすら感じるほどうるさかった。
だが、それでも人は来ない。
扉が閉じる時にも同じく喧しくなったが、それでも誰の、ひとつの足音も聞こえる素振りもない。
【コルト】に入ってすぐの奇妙な静寂が、ここにも漂っているのだ。
「嫌な感じ……」
アレがポツリと呟き、「それだ」とラナイが、ウィービークラップは口の周りに蓄えた無精髭を落ち着き無く撫でていた。




